第5話 w(・∀・)w
はい。今回荒神丸先生の後を引き継ぎますわんここと、オル=トロスです。
まず、今回のお話に登場するコラボキャラクターの作者(下に記載)様、キャラクターを提供していただいた先生、ご覧頂いている皆様に感謝の一文を。
村雨さん、ringさん、エロ神様、プーモさん、心葉さん、荒神丸さん、桜 みずきさん。そして、アマネ先生。ありがとうございます。
ならびに、許可をいただけたものの、実力不足で使えなかったキャラクターの作者さん、ごめんなさい。
微妙に時間軸が違っていたりしますが、お察しください。
それでは、ご覧ください。
どこかの家の一室で、少年ともいえない程小さな男の子は泣きじゃくっていた。部屋には酒瓶や使用用途の定かでないアンプルや注射器までもが転がっている。
「や…もうやめ…」
傍に居る男は男の子を殴り付けて放り投げる。
「うるせえんだよ!クソガキが!」
「捨てないで…捨てないで……」
何故僕は見過ごすんだ。“それ”が一番嫌いなのに…
「…………」
言葉にできない?
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
呆然としていた合間にも男の暴力は止むことなく男の子に振るわれる。
「黙ってろや!」
頭を掴まれた男の子は酒瓶の転がる部屋の隅へと放り投げられる。
男の子の重さに耐えかねて割れた酒瓶が男の子の体に牙を向き、床を鮮血がつたっていく。
「…………」
男が、一歩ずつ男の子に近づく。片手には手近にあったのだろう麺棒が握られてた。
止めろ。もうその子は――いや、違う。“それ”が最初から認められるわけがない。
「…………」
何故、何故声が出ない。これ以上見たくない。なにより、その子が――あぁ…そういうことか。その子は、
「“僕”だ…」
ふと目を開けると、朝の日差しが目に入る。時計は六時半を回ったところで登校には十分許容範囲だ。
「うん、最悪な夢だった。でも、いい朝だ」
そばに置いてある携帯電話が突然鳴り出す。
プルルルルルル…プルルルル――ガチャッ
「僕だけど、誰?」
「お名前をお伺いしてよろしいですか?」
電話からは割と若い女性の声が聞こえる。完全に間違い電話だ。さて、こんな時なんて返すべきだろうか…
「僕の名前?僕、幸咲僕だ。それより君の下着の色と住所を――」
ブツッ…ツー…ツー…
「ままならないものだね…うん、リダイヤルも面倒だからエロ本でも見よう」
部屋の端に積んでいるエロ本を取って読み始める。
「お腹が空いた。ご飯にしよう」
読み終わったエロ本をゴミ箱に入れて台所へ行く。
冷蔵庫の中から野菜と卵、角切りバターと牛乳を取り出す。
野菜は、人参、にら、玉ねぎを細かくみじん切りにしておき、卵をといて牛乳、醤油、みりんを少量入れて野菜を混ぜる。熱したフライパンに油を引いて馴染んだところで野菜が混ざった卵を少しずつ入れ、バターと共にまぜて空気を含ませながら形を整え、皿に乗せて完成。白米はレンジで一分半。茶碗に移す。牛乳をコップに注いで机に置き、料理を並べれば全て整った。
「いただきます」
そういえば、もう新入生も学校に馴染みはじめたぐらいなので告白しにいこうかな…
「ごちそうさま」
食べ終えた食器をながしに移して水を掛け、制服に着替える。
学校指定の鞄の中に今日の授業の教科書とエロ本を入れて閉じ、靴を履いてアパートを出る。
「行ってきます」
「おはよう僕」
通学路の似ている後輩、針谷 龍斗君が声を掛けてきた。
「おはよう。今日も最初に話しかけられたのは男からだった」
「いや…じゃあ、逆に俺が女だったらどうすると?」
「告白する」
「そんなことを言うから引かれて終わりなんですよ。まず相手のどこが好きなのかをしっかり考えて、それから計画をたてて……」
考え方は人それぞれだと思うのだが、そうでもないのだろうか。めんどくさいので三分の三聞き流す。
「十分まともなつもりだけどね。結果はついてこないけど」
「当たり前ですよ。告白とはもっと根拠と証拠、信憑性に重点を置いて考えるんですよ。ただ言うだけなんか話にもなりません」
やはり彼との雑談はつまらなくて楽しい。そして、嫌な予感がする。
「僕~お前限定で持ち物検査や!」
校門の前では何故か竹刀を持った教師、十波悠真先生が居た。
「十波先生、没収されたエロ本まだ見てないんだから返してよ」
