NO.2 奄美剣星著 喫茶店『ラウンジ』
東京・苫小牧航路を結ぶフェリー、サンフラワー号で船員アルバイトをしていたことがある。船内にはレストランがあり給仕をしていた。蝶ネクタイにシャツが制服だ。
ある日、ラウンジが貸切になった。外国人留学生の子息令嬢たちによるクルージングパーティー。非番だ。年長の先輩船員が、
「一人二人紛れ込んだって判りはしないよ。覗いておいで――」
というので、船室でカジュアルの私服に着替えた。カウンターに座り、恰好をつけてカクテルを注文し、隣にいた白いドレスのご令嬢に贈る。店長は例の先輩で片目をつぶってはにかんでみせた。
☆
"Good evening. From?"
"From Hong Kong"
"I go outside and the moon is beautiful"
"Well, go wonder. I drank from the Pink Lady"
「こんばんは。どちらから?」
「香港からです」
「外に出ると月が綺麗ですよ」
「じゃあ、行こうかしら。ピンクレディーを飲んでからね」
☆
夏の潮風は湿ってはいるのだが気晴らしになった。デッキにはまばらに人がいた。船が波を切る音とエンジン音がしていた。満月が、長い睫毛をしたその横顔映し出す。当時の香港は英領だ。多くの富豪が住んでおり、そこのお嬢さんとのこと。
ラウンジに戻り、彼女に、ダージリンをおごってから、そのまま別れた。何のことはない出会いと分かれだ。船員室に戻り、二段ベッドの上にもぐって、眠りにつく間だけ、続きを想像してみることにした。
(稿了)
※フィクションか否か。口にすると野暮だったりして。(爆)




