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第9話 ある日の金髪忍者 byプーモ

どうも、順番が回ってきましたプーモです。

未熟ながら、頑張ります。

 キーンコーンカーンコーン……

 授業終了を告げるチャイムが学園中に響き渡った。

 僅かなタイムラグはありながら、大半の生徒は板書を写し終えており、授業に集中していた眼を泳がせる。

 入学式から幾日か経った今日、既に親しく会話する友人たちが出来たらしい級友たちは、各々グループを作り話し込んでいた。

 その例に洩れず、女子顔負けにサラサラな金色の長髪を靡かせる小柄な少年――如月 アルザは出席番号順に並べられた机越しに、少年の肩を小突く。

「大丈夫でござるか、冬威殿?」

「高校って授業長いんだな……」

 隣で机に突っ伏す少年、名を那家乃冬威と言う。

 出席番号の都合上、アルザと近くの席となったためか、仲は良好である。

 とまあ、それ以前に入学初日の元気の良い挨拶で、彼の級内印象は皆からも割合良いところだった。それはアルザも同じで、だからこそ彼と話をし易かったのだ。

 自然、そんなこんなでクラス中心人物の一人と定義付けられた者と共に居れば、彼への注目度も高まる訳だが、それは割愛しよう。

「拙者も疲れたでござる。ところで、次の授業は何でござったか?」

「ええと……げ、体育かよ。着替えるの面倒だな」

 とはいえ、授業の合間の時間は限られている。

 更衣室に移動しようとした冬威だったが……目の前の光景に、呆気に取られてしまった。

「? どうかしたでござるか?」

 不思議そうに顔を覗き込むは、長い金髪を束ねるアルザ。そこは変わらない。しかし……

「いや、何でもう着替え終わってんだよ」

 その、格好。

 今の今まで鈴音学園の学ランに身を包んでいたはずのアルザは、何時の間にか体操着を着用していたのだ。

「変装術の応用にござる」

「その変装がどうなってるんだよ!」

「ヒミツでござる〜。

忍者は他人に術のカラクリは明かさないのでござるよ」

「ちくしょう! この忍者被れめ!」

 実際は被れではなく本物なのだが、それは少年の知り得るところではない。

 甲賀流忍者の中でも特に隠密性に優れ、決して敵に姿を見られることが無かったという如月の忍。

 その秘技こそがこの変装術であり、門外不出の技術なのだ。

「それより冬威殿、早くしないと遅れるでござるよ?」

 アルザが時計を指差す。すると冬威の顔はさっと青ざめた。

「やべえよ! 体育の担当って、あのゴリラみたいな人だろ!?」

 そう、やたらと筋肉質なあの先生、確か男子高校生30人とのいさかいも埃一つつけずに沈められると噂のゴリラ教師。

「で、では拙者はこれにてドロン」

 危機感を覚えたアルザは両手で印を結ぶと、煙幕を張ってその場から姿を消した。

「てめえアル! お前、友達の道連れになろうとは思わないのか!」

 恐らく逆の立場から言われたら耳を貸さないだろう言葉を、それでも冬威は虚空に向けて叫んだ。

 こうでもしないと、やってられないのだった。



「さて、校庭まで早く行くでござる」

 友の犠牲を無駄にしまい。

 そう(勝手な)決意を胸に抱きつつ、アルザは廊下を早足で歩いた。

 ――その途中。

「…………?」

 一応、忍者を名乗るアルザは、その研ぎ澄まされた神経に人の気配を感じ取り、癖で身を隠した。

 曲がり角の先にいるらしい者たちに対し、壁に背をつけて角からそちらを覗く。

 談笑が一帯に響いているその中心には、まだ若手の男性教師の姿があった。

 十波 悠真。

 ダークブラウンの髪を少し長めに切った社会科教師で、『十波バスターズ部』なる部を設立、自ら顧問をしているとか。

 彼は若手ながら……否、若手故か生徒たちの観点から物事を見極めることの出来る、信頼出来る教師だ。

 また、若さからか授業を放っぽりだして生徒たちをグラウンドに呼び出したりする一面もある。 それも彼の人気に一役買っているのだろう。

 幸いにも、この学園の校風から、特に問題視されることも無い。

 アルザも彼とは多少なり面識があり(というか、鈴音学園の生徒の殆どが彼と面識がある)、また彼の性格から、少し悪戯をしよう、などという子供心が顔を出す。

「(むふふ……十波先生、びっくりするでござろうか)」

 笑い出しそうなのを堪え、機会を待つ。

 そして、談笑していた生徒たちが離れ、悠真が一人になった。

