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第4話 初日

どうも荒神丸です。


ようやく執筆が完了しました!

ひと月近くお待たせして本当に申し訳ない!

急ピッチで執筆したためかなり短くなってしまいましたがよろしくお願いします!

 初回の配属先では散々であった。

 敷地内に入るやいなや、一斉に突き刺さる周囲の視線。

 その様な視線にはもう既に慣れていたはずだった。だが、これほどまでの量の視線を受け、かつそれが四六時中続くかと思えばいっそ叫び散らした方が楽だったのではないだろうか。

 しかし、江波の理性はそれを良しとはせず、至って冷静に、それでかつ従順に仕事をこなしていく。

 はじめこそ周囲の視線に気を取られざるを得ない状況が続くも、それを繰り返すうち江波自身この状況に適応しつつあった。

 たとえ周囲の目線が厳しくとも、あの刑務所での暗く不潔な空間を思えば青空の眺め得るこの場所はどこよりも快適に思えたからだ。


 だが、適応を迫られていたのは江波本人に留まらなかった。

 江波を凝視する社会の人間達。頭上の晴天を常とする彼らにとって、この暗い牢獄との同居はそれに対する嫌悪を呼ぶに充分足るものだった。

 ましてや彼らに適応を強要される名分も、江波の様にそれを受け入れるざるを得ない脅迫概念がある訳でも無い。

 ただ、何故自分の所にという理不尽を感じるしか無かった。

 故にそれらの不満が現れるのは必然的であった。

 そしてそれらが、江波本人へと向けられるという事も。


「ああ、またあの死刑囚居るのかよ」


「なんで死刑囚が死刑になんねーの?」


「知ってるか? あいつの手足に付いてるアレ、あいつがキレると爆発すんだってよ」


「え、マジ? ならキレさせたら死ぬんじゃね? わざとじゃありませんでしたーとか、知りませんでしたーとか理由つければさ」


 行く先々でこの様な声が聞こえて来るのも既に日常茶飯事となりつつあった。

 ましてや相手は元死刑囚という立場の低い悪人。遠慮する必要も無ければそれを必要以上に止める者も居なかった。

 そして、時間を置いた頃には彼らはあらゆる理由を持ってその不快を排除しようとする。


「やはりいくら枷が付いているとはいえ、死刑囚を近辺にうろつかせるのは……」


「近隣住民からのクレームにも参っていまして……」


 それはあからさまな理由付けか、あるいは周囲からの反対に圧されての苦渋の決断か。

 中には理解を示し必死につなぎ止めようとしてくれた者達も居る。

 今日まで江波が刑務所の塀の外に居られたのも、彼らからの厚い恩恵に依る所が大きい。

 しかし、それを以てしても労働の場を一つ、また一つと追われるのは避けられなかった。



 黒い政府御用達のワゴン車に揺られながら、江波は外を眺める。

 今回もまた以前の勤務先を追われ、新しい勤務先である学校へと向かう為だ。


「今回はもう少し長く居られると思ったんだけどな」


 ぽつりと呟く江波の言葉。

 それはどこかこの結末を予期していたかの様な諦観を滲ませていた。


「まぁ致し方ない。先方も極力努力はしていたが、今回は色々と分が悪かった」


 熱海が資料のページをペラペラとめくりながら答える。

 前回の勤務場所――公共の施設での清掃員の仕事環境は今までの仕事場に比べると格段に好ましいものだった。

 公共の施設、それも市の運営する場所であったそこは国の新案に対するバックアップは十全であり、かつ労働の場を同じくする従業員からの理解も得られたこれ以上無いと思える程の環境。

