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妖しいスピリッチャー眼鏡 その3  作者: 山田ヤマダ


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3/3

妖しいスピリッチャー眼鏡 9

修学旅行は沖縄に。芹沢霊が再び。

そして涼子が本腰で莉子のトラウマ治療に乗り出す。


今回短めです。

 1

 私は岩見沢莉子。

 今日は土曜日で学校は休み。

 でも同居の心美は先に起きて学校に行った。

 文化祭以来ダンス部の朝練に出ている。後輩ちゃんたちの指導だそうだ。

 弟・正人に朝食ぐらい食べろと起こされた。正人はすっかり『主夫』が身についた。

 と言っても私のは定番メニュー。

 目玉焼きとトーストとレンチンしたキャベツの千切り。噛みやすいから。あとは野菜ジュース。

 同じく同居している十歳のいとこのミユキが言う。

 「たまには生のキャベツも食べた方がいいって心美ちゃんが言ってたよ。あっためるとビタミンCが壊れるんだって。ビタミンCがないと壊血病になるんだよ。昔の船員さんの病気なんだって。」

 相変わらず説教くさいミユキ。

 「ははあ、最近リンゴをかじると歯茎から血が出ると思ったわ。そのせいか。」

 十六歳になった弟・正人が言う。

 「デコポンでも買ってくる?」

 ミユキ「デコポン?何それ!」

 正人「みかんの仲間?おいしいよ。ちょっとだけ高いけど。」

 十月も下旬。もうすぐ修学旅行がある。

 同居の三人が気を遣ってくれるので体力も付いてきた。

 修学旅行には参加の予定。場所は沖縄。


 土曜日

 今日は涼子に呼び出された。

 地下鉄の出口で待ち合わせ。いつもの喫茶店に。

 喫茶店の前の道端で心美が誰かと談笑している。

 「ああ莉子?」

 「ダンス部は?」

 「竜二が来てセンターの子の歌唱指導が始まったから今日は昼前に終わり。」

 「歌唱指導?」

 「竜二ってアイドルに詳しいじゃん?またダンス部で動画上げるんだけど、悪ノリで歌の上手い子がアイドルソングを歌うって話になったの。」

 「は?」

 「はあ?よね。でも笑っちゃうの。竜二が『そのYOUは『ユウ』じゃなくて『いゆ〜』だ』とか『オンリーじゃないオウンリイィだ』とかさ」

 「はは!何それ!」

 「『いつまでもー』じゃない。『イぃツマデエンモォ』だぁ、とかね。」

 「アハハハ!」

 心美は横の子を見て言った。

 「ああ麻衣ほっといてごめん。」

 横の子が軽く首を振った。

 私がその子の顔を見る前に心美は携帯を見せて来た。

 「ねえねえ、この配信マンガ見て」

 「は?」


 男子が私たちに向かって三人歩いてきた。ガラが悪いチンピラ風。

 ニヤニヤしている。絶対声をかけてくるに違いない。

 突如、横からハイテンションな声!

 「おお!いい女じゃ〜ん!」

 四人目が横から声をかけてきた。その背後には大きな『山犬』の霊がついている。

 『これは危険。私に祓えるだろうか』

 レイコは身構えた。

 横のリリコは機嫌が悪い。前世の男が出てしまう。

 「バカやろ!失せろ!」

 チンピラ「ヒョロヒョロ彼氏には言ってねえよ!喧嘩してんだろ?お前こそ失せろ!」

 リリコは女だ。プライドの高い女だ。前世がテンプル騎士でも今世は女なのだ。

 リリコはブチギレた!

 レイコの霊的な目にはリリコの頭に二本の『ツノ』が見えた!

 黄色くグルグル巻いたネジみたいな二十センチもあるツノが両方の耳の上から生えている。

 レイコは「信じられない」とつぶやいた。

 リリコの鬼の本性が出た!

 「あたしゃ女だよ!!」

 リリコの右ストレートがチンピラの鼻をバチン!と打った。

 山犬の霊が衝撃で跡形もなく消え去った。


 「何これ!!」

 心美「ね?莉子の有名な『農電大野球部殴打事件』ネタにされてるよ。」

 「有名なって、そんなことより、何であたしが鬼なのよ!これ書いたやつ引っぱたいてやる!」

 心美の横の子が言った。

 「ごめん。岩見沢さんのこと、マンガにしちゃった。」

 プロポーションを誇示するようなニットの黒ワンピの女。胸もDかEぐらいありそう。肩までのボブ。首に金色の何かのコインのペンダント。妖艶な雰囲気で大人っぽい。でも顔は普通。私の方が勝っているぐらい。身長はやや私より高い。

 「なによ、あんた・・・」

 引っぱたいてやるなんて言ってしまった。急に怖くなった。初対面は苦手。

 女「私?農電大学一年。社会学部。山添麻衣。」

 「・・・」

 心美から漫画を描いている山添という人物がいるということは聞いていた。

 山添は心美とは中学の同級生。私はその埼玉の中学には、心美の一年遅れで入学して半年で都内に引っ越したのでこの人とは面識はない。山添は心美と一緒に農電大附属高を受験して合格。そして去年卒業と聞いている。心美は一年生の時にアイドル活動で出席日数が足りなくなって留年だったから、山添は私とも同い年。

