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テイクオフ・ガール

 ———二年前の三月。この世界で生きていく術を学んだ研究機関を、私は卒業した。


「本日をもって、全課程を修了。その類稀なる力が、この星に再び光を取り戻すことを、心から祈っています」


 礼装用の白い手袋をはめた両腕に首飾りをかけられる。間近にみえる所長の顔は化粧によって白く塗られ、その裏にある感情までは読み取れない。


 長年育った住処を去らなくてはいけないことに、不安はある。そうなればもう、自分は一人の軍人なのだ。


 それでも、両肩に触れ、頑張りなさいと囁く言葉にどれほど励まされたことか。


 この世界はいま、危機に晒されていた。


 北極から突如として噴き出した、光すら飲み込む漆黒の霧。世界の各地から噴き出したそれが、星の四割を覆うまでさほど時間はかからなかった。


 霧に触れたあらゆる生物は、人間も含めて無事では済まない。良くて気が狂い、悪ければ命を落とす……世界は瞬く間に、混乱の渦へと落ちていったのだ。


 情報が錯綜し、繋がれていたものを断ち切られた国々は、孤立していく。


 これまでの国際社会は瓦解し、独自に結びついた国同士が身を寄せ合う集合国家が生まれたことは、自然な流れだったのだろう。


 それを加速させたのは、漆黒の霧から現れた異形の怪物。『ビースト』の存在。


 二十メートルを超える巨躯を誇り、明らかな敵意の牙を剥くビーストに対し、人類は無力でしかなかった。


 一縷の望みをかけて投入された、開発途中の人型兵器『ドールズ』。


 人類の持てる頭脳の粋を詰め込み、新機軸の技術も盛り込まれた十メートル程の鋼の巨人は、多くの犠牲を伴いながらも攻勢を押しとどめることに成功する。ドールズは、人類が有する唯一の反抗手段となったのだ。


 ビーストと戦う軍人として、ドールズのパイロットとしての力。


 それこそが、私が研究機関で培ったこの世界で生きていく術……。


「———機体の起動を確認した。イーグル1、カタパルトへの誘導を開始するぞ」


 オペレーターが呼ぶ自身のコールサインに、閉じていた目を開ける。コクピットシートの眼下、左右にあるコンソールには、各部異常なしを報せる緑色の明かりがいくつも灯っている。


 正面やや下に配置された四角いディスプレイには『MD303 - Falcon Ⅱ custom - start up complete』と文字が表示され、メインモニターには退避していく整備士の後ろ姿が見えた。


 そのうちの一人が、振り返り際につばのある帽子を取り、大きく振った。


 その奥には、いくつものケーブルに繋がれた機体がある。機体の傍らで端末を操作していた男性がこちらに気付くと、力強く頷いた。


 音声は拾わなかったが、頼んだぞ、と言われたような気がした。


(……大丈夫。私ならやれる。今度こそ、護りきってみせる……)


 振動に身体が揺らぐ。両肩部分を吊り上げるようにして、上部のレールに機体が固定された。


「先行した戦闘艦マンダヴが既に敵勢力と交戦中だ。続く軽空母レンゴゥからも、順次味方が発進する。イーグル1は交戦エリアに急行し、味方を援護せよ。……敵は飛行型。中型種も多く確認され、損害も出ている。ラボ出身の実力、期待させてもらうぞ」


 パイロットの身体を保護するスーツの上から、握った拳を胸元にあてる。無骨で薄くない生地の感触を感じながら、そこにある首飾りを二度叩く。


 研究所出身の証。死神と揶揄されても仕方のない、落ちこぼれである私の、たったひとつの誇りと存在意義。


 正面の防壁が、上方に畳まれるようにして開く。見果てぬダークブルーの空と、日の出に照らされた橙色の雲海がどこまでも広がっている。


「発艦タイミングをイーグル1に譲渡。いつでもいいぞ」


 操縦桿を握る手をぱっと開き、もう一度ゆっくり握りなおす。広大な空に比べようもなく、窮屈なコクピットの空気を胸いっぱいに吸い込み、吐き出した。


「クーナ・キサラギ少尉、発艦します!」


 ガシャン、と機体を固定していたロックボルトが外れる。視界が一気に後方へと流れ、背中から押しつぶされるような圧力に呻く。


 母艦の後方へと弾き出される。すぐさまバックパックの主翼を展開し、飛行体勢を安定させると、雲海を突き抜け薄暗い海原へと機首を向ける。


 ———モニターに、水滴が走っていく。


 土砂降りの雨が、黒い海面を絶え間なく叩いていた。


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