 当然、実験に従事するメンバーも、そして江波本人自身も再三に渡る実験の日の出を見る事が出来ると期待した。

 だが、それでさえ周囲の認識という壁はこちらを嘲笑うかのように立ちふさがる。


 死刑囚という見せ物に寄り集まる野次馬、死刑囚に対する更正の余地を良しとしないマスコミ、そしてそれらに同調した或いはそれを大義名分とした民衆。

 様々な要因が重なり、またしても居場所を追われる事になってしまった。


「まぁ、次は少々特殊だ。落胆するにはまだ早いさ」


 熱海の言葉に江波は外の景色から視線を外さぬまま片眉を上げた。


「特殊? 一体何が特殊なんだ? まさかムショの雑用をやるわけじゃないよな」


 あからさまに怪訝な表情を見せた江波は、多少不機嫌な色で答える。

 今までにありとあらゆる勤務場所を転々としてきたつもりだ。そしてそのありとあらゆる場所から追われてきた。

 今更、元死刑囚が来てなんの言われの無い場所といえば囚人など珍しくもなく配り歩く程に見れる刑務所しか思い浮かばなかった。

 だが、それではせいぜい自分が檻の外に居るという事以外、檻に居た頃となんら変わらない。同じ塀の中に居るだけだ。

 檻の外に居るだけまだ自由と言えるが、一度外を知った今、塀の内側はあまりに窮屈に違いない。

 結局は塀の中に帰って来たのと変わらないからだ。


 だが、熱海はそんな江波の懸念に鼻で笑って応えた。


「まぁ、ムショと似たようなものかな。塀の中よりは自由だが」


「……おい、今度は一体どこに行くつもりだよ? 冗談なんて笑えねぇぞ」


 若干、どんな果てに連れて行かれるかと臆した様な声色で江波が尋ねると、半笑いを浮かべた熱海が資料の1ページを見せる。


「忘れたか? ワゴンに乗せられる前にも見せただろう?」


「……ジョークとかじゃなかったのかよ」


 鈴音学園と書かれた資料を見て、江波は腹の中でうなり声をあげる。

 最初、転属先の名を聞いた時は何の冗談かと思った。今までありとあらゆる施設を転々とし、そのことごとくから拒否されてきた。特に学校関連はそれが顕著で、何度か配属された時は生徒の反応はもちろんの事その保護者からのバッシングが凄まじかった。

 「子供への教育」という大義名分もあってか、その勢いは止まる事を知らずひと月と保つ事は無く、実験関係者の間でも学校関連の配属は候補から外すとされていた。

 それが最後の最後になってこれである。

 今回の実験は今までとは状況が幾分も違う。何よりもう後が無いのだ。そんな状況で、恐らくは長く保たないと確信できる場所を何故選ぶのか。


「てめぇ、まさか実験を諦めてとっとと終わっちまう場所を選んだんじゃないだろうな」


「おや、君がこちらの安否を気遣うとは」


「俺自身の安否を気遣ってんだよ。お前らの実験が失敗すればムショに戻されるのは俺だからな」


 多少ムキになっている様に見える江波に、熱海はどうしようもなく笑いが込み上げてしまう。

 それを見た江波が更に熱くなりそうになると、熱海はニヤニヤとしながら手を前に出し制する。


「ほらほら、怒ってはいけない。忘れたかい? 君の手足についているモノを」


 江波は言われて自分の手足を見、舌打ちしながらも引き下がる。

 江波の手足に付けられた装置。それは彼に対する枷であり、同時に喉元へと突きつけられたギロチンの様なものだった。

 手足に装着されたグレーのプラスチックの外装をした腕輪の様な装置は江波の両手両足の神経に繋がれ、特定のストレス――つまりは殺人衝動やそれに準ずる感情、つまり江波が怒りの感情を露わにすると神経を切断する様に設計されている。