 別に害がある人物とも聞いていないけど、まずい。引っぱたくとか言ってしまった。

 肩がすくむ。完全に怖くなってしまった。

 涼子「大丈夫?」

 涼子が私の顔を覗き込んで気遣う。恥ずいけど、どうしようもない。

 心美「涼子ちゃん。優利さん今日は元気?」

 涼子「うん、って毎回聞くじゃん。ラインで本人に聞けば?」

 心美「あの人強がりだから体調悪くても言ってくんないし。」

 涼子は山添を見た。

 「あ・・・」

 面識があるみたいだ。

 山添「ああ神宮寺さん。私が高一の時以来ね。」

 「・・・涼子知ってるの?」

 涼子「うん。」

 心美が言う。

 「この子、一年生の時に『ニキータを探せ』てスカ女に行って動画撮って炎上したの。」

 「ああ〜、あの有名なやつ?校門前に隠れて動画回して炎上したやつ?」

 山添は控えめに「炎上炎上言わないで」と言い返した。

 「金髪の生徒がいなくて逆に居なかった証明になったやつでしょ?」

 山添「でもね、後で神宮寺さんにね「あなた霊感あるでしょ」って言ったら逃げたの。」

 あれ?そんなこと分かるんだろうか。

 涼子「う〜ん。てゆうか、あなたの後ろのものに驚いたのですわ。ムカデさん?今日はいなくなってますけど、代わりに白い大きな蛇さんが居ますわ。」

 久々に聞く涼子のお嬢様言葉。

 涼子の通う『スカ女』こと愛悟学園横須賀女子高がお嬢様教育をするので、距離感のある相手にはこうなる。

 涼子本人は「生まれは庶民」と言っているが、ギリシャ彫刻風の美形の顔にお嬢さま言葉がよく似合う。

 でも何?なに?この人そんなに化け物ついてんの?

 山添「ウフ。神宮寺さんって最近はそんなことズケズケ言えるようになったのね。この前、水神さんに行ったから百足神社の方は居なくなっちゃったのね。残念。」

 心美「麻衣は経済繁栄したいんだよね?」

 そういえばそんな神社もあった気がする。参拝で実際に『使いのムカデ』とか『白蛇』とか憑くんかな?

 山添「神宮寺さんが何か言いたそう。」

 涼子「うちの祈願効くのになあって。」

 山添「ああ。神宮寺さんのところは有名だもんね。百万円くれたら信じてあげる。」

 なんて嫌な冗談言うんだろう。感じ悪い女。言えないけど。

 涼子「う〜ん。そうじゃないのですよね。それでは努力がないですわ。」

 山添の悪い冗談に本気で答える涼子。

 お嬢言葉なので説教風にも聞こえる。でも真面目すぎてかわいそうにもなる。

 涼子はそんな私に少しニコッとしてから山添に言う。

 「お金というのは『感謝』が三次元的に形に化したものだから、人の役に立つことをしていれば自然に入って来るものよ。『与える人は与えられる』のは法則なのよ。」

 山添「そんなこと言うけど、いい人って貧乏だよ。」

 「言い切る?」

 涼子「それは『清貧』が好きな人なのよ。でも人のためになる良い仕事を続けるにはコストが必要。そこは知力を使って良い仕事を大きくしてゆくべきですわね。その方が多くの人を助けることができる。」

 涼子はこういう話ならいくらでも出て来る。

 山添「スゴイねえ。でも神宮寺さんの講義聞きにきたわけじゃないけど。」

 涼子「あら、それは失礼しました。」

 心美「ねえ莉子、麻衣も元々オカルト研究会だったのよ。」

 「そうなんだ。知らなかった。」

 心美「マリリンの配信の企画で『廃病院へのバスツアー』って考えたの麻衣だったのよ。」

 「ああ、みんなパニックになって辞めちゃって『ライト・オカ研』ができたやつ?」

 山添「マリリンのやつが「なんか企画ないの」なんて言うから考えただけで、私のせいじゃないもん。」

 心美「麻衣は「みんなやめるなら私も辞める」ってライト・オカ研の方に行っちゃったの。」

 山添「でも動画の方は当たったでしょ?アイデア料いくらか欲しいぐらいよ。」

 心美「麻衣ィ、現場では『怖い!祟る!』って全力で逃げてたじゃん。帰ってからも『動画に名前出さないで!呪われる!』って怯えちゃってさ。麻衣は何ももらう資格なし。」

 でも、スカ女に行った時に、涼子に霊感があるって何でわかったんだろう。

 涼子は私の思いに気づいて聞いてくれた。

 りょ「最初にお会いした時、私に霊感があるって何で分かったんです?」

 山添はニヤッとして言う。妖艶。てかちょっとキモイ。

 「私って霊感があるの。あの時も言ったよね?神宮寺さん?」

 涼子は意外そうな顔をした。

 心美「何言ってんのよ。言うほど霊感ないくせに。どうせ周りの子に聞いて回ったんでしょ?」

 山添「ギク。ウフフ、でも漫画家に限らず絵ェ描く人はちょっと霊能力があるのよ。」

 心美「それ言い過ぎでしょ?」

 山「でも高一の時は山とかパワスポ巡りやってて本当に人のオーラちょっと見えてたもん。神宮寺さんはちょっとオーラ見えたし。」

 心美「ふ〜ん。麻衣が言うと嘘っぽいけど。」

 でも、涼子のはちょっとどころじゃないよね。あれ見えたらビックリしちゃうぞ。見えないっていいね。

 涼子「そういうのはあんまり人に言うことではないですわね。」

 山添は心美のスマホを取り上げて、指をサッとやってから見せてきた。

 「ねえこれ知ってる?」

 巨大な太った悪魔が主人公に剣で斬られる場面。この前のアレだ。

 「でもこれって、聖ニコだよね?山添さん知らないはず・・・」

 山添「あっは〜気づいちゃった?私って霊感があるの。クフ!」

 心美は呆れ気味に言う。

 「メガネ貸したの。」

 「え、なあんだ。」

 「もう、言っちゃうんだから。そうよ。あれ掛けてるとネタが浮かんでくるの。」

 心美「ハハハっ。麻衣ィ、霊感ある人はあんなメガネかけないよ。」

 涼子がこの前かけてたが?

 山添「あれかけて、誰かを見て、ネタないかなって念じてると浮かんでくるの。君たちネタの宝庫じゃん。」

 「私たちを見てた?」

 山添「うん。メガネ借りて少し観察させてもらった。」

 「え、覗きじゃん。だめじゃん。」

 涼子もちょっと不機嫌そうな目をしている。

 山添「ねえ、ニキータってやっぱ神宮寺さんなの?またやればいいのに。美人のお祓い師なんて大繁盛確定じゃん?」

 うわあ。

 いくつもネタにしてる上に、涼子の地雷を二つも踏んだ。

 涼子を恐る恐る見た。

 え、殺し屋のような目をしている。こわ!

