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天穹白騎譚ナイツ&ビースト-死神の少女-  作者: ムロ☆キング
2章 トゥ・ビート・コンバットブーツ
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1話 ブルー・オブリ

 太陽光を眩しく反射する、ディープブルーの装甲。


 澄み切るほどの青空と、煌めく金色のエーテルの風が吹くなか、鉄の巨人が緑色のラインを引いた。


 やや高く、右前方の近い位置を飛ぶクーナの機体、ファルコンⅡは留まることなく位置を変え続ける。追従しているだけなのに、目で追うのがやっとだ。


 加速とともに詰まっていく息に堪え、ようやく追いついたかと思えば、ひらりと機体を翻し今度は左前方を上昇していく。


「戦場で同じ位置を飛ぶことは、撃墜してくださいと言っているようなものです。キャリバー、貴方は私から離れずしっかり着いてきなさい」


 インカムを通して聞こえる涼しい声。


「了解、です……!」


(こっちは返事を絞り出すのがやっとだっていうのに。あの細い身体でどうして平気なんだ……!)


「ロッキーからイーグル、スレイ少年は初陣だろ。よくやってるほうだと思うぜ。ちとスパルタすぎやしないか」


「ロッキー。ロックロック! 副官はキャリバーを鍛えてやってんだよ。それが分からないのかい」


「だけどよ、空中機動なんてろくに経験してないんだろ。いきなり副官殿に着いて飛べなんて、けっこうな無茶ぶりだぜ」


「ロッキー! ギャロップ! ここは戦場ですよ。私語は慎んでください!」


 下で輸送船を護衛しながら、ビーストと戦闘しているはずの二人もそうだが、クーナもまた、その会話に応答する余裕がある。


 これが、訓練と実戦を繰り返した正規軍人の技量……!


 この機体クルセイダを動かせるからと、思い上がったわけじゃない。


 それでも、戦う力があると感じたことは事実。こんなにも確かな実力差があると、少しでも疑わなかったことこそ、自惚れている証じゃないか。


 ……いや、しっかりしろ。弱気になってどうする。この力でもって、姉を、親父を奪ったビーストどもを狩り尽くしてやる。そう誓ったじゃないか。いまは喰いついていくことだけを考えろっ!


 軽やかに先を飛ぶ機体を睨めつけて、スロットルを絞る。


「イーグル! 二匹そっちへ行った!」


「了解。こちらで迎撃します。キャリバー、しっかり着いてくるんですよ」


 クーナ機が、仰向けになったかと思うと、捻じるようにして降下していく。その鋭さに遅れて、膨らんだ軌道で追いかける。


 急激に数字が切り替わっていく、HUDの高度表示。正面右側に、電子音とともにターゲットマーカーが浮かぶ。


 先行するクーナ機から、赤紫色をした光の帯が発射された。


 四枚羽を広げ、撥ねるような動きで避けたその先。更に発射された一射が、肩部分から斜め掛けに胴を焼き貫く。


 残った一体が、大きく旋回して離れる。かと思うと、直角に方向を変えて急速に接近する。


 クルセイダには射撃武器が搭載されていない。装備された予備のライフルの標準を呼び出すが、それよりも早くクーナ機はA.B.Rを発射。同じく一発目を囮にして、二発目で仕留めてみせた。


(すごい。……まるで動きが分かってるみたいだ)


「敵性体の撃墜を確認。輸送船の前方空域に新たな反応があり、ロッキー、ギャロップが交戦中。援護に向かってください」


「イーグル了解。キャリバー、行きますよ」




 ◆   ◆   ◆




「おう、おつかれさん。具合はどうだ?」


 機体を母艦マザーパーチの格納庫に固定すると、解放したコクピットにおやっさんが顔を出す。入隊に付き合ってくれたおやっさんは、隊所属のメカニックとして腕を振るっていた。


「浮いてる感覚にまだケツがムズムズするけど、なんとか慣れてきたよ。でも、まだ全然追いつける気がしない」


 同じく固定した搭乗機の周りで、会話をしているパイロットたちを見る。こっちは関節の節々が痛んでいるというのに、彼らの表情は軽く、まったくそういう気配を感じさせない。


「そりゃあ、当然だろう。俺はパイロットのことは分からねぇが、それでもここの奴らの腕前が一流だってのは分かる。機体をちょっと弄れば、自ずとな。そんなのを相手に、飛び始めたばかりのヒヨッコが追いつけるわけねぇや」


