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自作小説倶楽部 第3冊/2011年下半期(第13-18集)  作者: 自作小説倶楽部
第14集(2011年8月)/テーマ「海」&「サーカス」
11/42

NO.6 紫草 著 海 『海と月と雷鳴と』

注意・この物語はフィクションです。登場する人物・事柄は全て架空のものです。

8月自作/海 『海と月と雷鳴と』


 とある日。会社へと戻る夕刻。生暖かい風のなかに、彼女を見た――。


 海水浴場でもない、その場所は地元の人間が散歩の時に歩く程度の小さな砂浜だった。

 何処からか流れ着いた流木に、彼女は海に向かって座っている。その身をワンピースと呼ぶには長すぎる、白いドレスのような服に包んで。

 その後ろ姿は黒髪が背中まで届くのが分かるだけで、年齢も顔も何も分からない。

 やがて信号が青へと変わり、蒼は車のアクセルを踏み込んだ。少しだけ心残りになりそうな、後ろ姿だけを脳裏に残して。


 暫くして、同僚の口から彼女のことが明らかになった。

 最初は、幽霊を見たと言い出した若手の営業マンからの話だった。

 よく聞くと、彼女は毎週決まった曜日に、ほぼ同じ時間に同じ場所に現れるという。

 そう、あの海岸だ。

 幽霊なわけがないと皆が言うと、でも誰も彼女が動いているところを見たことがないという。

 言われてみれば、蒼が見た時もじっと海を見ているだけだった。

「確かに、動いてはいなかったな」

 思わず呟いた。

「え? 蒼も知ってるの?」

 そう言ったのは、同期の村木だ。

「俺が知ってると意外?」

「お前って、そういうの気にしないヤツだと思ってたから」

 どうとったらいいのか分からない言葉を残し、その後、今夜飲みに行く約束をさせられて、皆仕事に戻った。勿論、残業だ。

 蒼の脳裏に、白いドレスと少しだけ風に揺れた黒髪が蘇った。


 残業を終え、飲み会もお開きとなり、帰り道を一人歩いていた。

 知らず足は、あの海へと向かった。

 昼間の日差しが陰り、夕凪となりつつある時刻だったな、と蒼は思い出していた。

 ふと気づくと、彼女の座っていた流木は少し角度を変え、まだそこにあった。

 潮の香りと波の音が、そこを海だと教えてくれる。暗闇に薄い月が浮かび、少しだけ灯りを届けた。

(彼女が幽霊なら、今出てきてくれればいいな~)

 そんなことを思っている蒼は、充分酔っているんだと自覚しているものの、彼女の座っていた流木に座ってみる。

 どんなに待っても幽霊じゃない以上、彼女は現れる筈もなく、蒼は終電の時間を見計らって海を離れた。


 その日。

 必ず現れるという日に、蒼は再び砂浜の見える道路を走行していた。

 そのまま通り過ぎ、少し離れたところにあるパーキングに営業車を停め海へと戻った。


 確かに彼女はいた。

 同じように大きなツバの帽子をかぶり、白いドレスを着て、流木に座っている。蒼は少し離れた場所に座りこんだ。

 声をかけようかと思ったものの、結局は何も言わず視界の端に彼女を捉え、ただ二人しかいない砂浜で時だけが流れた――。


 刹那。

 遠くで雷鳴が轟いた。

 夕立がくる。

 蒼は咄嗟に彼女のもとに近づき、雨が降ると告げた。

 彼女は振り返ることなく、分かっているとだけ答え、ありがとうという言葉で蒼を遠ざけた。


 雨の前の蒸し暑さが、夏の海を包んでいた。

 蒼は結局、彼女の顔を見ることすらなくその場を離れた。

 車に戻ると、フロントガラスに大粒の雨が叩きつけるように降り始めた。

 彼女は、どうしただろう。あの時間じゃ、まだどこかを歩いているかもしれない。蒼は車を砂浜へと向けた。


 果たして彼女は、あのまま流木に座ったままだった。

 路駐で車を飛び出すと、蒼は彼女の腕を取り、車へと連れて歩こうとした。

 しかし彼女は、それを拒む。

「何?」

「雷が落ちたら、死ねるかもしれないでしょ」

 そう言って初めて振り返った彼女の顔は、静かに涙を流していた。


「俺の大好きな夏の海で、死ぬなんて許さない」

 その言葉は彼女を、現実に戻したのだろうか。

「そうね。雷が落ちるのを待つくらいなら、別の方法を考えるわ」

 彼女はそう言って、蒼の手から放れ歩きだした。

「どうして、そんなに死にたいの?」

 蒼の言葉に、少しだけ歩みを止めた彼女だったが、結局は振り返ることなく歩き出した。


「来週、また来るから」

 蒼の言葉が届いたのかどうかは分からない。

 それでも蒼は、必ずまた何処かで彼女に遇うだろうと思っていた――。


 運命とか、そういうのは考えない。

 ただ彼女だけは、絶対に忘れないと蒼はこの海に誓った。


【了】 著 作:紫 草 

Copyright © murasakisou,All rights reserved.


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