 髪をかき上げた。相当機嫌が悪そう。

 涼子がキレると怖い。この間のキラの悪魔祓い以来、怖くて前ほどバカにしたことが言えない。

 何とかしよう。話を逸らすしかない。

 「あの、ね、ねえ、何で私が鬼なの?」

 山添「はあ?あんたキレるとツノ生えるよ。知らないの?」

 「・・・はああ?!」

 山添が驚いて若干怯えた顔で半歩引いた。

 心美「莉子、キレないで。」

 絶句だわ。涼子を見た。

 涼子は目が泳いでから私の目を見て仕方なさげにゆっくりうなづいた。

 「はあああああ?バカやろ!こんなかわいい鬼がいるかよ!」

 心美「あははははは!でもラムちゃんがいるじゃん?」

 「んん、私はあんなキャラではない。でも認めないよ!お前らの見方が間違っている。」

 心美「折れないわねえ。強ええ。」

 涼子は若干怯えた感じ。

 お前が怯える?あたしの方が涼子よりすごくヤバいみたいじゃないか。心外。

 だけど、涼子はなんか考えている目で私を見ている。

 最近あの眼鏡をかけていないので心の言葉も読めないが。今回は聞きたくない。

 涼子「莉子さんの前前世が陰陽師なんだと思う。陰陽師は小鬼を使役したりするし。」

 「ん、ちょっと待ってそれ、あたしが鬼じゃないだろ?」

 涼子「いえ、あのね。前世は巫女さんだから鬼が憑依して入るかも。」

 「はあ?憑依は霊に似た性格の人がされるんだよねェ?鬼が入る私は鬼だし?人でなしってわけだ。」

 涼子「莉子さん、そこまでは」

 「私はどうせ人喰いサディストだよ!」

 心美「誰もそんなこと言ってないじゃん。」

 山添「ふっふ。言葉のチョイスすげえ。」

 涼子「莉子さん違うよ、そうじゃないよ。巫女は無我修行して霊媒能力をつけるから」

 心美がさえぎった。

 「莉子は鬼だよ!」

 「だから何でよ!心美に何が分かるのよ!」

 「ちょっと意地悪だけど正義感があって頼りになる。」

 涼子がうんうんうなずいた。そして「良い鬼」とつぶやいた。

 「うん〜?」

 急に褒めるんじゃない。ムカムカがしゅんと小さくなった。ふざけんなョ。

 「何だ良い鬼って。」

 涼子「凶暴で地獄に堕ちて鬼になる人もいるけど、正義の執行官役の鬼もあの世には居るの。」

 「そんなん知らん」

 山添「でも岩見沢さんって訳わかんない。口が悪い割に大してキレてないの。考えて悪口言ってるの?」

 「キレてるよ!」

 このやろう。数々の空気読めない発言をする常識のないやつに私の性格を評論する資格はないッ!

 山添「うふ。いまもツノ生えてるかもよ?」

 涼子を見る。

 オドオドしてからうなづいた。

 「はア?」

 だからァ、涼子より私の方が怖いみたいな顔すんな。

 「涼子が言うことでもこれは認めないからね!」

 心美「強ええ。」

 山添「岩見沢さんって神宮寺さんには強めなのよね。何で?」

 「何でって、だって、この人ほぼ初対面で『あなたは死ぬ』とか言うし『私の未来が見えない』とか言うし。」

 涼子「いまも見えないよ」

 「悲しそうに言うんじゃない。普通は見えねーし。涼子のそれは絶対間違ってる。」

 涼子が涙ぐんでうつむいた。あ〜あ。しまった。

 「もう・・・ごめん。言いすぎた。泣かないで涼子。いつも気遣いしてくれてありがとう。」

 涼子は両手で顔を覆った。

 「あああ、だいたい山添さんが失礼なこと沢山言うからだよ。」

 山添「え、今の私のせいかしら。まあ、それでも良いけどさ。」

 「いいんかい。」

 涼子が顔を上げて作り笑顔を見せた。

 山添「でも神宮寺さんって、松井礼良にもなんか言ったのよね?ファンの子が騒いでたことあったよ。」

 涼子は鼻をすすりつつ考える。

 「涼子それっていつ?」

 りょ「・・・尾行に気づいた時かな。最初はあの子も目が合うと逃げてたから、ちょっとだけ言ったことがあるの。そのあとは追いかけまわされて怖くて逃げ回ってたけどね。」

 山添が前で聞いてるので、思いで涼子に訊いてみる。『それは『お前は死ぬ』的な?』

 涼子は鼻をすすりつつうなづいた。

 余計なこと言うもんじゃないな。でも今はあいつの将来の危機は去ったんだよね?

 涼子は頷いた。

 思いに直接答えてもらうと楽だな。

 山添「ねええ、松井レイラに何言ったの?わたし眼鏡かけても人の未来はどうしても見えないんだ。教えてよ。またネタにするから。」

 涼子「そういうのやめて。」

 涼子は鼻をすすり、ハッと息を吐いてから向こうに歩き出した。

 だいぶ気分を害したから帰っちゃう?

 涼子の前に大きな女が立ちはだかった。いや、ただ出てきただけか。

 大きい斜めストライプが入った白ダボジャージの女、松井レイラだ。

 「涼子ちゃん」

 涼子の様子?というか表情を見に来た感じの松井。

 でもその顔が驚きに変わって、怒りに染まった。

 レイラが涼子の前からこっちにくる。

 涼子「レイラ?」

 レイラが私たち三人の前に立って言う。冷たく抑揚のない低い声で。

 「泣かしたの誰?」

 ヤベえ。忘れてた。こいつは怖い女なんだ。

 涼子のためなら何でもする女だった。何でもできる。どんなことでも・・・

 涼子がトトッとレイラに駆け寄る。

 涼子「ねえレイラやめて」

 私を上から睨むレイラ。ドキドキが始まる。息が吸い込みづらくなる。

 レイラ「泣かしたの莉子ちゃん?」

 「私かも」

 怖い。寒気がしてきた。たぶん倒れる。

 涼子が後ろからレイラの右手を両手で握った。

 「違うの。レイラやめて。莉子さんのせいじゃないの。莉子さんがありがとうって言ってくれたから」

 レイラが赤い顔で涼子を見た。手を握られたから。わかりやすいやつ。

 ホッと息が吐けた。苦しかった。

 ハッハ言いながら胸を押さえた。心臓に悪い女。

 山添「ええ〜?神宮寺さんが岩見沢さんの未来が見えないって言って、それは間違ってるって岩見沢さんが言ったら泣いたんだよ?」

 涼子が山添を赤い目で睨んだ。

 オイ、丸く収めようとしてくれたのに!

