違ふ歓び
純文学かホラーか判りませんが怖いのでホラーにします。
……書きたい……書きたいです。
生まれて始めて、重圧感を感じずに、何故かいま、何かを書きたいという気持ちが芽生えました。
誰に読まれなくとも良い。
私は……今更になって、ようやく、本当に本当にようやっと。
書き出してみたい、という気持ちに成る事が出来ました。
私の一番好きな、夭折し完成されなかった近現代の作家の彼は、自身を終わらせにかかって来た病の床につきながら『書きたい! 書きたい!己の頭の中にあるものを、全部追い出してしまいたい!!』と叫んだそうです。
私は、私は彼に遠く及ばない。漢学の素養もなく漢詩も読めない、足りなく貧しく卑しい身です。
それでも。
彼は私のような者が書くものに良い顔をしないだろうけれども。
私も、私も……書きたい……!
私の好きな作家は、これから、という時にたった三十代前半でこの世を去ってしまった。
私は……無為に命を繋ぎ日々虚しく息をして、何処にも出掛けられず布団かソファーに寝ているだけのだらしのない私なんかの延命なんぞより、彼の命が長く続いて作を研いでいき、彼に大作家として完成して欲しかった。
ーー彼の作を初めて読んだ時の感動を、私は忘れられません。
分厚い世界の文学全集が本棚に並ぶ中、どれにも惹かれず、詰まらなくなり、頁の少ない日本文学選集を気まぐれにパラリと捲った。
ーー数行読んで、私はその選集を抱き締めながら、西日に赤く染まる部屋のなかで泣いていた。
「みつけた……!」
私は直感的に、彼の書くものが自分の中の一番なのだ、私はこの本を読むために生まれ、國文學を追っていたのだ、と思った。
中学1年の柔らかい温かさの中だった。
ーー彼は、もっともっと物を書き出したがっていながら、隠れてしまった。
それなら、私が……、私は……!!
☆★☆
「こりゃあダメだな、ヤバい。自分に酔うにしても、もう少し静かにやってほしいもんだ」
「……困りましたねぇ」
てんで幼稚な、小説の形にもなってはいないものが、手書き原稿で乱筆乱文誤字脱字だらけで毎週10ページ、とある出版社に送り付けられていた。
「読まれる意識がねぇんだよ」
「せめてパソコン使って書いてみてくれませんかね」
「……、怖いんだよな、こういうやつ」
そう。
思い込みの自己陶酔、幼い頭、狭い世界、誰にも何処にも合わせる気のない強い拘り。
ーーそういうものは危険なモノを育て上げやすいーー
「……実際、送り付けてくる実行力がありますからね……怖いですよね、危ないんですよ」
「窓口が怯えてる。でもまだ事件が起こった訳じゃない。どこも動いちゃくれない」
「……どうしましょうね……」
「……」
事務所を引越す訳にもいかない。
越したところでこういう人間は嗅ぎ付けて追いかけて来る。
「やべぇよなぁ」
「ヤバいんですよ……、ん? あ!!」
悩んでいた編者の一人が急に声を上げた。
「お祓い!! 先輩、お祓いに行きましょう! 神頼みですよ、困った時の神頼みです!!」
「……ハァ?」
編者のもう一人は素っ頓狂な疑問符をあげた。
「ほら、言霊、ってあるじゃないですか? 日本の神様って、祝詞あげるとき住所も名前も聞いてくるじゃないですか! で、読み上げてお祓い、じゃないですか! 幸い、向こうの住所も年齢も性格も名前も全部あっちから進んで送られてきてるんですよ?!」
「……」
ーーおまえ、天才かーー
編者たちは、久しぶりに笑い合った。
困った時の。
神頼み。
こんなに頼もしいお相手なんていないのだ。日本に生まれて良かったと成人男性二人は疲れ切ったクマの深い黒い顔で手を叩きあった。
★☆★
女の手は筆を置いた。
固まっていた何かが、彼女の中で焔の音と熱に焼けて、融けて消えていくのを感じた。
あれ、と女は自分の部屋を見回した。
昏く汚れて誰にも見せられないような有様だった。
女の腹が、鳴りだした。
吐き気が女の喉をのぼり、頭に怖気が響いている。
女は自身の毛を掻き毟った。
トイレに駆け込むと、女は上も下もなく、垂れ流し続けた。
……生物として、創作云々どころではいられなかった。女は苦しみ。
2時間ほどでようやくトイレから出て、黄色く脂の染みついた万年床の上に眠った。
☆★☆
「いやー、ほんとに来なくなるとか! やべー、めっちゃスゲェ、神様ありがてぇ」
「あのあと、なんで自分が神頼みなんて言い出したかもう解りませんけど! 効くんですねぇ、なんかサッパリしてます、もう大丈夫な気がする」
「不思議だよなぁ」
「不思議ですよねぇ」
ーー神様ってのは、要るもんですねーー
★☆★
……あの時、私の中から悪いものが全部流し出されたんだわ。こんなに爽快な気持ちになるのは、初めて。
古臭い小さな出版社なんて駄目。
時代は変わったの。
これからは、インターネットで見付けてもらうのが早いんだわ!
たくさんたくさん、スマートフォンで打てるんじゃない!!
私、凄いわ。
うふふ、 世界中をビックリさせちゃうんだから!!
筆を置いた女はネット小説サイトに筆名でユーザ登録をして、毎日のように
打ち込み始めた。