何故自分限定で定期的に持ち物検査をされるのだろうか。煙草を持っている生徒も居るというのに…
「嘗めんな。週五でエロ本持ってくる高校生がおるかい」
「残りの二日は持ってきてないじゃないか」
「土日にエロ本持って登校するバカが居るか?」
「先生(笑)」
「そうや、仕事の疲れを癒す大事なアイテム……って、黙っとれ!」
漫才も面白いけど、流石に無理だ。鞄の中からエロ本を取り出して先生に渡す。
「はいはい。これで全部だ」
「はい押収完了。それにしてもよく懲りずに持ってくるな?」
「懲りずに回収する先生のためでもあるんだ。彼女と仕事ができたら返してね」
「おっと、そいつは禁句や。ちょ~っとそこに直れ、介錯したるわ」
「針谷君――先に行っちゃったのか。薄情者だ。良い後輩を持ったなぁ」
既に針谷君は200m位離れた玄関先に着いていた。笑えない漫才はスルーとは流石、合理主義者だ。
「言い残すことは?」
鞄を持ち直して、十波先生に向き直る。
「甘いよ。重り(エロ本)を外した僕(主人公)の速さを知らないとは言わせない」
言い終わると同時に反転、走り出す。今の自分なら50mを大体8秒で走ることができる…世界記録は5秒弱だったけど。
「待て~!」
「断る。あばよとっつあ~ん!」
「待て~今度という今度は逮捕するぞ~!」
よく大切なものを盗むと噂の泥棒の気分は味わえない。十波先生は律儀にもネタに答えてくれたけど。一時間目は次のパターンを考えよう。
いつも通り教室の扉を開ける。
「おはよう、可愛い女子の皆。それと、どうでもいい男子諸君」
「どうでもいい男子から挨拶を返すよ。クラスが変わっても相変わらず僕らしいね」
クラスメイト(友達)の蒼雅 隼騎君が返してくれた。しかし、クラスが変わったからこそ新しい出会いがあるというのに…
「僕は僕さ蒼騎君。ところで、そこのお嬢ちゃん。パンツの色何色?というか何か穿いてる?」
自分の席の一番近くに居たロングヘアーの女の子に声を掛けてみる。
「はぁ!?お前はどういう神経をしてるんだ!?」
彼女が振り向く。この学校は美人が多いが、際立って綺麗だ。それが取り乱している今は更に魅力が増している。
「怒った顔も可愛いぜ。僕の神経はその内見せるからパンツ見せて」
「ふ…ふ、ふざけんなぁ!!」
どこからか拳銃を取り出した…教室内に銃弾が飛び交う。運よく誰にもあたることはなかったが、十数発でそれが終わると、拳銃を放り投げられた。額に当たって床に落ちた。痛い。
「容赦ないんだね。それでも好きだけどね。ところで、名前はなんていうの?」
「はぁ…はぁ…剣坂 杏子だ。今度そんなふざけたことぬかしやがったらこいつをたらふく食わせてやるからな!」
そう言って再びどこから取り出したのか分からない拳銃を指で小突く。
「いや、拳銃はどうでもいい。僕は食べるなら君を食べたいんだ」
「…………」
「もしもーし?」
目の前で手を叩いても振っても応答がない。
「僕、その娘はかなり初心だから…って言っても遅いけどね。剣坂さん、起きて…」
「うん、遅い」
先に言われたところで声を掛けないという選択肢にはならないが。
「相変わらずだねぇ…僕。」
流暢に話しかけてくる声の人物に顔を向ける。
「おはよう紅流君」
紅流 紅兵、飄々としている割には中々の切れ者で侮れないクラスメイト(友達)だ。
「おはよ~。で、早々杏子ちゃんをノックアウトねぇ…」
「ノックアウトされたのは僕の恋心だよ。あの瞬間に好きになった」
「まぁ…僕ならそれでもいいかもねぇ」
「最初の授業を始めるぞ」
名前も覚えていない先生が教室の扉を開け、教卓についた。“ご高説”は面倒くさいので窓の外の景色でも眺めていよう……
ふと気が付くと、景色の眺めすぎで先生が何度か変わっていた。何となく聞いてはいたのでそのうち復習しておこう。
「というわけで、三時間目は体育だ」
不意に先生の言葉を反復してみる。
「体育…着替え…覗こ――」
瞬間、眺めていた木と窓ガラスに小さな穴が一つ開いていた。ほのかに火薬臭いことから察するに杏子ちゃんだろうか…
「…….45口径、残りは六発、次はねぇからな」
消音器を付けた拳銃からは細い煙が見える。確信犯以前の問題だが、分が悪い。
「で、この窓ガラスは?」
「随分痛ぇとこ突くじゃねぇか…しくじったぜ…」
「いや、どっちかっていうと気持ちいいところ――(作者権限により削除)」
「悪ぃな、一緒に探してくれるなんてよ」