 「山添だってニキータとか美人だとか涼子の嫌がること言ったろ!」

 山添「本当のことじゃん。美人って言われてキレるなんておかしくない?」

 冷静な反論。ムカつく。

 涼子は一瞬何か言おうとしたが、でも不満げに、でも諦めるように向こうを向いた。

 レイラは手を離されたので寂しげだったが、山添を見た。そして、また抑揚なく言う。

 「あんた誰?」

 山「えっ?」

 レ「あたしのこと言ってた?聞こえたけど?」

 レイラは山添に近づいて上から睨む。

 山「デカ・・・てゆうかあんた有名人じゃん。名前ぐらい出すわよ。」

 レイラは低く男みたいな声で聞き返す。

 「何のために?」

 山「えっとね、ま、マンガのネタに」

 レ「は?ネタ?何それ」

 山「あ、あの、ごめん。勝手に」

 レ「あんたって何がしたいの?」

 山「えっ・・・何って・・・」

 レイラが腰を折って顔を近づける。

 レ「聞こえねーけど?」

 山添は何か言おうとしたが涙ぐんでうつむいた。

 確かにこれ怖い。殴られそう。

 鬼だ。鬼がいる。

 涼子がハッとして振り向いて言った。泣いていた。

 「何してんのレイラもういいから!」

 涼子が泣きながらレイラのジャージの裾を引っ張った。

 レイラは小さく舌打ちして山添を片手でトンと軽く突いた。

 涼子「やめて!」

 山添はよろけて私に当たった。

 背中から腰が私に当たってグニッと柔らかい感じがした。

 そんなに太っていないのに私にはない脂肪質の体。

 何だか傷ついた。うらやましい。

 涼子「わたし帰る。ごめんなさい莉子さん。」

 涼子は地下鉄の駅に歩いていく。

 「あたしも帰る。」

 レイラは当然のようについてきた。

 こいつの方があたしなんかよりずっと鬼だろ。

 振り返ると、山添は冗談ぽく「こわいよー」と心美に言いながら手で涙を拭いていた。


 2

 飛行機に乗って沖縄へ。三泊四日の修学旅行。

 窓の下の海を眺めつつ考え事をしている。

 涼子はあの日、霊的に私の記憶意識に入ってトラウマの治療をするつもりだったらしい。

 でも山添やレイラの事ですっかり心を乱してしまい「今日は集中力がもう無い。ごめんね」と横須賀に帰って行った。メインで泣かせたのは私なので私の方が「ごめんね」なのだが・・・

 隣はむっちゃん。さっきまではしゃいでいたが今は寝に入った。深夜の某ダンスユニットの特集番組を見たせいで寝不足だそうだ。私も見たが十二時には寝落ちした。

 後ろの舞ちゃんが席を乗り出して話しかけた。

 「え?莉子さまは?」

 通路の向こうのマキコが言う。

 「黄昏てる。」

 マキコは可愛い顔なのにだいぶ声が低い。ギャップ萌えする。

 舞「ムフ。物思いにふけられておられる?」

 お嬢様の友達がいるという事で最近たまにふざけて『莉子さま』と呼ばれている。

 後席の清美が座ったまま言う。

 「いや、莉子さまは真面目なオカルト研究会準会員なので、クジラとか謎の長い海洋生物とかがいないかをご精査するために下界を拝見されているのだろう。」

 清美はマキコのアニメオタク仲間。普段は言葉少なで気弱そうだが本当は結構気が強くて怖いところがある。今日はよく喋るので修学旅行が楽しくて気分がいいのだろう。

 窓を見たまま静かにツッコミを入れる

 「清美ィ。ボケが長くてツッコミずらい。」

 舞「アハハハ!」

 清美が「フ」と笑いを漏らした。これは珍しい。旅行と飛行機で相当気分が上がってるらしい。普段は口元がちょっと笑う程度が舞ちゃんの爆笑に相当するぐらいなのに。そういうニヒルでクールな清美に親近感を覚えている。清美も「岩見沢氏が居ると私の理解が進むらしい」などと遠回しな親近感を示してくる。

 マキコ「清美、それUMAな」

 清美「未確認生物。」

 マキコ「クラーケンがいたら言ってね。」

 「うるせえね。」

 窓下を見たまま言う。窓の下は雲と白波と船しか見えない。

 清美「いやいや雲の向こうに謎の要塞型UFOとかがいないかを探索されておられるのだよ。」

 「しつけえってばよ。」

 清美「ナルTだ。」

 窓に映るみんながニヤニヤしている。

 

 空港に着いた。ロビーで一旦集合。

 茶髪担任の柏亜紀が大きな声で言う。

 「はい日程確認ね。一日目の今日はまず平和学習としてひめゆりの塔とか摩文仁の丘とかを見学。でホテルで一泊。」

 優芽ちゃんが言う。看護師志望の子

 「遊び気分の生徒達を最初にピリッとさせる目的なんだってさ。」

 「だれ情報?」

 「お姉ちゃん卒業生。」

 柏「こらそこ。そんなことはないッ。裏情報はいいの。二日目は午前は琉球舞踊体験。午後から渡嘉敷島に渡って海水浴して一泊。三日目は島から帰って植物園とか鍾乳洞とか首里城とか観光ルートだね。水族館も。四日目は国際通りでお土産を買って帰る。以上だよ。」

 野球部の蓮司が言う。

 「お土産は買わなきゃいけないんですか?」

 柏「こまけえなあ。普通買うだろ?買わなくてもいいよ。」

 蓮司「買うけどさ。」

 みんな笑った。


 バスに乗って沖縄戦の有名な跡地を周る。

 バスガイドさんが言う。

 「沖縄戦では1945年三月中旬からの空爆ののち、四月一日にアメリカ陸軍が上陸し、地上戦が開始されました。沖縄戦での日本側の死者数・行方不明者数は約十九万人。そのうち半数以上が民間人でした。これは沖縄の当時の人口の四分のーの人が亡くなった事になります。」

