NO.3 パールくん著 喫茶店 『デートの前菜』
亮子はこれから初デートに行く。
先週の社員旅行で温泉旅館に泊まり、別の会社の男性たちと知り合った。
同僚の男たちは、どうもパッとしなかったから、彼らをほったらかして、ホイホイ別の会社の部屋へ遊びにいった。
そして、そのなかのひとりとデートの約束をした。
ちょっと早めに街についてしまったので、デパートの化粧品売場で買い物がてら化粧を直してもらおうと思った。
気合が入っているなと、自分でも自覚できる。
可愛らしい薄い色のツイードのジャケットに柔らかい膝までのスカートは、バッチリ勝負服だ。
勧められたパープルのアイラインは、最初は抵抗があったものの、艶がでて意外と肌にあっていた。
アイメイクをあれこれ選んで、プロの業で顔を作っている間じゅう、他の客が妙に気になった。
化粧品売り場に男客。
店員たちとも親しげだし、メークアップアーティストとかいう人種だろうか。
服装も派手で、亮子のまわりにいるような、お固い勤め人とは、まとう空気が違うようだった。
本屋で立ち読みをし、いつもより高いヒールに、足が悲鳴をあげるころ、ようやく待ち合わせの喫茶店へ向かった。
喫茶店はビルの2階で、外階段を登りきるとテラスになっている。入り口はその奥。
階段へ近づくと、人が駆け降りてきた。目の前に立ちふさがると、
「あんた、警察?刑事でしょ?」
化粧品売場にいた男だった。
「俺を尾行してるんだな!」
襲いかからんとする勢いに、亮子は目を白黒させて驚きながらも、非常に気味が悪かったので無視した。
(ヘンな人だ、怖い)
男の横をすり抜けると、振り返らないように、階段を駆け上がった。
店内に飛び込んでから、大きなガラスのドア越しに外をうかがうが、追いかけては来ていない。
心臓がバクバクし、膝がガクガクする。
呼吸を整えながら、店内へ目をむける。
窓側の席に座り、こっちを見て笑顔で手のひらを向けたのがデートの彼だ。
まずは、彼のいる席につく。
何か会話を交わしているが、亮子の頭の中ではさっきのヘンな男のことばかり考えてしまう。
何だったんだろう?薬とかやってる人なのかな。ラリってるとか。
それとも、マジで犯罪者だろうか。
もしかしたら、本屋でもすれ違ったのかしら。だから、疑われたのかな。
同じ場所にいたから。
ていうか、こんな華奢で可憐な乙女にむかって、刑事?ってどういうことよ。
こんなに可愛い刑事がどこにいるってのよ。
気持ち悪さから、腹立たしさに変わってきたのは、少し落ち着いた証拠だ。
コーヒーを飲みながら、やっと目の前の彼を観察する。
チェックのネルシャツに短髪。
バスケをしているという体は細身であり、好青年の部類だ。
「さっきね、ここに来るときに変な人に声かけられたのよ。」
「へえ、ナンパされたの?」
「ううん。あんた警察だろって。俺を尾行してるんだろって。」
「なんだそれ。やっぱ、新手のナンパなんじゃないかな。」
あんな異常なナンパなんてあるわけないだろ、とつっこみたい。
「うーん、もっと真剣に変質者っぽかったんだけどな。」
「いろんな人がいるからね。」
会話が膨らまない。
結局、その日はお茶だけだった。
その後も亮子から連絡はとっていない。
何度か携帯に着信はあったが、つい、返事を先延ばしにしているうちに、そのまま忘れてしまった。
そして、そのまま。
おそらく、すれ違っても彼だとわからないんじゃないだろうか。
デートの前の出来事が印象的すぎて、メインのイベントがすっかり色あせてしまった。
あれから季節が何度か変わるまで、亮子が街を歩くときはいつも
あの、警察に追われているかもしれない男のことを思ってしまう。
―― まだ捕まってませんか?