「ままならないものだよ…」
異議を申し立てそうな先生は教室を去った後なのでとりあえずガムテープ辺りで補強すれば問題ないだろう。
幸いすぐにガムテープは見つかり、てきとうに切って――
「そのガムテープでひび割れを防いで運びやすくなるという点では、無駄な徒労というものはないでしょうね」
長身にマントを羽織った一見成人男性のような人物が、窓を取り換え、穴の開いた窓を四つ折りに“畳んで”いた。
「君は、何だい?」
明らかに人間ではない。それだけならまだクラスの中にもちらほら居たりもするが、どう考えてもこの人物は部外者だろう。
「その辺の草花のような他愛もない存在でしょうかね?」
「問いに問いで返すのは感心しないけど、結果がいいから不問にするよ。男のことなんか知ってもいいことはないしね」
「己を知るは万を知る。それでは」
意味不明な言葉を言い残し、終始笑顔を絶やさずどこかに行った。一体彼は何なのだろうか…
「リングか…流石だな」
「杏子ちゃんの知り合い?」
「知り合いってのもよそよそしいけど、まぁ間違っちゃいねぇ。あいつはリング。俺が信頼できる奴の一人だ」
「なるほどね。それじゃ、また会おうよ」
体操服を持って更衣室へと向かう。
「は?」
「もう僕たち以外は行っちゃってるよ。それとも一緒に着替える?」
「やっぱり懲りて――」
彼女の行為が言葉を紡いでいるだけの段階の内に逃げておこう。
「先に行ってるよー!」
なんとか五分程度前には着替えを済ませられ、グラウンドに集合できた。
グラウンドでは体育教師であり、担任の神道 天龍先生が待っていた。この人はどうも人とは思えないスペックを誇っており、一部の生徒からは神格化されている。
「さて…刻限になりました。授業を始めます。まずは各自準備運動」
先生の言葉とともに個人個人が思いのままに運動をしはじめた。
個人といっても人間でない生徒も居るので飛行や指一本で逆立ちなどバリエーションは様々だ。
「なんだか場違いのような気もするねぇ…」
紅流君は人間なので普通の運動しかできないようだ。バク中や側転を組み合わせているところを自分から見れば十分凄いのだけど…
「幸咲、準備運動を怠らない!」
「天龍先生が――」
言葉が先生に届いたその刹那、天龍先生が腰に挿している竹光に手を掛けた。視線は射殺すレベルだ…
「なにか?」
「ごめんなさい」
「相も変わりませんが、児戯の域。見逃しましょう」
「相変わらず優しいね。ところで今日は何をするの?」
「クラスも変わったのでレクリエーション代わりに鬼ごっこといきましょう」
「鬼は?」
「まずは私が努めます。が、それ以降は生徒になります」
“普通”の生徒に回ってしまったらアウトな気もするが、そこは何とかなるのだろう。
「全員集合!今日は鬼ごっこをします。これより一分間の逃走時間を設けるので十秒以内に捕まりたくない生徒は500メートル以上距離をとりなさい。それでは…開始!」
自分が鬼にされた場合、誰かに当てられる自信は全くないので全力で先生から距離を取る。
一分間で500メートル以上の距離を取るのは何とかなるが、500メートルを十秒で到達するというのは考え物だろう。
とりあえず建物の陰に隠れて様子をうかがう。天龍先生は瞑想をしているのでまだ一分は経っていないようだ。
「僕もここに来たんだね。テンリュウ先生から逃げるのは不可能な気もするけど…」
蒼騎君が少し離れたところから近づいてくる。場所が似ているのは恐らく同じ考えだったからだろう。
「蒼騎君じゃないか。“普通”同士頑張ろう」
「そうだね…紅流君はともかく僕は普通の人間だからね」
「僕、彼も人間だからね」
「なんだ、お前らもこっちに来てたのか」
どこからか杏子ちゃんの声がした。辺りには隠れられる場所もなく、それらしき気配も姿もないが…どこに居るのだろうか…
「杏子ちゃんだよね?」
「そうに決まってんじゃねぇか。上だよ」
言われるがまま上を見ると丈夫そうな樹の上で仁王立ちをしている杏子ちゃんが居た。姿はかなりシュールだが、存外似合っている感じもある。
「なんでそんなところに居るの?」
「俺の経験上、上を取った者が有利になるんだよ。まぁ、下でも余裕だけどな」
制空権云々は歴史の授業で習ったので何となく彼女の言うことは分かるが、それとは別な好奇心も出てきた。
「なるほどね…」
樹の傍に行き、真上を凝視する。
「お前も登ってくるのか?」
