第26話 普通ってのも楽じゃない byふゆい
オルさんに続いてふゆいです。
今回はキャラ登場数過去最少かも。もっと出したいなぁ。
流れがグダグダかもですが、お楽しみいただけると幸いです。
何事にも『これだけは譲れない』ということがある。
人によってはプライド。人によっては恋愛。
それは十人十色で、同じものなんてなくて、それでいて絶対に手加減はできなくて。
いくらお金を積まれても、いくら甘い言葉で誘惑されても、それを諦めることなんてできやしない。
だって俺は、男なんだから。
「……だからって、このエロ本を許容することにはならないんだよ? 冬威」
「いやマジで許してください菜奈さん」
額に青筋浮かべてご立腹な様子の恋人に全力で土下座する高校一年生が一名。
なんか隕石が学園に飛来してきたとか訳の分からん理由で授業が半ドンで終了し、これといってすることがなかったため帰宅した俺だったが、マイホームに興味を持った恋人である七瀬菜奈の願いを聞いてやり一緒に帰還することに。……あ、ちなみに先日告白の返事したんで正式に恋人になりましたぁー。ぱちぱちぱち。
「誰がモノローグでも喋っていいって許可したのかな?」
「申し訳ございません」
もはや背後に般若が潜んでいるじゃないかと探りたくなるレベルで怒りを滲ませている菜奈は、右手に持った俺イチ押しの聖書で頭をぺちぺちと叩いてきている。音だけ聞けば可愛らしいことこの上ないが、この女叩く際に適確にツボを押さえてくるからダメージが尋常ではない。このままでは発毛が促進されてモリ〇ーみたいになってしまうのも時間の問題だ。
さて、そもそもなぜこのような事態になってしまったのか。まぁ察しのいい皆様ならお気づきのことだろう。
家族がいないのをいいことに部屋のあちこちを捜索し始めた菜奈が、俺の鍵付引き出しの鍵を強引にぶっ壊して御開帳♪
いやもうなんていうか、プライバシーってまやかしなんだなって思い知らされましたよ。
「まったく……付き合う前ならいざ知らず、なんで私がいるのにこんなもの見ちゃうのかなぁ」
溜息をつきながらも聖書をペラペラと捲っていく菜奈。時折赤面するのがなんだか可愛らしい。そして同時にあまりの生き地獄っぷりに俺は自殺したい。
そもそも、菜奈は控えめに見ても世間に立派に顔向けできるほどの美少女だ。
腰ほどまで届く白と赤のグラデーションな長髪。幻想的な緑と青のオッドアイ。低めの背に、そして何より豊満な胸部。
特徴がないことが特徴の俺には勿体ないほどレベルの高い少女である。恥ずかしげにエロ本読む光景が扇情的で敵わんよ。
「……なにニヤニヤしてんのさ」
「いやぁ、文句は言いながらもエロ本に夢中になってる菜奈は可愛いなって思って」
「なっ……!」
思わぬところを指摘され先ほどとは比べ物にならないほど赤くなる。肩はわなわなと震え、今にも羞恥で泣き出しそうだ。うわ、めっちゃ可愛い。なんだこの小動物、飼ってもいいかな。
恥ずかしさで思考がショートしてしまったのか、あちこちに視線を彷徨わせる菜奈。とりあえずその手に持った聖書をこちらに渡してくれると非常にありがたいのだが、今の彼女にそこまでの判断を迫るのは酷と言うものだ。下手すると混乱と錯乱の二重苦によって聖典が消失してしまう可能性も否定できない。
ここはなんとか遠回しに正気への回復を試みて、財宝の奪還に移行するとしよう。
俺はいまだに小刻みに震えているハムスター状態の菜奈の両肩を掴むと、一気にグイと引き寄せた。
何故かさらに紅潮を深める菜奈。
「ふぁあっ!?」
「菜奈……俺の話を聞いてくれないか……?」
「え、その、えと……は、はいぃ……」
何を妄想しているのか目を回しながら沸騰し始める巨乳少女。息は荒く、今にも腰が抜けてしまいそうな様子だ。何故だ。何故菜奈はこんなに妙な受け入れ態勢を取っているんだ。コイツは今から俺に何をされると思っているというのか。
「う、うぅ……まだ16歳だけど、イマドキの女の子はみんなこれくらいで初体験なんだよね……? そ、それなら拒否する必要も……冬威だし……」
なにを言っているんだこの天然妄想娘は。
「菜奈、大丈夫か?」
「え? も、もちろんだよ! 覚悟はできたから、いつでもバッチコイ!」
「お、おう……それなら心置きなく言わせてもらうけど……」
変に鼻息荒く決意表明を行った菜奈に若干気圧されるが、気を取り直す。ここでペースを握られてしまえば俺の聖典が手元に返ってくることはまずなくなってしまう。そんな最低の可能性だけはなんとしても回避しなければ。
俺は「むふー!」と気合十分な菜奈の愛くるしい顔をじっと見つめると、出せる限りの輝かしい笑顔を浮かべてから盛大に言い放った。
「可愛いって言っても村野やみずき姉さんの方がずっと美人だからそんなに緊張すんなよ!」
「…………」
殺されかけました。
☆
「……というわけで菜奈に追い出されちゃったので匿ってくださいお願いします」
鈴音学園の用務員室。スパナやらドライバーやらが大量に床に散乱しているそんな部屋のドアを開け放つと、俺は開口一番にそう言い放った。
