NO.7 まゆ 著 波 『防波堤の殺人』
深まる秋とともに、日本海は荒れる日が多くなっていく。
その日の海は、空と同じ灰色で、白い波頭が所々に見えていた。
わたしは、風で乱れ目にかかってくる前髪を幾度となく指でかき上げる。
わたしが見つめるのは、カメラを構える彼の背中。
彼は、防波堤から見える大きな岩に砕け散る波の姿をカメラに納めるため、夢中で狙いを定めている。
そんな姿を後で見ながら、数日前、ラジオで聞いた天気予報士の解説を復唱する。
「『波の高い日は、防波堤などで釣りをするのは危険です……』」
釣り人にとっては、危険ゾーンなのか、防波堤の上には、釣りをする人の姿は無かった。
「『波が低いと思っていても、油断はできません』」
わたしたちが立つ防波堤から海をのぞき込むと、打ち寄せる波が白く砕けている。
とても、防波堤の上までは届きそうにない波高だが、見えない飛沫が顔に当たって冷たく感じる。
「『一時間に一度くらい、波高が二倍の波が打ち寄せてきます』」
波高が二倍の波を想定してみる。
この防波堤は波にのまれてしまうだろう。
「『そのことを想定して、波が高い日は、防波堤などで遊ばないように注意しましょう』」
完全犯罪の殺人日和。
写真好きの彼にねだって、ここにつれて来てもらったのはわたし。
突然、ドライブ行きたいとねだったので、彼ご自慢の連射型のカメラは家に置いてきているはず。
特に普段使っている安物のカメラでは、波が砕ける一瞬なんて、なかなかベストショットを撮れる物ではない。
わたしは、彼の背中に「寒いから、先にもどっているね」と声をかけた。
「ああ、もう少しで良い写真が撮れそうなんだ」
彼はカメラのスクリーンを見つめたまま生返事を返してきた。
わたしは、防波堤から、港の方へ歩いて行く。
ゆっくりとした足取り。
天気予報士の言うとおり、わたしが防波堤を降りるまで一時間に一度来るはずの大波が来たら、彼と一緒に海の藻屑と消えるかも知れない。
それはそれで、良い。
裏切り者の彼と、殺人を目論むわたしが一緒に死ぬなんて、ちょっと素敵だ。
そんなことを考えていると、防波堤の付け根まで歩いてしまった。
振り向くと、彼はまだ、岩に向かってカメラを構えている。
わたしは安全圏。
彼は、写真を撮り終え、ここまでこれるかしら。
わたしは、彼の最期の瞬間を待っていた。
ドーンと言う音と共に、防波堤が白い飛沫に覆われた。
彼の姿は無かった。
これから、警察に連絡をして、恋人が波にさらわれて気が動転した女を演じることになるのかと思うとちょっとめんどうな気になった。
などと、レストランで、お肉を口に運びながら想像しているわたし。
向かい側に座った彼が話しかける。
「さっきから、海を見ながら何を考えているの?」
「えっ?何も……」
「天気が悪くて、灰色の海なんて見てもつまらないだろ」
「そうね。こんな日にドライブなんて、パッとしないね」
今日は、彼の口数が少ない。
「そんなことより、あなた、わたしに話したいことがあるんじゃないの?」
「ああ、そのことなんだけど……あれは、一時の出来心で……本気じゃないんだ……」
「安っぽい。陳腐。ありきたり」
「そんなにすねるなよ。彼女とはもう会わないから」
「バカ、軽薄、情けない」
「悪かった、この通りだ」
頭を下げる彼。頭の渦巻きが可愛らしいと思う。
「あなたは、さっき、あの防波堤で波にさらわれて死んだ人なの。
食事が済んだら、家まで送って……」
「××!○○△◇○……」
もう、彼の言葉は届かない。
何を言っても、聞こえない。
あなたは、とっくに死んでしまった人なのだから。
《end》