「いいや。ズボンの隙間からパンツが見えるかどうか試しているんだ……もうちょっと光の加減が良かったらいける気がするんだけどなぁ…」
「お前って奴は!!止めろ!今すぐ離れろ!!」
元が可愛いのだが、恥じらう姿もかなり可愛い。元が想像しにくい人間ほどギャップはあるのだろう。
「パンツを穿いてない方が好きなんだけど…」
よく彼女の乗っている枝を見ると、根元の方に亀裂が入っている。このままでは折れてしまうかもしれない。
「撃ち殺し――な!?」
銃を構え、踏み込んだその瞬間、亀裂を境目に枝と樹が離れた。
彼女はバランスを崩しつつ頭から落下するが、猫のように空中で体勢を変え、着地する。
「「剣坂さん!/杏子ちゃん!?」」
おかしい。数十秒経っても恭子ちゃんは立ち上がろうとしない。
「痛ッ……」
「どうしたの?」
「石っころに躓いちまった…こりゃ捻挫だろうな…」
靴下を取ってみると、ほのかに赤く腫れていた。“こういう”怪我は見慣れたものなのですぐに分かる、これは放っておいていいものではない。
「僕、剣坂さんを保健室に連れて行って。僕は天龍先生に報告しに行くから。天龍先生!天龍先生!」
蒼騎君が居て助かった。これで時間の短縮ができる。
「分かった。杏子ちゃん、行ける?」
「ったりめぇだ。一人でも余裕――」
「悪いけど、そういうわけにはいかないんだ。僕は誰かの怪我を放っておける性質じゃなくてね」
「……んじゃ、肩貸せよ」
膝をついたままぶっきらぼうに手を伸ばされる手を掴んで肩口から首を入れ、
「いくよ。1・2・3!」
屈伸運動の要領で直立体勢になる。次の一歩への一呼吸を置いた刹那、辻風のような速度で何かが通り過ぎた。
通り過ぎた何かを確認してみると、竹刀を持っていない天龍先生だった。さっきの速度はどう考えても人間の域を超えているようにしか見えないが、今はそれよりもやることがある。
「話は蒼騎より伺いました。許可します」
「ありがとう、天龍先生。じゃあ、行こう」
「ったくよぉ…まさかお前の手を借りることになるなんてな」
「まぁ…半分位は僕のせいだしね」
もう半分は“運”にでもなるだろう。彼女の運動神経は良さそうなので小石があったのは間違いなく運の要素だ。
「全部だ!」
「もしもそうならその行いの割りには役得できてるね。柔らかいなぁ」
彼女の肩から首を入れて支えているので体温や感触がよく伝わる。
普通に考えて足を怪我した女の子に手を貸しながら保健室に連れていくシチュエーションは中々あるものではない。怪我をすることのない方がそもそも良いのだが。
「く…かくいうお前は随分おかしな体してんじゃねぇか。深くは訊かねぇけどよ」
長袖の服越しにでも分かるのだろうか…しかも、どれだけ変化していようがミリにも満たないものである筈の皮膚の感触を。
「鋭い感覚だね…別に大した話じゃないよ、打たれた鉄は硬くなる。それだけだよ」
「変な奴だぜ…」
保健室の扉を開けると、養護教員の出木 天音先生と後ろのベッドでは数人の気配があった。
「おや、幸咲君。と、剣坂さんですね。どうしましたか?」
「僕は恋患いで、彼女は足首を捻ったんだ。湿布か何かしてあげて」
「幸咲君は恋愛講座で会いましょう。剣坂さんは靴下を脱いで患部を見せてください」
「うっす…」
「そういえば僕達の他にも誰か居るよね」
「えぇ。二人来ていますが、右のベッドに寝ているのは本物ですからね」
つまりもう半分は患者ではないということか。この学校の男女比は丁度半分程度なので女子が居る確率は二分の一、つまり五割。四捨五入すれば十割の確率で女子が入っているということになる。
とりあえず二つあるベッドの内、左側のカーテンを開けてみる。
「先――なんだ、僕先輩じゃないですか。奇遇ですね」
ベッドに横になっていたのは黒に若干赤の混じった髪をした女性的な顔立ちをした男子生徒、零崎 知識君だった。
何故男子がベッドに入っているのだろうか。さっきの計算は間違っていない筈だ。確率計算は完璧な筈だ。
「知識君か、二週間ぶりくらいかな。見たところ健康そうだね」
「いえいえ、僕はただの付き添いです。体調の悪い女性に荷物を持たせたり見送りもなしなんて、考えられませんよね?」
「至極当然の話だね。天音先生が返さないのも頷けるよ」
それに加えて今ベッドに入っているのは女性だという情報も得られたのは嬉しい誤算だ。健康な時なら告白の一つもするのだが、今回は延期といこう。