 機を窺っていたアルザは、ここぞとばかりに曲がり角から踏み出した。

 悠真がこちらに気づいたようで、視線を送ってくる。そして、僅かに顔を綻ばせた。

「おーい、流菜ちゃん(・・・・・)! これから体育?」

「はい、十波先生」

 そう……アルザは変装術で、自身の幼馴染みであり許嫁である少女、宮院 流菜の格好(ようし)をしていた。

 腰まで伸びた黒髪を、片方に結わいたサイドテール。切れ長の瞳は、柔和な光を帯びている――恐らく、本物と二人並べても見分けるのは至難だろう。

「そっかそっか〜、頑張ってね体育! 僕も授業頑張るからさ!」

「はい。……あ、先生」

「どうかした?」

 明るく訊いてくる悠真。

「先生って、どんな人が好みのタイプですか?」

 一歩間違えれば、自分に気があるのではないか、と錯覚してしまうような声色で、そんな言葉を投げる。

 そしてどうやら彼、悠真もその一歩を間違えてしまったらしい。

「え!? いやー、そのだね、年下とか、かな?」

 後ろめたさを隠しながら、悠真は何とか無難な言い回しで返す。

 本来の彼のストライクゾーンとは多少の隔たりのある彼女(彼)に対しても、当てはまるような言い草だ。

「そうなんですか! それなら、わた――」


 ガツン!


 調子に乗り始めたところで、流菜の容姿をしているアルザの脳天に木刀の一閃。

「あ、頭があぁぁぁあ!

割れるでござるぅ!」

 床をのたうち回り痛みを紛れさせようとするが、一向に痛みが引く様子はない。漫画なら、デフォルメされたタンコブが出来てることだろう。

「いい加減にしなさい、アル。十波先生が戸惑ってるでしょ」

 木刀を腰に挿し直しながら溜め息をついたのは、正真正銘、宮院 流菜その人だった。

 アルザの幼馴染みにして、許嫁の彼女は時に悪戯好きな彼のストッパーともなる。今回の件はその典型と言えよう。

「え、え? 流菜ちゃんが二人……そうか! 影分身の術――」

「先生、落ち着いて下さい!」

「痛いでござる……」

 悠真が盛大な勘違いに陥る前に、アルザはその変装を解いた。

 見覚えのある長い金髪に、誰しも一度は少女と見間違えるであろう中性的な顔立ち。

 何より、21世紀に『ござる』などという言葉遣いをする少年など、悠真に(創作中以外には)心当りは一つしか無かった。

「アルちゃん!?」

「アル『君』でござる!!」

「はは、やだなあ、女の子に『君』は普通は付けないよ」

「拙者は男でござる!」

「はいはい、分かった分かった。分かったからちゃんと女の子用の体操着を着た方が――」

「ぜ、全然分かってないでござるぅぅぅぅ!」

 因果応報――そんな言葉が丁度良い具合のアルザに苦笑しながら、流菜は彼を引き摺ってグラウンドに向かった。



 流菜に引き摺られるままグラウンドに連れてこられたアルザは、持久走をこなしながら自身の許嫁の方を見ていた。

 あちらはあちらで、新たなクラスメートと上手くやっているようである。

 まあ、滋賀の中学でも人付き合いが上手かったのは流菜の方であり、アルザが心配する必要はこれっぽっちも無かった訳だが。

「おいアル。お前俺より早く出たのに何で俺より遅れて来たんだよ?」

 思考の海に身を投じていたアルザに、並走するクラスメート……那家乃 冬威が、訝しげな視線で隣の金髪忍者(仮)を横目に見る。

「色々あったのでござるよ……」

「ざまあみろ。人を見捨てるからバチが当たったんだ」

「むぅ……これから気を付けるでござる……」

 しゅん、と肩を落とした彼に、冬威は呆れたような声で彼の肩を軽く叩いた。

「冗談だって。気にしてない」

 紛れもない本心だ。彼はそのくらいの些事を根に持つ程、狭い器をしてはいない。

 気のいい友人の言葉に、アルザはほっと息を吐く。そして……黒い笑みを浮かべた。

「なら、お先に失礼するでござる♪」

 足を運ぶペースが、先の2、3倍ほどに速まる。

 急加速したアルザに、冬威は唖然と口を開いた。



「時にアルザ君。君の幼馴染みの宮院 流菜ちゃん。可愛いよねー、血液型とか誕生日とかスリーサイズとか知らない?」

 然り気無くセクハラ発言を交えながら、アルザの先輩に当たる少年、幸咲(こうさく) (ぼく)は可愛い後輩の幼馴染み兼許嫁のプロフィール提示を要求した。

 本来であれば、「ああ、スリーサイズね……って誰が教えるか!」ぺシーン! などというツッコミが入っても良さそうな台詞だったが、生憎として彼、アルザはそのような話の流れを知らなかった。