 よくやれてるとは思うがな、とパウチに入った水を投げてよこした。


「スレイ、お前はいまスポンジだ。周りには良い手本がいるんだから、どんどん吸収していけ。……生き残る為にもな。俺も、できる整備は全部やってやる」


「ありがとう、おやっさん」


 おやっさんの懐に仕舞われていた端末が鳴る。


「……了解した。クルセイダのガンカメラ映像と戦闘データだろ」


 押し入ってくるおやっさんとすれ違い、機体から降りる。「提出するから少し待ってな」と作業を始める姿に手を振り、トレーニングルームへと向かう。


 空中戦闘艦ながらも、士気向上の為にと隊員の希望に応じる形で簡易な機材が積まれているそうだ。他にも、こじんまりとした娯楽室なんかもある。


 なだらかな坂のような器具に足を上げて背中を預け、ずり落ちないように足の甲を棒に引っ掛ける。大きく息を吐いて呼吸を落ち着けてから、上体をぐっと起こす。


(腹筋を、ぎゅっと縮めるようなイメージ。イメージ……)


「やっぱここにいた。出撃後ぐらいは、休めばいいのによ」


 逆さに見えるその大男は、大袈裟に両肩を上げてみせる。


「……中尉さん。でも俺」


「だーっ。中尉はなしだ。言っただろ、ここは軍の階級なんざ意味ないんだ。俺様のことはロックロックって呼びな。兄さんでもいいぞ」


「……じゃあ、ロック兄さん。みさなんに追いつくには、これくらい頑張んないと。俺は、まだまだなんですから」


「まぁ、肉体を鍛えるのも当然重要なんだが、お前は追い込みすぎてんだよな。むやみやたらに取り組んだって、休まなきゃ育つもんも育たないぜ」


 眼前になにか柔らかいものが放られる。顔に触れたそれは、一枚のタオルだった。どうやらこれ以上は許してくれなさそうな雰囲気に、諦めて器具から降りる。立ち上がると、今度は小袋が手渡される。栄養補給用のクッキーバーだ。


 途端に鳴る腹の音に、飾りっ気のない銀色の包装を破って齧りつく。


 それみたことか、とロックロックは笑う。


「身体は正直なもんだ。向上心は褒めてやるけど、少しはゆとりを持つべきなんだよ。俺様みたいに歌を歌うのも、最高にイカした気分転換になるぜ。いや、人生を突き詰める学問といってもいい」


 この数日で、抱いていた軍人のイメージはだいぶ変わった。誤解を恐れずいうのなら、軍規とかそう言った厳格な雰囲気がない。あらゆる面で、隊のメンバーは変わり者たちなのだ。


「副官殿もなぁ。もう半年は立つってのに、堅物すぎんのはかわんねぇ。入隊即副官っていう大変なポジションなのは分かるが、もうちょっと気も緩まれば、可愛げもでてくるんだろうに。お前、ドールズの操縦は学んでも、そこまで真似ることはないんだぜ」


「……それ、直接言ってあげたらどうです?」


「もう何回も言ってんの。言って、直らねーの。ありゃ相当だぜ」


 たしかに、クーナの表情はいつでも冷静沈着を現したかのようなもので、感情が向き出しになったり、読み取れることはなかった。


(親父の話を聞いた、あの時だけだな。気持ちが揺らいだように見えたのは)


 端末が鳴る。ベンチにかけてあるジャケット、そのポケットを漁る。呼び出してきたのは、クーナだった。


「今回の出撃行動についての評価を行います。いまどこですか?」


「えっと、トレーニングルームですね」


「そうですか。格納庫よりも私の部屋の方が近いですね。ではすぐに来てください。場所は分かりますね?」


「え、……少尉の部屋ですか? そりゃ、分かりますけど」


 では、とそれだけ言って通信は切られる。ジャケットを羽織ると、ロックロックがにやけた顔で背を叩いた。


「間違っても、手を出すんじゃねえぞ。お前には、まだ早いからな」




 ◆   ◆   ◆




「———聞いていますか? スレイ」


「え、あ……。すいません。聞きそびれました」


「……しっかり聞いてください。貴方の為に言っているのですから」


 クーナは溜息をつくと、細い指でノート型PCを操作し、ガンカメラの映像を巻き戻してから再び解説を始める。だが結局、それも半分も内容が理解できなかった。


 隣に座るクーナの端正な横顔と揺れる銀色の髪が、妙に気恥ずかしい。


(ロック兄さんのせいだ。余計なことを考えちまって、話が入ってこない)


