02 奄美剣星 著 薔薇 『薔薇太子ヘンリー』
――銀河帝国辺境日記――
王国議会は一人の若者に全権を委ねた。
「ヘンリー卿、あなたをランカスター家の当主と認め、さしあたり王太子として推戴する。敵の侵略を止められるのは貴男だけだ。もし敵を撃退したら正統国王として承認したい」
「期待していてくれ、元老院のじいちゃんたち」
王国の有力者で構成される元老院議員たちは推戴したのを後悔した。
「軽い、なんて軽いんだ。あんなので大丈夫か?」
王太子は、騎士の叙任を受けていたのだが、武術大会に出場した試しは一度もない。薔薇の垣根のある庭で、甘く切なげな即興の作曲をしては弦楽器リュートで演奏する。そんな日々を過ごす若者だった。
王国軍は十分でいつでも撃退体勢が整っている。なのに、いつまでたっても王太子の号令がかからないのはどうしたことだろう。しかもここ数か月行方が判らない。
*
はるか未来の出来事である。銀河帝国というものができて久しい。帝国は、帝国直轄惑星のほかに、王侯領惑星、自治都市惑星領、それに教会領惑星といった領邦で構成されている。
ローラシア王国も領邦国家の一つで辺境星系にあり、王位をめぐって百年にわたり、白い薔薇を紋章とするヨーク家と赤い薔薇を紋章とするランカスター家が長らく争っていた。これを「薔薇戦争」という。
戦争末期、漁夫の利を得たのが隣国ウエルズ公国のチューダー家だ。疲弊したローラシア王国にあるヨーク家及びランカスター両家が所領とする植民惑星を次々と占領していった。ためにヨーク家はウエルズ公国と講和し、残すランカスター家が軍門に降れば、王国は隣国に乗っ取られることになる。
*
そしてついに、Xデーがやって来た。
ウエルズ公国軍の宇宙戦艦が王国の制空宙域を突破して、惑星ローラシアに舞い降りてきたのだ。
圧倒的な大軍だった。
王国議会議員も兵士たちも、(やはり、お調子者のヘンリー王太子は逃げてしまったんだなあ)
と、いまさらながらに、あの若者を元首としたことを悔いた。
続々とウエルズ軍の艦隊が空港に舞い降りて来る。
そしてローラシアの人々は信じられないもの目の当たりにしたのだった。
「あ、ども……」
旗艦のタラップから降りてきたのはウエルズの若き女公で、文字通りお姫様抱っこしているのがヘンリー王太子だったのだ。女公は懐妊している様子。
ヘンリー王太子は侵略者ウエルズの婿養子となる形で、チューダー王家の創始者となった。「偉大なる種馬」と歴史に名を記される国王ヘンリー一世が誕生した瞬間である。
生まれた子供はヨーク家の当主と婚姻することになっている。新王朝の紋章は、赤い薔薇に白い薔薇を重ねたデザインとなった。
了