 もっとも、知っていようがいまいが、結果は変わらなかったが。

「知らないでござる」

「……まったまたー」

 先の体育の授業から時と場所は変わり、偶然昇降口でニアミスしたアルザと僕の会話である。

『何処の世界に、幼馴染みな許嫁(かのじょ)のプロフィールを知らないヤツがいるのさ』

「そう仰られても……そうでござる!」

 ポン、と掌に手をおくアルザ。彼の頭に電球が見えそうな仕草に、僕も思わず身を乗り出した。

「とっても優しいでござる!」

「……ああ、へえ、そうなんだ」

「反応薄いでござる!」

「うっわーすっごーマジ感動したー」

「……ぐすっ」

「ごめんごめん。冗談だよ。ジャパニーズジョーク」

 精神(メンタル)面の弱さを見せ始めたアルザに、僕はジョークだとおどけてみせた。

 僕としても、見た目だけとはいえ、少女が泣いている姿を好むような人間性を持ってはいない(実際にはアルザは男だが)。

「とはいっても……許嫁のプロフィールを知らないって、些か問題アリなんじゃないかな」

「そうでござるか?」

「勿論。良いかい、許嫁というのは将来結婚が約束された仲だ。それも双方の親公認で」

「まあ、それはそうでござるな」

「当然、キャッキャうふふしたり、とてもこの場では言えないような卑猥なことも――」

 その続きは、乾いた破裂音により聞くことは叶わなかった。

「幸咲、手前は何時も何時も……! 後輩に、へ、変な事教えてんじゃねぇ!」

 目の前では、闇のような黒髪の少女が――僕への言葉遣いから考えて、アルザの先輩なのだろう――その麗しい外見にそぐわない得物を携えていた。

 それはアルザにも見覚えがあった。

 拳銃。

 近代兵器の中でも特出してポピュラーなモノである。

 彼女は顔を赤く染めながら、僕に銃口を向けていた。

 発砲された僕はといえば、ギリギリのところで避けれた、というよりは外していたようで、傷を負ってはいない。

「あはは、君も相変わらずキツいねぇ。ま、紹介するよ。僕の後輩にして忍者(?)の如月 アルザ君だ――って、おーいアルザ君?」

 紹介しようと振り返れば、先いた場所より二、三歩ばかり後退し、苦無(くない)を構えて臨戦態勢にいるアルザの姿があった。

「お主、何奴でござるか」

 額を伝う汗を拭おうともせず、アルザは誰何の言を吐く。

 彼女から感じる気配には、覚えがあった。人ならざるモノ……即ち、妖魔の類い独特の匂いが。

「あー、流石忍者、ってことか。心配しなくて良いぜ? 一応、人間だからよ」

 少女の言葉に偽りは無い――重要な事を意図的に話していないだけで。

「俺の名は剣崎 杏子。コイツと同じ2―Aだ、よろしくな」

 差し出された手には、魔の気配はあれど、悪意は見当たらない。

 アルザは未だ警戒を露にしながら、それでも彼女の手を取った。

「では、改めて。拙者、如月 アルザと申す者でござる。お見知り置きを」

「ああ、よろしくな」

 無邪気な笑顔にも、悪意は欠片も無い。

 信用に足る人物かどうかは判断がつかないが、悪い人間ではない、ということは理解した。

「えーと、自己紹介が済んだところで話を続けたいんだけど、良いかな」

 頭上に疑問符を浮かべるアルザに対して、杏子は頬を朱にしながら、慌てて手を離した。

「相変わらず初々しい反応だねー、こりゃ間違いなくしょ――ごめん僕が悪かったよ。ともかく、アルザ君。許嫁のプロフィールを知らないなんてあり得ないよ」

「むむう……僕先輩が言うからには、そうなんでござろうな」

 どうやら、アルザは僕のことを随分信用しているようだが、杏子にはそれが疑問に思えてならなかった。

 本人には失礼だが。

「そうだよ。だから――」

 後輩にそれだけ慕われているのであれば、自分もまた彼への認識を変えねばなるまい。

 杏子が、僕を見直している最中。

「彼女をストーキングすれば、万事解決――」

 僕の鼻先を、杏子の全力の右ストレートが掠めた。

「ジョーク。ジョークだよ?」

「成る程、ストーキングでござるな! 心得たでござる! それでは拙者、これにてドロン」