「ちなみに誰なの?」
後輩のことをよく知っているわけではないが、名前でも知っておいて損はないだろう。
「村野 時雨さんですよ」
「あぁ…彼女か。丁度この前振られたばかりだよ」
あれは会話として成立したかどうか怪しいが、駄目な結果だったというのは分かるので振られた数としてカウントしている。
「そういうわけで僕はもう少し待っているわけです」
「授業をせずに?」
「やる時は全力(百点)ですから。せっかくのベッドなので少し休ませてもらいます」
「そうか。男の寝込みを襲う趣味はないからそのまま帰らせてもらうよ」
知識君からの返答はないので既に就寝しているのだろう。
「幸咲君、ちょっと」
きびすを返すと目線の先では天音先生が手招きしていた。一体なんだろうか。
「何?」
「時雨さんから質問があると。私よりも貴方の方が適任でしょう」
天音先生は博識かつ、当然だが、自分よりも多くの経験をしている。にもかかわらず自分の方が適している質問とはなんなのだろうか…
答えてもいない質問が残っているのに疑問を持つのもおかしい話なので右側のベッドのカーテンを静かに開ける。
「お呼びのようだね。何だい?」
ベッドの上には茶色の短髪をリボンで纏めた、桜のような淡い印象を受ける少女が居た。
「えと…先輩はクラフト先生と親しいですよね?」
オル=トロスのことか…それならばこの学校内で一番付き合いが長いのは自分だ。
「親しいよ。それで、オル=トロスがどうかしたの?」
「その…クラフト先生ってどんな人ですか?」
「変態」
「え??」
きょとんとしつつもかすかに動揺している姿はほんわかとした気持ちになる。
「まぁ…流石にそれじゃ答えにはならなさそうだから、もう少し詳しく説明したいんだけど…でも、その前にどうして知りたいのかくらい聴く権利はあると思うんだ」
「……以前先生とお話しした時に叱られてしまって…どうすればいいか考えているところです」
説教癖でもあるのだろうか…少なくともヒイラギではそんなことはなかった。が、自分を例にしてみると説教癖はあると考えられる。再三“ご高説”を聞いた経験値があるのでいろいろな意味で答えやすい。
「会えばいいんじゃない?」
「そんな…」
「彼は結果じゃなくて意志の方を大事にするから。ついでに言うと、そういう人に手を貸したがるのがオル=トロスだよ」
本人いわく、一過性である結果よりも永続的な意志を確保することに意義があるらしい。勿論その時は聞き流していたが。
「ありがとうございます…それと、先生はほねっこクッキーが好物なんですか?」
「生ごみでも食べるんじゃない?食べ終えたチキンの骨でも与えておけばいいよ」
鳥の骨は縦に裂けやすいので犬に与えると飲み込んだとき内臓に刺さる恐れがあるため、決して与えてよいものではないが、オル=トロスならば問題ないだろう。
「あの…僕先輩はクラフト先生のことを嫌っていますか?」
「男に好意を持つ趣味はないけど、別に嫌いじゃないよ。まぁ、彼の好物が知りたいなら教えるよ。ビーフジャーキーを持っていけば喜ぶよ。ほねっこクッキーは誰かが流した噂でしかない」
「へぇ…」
「ぅぁ……ひゅあ!?何を…くぅ……」
ふと向こうの方で杏子ちゃんの甘い悲鳴が聞こえた。そこから察するに恭子ちゃんは被害者。では、加害者は…
「天音先生、僕も仲間に――」
踵を返して、一歩踏み込もうとした足が床に着く前に、足が置かれる筈だった床が、爆ぜた。散弾銃でも隠し持っていたのだろうか…なににせよ、
「――入れそうもないね。仕方ないから素敵な独唱会を楽しませてもらうよ」
体制は崩さすに耳を傾ける。
「奏者は出木天音が勤めましょう。さぁ、いい声を出しなさい…」
「今ここに来たら……ぶっ殺――ちょ…止め……」
カーテン越しに聞こえてくる甘美な声が非常に心地良い。天音先生も良い趣味をしている…
「僕先輩、助けに行った方がいいと思いますよ?」
「断るよ。行って殺されるのは勘弁願いたいからね。まぁ、僕は死なないんだけどね」
「は、はぁ…?」
「でも、君の言う通りなんだよね。困っている人間が居るなら助けるのは、僕の本能だ」
爆ぜた床を踏み越えて外に出ていく。
それなりに腕力のある筈の杏子ちゃんが後ろ手に縛られていた。足元には散弾銃が落ちていたので最後の抵抗が自分に対するものだったようだ…
「おや、幸咲君。さながら龍退治の騎士のようですね」