 優芽ちゃんが聞いた。あの子は真面目だ。

 「何でそんなに民間人が死んじゃったんですか?」

 ガイドさんは言う。

 「沖縄の人たちは、本土に避難する予定でしたが、本土に行く民間船がアメリカの潜水艦に沈められてしまったんです。ですから45年三月以降はもう逃げることはできませんでした。残された民間人の中で、戦えない人は南北沖縄に避難し、残る大人は正規軍や義勇軍に編入させられたり、中学生や女子学生も志願という形で、少年兵とか看護とかで軍に奉仕を強制されました。沖縄中央部での激戦を経て六月になり、避難住民が多い沖縄南部に日本軍の本隊が転戦して来てしまったので、避難していた民間の人たちに大量の死者が出る事になったのです。」

 『強制という言い方は好かんな』

 えっ?なんか聞こえた。

 『平時じゃないんだ。日本滅亡がかかった一大事だぜ?民間人の戦意ゼロってことはあり得ない。』

 うう?誰だ?霊の声?だよね?

 背後になんか存在感がある。

 でも、こんなこと言うのは誰だか大体わかってる。成仏したんじゃないの?


 ガイドさんとみんなで資料館などを周る。

 アメリカ軍が恐ろしい火炎放射戦車を投入して、五十メートルも火炎を飛ばした事や、海上の軍艦からの艦砲射撃で民間人が大勢犠牲になったことなど、いろいろ説明を受けた。

 戦争中盤には兵士も民間人と一緒に洞窟に隠れていた。

 その洞窟を見学する。

 日本兵が民間人を洞窟から追い出したとか、敵に見つかるから静かにしろと脅した、あるいは泣く子供を殺したなどと言われ、今も評判が悪い。

 みんなと説明を聞きながら洞窟横で立っていたら横から声が聞こえた。

 『日本軍人は『捕虜になるよりは自決する』ように教育を受けていた。当時の『戦陣訓』の『生きて虜囚の辱めを受けず』の言葉を守っていた日本兵たちと、一緒にいた民間人たちが自決させられたとして、現在問題視されている。らしい。』

 だから。誰ですか?まあ聞かなくても分かってるけど。

 『すでに弾薬がない。小銃もない。だから反撃だってできやしない。だからって自殺的に敵に突撃して死ぬという『バンザイ突撃』も禁じられて最後まで戦えと言われていた。陛下が可哀想だからそれを許してやれと言ったぐらいの困窮状態さ。米軍に見つかれば民間人もろとも殺されるんだぜ?厳しい厳しい状況さ。』

 ベラベラ喋るわね。メガネもせずに霊の声が聞こえるようじゃ私もおしまいだわ。

 『ここは戦争のことを考える環境だからな。波長が合いやすいのだろう。君は一通りの知識があるからな。その上に君らとは縁ができたから話しやすいのさ。』

 芹沢さんでしょ?

 『芹沢勇次郎だ。この前はありがとう。おかげで俺も一旦成仏し、今は天使たちの指導を受けながら、手伝いのために、地上の未成仏霊や地獄霊たちを救う仕事をしている。』

 一応、成仏したのね?

 『うん。俺は霊になったことも知っているし、あの世に家もある。でも、今も言いたいことはあるんだ。』

 成仏した霊は自由に地上に来られるの?

 『一般には禁止されている。成仏した霊があまり現れないのはあの世が楽しいからだけではない。一般人の霊が地上に来るにはリーダー格の霊の許可がいるだろうな。地上は修行場だから、一般の霊にとっては危険な所でもある。地獄から来る奴らは違反だ。でも霊には距離も時間も関係ないので、互いの考え方が似ていれば同通して、霊が地上人に来てしまう事はある。あと、地上人があんまり必死に呼ぶと行かざる得ないな。そのほかは守護霊というものが一人一人にいるから地上人はそれが面倒見るはずだが、あの世の仕事が忙しい場合は呼ばれたら行くぐらいだな。でも地上人が危機の時には駆けつける。まあでも、一般人の守護霊なんか寝てる奴が多いんだが。例外はお盆だな。あれは地上人も霊の方もそういう信仰を持っているから、その時期は縁が繋がって地上に来られる。でも、菩薩とか天使などの、霊格が一段高くて任務を持った霊が救済活動や地上人の指導のために地上に来ることは自由だ。』

 やっぱり細かい。詳しいですね?

 『あの世のことはこっちで最近学んだことだが、俺も戦争に関しては地上で八十年も研究してたから準専門家と言っても良いだろう。地上の戦争に対するあの世での評価を勉強中だ。』

 はあ、そうすか。で?何すか?

 『まあ、そう投げやりになるな。しばらく聞け。沖縄から帰ったらもう話もできんと思うから。』

 そう願いますよ。

 『問題の根はな、米軍は捕虜や民間人の保護をするという国際条約を、少なくとも守る姿勢はある軍隊だったということだ。戦前戦中の中国ではそれは通用しなかった。中国大陸では捕虜も捕まった民間人もそれは酷い目に遭わされたからな。先程言った『戦陣訓』というのはそれで出来たんだ。米軍は中国軍とは違っていて、ほとんどの場合、軍人や民間人が降伏・投降しても拷問されず、殺されず、食事にありつけたという事だ。」

 キッツい話ですね。

 『多くの日本人はそんなこと信じてもいなかったからな。当時は『欧米はアジア人を差別して奴隷扱いする』として『大東亜共栄圏を作るんだ!これは抗議の聖戦だ!』として戦争していたわけだし、アメリカ・イギリスは敵だし『鬼畜米英』として憎み蔑んでいた。あいつらがそんな人道的な条約を守るとは思っていないし、現に民間人への空襲とか民間船舶への攻撃とかもされていたからな。民間人が日本軍人と一緒に集団自決したとしても、それは絶望の中で選んだ究極の選択だろうよ。それは、後の満州での悲劇のようなことを避けようとした結果だ。』

