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自作小説倶楽部 第3冊/2011年下半期(第13-18集)  作者: 自作小説倶楽部
第17集(2011年11月)/テーマ「秋刀魚」&「波」
32/42

NO.5 かいじん 著 波 『燈明台』

 【灯明台】


 店を出て階段を降り、外に出ると、そっと柔らかく吹き抜けていく

 秋の夜風が、ほろ酔いの体に心地良かった。


 僕と有里は、海岸線近くに伸びているJR線の高架に沿った

 通りの歩道を、駅に向かって、並んで歩いた。


 すっかり色が変わり、所々枯れている街路樹の葉が、風が吹く度に

 乾いた音をたてながら、小さく揺れ、海の方からは船舶の

 エンジン音の様な音が小さな唸りとなってずっと聞こえ続けている。 

 

 もう時刻は午後の九時を廻っているので、通りを走り抜けて行く

 車はまだらで、歩道を歩いているのは僕達2人だけだった。


 「楽しい時間が終わりに近づいて行く時って、何だか切ない気持

ちになるよね」


 有里が言った。


 「そうだね。...僕もそう思う」

 

 僕が答えた。


 歩く内に、明るく照らし出された駅の入り口が近づいて来た。

 

 時計を見ると、僕が帰りの最終の新幹線に乗り継ぐ為の

 列車に乗る時刻までには、まだ時間があった。


 そこで、僕達は久し振りに、駅からそれ程遠くない所にある

 灯明台に行ってみる事にした。

 

 僕達2人は駅の手前の交差点で通りを渡り、海の方へ歩いて行った。


 ・・・・・・・・・・・

 

 灯明台は海岸の防波堤から張り出した石垣の先端部分に建っていて

 高さは9メートル程もある。

 

 花崗岩の切石で作られた基礎部分の上に焼板が張られた

 裾開きの形の台があり、その上に周囲に欄干を巡らせた

 瓦葺の屋根の燈室が築かれている。


 灯明台の手前には説明の書かれた立て札が立っていて、

 そこには、この灯明台が江戸時代末期に、御神燈と夜間の船案内の

 目的でこの土地の実力者によって建てられた、木造高灯篭形式の

 燈台である事などが記されていた。

 

 僕と有里は石垣の上を歩いて灯明台の下の海が見渡せる側に

 並んで座った。

 僕らの目の前には夜の真っ暗な海面が穏やかにに広がり

 僕たちの足元の下の石垣 では、打ち寄せる小さな波が立てる

 ささやかな波音が、絶え間なく続いていた。

 少し沖合いを、フェリーの船窓の灯りの列が、

 ゆっくりと遠ざかって行った。

 そのずっと向こうには、対岸の四国の埋立地にある

 石油コンビナートに建っている煙突の航空障害灯が闇の中で

 いくつも赤く点灯しているのが見え、工場や街の灯が

 地平に沿って広がっていた。

 

 周囲に誰もいない場所で、こうして二人きりで、夜の海を眺めて

 いると、時間というものが、ほんの少しだけ、ゆっくりと優しく

 流れている様に感じられた。

 

 「今日、これから駅まで行って見送っちゃうと、しばらくは

 会えなくなっちゃうんだよね...」

 

 有里はそう言うと、少し悲しそうな顔をして見せた。


 僕はこういう時、あるいは平日の夜更けに、ここから200キロ

 離れた僕の部屋で彼女と電話で話している時、自分自身に

 言い様の無い無力感の様なものを感じた。


 明日からしばらくの間は、僕にはいつも以上に、慌しく過ぎて行く

 乾いた街での日常が待っている事になっている。


 やがて僕達は、灯明台から駅に向かって歩き出した。

 灯明台の石垣や、防波堤に打ち寄せる小さな波音は、

 次第にかすかな音になり、すぐに全く聴こえなくなった。


 列車が到着する直前の時間に、僕と有里は改札口で手を振って

 別れた。


 僕がホームへの階段を昇り始めると、列車の入線を知らせる

 ブザーがホームに鳴り響いた。

 

 がらんとした、車内に乗り込み座席に座る。

 

 ドアが閉まって、列車が動き始めた瞬間、僕にとっての

 特別な時間が中断した。  


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