NO.6 奄美剣星 著 波 『ビッグウェーブ』
新宿駅の西口から外を観ると、立体道路のようなものがあり、地下にいるのか地上にいるのか判らなくなる。白いモニュメントのような街だ。そこから少し南に外れると、急に、古びてはいるのだが、生物的な存在を感じた。パブの名はシャングリラ。珈琲と煙草、それと埃の匂いがたちこめていた。還暦前後の男女が集い、ロックンロールのライブで騒いでいた。
曲の合間に、メンバーたちが、代わる代わる長身の男に声をかけた。
「源さん、やるのかい?」
「当たり前だ」
「何のために?」
「野心のためにだ」
小さな店なので満席になっていた。孫のような年頃の娘が、後ろの方で両手を振ると、源さんと呼ばれた男が投げキッスで返した。バンドの面子たちが互いに苦笑した。森山源三、それが男の名前だ。
「沙良ちゃんって二十歳くらいだろ? 彼女だと? 犯罪だ!」
「恋は時空を超える」
「ぬかせ、エロ爺」
源三は、仲間たちの冷やかしを好意的に受け止めた。
「田舎へ帰る。滅茶苦茶にはなっているが、俺にはまだ野心って奴がある。これから興す事業も成功しそうな気がする。あの娘がついて来ようが来まいがな」
ステージのスポットライトは太陽を思わせる。源三が、ギターを掲げ、雄叫びをあげた。
☆
二〇一一年夏。
港には船があった。漁船が道路向かいの民家に突っ込んだまま放置されていた。そこから少し北に行ったところに、砂浜があった。鳥居が望める小島が望めた。弁財天を祀った島で、かつては赤い橋が架けられていたところだ。三月十一日の津波では、橋こそ砕け散ったが、鳥居だけは残されていた。
荒い波の砂浜で、サーフィンには持って来いの場所だった。
津波ですっかり地形が変わっていた。
浜沿いに三十キロ北に行くと、事故を起こした原子力発電所があった。遊泳禁止なのだが、シニアに放射能の影響は少ない。
☆
White sandy beaches. Sunny ocean. Running surfboard.
Beat in the chest. Even the seasons change, passion for you has not changed.
We shake hands goddess of the island.
A big wave comes, I'll Let stole you.
白い砂浜。太陽が輝く海。走るサーフボード。
胸の鼓動。季節が変わっても、熱い思いは変わらない。
手を振る島の女神よ。
大波が来たら、さらいに行くぜ。
☆
口ずさむ自作の詞は一九七〇年代のノリだ。腹ばいになって沖に向かった源三が、大波をみつけて立ち上がった。波を横に切ってサーフィンが島を目指して行く。テトラポットの上には沙良が声援を送っていた。潮騒で訊こえはしない。だが何を言っているのかは判った。
「恰好いい!」
(よし、陸に上がったら告ってやる。待ってろ)
源三がはにかんだ。
(稿了)