「ああっそんなアルザ君、ドロン! なんて古風な効果音と共に消えないでぇ〜」

「見ろ! 後輩が悪い方に成長してるだろうが!」

 全くもってその通りだった。

「好きな女の娘をストーキングするくらいじゃ無きゃ、男は勤まらないよ」

「そんな程度で勤まらない男なんてやめちまえ!」

「え、ちょ、それだめ――」

 この後何が起こったのか、それを知る者は、当人たち以外には誰もいない。


 僕のアドバイスを受けたアルザは、早速、許嫁である流菜の後をつけていた。

 端から見れば晴れてストーカーの称号を与えられそうなところだが、生憎、アルザと流菜の関係は校内では周知のモノとなっている。

 つまり、「またアルが悪戯してるよ」という生暖かい視線が彼に集まっている、のだが、当の本人、アルザはと言えば。

「(……完璧でござる!)」

 精巧な岩の造り物(目出し用の穴あり)を被っていた。

 確かに、その造りは子細までもが岩の質感を表現しており、岩場での隠れ蓑には打ってつけであった。

 ただ一つ、失敗だったのが。


 ここが、学校の廊下である、ということである。


 学校の廊下、それもど真中に岩が置いてある、などという学校は無い。あったとしても、それは現在のここ、鈴音学園のように異常な場所だろう。

 当然、道行く者は皆、(アルザ)を一瞥するものの、まあいいかと流して行く。

 そして、未だ気付かれていないと思っている金髪忍者。

 鈴音学園の廊下は、今日も平和である。

「……でね、ここがこうで……」

「ふふっ、ならそこは……」

 一方、ストーキングされている流菜は、友人――後で聞いた話では、村野 時雨というらしい――と先の授業の復習をしているようで、歩きながら教材を開いていた。

 対しアルザは、『メ◯ルギ◯ソリッ◯』のス◯ークもかくやという動きで、僅かに岩の造り物を浮かしながら、こっそり(?)と流菜を追っていた。

「「「(……もう段ボールで良いんじゃね?)」」」

 その廊下に居合わせた者たちの心の声が重なった。



「むむぅ、流菜殿、今日は何処に行くんでござろう?」

 放課後、授業が終了したところで、流菜から外出の誘いを受けた。

 付いていきたいところだが、生憎と今は彼女をストーキング中の身であったアルザは、苦々しい表情でそれを断った。

「(ともかく、今はストーキングでござる!)」

 言葉の意味が分かっているかいないのか、アルザは無駄に固く決意を堅め、流菜の尾行を続けた。

 彼女の行き先は近場の商店街であり、女子らしく小物店などに入っては出てくる、を繰り返していた。

 ちなみに、その間アルザは。

「ねーねー、見ておかーさん! あのお姉ちゃん、凄い怪しい格好してるよ!」

「見ちゃいけません!」

 忍者装束に身を包んでいた。

 小さい子からお姉ちゃん呼ばわりされたのは癪であったが、今は尾行を優先すべき。

 アルザは黙って流菜を追い掛ける。

 不意に、彼女が立ち止まった。

 目の前にあるのは、小洒落たブティックだった。

 彼女はすんなり中へ入っていったが、多少男は入りづらい雰囲気だったため、外で待っていようとしたのだが。

「あらお客様、そんなところに立っていらっしゃらなくても、中で見ていって下さい」

「い、いえ拙者は」

「その格好コスプレですか? まぁ可愛い」

「ちょ、待つでござ……!」


 ※5分後。


「あら可愛い。お客様、これどうですか? お安くしときますよ?」

「遠慮するでござる……」

 流されるまま、着せ替え人形のように着替えさせられた金髪忍者が、そこにはいた。

 白いワンピースを着せられ、ツインテールに纏められた髪は、元の中性的な容姿も相俟ってどこからどうみても女の子だ。

「何故こうなるんでござるー!」

 などと、コントのようなことをしている間に。

 流菜が、店を出てしまった。

「あ! 店員さん、早くお代を!」

「えーと、このくらいね」

 差し出された金額に一瞬固まるものの、すぐに財布から足る金額を取り出し、「お釣りは要らないでござる!」と言い捨て、そのままの格好で駆け出していた。

 そのままの格好――即ち、ツインテールと白いワンピース姿で。