 あれも怖い話ですね。

 『でも、満州のお隣の『内モンゴル』からの日本人の避難は司令官が良くてうまくいったらしいぞ。根本博中将という人だったな。彼の決断で内モンゴルの日本軍は南下するソ連軍と戦い、中国共産党の八路軍の攻撃も退けて日本人四万人を救った。その後も中国からの撤退は、彼が北支那方面軍司令官となって指揮した。当時の中国大半を支配していた国民党の蒋介石に対して降伏した日本軍と民間日本人には、それほどの悲劇はなかった。その後も、根本中将は戦後、台湾を護る戦いで大活躍した。』

 はいはい。

 周囲のみんなはガイドさんの誘導で移動し始めた。

 私もみんなの移動に合わせて歩き始めた。

 

 『声』もついてくる。

 『気乗りしないか?』

 そりゃ、わたし男の子みたいに戦争好きなわけじゃないもの。優利くんじゃないから。

 『それはすまなかったな。』

 でも、供養のために聞きますよ。

 『俺はまあ成仏してるから供養はいらないけど』

 芹沢さんの気持ちが成仏するわけでしょ?

 『まあそうだな。言いたいことはいっぱいあるが、地上人には聞ける奴がいない。』

 で、沖縄に話を戻します?

 『そう。沖縄戦末期は投降した日本軍兵士も民間人もたくさんいた。だから負けと捕虜が保護されることを前提に考えたら『自決は無駄だった』と怒られても仕方ないな。当時は「日本は負ける」なんて言ったら怒鳴られて殴られたからな。反動もあるだろう。でも米軍の収容所でやはり米兵に暴行されたという話もあるぞ。』

 でも、収容所に入れられるのは犯罪人でしょ?負けると犯罪者なのかな?

 『あのな、敵同士だぜ。捕虜に反乱起こされたら困るのさ。ほっといたらそうなる。』

 でも、日本兵への反感強いですよね。

 『本土だって戦後の日本軍叩きは凄かったはずだぜ?「勝てる!勝つ!」と言ってたのに負けたしな。その上、占領軍の意見に合わせないといけない。戦後は公には「反戦反戦」と言ってないと逮捕されることもあったはずだ。そうやって全部変わっちまったのさ。その辺の『機微』が戦前生まれの人間は分かってたんだが、今や、君らみたいに『戦争反対・絶対平和主義』みたくされると、俺たちはひとこと言いたくなるのさ。』

 私はそこまでじゃないけどね。防衛で武器を取るのは反対じゃないよ。

 『まあ、当時も『一緒に戦う』と言ってくれた沖縄県人も居たわけだし、軍人も究極の選択の連続だけれども、洞窟から民間人を追い出したことに関しては、わざと逃した連中もいると思う。そういう慈悲の気持ちだった場合もあるかもしれない。』

 慈悲?それは言い過ぎかも。

 『全部の兵士がそうだとは言わない。でも戦いの終盤は投降すれば生きられるかもしれないと判りつつあった。しかし日本軍人としては投降せず自決しないといけない。一緒に民間人を自決させたくないなら、追い出すために『子供を殺すぞ』と脅すぐらいのことは言うかもしれない。日本軍人は悪人のふりをしたのかもしれん。日本軍人としては『米軍に投降しろ』とは言えんからな。米英は鬼畜だ、とみんなに教育していた訳だし。』

 ええ?でも、それはさあ、何を根拠に言ってるの?芹沢さんは本土で死んだから沖縄戦の実際は知らないよね?

 『ペリリュー島での戦いでは『一緒に戦う』と言ってくれた現地人たちを逃すために差別用語で罵って失望させて追い払ったという。彼らは後で分かってくれたが、日本兵はそういう方便をよく使うのさ。もちろん日本軍全員がそんないい奴だという気はない。負けが込んでくれば、人間、すさんでくるからな。』

 恨みが残ってるのかなあ。

 『スパイ容疑とか自決などで日本人に殺された沖縄の民間人は二千人前後と言われている。米軍に殺された民間人の方がはるかに多い。』

 でも、自分の国の軍隊に殺されるなんて、それはあっちゃいけないことだよね?

 『非常時で混乱してるからな。敗戦の軍なんてろくでもないさ。古来、落武者狩りなんてのもあった。それは一般住民にとって危険な存在だったのが理由だろう?まあ結局、戦争は負けちゃだめなんだよ。最悪負けるにしても『早めに』『うまく』かつ『立派に』負けないと、戦後は不信感を持たれて、本来の『国防』が出来なくなのさ。今みたいにな。」

 みんなとバスに乗る。

 座席についた。みんなザワザワ話している。

 でも、早めに降伏しちゃえばよかったのにね。

 『いやいや』

 まだ居た。

 『いるさ。』

 日本は勝てないと分かったぐらいの時期に降伏しちゃえば良かったのに。

 『アメリカが降伏させてくれなかった所はあるが、ただの無条件降伏じゃ今以上にアメリカにやりたい放題されるぞ。戦わないで舐められたらダメだ。』

 どうすればよかったの?

 芹沢さんは前は勝つ方法を言ってたけど、実際うまく負けるには、軍人としてはどう思ってるの?

 『まあ・・当時の軍人政治家が考えていたのは『一撃講和』だよな。』

 一撃講和?

 『米軍に効果的な一撃を与え、怯ませたところで、少しでもいい条件で講和しようっていう方針だ。それによって敗戦が遅れた所はある。』

 はあ。なんかそんな残念な話ばっかりなのよね。

 『沖縄戦での米軍の死者数は約一万三千人。そのうち米海軍の死者が海兵隊は別にして四千人。これは特攻隊攻撃によるものと言われている。硫黄島戦や沖縄戦と、かつてない激戦が続いたので、米軍は日本本土決戦を躊躇するようになった。これは『一撃講和が成立した』とも言える。無条件降伏と言いながら『天皇制維持』とか、ある程度の条件を承認させた。沖縄は犠牲になったが、九州上陸作戦などの地上戦は行われず、日本全体は救われたと言っていいだろう。」

 ええ?日本が救われたとは言えないよね?それは結果論だわ。空襲も原爆もあったでしょ?

