NO.3 パールくん 著 Expectionの薔薇
丹来戸市の外れに、バー”Exception”はある。
繁華街からかなり遠い住宅島で、夜の人通りはほとんどない。(昼もほとんどない。)
ということは、夜の商売であるバーには、致命的な立地だ。(たぶん、他の商売でも致命的。)
それでも潰れずに存在し続けているのは、オーナーの手腕か。または、カラクリのある財布を持っているかだ。
従業員は、パールくんただ一人。
もちろん、パールくんというのはコードネームであり、本名ではない。
この店では、コードネームを使うのだ。(オーナー兼店長の趣味である。)
「ふう…まだ暑いな。」
開店前の準備で、店先の花壇に水を撒きながらパールくんはため息をつく。
彼は北国出身で暑さに弱い。盛夏も過ぎ、日も暮れかけているにもかかわらず、額から汗が流れている。
「しかし、味気ないよな。この花壇、真っ白で地味じゃないか?」
チラリと目を向けるバー”Exception”の外壁はグレーで屋根は黒だ。
花壇には白いガーベラが綺麗な等間隔で咲いている。
(まるで葬式じゃないか。)
ふと、懐かしい実家の薔薇園を思い出す。朝露に濡れた、色とりどりの薔薇。
日が高くなるにつれ香りが強くなり、それを胸いっぱいに吸い込む幸福感。
(・・・・・)
意を決した彼は、水撒きを途中で止め、ユニフォームに水がかからないよう注意しながら手早くホースを巻き取った。
「店長!」
必要以上の音を出しながら扉を開けたパールくんに、店長は眉をひそめた。
既に真夜中のような暗い店内のカウンターで、店長=コボルくん(コードネーム)はグラスを磨いていた。
「どうしたんですか。」
磨いていた手を止める。
コボルくんは男にしては、少し女性的で神経質だ。外見上の話だが。
「庭の花壇、どうにかなりませんか?真っ白で地味ですよ。いい香りもないし、やっぱ華やかさに欠けるとゆーか。」
「ふむ。」
気のない返事をしながら、再びコボルくんはグラスを磨き始めた。
「ほら、お客さんだって、綺麗な庭の方が来るんじゃないですか?」
「ふむ。」
パールくんはカウンター越しに身を乗り出しながら、弁に熱を帯びてくる。
「なんなら、僕、ローズ・コンシェルジュの資格取ったっていいっすよ。で、イングリッシュローズガーデン作りましょうよ!」
「ふむ。」
コボルくんは、曇りひとつないグラスをパールくんの目の高さまで上げると、明かりに透かし磨き具合を確認している。
「・・・・」
「・・で?」
「いや、それだけなんすけど・・」
無表情で頷きながら、グラスを片付ける。
「キミの言いたいことは分かりました。検討してみましょう。ただ、キミの取得する資格はローズなんちゃらではなく、バーテンダーかソムリエが先ではないですか?それとも、花屋に転職しますか?」
「えー、そんなつもりで言ったわけじゃ・・」
焦って、両手でバイバイするように手を動かしながら首も横に振るという、奇妙な動きのパールくんを笑いながら、
「ま、ボクはいいですよ。薔薇でいっぱいにしたってね。」
「え?」
「【薔薇】の意味、わかりますよね?我々【男ふたりきり】の店にふさわしいですね。」
艶然とした微笑。眼鏡の奥の目は笑っているのか?いや、真剣な眼差し。
「あ・・」
危ない目つきに気圧されながら、パールくんはコボルくんの言わんとすることを理解した。
急激に沸騰したように顔を真赤にすると、反転、一気に青ざめ、
「やっぱ、いいです!い、今のままで!ぃや~、ガーベラっていいなぁ!白一色ってのもスガスガしいっすよ!」
少しづつ後ずさりながら、ドアまで辿りつくと逃げるように外へ出て水撒きの続きをはじめた。
コボルくんは思わず苦笑してしまう。
(芳しい薔薇の香りは、お酒の邪魔になりかねませんから、香りの少ない花を選んだんですがね。
彼はもっと勉強が必要です。
しかし、冗談の通じない人ですね。ボクは異性愛者ですよ・・・全く・・・)
[この小説はフィクションですが、登場する人・場所は実在します。]
[もちろん、ニコッとタウン内のだけどね!]