「———いずれにせよ、やはりクルセイダをしっかりと修理しなくてはいけません。技研に戻れば予備パーツもあるはずですから、貴方のクセに合わせて調整しましょう。……さて、スレイも疲れているようですし、今日はここまでにしましょうか」


 映像を消しPCの電源を落とすと、クーナは椅子から腰を上げる。慌てて立ち上がり、ありがとうございましたと返す頃には、背を向けて壁際に置かれたラックから何かを取り出していた。


「お茶でも淹れましょう。といっても、お湯を注ぐだけのものですけど。紅茶でいいですか?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 手で促されて、浮かせた尻をそのまま元の位置に戻す。湯気を立てた白地のティーカップが、飾りっ気のない鉄製のテーブルの上に置かれると、クーナは向かい側に座った。


「どうです? 隊の雰囲気には慣れましたか?」


「あ、はい。みなさん俺に良くしてくれるので、助かっています。それに、おやっさんも一緒に来てくれましたし」


「アグル・イニゲスさんですね。貴方と一緒に、あの方が協力してくれたことは、私たちにとっても非常にありがたいと思っています。あの人ほど技術がある整備士は、そう多くありませんから」


「へぇー、そこまでの人だったなんて。おやっさん、見かけによらず、すごい人だったんですね」


「ええ。あの方がいれば、技研での修理も短い日数で済む。その後の貴方の訓練の時間をたっぷり取れますよ。今日集中できなかった分も、しっかりと」


 口に運びかけたカップが止まる。ちらりと、至極当然と言わんばかりの顔をするクーナを見てから、熱い液体を啜った。


 ちょっと、いやかなり渋い。こういう味と言い切るには、随分とクセが強いと、思わず眉をしかめる。


「すいません。緊張してしまいますよね。白状すると、私は誰かとこういう風に話をした経験が少なくて。レドナからこんなふうにケアをするのも、私の仕事だと言われたのでやってみたのですが……分量、多かったですか?」


「……ちょっとだけ、多いかもしれません、ね」


 クーナも恐る恐るといった様子でカップを口に運ぶ。すると、一瞬動きを止めてからカップを戻し、なんとか口に含んだ分を飲み込んだ。


「……かなり多すぎますね。これは」


 残念そうに目を伏せるクーナが、先ほどまでドールズに搭乗し、苛烈に戦っていた人物と同一なのかどうか疑いたくもなる。ロックロックの言葉や、これまで感じていた印象とは違うしおらしさがある。


 この一面こそ、この人本来の気質なんだろう。そんな思いが胸をよぎる。


 少尉、と声をかけると「作戦中以外はクーナで良いですよ」と返される。だが年上の、しかも軍人の女性を呼び捨てにすることなど、できるわけもない。


「じゃあ、クーナさん。ロック兄さんが、もっと気を抜いた方が良いって言ってたんです。俺もそう思いますけど、やっぱり副官という立場は大変なんですか」


「ロックロックがそんなことを。……まぁ、そうですね。隊長の補佐でもあり、代役を担うことも多い立場ですから、気を張っていることは間違いありません。彼や貴方が言うように、肩の力を抜いたほうが上手くいくこともあるのでしょうが、こればかりは私の性分なのでしょう。なかなか変えられません」


 両手に抱えるカップの、濃い琥珀色をした中身へとクーナの視線が落ちる。


「それに、そうあるべきだと私は思っています。正しい軍人でいることが、私にできるたったひとつの貢献ですから」


 細い肩が、一段と小さく萎んだようにみえる。


「……そんな悲しいこと」


 思わず口に出た言葉を言い切る前に、クーナは立ち上がった。


「引き留めてしまってすいませんでしたね、スレイ。おそらく今日はもう出撃はないでしょう。あとはゆっくり休んでください。がむしゃらにトレーニングに取り組んだところで、一朝一夕で差が埋まるものでもないのですよ」


 どうやら筒抜けらしい。何とも言えない圧を感じ、出口へと向かう。失礼しますと、声をかけ背を向けた時に、ラックの一番上に小さな薬瓶が置かれているのに気がついた。


「あの、クーナさん。お身体、どこか悪いんですか?」


 視線の先の薬瓶に気がつくと、静かに首を振る。


「ああ、これはいわゆる予防薬です。昔から、これがないといけないってラボから処方してもらっているのです。ですが心配いりません。パイロット適性の検査はクリアしてるんですから」


 にこ、と微笑むクーナに、そうですかと返事をして部屋を出る。


 それからしばらく、無駄のない部屋と薬瓶のビジョンが頭に残り続けた。


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