第6章:ログアウト
激しい一斉射撃の音が途絶えた後。
ジェイク・マーサーのスタジオに残されたのは、耳を聾するような静寂だけだった。
床に転がり、天井のシーリングライトだけを虚しく映し出しているスマートフォンのカメラ。
ジェイクの絶叫は二度と響くことはなく、ただ、主を失った生配信のコメント欄だけが、光速を超えるような速度で流れ続けていた。
【OH MY GOD(嘘だろ)】
【JAKE????(ジェイク????)】
【HE IS DEAD(死んだ、ガチで死んだぞ)】
【WHAT THE HELL IS THIS(一体何が起きたんだ)】
【It's a prank, right? Please(ドッキリだろ? 頼むから嘘だと言ってくれ)】
画面の向こうで十万人以上の人間が目撃した「最高に過激なエンタメ」の結末。
それは、一人の傲慢な配信者が、自らの慢心によって国家の暴力にすり潰されるという、あまりにもあっけない幕切れだった。
◇
数日後。
全米の主要ニュースネットワーク、あるいはネットのトレンドは、この衝撃的な事件の報道で一色に染まっていた。
『過激化する配信文化の末路。登録者数数百万人を誇るストリーマー、ジェイク・マーサー氏が、警察の強行突撃により死亡しました』
『当局の発表によると、事件の引き金となったのは「極めて悪質な偽通報」。何者かがAI技術を悪用し、完璧な偽の音声と犯行声明動画を作成して警察を欺いたとみられます』
『しかし、亡くなったマーサー氏自身も過去に同様の過激な突撃動画を繰り返しており、今回も本物のアサルトライフルを警察に向けて突き出していたことから、世論では「自業自得の狂人による自滅」という冷ややかな声が大半を占めています――』
ジェイクのYouTubeチャンネル、および全てのSNSアカウントは「利用規約違反」として永久BANされた。
過去の動画もすべてネットの海から消去された。
彼が他人の人生を踏みにじって稼いだ莫大な富も、名声も、何もかもが電子の藻屑となった。
彼はただの「AI犯罪に踊らされた哀れなピエロ」として、歴史に記録された。
◇
日本の大手AI開発企業。
昼下がりの静かなオフィスで、真はいつも通り、デスクに向かって淡々とキーボードを叩いていた。
周囲の社員たちは「アメリカの迷惑系が死んだらしい」「自業自得だな」などとニュースを見ながら噂している。
だが、真は全く興味がなさそうに、ただ手元の作業に集中している。
お気に入りのマグカップから、淹れたてのコーヒーの香ばしい湯気が立ち上る。
真はそれを一口啜ると、モニターの片隅に小さく表示されていた「復讐の完了ログ」を、ゴミ箱のアイコンへとドラッグした。
完全に、綺麗に、跡形もなく消去。
アメリカの警察組織という巨大なシステムに、ほんの少しの「バグ」を意図的に流し込むだけで、すべては計算通りに処理された。
法も警察も、海を越えた悪意の前には無力だった。
しかし、AIの計算式(数式)の前では、あの巨大な暴力の国ですら、ただの処理装置に過ぎなかった。
「日本では何もできなかった。アメリカでは、数秒だったな」
自室の静寂の中で、真の口から、冷徹な呟きが零れ落ちる。
その声に感情は一切こもっていない。
ただ、プログラムが正常に動作したことを確認したエンジニアの、あまりにも静かな満足感だけがあった。
真が画面を閉じ、いつも通りの日常に戻ろうとした、その時だった。
ピコン、と。
彼が独自に運用しているAIの自動巡回ログが、新たなアラートを感知して小さなポップアップを表示した。
【新規監視対象:特定完了】
画面に映し出されたのは、一枚の顔写真。
悠人が失踪した直後、ネット掲示板やSNSで、
「あいつマジでメンタル弱すぎ」
「ただの自業自得ww」
と、ジェイクの悪意に乗っかって狂ったような叩き(ネットリンチ)を先導していた、日本の炎上系配信者の男だった。
その男は今も、何も知らずに「次の炎上ネタ」を探してスマートフォンをいじっている。
自分が、世界のすべてを敵に回すよりも恐ろしい「エンジニア」の視界に入ってしまったことすら気づかずに。
「……学習、開始」
真の表情はピクリとも動かない。
ただ、彼の指が静かに、新たな「計算式」を起動するボタンを押し込んだ。
カチリ、と。
新たな破滅のカウントダウンの音が、オフィスに小さく響いた。