 また心臓にも、腕輪と同様の条件で電気ショックによる心停止を誘発させる事が出来る様になっていた。

 もし江波が誰かに対し殺意を抱こうものなら即座に装置のセンサーが彼の心拍数等を察知し瞬時に江波の命を奪うという仕掛け。

 仮に電気ショックによるショック死を免れても、両手両足の自由を奪われ想像も絶する苦痛を味わう事になる。

 当然、そんな無様な状態には冗談でも御免被るものだ。


 大人しくなった江波を見て、「ふむ」と一言呟くと再び資料に視線を戻す。


「確かに鈴音学園はそれ自体ただの学校だ。そうただの学校に過ぎない」


 妙に含みの入った言葉に江波は首を傾げる。

 何故だかわからないが、熱海の口振りからその学園が何か普通でない所であると言っているようでならないのだ。いや、事実そう言いたいのだろう。


「ただの学校にしてはやけにそれを強調するんだな」


 訝しむ表情の江波に、熱海は澄ました顔のまま資料をめくり続ける。あくまでもそれを進んで教えようという気は無いらしい。

 その様子にそこはかとない不安がつのるのはある意味当然だろう。

 少なくとも、何かしら危惧すべき要素があるという訳では無さそうではあるが。


「まぁ、行ってしばらく経てばわかるかもしれんよ。わからないかもしれんが」


「煽るだけ煽るんだなお前は」


 どうあっても教える様子の無い熱海に、彼の底意地の悪さを改めて感じつつも江波はこれ以上の詮索を止める事にした。

 これ以上聞いた所で、彼は曖昧な返答にもどかしい思いをしている江波を見て楽しむだけだろう。


「着いたな」


 熱海の言葉と同時に、江波はワゴン車が停車する僅かな反動を体に感じる。


「さあ、ここが新しい君の職場だ」


 そう熱海に促され車から降りると、そこには見た通りの学校がそびえ立っていた。

 ゆく先々には生徒、或いは教師であろう人々が行き交う様子が見える。

 やはり、囚人が従業員として編入されるという話はそれなり野次馬を呼ぶらしく相当な数の視線を感じた。

 だが、それがいつも感じてきたものと違うという事に江波はすぐに気付く事が出来た。


(なんか、妙に視線に刺々しい感じがしないな)


 いつもなら大抵は自分に視線を向けて来る者は彼に対する恐怖感や嫌悪感というものを隠そうともしない事が多々あるが、今回に限ってはそれがほとんど見られないのだ。

 ただ純粋に珍しいものを見るかの様な視線。

 あまり敵意の混じらぬそれに慣れない感覚からむずかゆく感じる。

 ふと、後ろから熱海が肩を叩く。


「それじゃ、こっちは君のモニターに戻るから。後はいつも通りに、ね」


 そう言って、熱海はワゴン車へと戻って行く。

 新更正プログラムの主旨、それは囚人の首輪を付けた状態での社会更正にある。

 故に、囚人本人が率先してかつ自発的に民間人との接触を行わせるのが好ましい。

 つまるところ、江波に周囲とのコミュニケーションを取れという事である。その第一段階としてまず配属先の従業員のもとへ江波自らの足で赴き配属の簡単な手続きと作業内容の説明を受けるというもの。

 特に何の難しい要素の無さそうなまるで小学生のお使いのような作業だが、囚人が一般人と接するというのは想像以上に互いに取って気難しいものなのだ。

 大抵の人間は囚人である江波に怯えるし、そうでなくとも彼と進んで関わりたがる人間は少ない。

 江波にとっても、話かける度に周りがどよめくこれはあまり好きになれない作業だった。


(まず先に事務室に行くんだっけか……?)


 手続きの為にこの学校の教員が待機しているであろう事務室を探す江波。

 だが、初めて来た施設ですぐに事務室の場所がわかるはずも無い。熱海からの説明もあえてされていない。ならば、彼の取らなければいけない手段は一つだった。


(事務室の場所、やはり誰かに聞かないといけないか……)


 わからないなら人に聞くしかない。だが、見渡せばこぞってこちらに視線が集まっている状況で、こちらから声を掛けるというのは少々気に病まれた。

 なにせ、こちらから話し掛ければ話し掛けられた相手は否が応でも自分と同じく視線を浴びる訳である。ほとんどの人は慌てふためく為、それがとてつもなく気の毒に感じてしまうのだ。その意味では江波は小心者と言えた。

 だが、いつまでも狼狽している訳にはいかない。ありがたい事に、周囲からは何故か恐怖感や嫌悪感を滲ませる者は少なく、まるで転校生か或いは新しく赴任した教員が珍しいといった雰囲気と同じ視線でこちらを見て来るのだ。