 『原爆ができたから米軍は大軍を投入する必要がなくなったという言い方はある。』

 そうだよ。空襲でみんなたくさん死んだわけだし、芹沢さんも空襲で死んだんでしょ?

 『でも考えてみてくれ。米軍の九州上陸作戦での戦死者試算は、百万人から四百万人とされた。これを防ぐために原爆を使ったと言われている。でも、日本側の死者数ってどのぐらいだろうな。』

 ああ。すごそうね。

 『沖縄戦の比率で単純計算したら一万三千対十九万だろ?米軍が百万死ぬんなら、単純に百倍にしても日本側死者は千九百万人だぜ。負傷者数はその何倍にもなる。当時の日本の人口は八千万だから、動ける大人のほとんどは死ぬか負傷者になる。』

 バスが舗装道路を飛ばす。外はとても良い天気。私はその中で言葉を失っている。

 『それは文字通り『日本滅亡』だ。当時言われていた『一億玉砕』だよな?でもそれは日本軍の死闘と沖縄の人々の犠牲によって避けられた。』

 そうなんだ。

 『その戦いも犠牲も苦痛も、ぜんぜん無駄じゃなかったのさ。』

 「ねえええ!!」

 「うわ!」

 隣のむっちゃんだ。ビックリした。

 「なに?」

 「何じゃないよ。ずっと黙り込んでて。気持ち悪いの?」

 「大丈夫大丈夫。」

 「もう。しっかりしてよね。」

 「ハイハイ。」

 

 3

 ホテルで一泊目。

 八畳部屋で布団を敷いて四人で寝る。バス・トイレはついているが雑魚寝だ。

 むっちゃんが言う。

 「ホテルって名前だけど民宿だよね。ケチくさいよね。」

 舞「三日目のホテルが豪華らしいよ。」

 マキコ「ふふ。色々なところにお金を落として地元経済を回すんだって校長が言ってたよ。」

 派手な服の小柄な校長。今日はOD色のレディススーツだった。アメリカの軍服風と言ったら怒られそう。

 私は布団を敷いて早めに横になる。仰向けで寝て、お腹の上に両手を当てて目を閉じる。

 マキコ「ねえ、怖い話でもする?」

 むっちゃんが怒る。

 「やめて!莉子が居るから!すっごい怖い話するからダメッ!」

 マキコ「でもさ、あたし洞窟行った時、軍服着た人見ちゃった。」

 舞「何それ〜!」

 むっちゃんが怒気を込めて言った。

 「やめてっつの!怖い!」

 マキコ「あはは〜、本気で怒るのね?」

 私も寝たままツッコミを入れる。大して怖くもないから。

 「それは芹沢さんだよ。」

 芹沢さんのことは心美も動画をあげてたし知ってるはず。

 「・・・」

 静かなのでちょっと目を開けてみんなを見た。

 三人がゾッとした青い顔で私を凝視している。まずった。

 目を閉じて寝たふりをする。

 舞「ね、ねえ?恋バナしようよ。修学旅行の夜の定番は恋バナでしょ?」

 マキコ「賛成。」

 む「あ〜ねえ莉子?JIROが会いに来た話ってどうなったの?」

 声が遠くなって眠りに落ちて行く。


 目が覚めた。暗い洞窟の中だ。

 周囲にしゃがんで座っている女の人たちや子供たち、老人たち。

 服装は女性のはたぶんモンペというやつだと思う。ワイシャツ風のシャツも着ているからそんなに昔の感じではない。

 二十人ぐらいいるかも。暗くてはっきり分からない。

 洞窟の奥の方には黄緑色の軍服の数人が座っている。日本兵か。

 明るく見える入り口から日本兵が一人駆け込んできた。

 「来ました!戦車三両!兵員二百!」

 みんなザワザワした。

 奥の兵士が怒鳴った。

 「静かにしろ!!」

 お前が一番うるさい。

 「今言ったやつは誰だ!」

 兵士が立ち上がって、前に座っている人たちを蹴散らしながらこっちに来る。

 思っただけなのに聞こえてる?

 顔を伏せてその兵士の顔をそっと見る。

 鬼だ。鬼が軍服を着ている。日本兵の鬼!

 ゴツゴツしたエラと頬ボネが張った顔、目が真っ黒で、両方のこめかみからツノが生えている。太さは四から五センチで長さ三十センチぐらいある、黄色くてネジみたいなグルグル溝があるツノ。

 日本人らしくない二メートル越えの日本兵の鬼。他の兵士数人も鬼!

 ははん。これは夢だな。たまに見るリアルな夢。

 駆け込んできた兵士が言う。これもよく見ると痩せているが軍服を着た鬼だった。

 「隣の洞窟は爆薬を投げ込まれました!」

 ゴッツい顔の鬼の兵士が言う。

 「自決の用意をしろ!手榴弾を配布する!」

 全員に手榴弾が回ってきた。円筒形で長さ十センチぐらい。上に少し棒が出た形のやつ。

 鬼「安全金具を抜いて、上の棒のところをまっすぐ地面に叩きつけろ!四から五秒半で炸裂する!」

 その時、入口にいた痩せた鬼兵士がゴオッ!と燃えた。

 兵士は燃えながら倒れる。

 そこにノソッと身長三メートルはあるOD色の米軍の軍服を着た真っ赤な顔の鬼が入ってきた。

 その背中には緑のタンクを二つ背負っていて、手に持つ火炎放射器のノズルから少し煙が上がっている。

 「大日本帝国バンザーイ!!」

 鬼たちが手榴弾の棒部分を地面に叩きつける。周りの人たちも次々に同じように叩きつける。

 入り口の大鬼が噴射させた火炎で全員が焼かれる。みんな炎に包まれた。

 あちこちで手榴弾が炸裂し人が倒れて行く。

 私の横でバン!と爆発が起きた。

 腹が熱い。意識が遠のく。

 目が覚めると暗い洞窟。

 女性に子供、老人がひしめいている。

 ん・・同じ?

