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自作小説倶楽部 第3冊/2011年下半期(第13-18集)  作者: 自作小説倶楽部
第17集(2011年11月)/テーマ「秋刀魚」&「波」
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NO.4 優美 著 波 『迷子』

 冬の海がこれほど凶暴なものだとは思わなかった。暗い色の水流が、のたりと緩慢に目の前の岩に向かっていく。ぶつかって弾け、白い飛沫が周囲に飛び散る。そういうことを、数秒置きに繰り返している。波は大きかったり小さかったり、勢いもまばらだった。水の飛び散り方も変化する。見ていて飽きない。嘘だ。飽きた。

 一年間ぱたりと連絡の途絶えていた幼なじみは、一年前と同じ顔で笑っている。

「まさか見つかるとは」

 私だってまさか見つけちゃうとは思わなかったよ。 葉書だけが来た。差出人には名前だけ、消印の場所はばらばら。書いてある内容は適当。どうでもいい話。今日は季節のわりに暑いだとか、久しぶりに林檎を食べただとか、どこそこの喫茶店の珈琲がおいしいとか。同じ場所にいるわけじゃないんだから喫茶店の名前を出されてもわからない。咄嗟に携帯でグーグルを開いて名前を検索したのは内緒だ。喫茶店はヒットせず、ジャムの通販ページばかりが表示された。私は苛立ちの勢いに任せてさくらんぼジャムの瓶をひとつ注文した。掲載された写真に映る小瓶は濃い赤色が日に透けてとても綺麗だった。届いたらどうということはなかったけれど。

 どうやって暮らしているのか、これでも心配してたんだ。「透子」私は彼女の名前を呼ぶ。見つけたら引っ叩くか、そうでなくともこの馬鹿を叱り飛ばそうと思っていたのに、何度もシュミレートしたそれは実行出来なかった。踏切のところで擦れ違って、透子は逃げて、私は追いかけた。全力疾走なんて久々にした。スニーカーを履いていて本当に良かった。そもそも私は祖母の家に来ていた。商店街で買い物をしようと思って出かけたら、透子がいた。駅に逃げこまれ、負けるもんかと追いかけて、透子が乗るのと同じ電車に乗った。一両目に追い込むと、透子は何も言わずに座席に座って、目の前に立つ私を上目遣いで見つめた。小さな声で彼女は言うのだ。――怒ってる? 怒ってますとも。私も周りも。

 人前で怒鳴るわけにも行かず、私は無言を貫いた。透子は初めびくびくしていたが、次第に態度が大雑把になり、瞳にはいつもの脳天気さが戻ってきた。しまいには海見にいこーよ、と言い出した。冬の海に人が少ないのは分かり切ったことだったので、私は快諾した。海に行けばこいつを殴れる。

 そして現在。波打ち際を散歩している。狙い通り周囲に人はいないのに、私は透子を殴れずにいる。透子はぽつぽつと、話をした。男と付き合っていたこと。一緒に暮らしていたこと。別れたこと。知人の家を転々としていたこと。知人と恋人の狭間にあるような友達が増えたこと。

 あたし随分すれちゃったなあと、寒い台詞を透子が吐き出した時でさえ、私は透 子に何も出来なかった。透子の長い髪が風にもつれる後ろ姿を眺めるだけだった。寄せては返す波の飛沫を透子は蹴飛ばす。履いているタイツの黒は濃くなり、斑に砂が付いて汚れる。

「汚れちゃった」

 砂にまみれたふくらはぎを、それでも綺麗だと思うのは、私がおかしいからだろうか。透子の腕を掴んだ時、自分の気持ちの正体にもう気付いていた。透子は私にとって友人ではない。幼なじみでもない。ましてや家族なんかでは絶対にない。私は透子で、透子は私だった。あるいは私は、そうなりたかった。それは透子も同じだった。その証拠に透子も目を閉じている。一度きり、なかった事にする自信も、される自信もあった。私も透子もそういう卑怯さを持ち合わせている。忘れることも、見ないふりをすることも得意だ。

 触れるだけ触れて、音もなく離れた。寒さで赤くなった唇は、なんてことない塩の味がした。

「帰ろっか」

 透子は自分の唇を人差し指で少し押した。桜色の爪が波の運んだ光を反射してきらきら眩しく光った。

「うん」

 頷く透子の顔を私は直視できなかった。透子は私の目を覗き込み、怒ってる、ともう一度尋ねた。私は返事をする代わりに、透子の頬を軽い力でぺちりとやった。透子はちいさく瞬きして私を眺めた。

 駅まで手を繋いで歩いた。祖母に頼んで一晩だけ透子を泊め、翌日一緒に実家に帰った。透子は自分の家の鍵を持っていなかった。私は透子が逃げ出さないように腕を掴みながら、インターフォンを押した。透子の弟が出てきた。出てくるなり彼は私に目もくれず、透子の方だけを見て、ねえちゃん、と呟いた。ほら、あんたの居場所はここにあるんだよ。ひとりで勝手に気まずくなることないんだよ。

 動かない透子を引っ張って玄関に入れた。

「おかえり」

 弟と私の声がハモった。唖然としていた透子は、やがて照れくさそうに笑った。花のような笑顔だった。

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