NO.2 パールくん著 『秋刀魚』
金曜の夜だから。
二人でみたい映画を選んだ。
こんなに遅い時間だから、家での鑑賞なんだけど、香子はこっちのほうが好きだ。
「ねえ、明日お休みなんだからさあ、2本くらい見たっていいのに」
香子の甘えた声に、篤は苦笑する。
「かおちゃんはいいけど、俺はそんなに見られないよ」
雰囲気をだすために部屋の照明も少し落とし、準備万端だ。
ビール片手に。
「かんぱーい」
「乾杯」
「あつしってさ、ジョッキ凍るほど冷やすよね。そのほうが美味しい?」
「うん、絶対こっちのほうが美味いよ」
へえと頷きながら、香子は缶のままのビールをチビチビ飲んだ。
映画は、医療モノで、ドラマにもなっていたが、それ以前に二人で小説を読んでいる。
話の筋はわかっているし、自分の頭のなかで創り上げた映像イメージが既にある。
篤とは、そのイメージが非常に近い。
きっと、感性が近いのかな、とか、以心伝心かしら、などと心の中でのろける。
この役は、誰々がいいとか、なんでこの役が女になってるんだー!とか、お互いに好きな事を言いながらの鑑賞は、すごく幸せ。
映画も中盤に入った頃
「ちょっと腹減ってこない?秋刀魚でも食う?」
「えー、なんで秋刀魚」
「だって、仕方ないだろ、実家から送ってきたんだから」
篤の実家は釧路で、それこそ尾びれを持ってたてると、ピンとたつくらいの新鮮な秋刀魚が送られてくる。
「じゃあ、焼いてきてぇ。待ってる」
「はいよ、ちょっと待っててな」
待ってる間に、香子はチューハイを手にして、映画を一時停止にした。
一時停止って、何分くらいで動き出すのかな。普通に停止したほうがいいのかな。
説明にかいてあると思うけど、読むの面倒いから、篤に聞こう。
と考えているうちに、篤が戻ってきた。
「ほっくほくだよー。大根おろしもつけたぜ」
「おお、いいね。私も食べよ」
「一緒に食べよう」
篤がにっこり笑う。
そして、再生ボタンを押す。見ながら食い。
「やー、美味かった。今年のはでかいな」
頭と真ん中の骨と尻尾だけ残して、篤は綺麗に秋刀魚を食べた。
「私の、しょっぱかった・・・」
「ありゃ、まじ?」
「でも、骨までぜーんぶ食べたもんねっ」
「ウソ?硬くて食えんだろ?かおちゃん、何食べてるの?」
「秋刀魚だよ。缶詰の・・・さんまの開き!」
「・・・・・・・」
「え?何?聞こえないよ」
香子は携帯を耳にぎゅっと押しつけた。
映画のボリュームを落とす。
「だからさ、俺んとこの秋刀魚、食わせたい」
「私だって、食べたいよ、篤の焼いた秋刀魚。でも、明後日は仕事だもん、行けないし」
「でも、食わせたい。金曜の夜に、ビールと缶詰のさんまで、PCの前に座ってるお前のこと考えたら、すげー切なくなった」
「ん・・・」
私は泣いてるのだろうか。鼻の奥がツンとする。
こうやって、遠距離でも携帯で話しながら、一緒に映画をダウンロードして同時に見てたら
デートしてる気分に浸れた。
でも、やっぱり寂しいよ。
同じ物を食べたい。
ふれ合いたい。
「俺、明日朝イチで行くわ。待ってろよ!いまから準備するから、今夜はデート終わりな」
「え・・」
「映画は、明日の午後。続き見ような」
「うん!」
香子はズズっと鼻をすすりながら、笑った。
携帯を切ると、熱くなっていた。
明日、篤が来る・・・
部屋を片付けなきゃ。
ていうか、コンロ!秋刀魚を焼くグリルを掃除しないと!
香子は仕事の疲れも、酔いも忘れ、深夜の大掃除を楽しんだ。




