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自作小説倶楽部 第3冊/2011年下半期(第13-18集)  作者: 自作小説倶楽部
第15集(2011年9月)/テーマ「薔薇」&「夕暮れ」
18/42

NO.7 紫草 著  『夕暮れの月』

注意・この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。



 柊木蒼は、決まったように海へと向かう。

 幽霊の名のもとに広まった女の影を追うように、毎週同じ時間に留まり、そして帰社の途に就く。

 あれほど騒いでいた同僚たちの口に、女の話題が上ることが全くなくなっても蒼は海へ行くことを止めなかった。


 あの雷雨の別れから、数ヶ月が過ぎていた。

 いつものように流木に座り、海を眺めていると、ふと彼女の雰囲気を感じたような気がして思わず振り向いた。

 そこには、自分と同世代の男が一人立っていた。


 何故、この男に彼女の匂いを感じたのか。

 蒼は素直に聞いてみることにする。

 ところがその言葉は、彼の問いかけによって阻まれた。

「何故、毎週ここへ来るんですか」

 男は、やはり彼女に繋がる人物だと蒼の直感が告げていた。

「彼女とは、知り合いですか」

 男は黙って頷いた。


「柊木蒼と言います。彼女は今、どうしていますか」

 簡潔に、聞きたいことだけを聞いた。

 しかし、その問いに彼は長く答えなかった。そして返ってきたのは答えではなく、また別の質問だった。

「どうして、そんなに気にするんですか」

 今度は、蒼の方が黙ってしまう番だった。確かに、今まで考えたことなどなかった。

 自分は何故、ここへ来るのだろう。

 蒼が自分の思考の渦に囚われて、言葉を失っていることに気付いたのは、男が突然名乗ったからだ。

「僕は別墅(べっしょ)亮一朗と言います。妹は凪です」


 蒼は、その名を反芻した。

 そして妹という言葉に辿り着いた時、初めて、だから同じ雰囲気を感じたのかと思い至った。自分の感もまんざらじゃなかったなと思いながらも、まだ何も言えずにいた。


「凪は、この先にある病院へ診療に来ていました。そしてこの砂浜に下りるのが慣例となっていたんです」

 蒼の脳裏に、土手の向こうにある総合病院が浮かんでいた。

 刹那、彼女の言葉が蘇ってくる。


『雷が落ちたら、死ねるかもしれないでしょ』


 そうだ。確かに彼女はそう言った。そして、その危うさに蒼は此処にくると叫んだのだ。

「約束したから。だから、ずっと来てました」

 漸く告げたその答えは、亮一朗を納得させたのだろうか。

 蒼は、再び凪に会いたいと、そう彼に告げた。

 しかし、それは即座に却下された。

「凪が望んでいません」


 どうして…

 自分たちの間に、ただ会うことを拒否するような関わりはない筈だ。なのに何故、彼女はそれを拒むのだろう。


「凪は別の病院に移り、この地を離れました。此処へは、もう来られません」

 移った?

「凪さんは、生きていますか」

 思わず、口走っていた。今度は亮一朗の方が驚く番だった。

「何故、そう思うんです」


 彼女は死にたがっていた。

 少なくとも蒼の目には、そう映った。


「死にたいようなことを言っていたから」

 蒼のその言葉を聞いた亮一朗は、数回頷くように頭を動かした。

「生きていますよ。ただ誰にも会おうとしない。兄である僕ですら、滅多に会えないくらいです」

 その言葉を聞いた時、胸ポケットに入れてあった携帯が鳴った。

 今日は戻らないと告げ携帯を切り、電源を落とした。

「いいんですか?」

 彼は当然のようにそう聞いた。

「ええ。今は凪さんのことを聞く方が先決です」

 急ぎの仕事はなかった。今日の書類は明日書いても間に合うものばかりだ。


「今から凪さんのところに連れて行ってもらえませんか」

 蒼のその申し出に、会えないかもしれないと彼は答えた。

 確かにその可能性は高いだろう。

 でも今、自分がすべきことは会いに行くことじゃないかとそう思った。もともと直感優先の人間だ。

「当たって砕けても、いいですから」

 そう言うと亮一朗が、声を上げて笑った。


 蒼は営業車だけを返し、そのまま亮一朗の車に乗り込んだ。小一時間かけて静かなドライブが終わると、大きな病院が現れた。

 病室の番号だけを教えてもらい、彼は駐車場に残るという。


 蒼は、凪のプレートのある部屋の前まで辿り着くとノックをする。

 病院というところは鍵がない。返事がなくても、扉を開けることは可能だ。

 でも、蒼は待った。

 どんな言葉でもいい。一言でも返ってきたら入ろうと決めて取っ手に手をかけていた。


 暫く待って諦めかけた時、内側から扉が開き、蒼は倒れそうになって病室へと一歩を進めた。

 そこにはあの日と変わらない、真っ黒な髪を垂らした凪の姿があった。扉が背で静かに閉まっていくのを感じる。


 そして気付く。

 今、たった一つの真実は、いつの間にか恋に落ちていたという自分自身の気持ちだった。


 病室の奥から見える夕暮れの空に、薄く白い月が浮かんでいるのが見えた――。


【了】 著 作:紫 草 

Copyright © murasakisou,All rights reserved.


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