 ブティックから出た流菜は、河川敷の坂の上に沿った道を歩いていた。今日は上機嫌らしく、笑みを溢して歩く姿は、道行く人を例外無く振り返らせる。

「〜〜♪」

 鼻唄混じりに歩いていく彼女の腰では、木刀が動きに合わせて揺れていた。

 今日は良い買い物が出来たらしい……左手首に引っ掛けた小さめの紙袋を、機嫌良さげに見詰める姿を見れば、誰でもそう思うだろう。

「アルが来なかったのは残念だけど……お陰で良い買い物が出来たわ」

 今にもスキップでもしだしそうな彼女は、早く寮に帰ろう、とその歩調を早めた。

 ――が。

 河を跨ぐコンクリの橋を横目に通りすぎたところで、ふと。

 彼女はその場に静止し……橋の下の、影になってるスペースを見下ろした。

「やれやれ……この辺にもまだ、ああいう古臭い連中はいるのね」

 折角の上機嫌を台無しにされた気分だ。

 代わりに――ストレスを発散しよう。

 流菜は腰に差した木刀を慣れた手つきで抜いた。



「むふふ……バレてないでござるな」

 女装したままのアルザは、然り気無く河川敷の坂の下から、流菜を尾行していた。

 バレそうなものだったが、良く考えれば自分は今、女装をしているのだ。バレるはずがない――と、自負するが故の大胆な行動である。

 が、元が中性的な彼だ。もしクラスメートが彼の姿を見かけたとしても、分からないことなどある訳が無い。

 自分の女装のレベルがどのくらいか分かっていないアルザは、勢いに乗りストーキング行為を再開した。

「(いくら拙者と分からぬとはいえ、尾行は隠れるスペースの確保が基本。なれば――)」

 アルザが見つけたのは、重厚そうな橋の下……暗くて死角になるそこは、隠れるには正に絶好のスポットだ。

「(あそこに隠れるでござる!)」

 至極単純な思考の流れで、アルザは一時の潜伏場所を橋の下と決めた。

 地を蹴り、常人には出せない速度で橋下に移動したアルザの前には――


「「「ああ゛ァ!?」」」


 強面のオニーサンたちが、たむろしていた。

「(うわぁ……ガラ悪いでござる)」

 正直な感想を内心に押し込み、アルザは目の前の男たちを見定める。

「(ひぃ、ふぅ、みぃ……十八人、武術経験がありそうなのは、禿の人が拳闘、金髪の人とパーマの人がカラーテでござるな)」

「おいおい姉ちゃん、固まってどうしちゃったの?」

「今暇? 俺らと遊ばない?」

 戦力分析が、端から見たらぼうっとしているように見えたのだろう……男の内二人が、アルザの左右の道を塞いだ。

「あ、えっと……」

「いいじゃんいいじゃん。楽しいことしようぜ?」

 奥の金髪……空手を使う(という見立ての)男がリーダー格らしい。彼の下心が籠った台詞に、アルザは総毛立った。

 男たちは勘違いしているが――アルザは、紛れもない男なのだ。

「ま、待つでござる!」

「へえ〜、変わった口調だねぇ。何? サムライごっこ?」

「いえ、そうではなく……拙者は、おと」

「はいはい、良いから良いから」

 言葉の先を言わせて貰えず、道を塞いでいた不良の片割れが、アルザの肩を掴もうとした、瞬間。

 男の身体は空に舞い、そのままコンクリの橋に頭から突っ込んだ。

「……はい?」

 全員、が。

 ポカン、とした表情で、ナンパした少女の方を見た。

「人の許嫁に手を出すなんて、良い度胸ね……このゴミ虫共」

 そこに立っていたのは……ナンパした金髪の少女に負けじと美しい、黒髪の美少女だった。

 呆ける間も無く。

 バコン、と小気味の良い音と共に、もう片側の道を塞いだ男が、天井に頭を突っ込んでいた。

 少女の美しい様相で、気がつかなかった。否、気づきたく無かったのかもしれない。

 彼女が右手に握っていたのは、修学旅行なんかでよく見る、木刀、だった。

 何の変哲もない、木刀。

 だからこそ、用途は学の無い不良にも理解出来た。

 木刀は、斬るために在らず、殴るために在るモノ。

 木刀を握る少女。

 コンクリートに顔を埋める男たち。

 信じたくは無いが――この少女が、馬鹿力で、大の男二人を、吹っ飛ばした?