天音先生は龍ではなく、どちらかというと魔女だと思う。とりあえず自分には退治できる腕もなければ、話術もないので、
「無事に返さないと担任の先生が黙っちゃいないよ」
「どなたでしたか?」
「天龍先生だよ。敵にまわす危険性は先生の方が知っているんじゃないかな?」
「ふむ…仕方ありませんね。愛で甲斐のある女の子でしたが、見逃しましょう」
「あんただって女だろ…」
「それが女の子を愛でない理由でないのが貴女の運の尽き。そして、私の至福の始まりでしたよ。さぁ、天龍のところに行きなさい。あの子はあれで案外心配性ですから」
自分の知る限りでは、殆どの生徒に真摯に向かい合っている先生なのだからそれも当然か…
「そうだね。行こう、杏子ちゃん」
「礼は言わねぇぞ…」
「“どういたしまして”」
その後、グラウンドに戻り、杏子ちゃんは見学ということになった。
「さて、授業も終わったね。僕は弁当?」
「いや、食堂だよ。蒼騎君達は――」
机を重ねていたり、鞄から何かを取り出そうとするところから簡単に察することができた。
「――訊くまでもないか。じゃあ、しばしお別れだ」
教室を出て、食堂に向かう。最短でもいいのだが、あまり面白味がないので一旦校舎の外に出てみる。
花壇の景色を眺めつつ食堂を目指していると、遠目に用務員の一人が休憩している姿が見えた。よく目を凝らすと、見知った顔なので近くに行く。
「やぁ、江波さん」
黒い短髪で“剛”を体現したようなかなりの筋肉質な体をした用務員、江波 信彦に話しかける。
「幸咲か…どうして俺なんかに話しかけられる?」
「“似た者同士”仲良くしたいと思うのは不思議かな?」
何かを言う必要はない筈だ。最初に会った時は雰囲気で、二度目の時にはお互いを開示した。自分は親友になれると思うが、どうだろうか…
「……」
彼は座ったまま一言も発さない。返事の言葉が出る前に地面に座り込む。
「肯定と受け取らせてもらうよ」
「それにしても、お前はよく持っているな。俺のようになるなよ」
「身体はともかく心は“仲間”が守ってくれたからね。江波さんの“飼い犬”は……見かけないね、散歩かな?」
自分が飼い犬と呼ぶ人間はたった一度会い、話をしただけだが、完全に仲良くなれないタイプの人間だった。
「フッ…あいつを飼い犬ときたか。まぁ…向こうもつかの間の散歩だろう」
ほんの一瞬、彼の口許がほころんだ。話し掛けただけの価値は十分あった。
「心が痛んだら図書館に行ってみることだよ」
「……?まぁ、気晴らしにはうってつけだろうな」
あまり長居すると食券がなくなってしまうので立ち上がり、本来の目的地である食堂へ向かう。
食堂に着くと外の気温と比べて二度以上は違うと感じる程かなり賑わっていて、個人や集団で思い思いの時間を過ごしている。
「あ、僕せんぱ~い!」
自分を呼ぶ声はしっかりと聞こえるものの、姿は……
「その声は…実月ちゃんだよね。けど、どこ?」
「ここですよ」
近くの席から一人の男子生徒、佐藤 渉君が立ち上がった。その横に声を掛けてくれた後輩、佐倉 実月ちゃんが居た。
「やぁ、お二人さん。珍しく恭虎君を見ないね」
「あぁ…ゆきちゃんなら今飲み物と食券を買いに並んでますよ~。僕先輩もどうぞ」
彼女はそう言うと、そばにあった席を引いた。そこに座れということだろう。
「いや、見ての通り何も買ってないし、手伝ってくるよ」
引かれた椅子をそのままにして、券売機へと向かう。
「楽しそうだね恭虎君。ウェイターのバイトでもしたらどうかな?」
実月ちゃんの双子の弟の恭虎君は既に両手のトレーに料理と飲み物を乗せながら器用に席を目指していた。経験からくる結果なのか、才能からくるものなのか…恐らく後者だろう。
「僕先輩じゃないっすか…まったく、楽しいわけもないッスよ」
「だろうね。お姉さんと義兄さんが待っているよ」
あまり話し込んでも料理が冷める上、恭虎君の負担が増えるだけなので早々と会話は切った方が良い。
「そうっすね…それじゃ失礼します」
恭虎君と別れ、券売機で日替わり定食の食券を買って食堂のおばさんに渡す。
数分も経たずにアジフライがメインでご飯と味噌汁のついたトレーが出された。アジフライにはソースか醤油か、はたまた何をかけるべきかと迷う…
結局面倒なので塩をかけて席へと戻る。
「僕先輩おかえりなさ~い」
「ただいま。恭虎君や渉君の料理は普通だけど、実月ちゃんのは精進料理だよね」