突然侵入してきた上にとんでもないことを言い出した俺を相手にして気が抜けてしまったのか、ガタイの素晴らしい用務員――江波信彦さんは一度大きく溜息をつくと俺を部屋の中へ招き入れる。一瞬機械油のようなきつい匂いが鼻をついたが、文句を言える立場ではないため我慢することにした。
俺が椅子に座ったのを確認すると、江波さんはいくつもの切り傷が走った顔に呆れの表情を張り付けて「それで?」と会話を再開する。
「いろいろと聞きたいことはあるが、なぜ追い出されたのかを話してみろ」
「俺ん家に隠していたエロ本が見つかって、誤魔化そうとして他の女の方が可愛いよって言ったらぶっ飛ばされたんですよ」
「馬鹿だろうお前」
「薄々気づいてはいたけれど明言されると意外にショックっスわ!」
額を押さえて呻くようにそう言う江波さん。この人見た目は相当怖いのに、感性に関しては極々一般的なものを持っているから非常に相談しやすい。オル先生も気楽に話せる方ではあるけれど、江波さんは江波さんで性根は優しいから話していて結構楽になる。
「でもですよエナミン。恋人にエロ本が見つかった場合って論点をずらすしか解決策ないじゃないですか」
「エナミン言うな。普通に土下座して許してもらえばよかっただろうが」
「土下座した上に殴られて殺されかけたんですけどね」
「お前の彼女に良心というものはないのか……?」
冷や汗をかきながら戦慄する江波さんだが、そんな事実を否定できない自分がいるのでなんとも複雑な気持ちではある。いや、良心はあると思うよ? 優しいし、弁当とかも作ってくれるし。……ただ、ちょっと他の女子に色目使うとヤンデレ化して喉元に包丁突きつけられたりはするけど。まぁ、普通の女子高生だとは思う。
「少なくとも、俺の記憶にある普通の女子高生は恋人に包丁突きつけたりはしないんだけどな」
「でも巨乳ですよ?」
「お前は胸さえデカければそれでいいのか……?」
「結構重要なポイントだと思うんですけどねぇ」
以前幸咲先輩と話していた時にも同じ話題になったのだが、あの先輩は特定の《タイプ》というものを持っていないので保留となってしまったのだ。すべての女子に対して平等に公平に、むしろどちらかというと悪平等に告白を続ける先輩と議論したことがそもそも間違ってはいるのだけれども。クラスメイトじゃ知識は真面目すぎて答えてくれねぇし、アルは純粋すぎて話にならないし。……やっぱりこういうことを話し合うには相手は大人を選ぶべきだろう。経験豊富でいい意見が聞けそうだから。
「お前はホント普通なのか異常なのか分からん奴だな」
「普通ですよ。能力も特技も何もない一般人です。鈴音学園最弱の一般生と言っても過言ではありません」
「……元・死刑囚を前にして、物怖じすることもなく平然と会話を続けているくせにか?」
「くせにです。相手がどんな人間であろうが平等に分け隔てなく会話するっていうのは、今の世の中大切なスキルなんですよ?」
「お前の場合はそれが異常なんだよ。普通にできることじゃあない」
「まぁそれだけしか存在価値ありませんし」
「自分でさらっと酷いことを……」
俺の自虐めいた台詞に苦笑を浮かべる江波さん。なんだかんだ言ってこういう冗談には笑ってくれるのだから、やっぱりいい人だと思う。
まぁ、冗談じゃないんだけどさ。
俺が何の変哲もない一般人だというのは本当だ。紛れもない事実。それだけは確信を持って言える。
だが、周囲にいるのはどこもかしこも異常な奴らばかり。忍者だったりロボットだったり変態だったり、創作上にしかいないような非現実的な存在がわらわらとこの学園に通っている。《普通》な俺が《異常》と見なされるほどに、この学園には異常者が蔓延っている。
例えるならば、彼らは主人公。そして俺はそこら辺でギャーギャー騒いでいる脇役だ。本編には介入しないし、物語を傍観するしかないそんな立場。決して主人公にはなれず、誰かを救うこともできない無力な存在。
そんな俺が脇役としての使命を全うするためには、やはり平等かつ公平に万人と会話することが必要なのだ。
どんな過去を持っていてもその主人公の隣で笑ってあげられる存在に。
決して一人ではないと教えてあげられるような存在に。
すべての主人公達を支えるのが、俺の役目なのだから。
「まぁそんなわけで、しばらく匿ってやくれませんかね江波さん」
だから俺は笑顔を向ける。どんな主人公が相手だったとしても、そいつの《脇役》になれるように。
「……好きにしろ。その代り、匿われている間は仕事を手伝えよ?」
「あ、じゃあいいです。お疲れ様でしたぁー!」
「調子が良すぎないかお前!?」
「だって仕事押し付けられるのは勘弁願いたいですもん。というわけで、これにてドロン」
「好き勝手したまま帰りやがって」とどこか楽しそうに俺を罵倒する江波さんの声に心地よさを感じながら、俺は用務員室を後にする。今頃俺の部屋で悶々としているであろう愛する彼女の元にでも向かうとしよう。土下座の後に二・三発殴られる覚悟はしておかなければ。
これから訪れるであろう自業自得に嘆息しつつも、俺は学園の門を抜けると我が家に向かって足を進めた。
「……七瀬菜奈って主人公を振り回す、トラブルメイカーな脇役ってのもオツなもんだろ?」
そんな俺の呟きは、誰にも聞こえることもなく空に飲み込まれていった。
次回の方の作品もお楽しみに♪