「アル、大丈夫?」

「へ、平気でござる」

 目の前で、金髪の少女に微笑む少女は、確かに等身大の少女の姿。年頃の、か弱い少女の姿だ。

 なのに。

 何故、そんな木刀(もの)を持っているのか――

 それが無ければ、あるいは否定出来たのに。あわよくば、彼女も含めてナンパしていたというのに。

「や、やれッ! やっちまえッ!」

 気がつけば、男は仲間たちに指示を出していた。いや……指示と呼べる程高等なモノではない。ただの、自決命令か。

 八人掛かりで、一斉に少女に飛び掛かった。

 手にはバットや鉄パイプ、スタンガン、メリケンサック。

 不良が好んで使う武器のオンパレード。

 しかし、そんな在り合わせに過ぎない軽装では、現代に生きる忍には永劫掛かっても届かない。

 気がつけば、男たちは背に強い痛みを感じていた。

 次の瞬間、腹にも似た痛みが。

 殴られた、もしくは蹴られたと認識することも叶わず、手裏剣と苦無の乱れ撃ちで、服が壁に、地面に縫い付けられる。

 そこでようやく、背中の痛みが壁や地面にぶつかったモノだと理解した。

「拙者の許嫁に危害を加えることは、許さないでござる」

 どういう訳か、着ていた服が変わった金髪の少女が、凍えるような視線で持って男たちを串刺しにする。

 その忍者装束は、金髪には至極ミスマッチなモノだった。

「如月家次期当主兼甲賀流如月忍、如月 アルザ」

「宮院家次期当主兼宮院流剣術師範代、宮院 流菜」


「「推して参る」」


 叫びが鼓膜を叩いた、その刹那の瞬間に。

 自分以外の男たちは、全員コンクリートに埋まっていた。

「残るは……」

「貴方だけね、ゴミ虫」

 聞いただけで背筋が凍るような声が突き刺さる。

 何故。何故、少し、ほんの少しだけナンパしようとしただけなのに――

 そんな弁明は、結局口から出てこなかった。

 出てきたとしても、彼女らの怒りは果たして治まっていたかどうか。



「助かったでござるよ、流菜殿」

 帰り道。

 日が傾く道を歩くアルザは、背中歩きで流菜に礼を述べる。

 あの程度の連中なら一人でやれないことも無かったが……加勢してくれたのは心強かったし、何より嬉しかった。

 だからこその、礼。

「普通逆よねえ、フフッ」

 微笑んだ少女……流菜に、アルザはふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「そういえば……さっき、お店で何を買っていたんでござるか?」

「あ、あれね。そうね、ヒントは、明日は何の日?」

「……?」

 小首を傾げながら、アルザは今日の日付を思い出す。

 入学して半月ほど経った今日は、4月24日――

「あっ!」

 ようやっと気づいたアルザは、流菜の方に目をやった。彼女は微笑みながら、手にもった紙袋から、小さめの箱を手渡してきた。

「誕生日おめでとう、アル」

 1日早いけどね、と流菜は小さく舌を出した。

「あ、開けて良いでござるか?」

「勿論。そのために勝ったんだしね」

 丁寧に包装された箱を開けると……中に入っていたのは、銀の十字架だった。

「綺麗でござる!」

「喜んで貰えて何よりだわ。アル、着けてあげる」

「お言葉に甘えるでござる」

 流菜が十字架のチェーンをアルザの首に掛けると、アルザは満面の笑みを浮かべて、その場でくるりと回ってみせた。

 彼の容姿も相まって、プレゼントにはしゃぐ少女にしか見えない。格好は忍者装束という格好なのだが。

「流菜殿、ありがとうでござる!」

 無邪気に笑うアルザに釣られて、流菜の顔も綻んだ。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

「了解でござる!」

 夕暮れの帰り道に伸びる二つの影、その手はしっかりと繋がっていた。

では、次は我らがリーダー十波さんです。

よろしくです〜

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