実月ちゃんの皿には肉の欠片もなく、それで昼食になるのか非常に気がかりだ。
「お肉は嫌いですから。これでも結構足りますよ」
「僕には無理だね。さて、いただきます」
この高校の学食は値段の割に非常に美味しい。良い素材なのか、良い腕なのか…恐らくその両方だろう。
「ちなみに僕先輩って嫌いな食べ物はないんですか?」
「おと――そんなにないね。食品なら何でもいけるよ。逆に実月ちゃんの好きなものって何?」
「渉ちゃんです」
そういえば二人は恋人同士だった。性別を間違うアクシデントがあったとはいえ、両方に告白して両方に振られたのは良い思い出だ。
「そういえば、二人は今日図書委員かな?」
「え~っと…はい、そうです!」
「じゃあまた会えるかもね。僕は先に行かせてもらうよ」
そう言って席を立つ。貴重な昼休みなので女の子でも探しに行こう。
昼休みは自由に動けるものの、人もまばらだ。
ふと横を見ると、コンクリート質の壁に木目調のカムフラージュシートで身を隠している姿が目にうつった。気配は殆ど感じられないのにも関わらず、シートのミスでかなり目立っているので大半の生徒が生暖かい視線で見守っているが。
「そこの君、ばれてるよ」
沈黙が支配すること数秒間、
「なんと!?拙者の偽装術を見破るとは…そなた、ただ者ではないな!」
カムフラージュシートを一瞬でどこかに消し去って現れたのは金髪碧眼の少――年だった。
「質問に答えよう、僕は僕だよ。君は…さしずめ忍者ってところかな?」
「い、いかにも。拙者、ニンジャの如月 アルザと申す。そなたは?」
「僕の名前は僕だ。名字は幸せを咲かせると書いて幸咲だ」
「よき名でござるな…」
「つけた人間は嫌いだけどね。ところでかわいい女の子を知らない?」
「探し人でござるか?」
「そんなところかな…」
微妙に違うものの、合致していれば間違いではない。
「しかし、見目麗しい女人は数多く在籍しているが故拙者には皆目検討がつかないでござる」
「それはそうだよね。適当に散策するのもいいけど、君のクラスに行ってもいいかな?」
闇雲に動き回るよりも標準を狭めて探した方が効率もいい筈だ。
「ふむ…それでは拙者の――拙者達のクラスへ向かうでござる」
「なるほどね。君は忍者になるのが夢か…」
「サムラーイも捨てがたいのでござるが、父上曰くニンジャの方がカッコいいらしいのでござるよ」
自分には違いがよく分からないが、当人達にとっては人生を左右する死活問題なのだろう。現に普段からああいう修行をしているという姿勢からは忍者になりたいという真摯な気持ちが伝わる。
「忍者も侍も知らないけど、頑張ってね」
「お帰り、アル…と、先輩ですか?」
如月君を迎えたのはロングのサイドテールで綺麗な黒髪が印象的な美少女だった。
「流菜殿。ただいま戻ったでござる」
「流菜ちゃんか。可愛いね、結婚しない?」
「「はぁ!?/なんと!?」」
「いいでしょ?」
「いいわけないじゃないですか!!ねぇ、アル?」
「……」
流菜ちゃんの問いかけにアルザ君は答えない。一体彼は何を思っているのだろうか…
「流菜殿、これが、これが“コイガタキ”というやつでござるか!?」
「違うわよ!」
「その通り、僕が恋敵だ!」
面白そうなのでポケットの中に入っている釘を指の間にはさんで構える。
「先輩、悪ノリは止めてください!!」
「おぉ!始めて見るクナイでござる。伊賀、甲賀どちらでござるか?」
伊賀、甲賀は忍者の系譜…だと思う。が、自分には分からない上、関係ない。
「いや、ホームセンターで買った釘だ。アルザ君はクナイを使うのか。始めに言っておくけど、僕はそんなに強くない」
自分は特別筋力や瞬発力があるわけではない。基本は隠し持って不意打ちをしなければ対等になれないのでノリに合わせてしまったのは大きな過ちだ。
「真の強さとは想う心でござる!」
「それはそうだ。さぁ、始めようか」
「いざ、尋常に――」
キーンコーンカーンコーン……
「予鈴か…分が悪い。帰らせてもらうよ」
釘をポケットの中に入れて背を向ける。
「な…逃げるつもりでござるか!?」
「そうだよ。アルザ君、君は恋敵と言った。僕は略奪してまで欲しい愛なんかない。君はどうなの?」
これは本心だ、誰かを傷つけて得られるものは負しかない。
「それは…拙者とてそうでござるが……」
「そういうことだよ、簡単な話だ。じゃあね、未来の忍者君」