 意を決して近場に居た少女に尋ねる。

 ロングヘアのどこかじゃじゃ馬の様な雰囲気の少女は周囲とは違いあまりそこまで野次馬根性を覗かせておらず、本当にただ歩いていたらたまたまこちらを見つけたといった様子だった。


「あー、すまん。ちょっといいか?」


「あ? ああ、俺に聞いてんのか?」


「まぁ、うん、そうだな。事務室の場所を聞きたいんだが」


 人生の大半を刑務所の中で過ごした江波は、すっかり他人とのコミュニケーションが不得手となっていた。特に、相手は明らかに女子高生で、尚更に江波には今まで縁のない人種だった。

 意を決したのは良かったが、少しばかり人選を誤ったかと少し後悔する江波。それだけ、江波には女性に対して免疫が無い。特に奥手という訳でも無いのだが。


「あー、事務室な。それなら俺が案内してやるよ」


「あ、ああ。助かる」


「……? なんだよ、なんかまずかったか?」


「いや、そういう訳じゃない」


「……?」


 正直道順を教えてもらうだけで良かったのにと思ってしまう江波。女性に免疫を持たない彼は女子高生と並んで歩くというのがたまらなく恥ずかしいのだ。

 とはいえ道順を教えてもらうより直接案内してもらう方が確実であるうえ、相手の善意をむげには出来ない。

 しかも相手はこちらがうろたえる様子を見て何か訝しむ様子で首を捻ったが、それ以上は特に詮索もせず歩き出した。


 事務室まで案内してもらう事数分、道案内をしてくれている少女――剣坂 杏子と並んで歩く中、江波は周囲の視線に対する相変わらずの違和感に首を傾げる。

 ひょっとして、ここでこちらを見ている連中の多くは自分が死刑囚だという事を知らなかったのでは無いのだろうか。


「……なあ」


「あん? どうかしたか?」


「いや、お前、俺がなんでここに来たか知ってるか?」


「は? ……あー、いや全然。なんか見ない顔が居るから見てただけだぜ」


「……そうか」


 やはりこの少女は自分が囚人であることを知らなかったらしい。

 どうやら自分が気にしている程、自分の事が話題に上がっていた訳では無いらしい。そう江波が考えた矢先だった。


「あ、もしかしてお前、今度こっちに来るっていう元死刑囚の用務員ってやつか?」


 言われた瞬間、江波は心臓の鼓動が大きくなるのを感じた。

 剣坂はこちらを値踏みするように見るとニヤリとしながら言う。


「……ふーん、3・4人ってとこか?」


「何?」


 江波は突然放たれた言葉に眉をひそめる。

 3・4人というのは自分の殺した被害者の人数。

 その程度の事は新聞か何かを漁ればすぐわかる。だが、この少女はこちらを見ただけでそれを言い当てた。

 まるでその手の人種とは配り歩ける程出会っていると言わんばかりに。


「ま、普通に生活してりゃそんくらいが平均だよな」


「待て、一体何を言っている?」


 江波は少女の言葉にますます混乱する。

 一体何が“平均”だと言っている? “平均”があるならそれ以上に殺した人間も居るだろうが、何故それが“ただの”女子高生の口から出るのだ?


「ま、あんましここじゃ気にしない方がいいぜ。似たような奴は割と多いからな」


 そう言いながらカラカラと笑う剣坂。


 江波は、熱海がやたらと強調していたのを思い出す。

 確かにここ自体はただの学校なのかも知れない。だが、だからといって中身までそうだという保証は無い。

 なにせ目先に非常識がのたまっているのだから。


「……確かに長続きはするかもしれないな」


 ふと、江波は呟く。

 それはどこか自嘲も含んでいる気がした。

本当ならもうちょっと長くする予定でしたが、如何せん時間が……。

予定の三分の一くらいに縮んでしまいましたが、ちゃんと物語として成り立っていれば幸いです。


では、次はオル=トロス・クラフト様ですね。

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