「またいずれ、あいまみえましょうぞ」
教室を出て携帯電話を確認すると、問答で三分経過していた。予鈴は五分前に鳴るので全速力で走らなければいけない……
教室に近づくにつれ、十波先生の声が聞こえる。確か…道徳だ。
「ほんなら…授業を――」
教室の扉を開け、
「はぁ…はぁ……今ならセーフかな?」
「……しゃーない…見んったことにしといたるわ。早よ座れ」
既に息切れはしているが、最後の踏ん張りで席に着き、教科書を出す。
「ほんなら、そうやな…今日の話は感性や。人間である以上はどんな奴も持っとるもんやけど、程度はかなりあるで。そんで……」
早々に面倒な話になってきた。それでも、十分耐えれば平気になる筈だ。
時計を見ながら過ごすこと数分後…
「つって、こんな感じやけど…ぶっちゃけこんな紙っぺらなんかじゃ学べへん。せやからあとは実習。学外に出ぇへんかったら何しといてもええわ」
そう言うと、教卓の椅子にもたれかかっていびきをかき始めた。
十波先生の言っていることは確かに正論だ。教科書から学べることは確かに多いが、道徳というのは数少ない例外だ。
「こんなのでいいのかよ…」
十波先生の授業は受けたことがないのか、杏子ちゃんはあきれている様子だ。
「よくなかったら図書館に行ってみるといいよ。そこの司書長はそういうことには敏感だからね」
「それならなんで行かねぇんだ?」
「その人物と十年以上付き合っていたら寝ていた方がいい気がするんだ」
直接聞くことは殆どなかったが、十年以上の年月は聞くことを不要にするには十分な時間だ。
「そんじゃ、俺は行ってみるか…」
「僕は行ってほしくないけど、行ってらっしゃい」
男子が減るのはどうでもいいが、女子が減られては困る。とはいえ、数十分なので特に気にするほどでもないか。
昼食を食べた後なので睡魔に襲われる。邪魔する人間もいなさそうなので机に伏せる。
「う…ん……授業は終わったのかな?」
「道徳、社会の順だったから、僕が寝過ごしたと思うよ」
「どうしてそこまで知っている蒼騎君が起こしてくれなかったのかを聞きたいけど、まぁいいや。つまり、今日の授業は終わったんだね」
「ホームルームは残っているけどね」
他愛なく話している間に天龍先生が入ってきた。
「大きな連絡事項はありませんが、明日も全員出席すること。本日は以上で終わります、解散」
天龍先生の声が止み、一人、また一人と生徒が減っていく。
「じゃあね。僕はバイトかな?」
「そうだよ。また明日、蒼騎君」
蒼騎君を見送って少し考える。すぐにすぐ図書館に行っても待つだけなので少し本を読んでみよう。
ふと時計を見ると、四時を少し過ぎていた。いつもは学校を四時半に出るので余裕があるとはいえない。少し急いで図書館を目指す。
図書館自体は閉まっていたので、賑わう声が聞こえる司書長室の扉を開ける。
「オル=トロス、そろそろ――やあ、後輩諸君」
「僕先輩!」
真っ先に反応したのは実月ちゃんだった。唯一の女の子が反応してくれるのはありがたいものの、彼氏の居る女の子には何もできないのでどうしたものか…良い後輩なのが救いか。
「男二人はどうでもいいけど、実月ちゃん――今は止めるしかないか。オル=トロス、あまり時間がない」
「おや…そうですね。さて、後もう少しでここも閉めましょうか」
壁にかけてある時計に目を向けると、四時半を回っていた。本当に危ない。
オル=トロスはPCや換気扇の電源を切り、ハンガーに白衣を掛ける。
「先生~まだしょうちゃんにあ~んしてあげてません。してもらってもいません!」
「そうですね……では、恭虎君。君に鍵を預けたいのですが構いませんか?」
「何で俺なんっすか?」
「実月さんはもう既に合鍵を持っているでしょう?」
「勿論です!」
「これが理由です」
恭虎君の座っているテーブルの前には少し鈍くなった銀製の鍵が置かれた。
「……了解っす」
「感謝します。僕、行きましょう」
「あぁ、行こう」
先に司書長室を出て、オル=トロスの車に乗る。続いてオル=トロスも乗り込んでヒイラギに向かう。
「今日も大変そうだね、オル=トロス」
「そうかも知れません」
「ヒイラギに着くまで暇だから、君の話を聴かせてくれない?」
「さしたるものではありませんが…だからこそ暇つぶしにはいいのでしょうね。お話ししましょうか、私の一日を――――」
次回は杏子ちゃんの産みの親ringさんです。よろしくお願いします。