 痩せた兵士が駆け込んできた。

 「来ました!戦車三両!兵員二百!」

 みんなザワザワした。

 奥の兵士が怒鳴った。やっぱ鬼。

 「静かにしろ!!」

 巻き戻った。『死に戻り』っていうやつかな。

 「隣の洞窟は爆薬を投げ込まれました!」

 ゴッツい鬼の兵士が言う。

 「自決の用意をしろ!手榴弾を配布する!」

 また全員に手榴弾が回ってきた。

 入り口の鬼が焼かれて、巨大な体躯の鬼兵士が入ってきた。

 「大日本帝国バンザーイ!!」

 みんな焼かれる。炎の中で爆発。痛みに気が遠のく。

 目が覚めると暗い。周囲には避難民。

 また兵士が駆け込んでくる。手榴弾が配られる。

 また巨大な鬼に焼かれて爆発する。

 二度も三度も繰り返し。やっぱ死に戻り?

 違う。これは『死に戻り』じゃない。『地獄』だ。

 そうだ。自殺者は死までの瞬間をひたすら繰り返しているという。事故死も同じ。

 地獄もまた恐怖と死を繰り返しているらしい。

 この人たちはこの恐怖と痛みを繰り返しているんだ。

 日本兵の鬼に脅され、米兵の鬼に焼かれながら自決する地獄。

 八十年も繰り返しているの?

 暗闇にしゃがみ込む周囲の人をよく見る。

 老人風に痩せた若いスーツの人やレディーススーツの現代人風の人もいる。

 生きている時に味わった恐怖が、死んだ時に癖になって実現し、ここから出られなくなっている、という事か。

 戦場の恐怖と同じような恐怖を味わった人が集まって地獄を存続しているのだろう。

 また炎に包まれ爆発が起きた。意識が遠のく。

 目覚める。暗闇としゃがみ込む人たち。

 という事は?わたし、死んだの?

 いや、睡眠中に肉体を抜け出してあの世に行っていることはよくあるらしい。

 いや、でも、死んでいないという確証は何もない。

 いつのまにか意識を失って、心臓が止まって死んだのかも。

 いや。まだ生きている人は魂の頭の部分から『霊子線』という銀色のコードが出ていて、肉体まで伸びて繋がっているという。でも、自分で自分を見るのは難しいぞ。

 考えていたら炎と爆発が。意識を失う。

 また目覚めて暗闇。

 人間の魂は永遠の生命を持っているという。

 これを永久に繰り返す?

 この夢は覚めるの?

 不安が襲う。

 ここを抜け出せるの?

 隣の女の人に話しかける。

 「ねえ、ここを出よう。」

 「ダメよ。すぐ引き戻される。」

 鬼の日本兵が怒鳴る。

 「こらあ!しゃべるな!敵に見つかる!」

 私は立って叫んだ。

 「みんな!立って!逃げるのよ!」

 鬼の日本兵が筋肉質の腕を伸ばして、大きな分厚い手で私の頭を掴んだ。

 そして集団の中から引き抜くように私を片手で投げ飛ばした。

 洞窟の床に落ちた私。痛くて動けない。

 日本兵の鬼たちが来て、こん棒で私を叩きまくった。

 なんて酷いことを。やっぱり鬼だ。

 痛い。意識が遠のく。

 目が覚めたら暗闇。

 あの世は思いの世界だ、と涼子が言っていた。

 死んだにしろ夢にしろ、ここがあの世ならば、思い通りになるはず。

 立ち上がって叫ぶ。

 「みんな!逃げよう!」

 鬼「こらあ!」

 掴みかかってくる腕をサッとよけて、ジャンプして鬼の鼻にショートフックを入れた!

 気持ちは魔法少女!

 魔法じゃない?かわいくない?私の夢だからいいの!

 鬼は鼻を押さえて怯んだ。

 もう一度言う。

 「みんな逃げよう!」

 他の鬼たちが立ち上がった。

 女の人が言う。

 「出たら殺される!」

 「ここに居ても同じよ!出よう!」

 ここはあの世。自分の思いが実現しているんだ。

 恐怖の心が反映されているんだ。

 それでも、私は地上にいるときよりはずっと自由なはず。

 これは夢だ。地上の現実の生活のほうがずっと恐ろしい。

 これはたまに見るリアルな夢!思った通りになる夢!

 「出るのよ!」

 私は外に駆け出した。

 何人かが付いてきた。

 外は地面が焼けた岩の多い場所。

 向こうから戦車が三台くる。

 その後ろから三メートルの鬼たちも二百人来る。みんな火炎放射器を背負っている。

 戦車から五十メートルも炎が飛んできて焼かれた。

 意識が切れた。目覚めると暗闇。

 怖くない。

 繰り返し言う。「これは夢。たまに見る『夢だと気づいている夢』!思い通りになる夢!」

 「出よう!」

 立ち上がる。

 みんな一斉に立ち上がった。

 みんなで鬼たちを殴りまくって押し倒して外に出る。

 戦車と大鬼たちが迫る!

 どうしたらいい?どうしたらいいの?

 勝つ方法は?

 勝つ方法?そうだ!

 「芹沢さぁーん!!!」

 空に叫んだ。

 前にストッと軍服の芹沢さんが着地した。

 「来た!早い!」

 「あの世は距離も時間も無いからね。でも、洞窟にこもっているような霊たちを救うのは難しいんだ。話しても聞こえない奴が多くてね。よく出て来れた。」

 ボワンと周りが炎に包まれた。

 でも炎の中で構わず喋る芹沢さん。

 「ここは戦争に関する地獄。日本兵に見える鬼は、最近のサラリーマンだった地獄霊には鬼上司に見えている。倒産前の無理な営業に出されそうになっている。米兵は取引先の鬼に見えている。炎のようなクレーム。ふふ。そんな場所だ。」

 戦車と大鬼たちが迫る。

 「戦車が来るよ!」

 芹沢は上空を見た。

 オオオオオとサイレンのようなエンジン音が響いて、その後バリバリバリ!と何かを引き剥がすような音がして、光の玉が雹のように戦車隊に降り注いだ。

 戦車は爆発・炎上した。

 鬼兵たちも、もうもうと舞い上がる砂埃で見えなくなった。 

 上を見るとダークグリーンの機体に翼に日の丸がついたプロペラ戦闘機が十機。

 私たちの頭の上を急降下して通り過ぎていった。

 風が髪をゴッと揺らす。

 あれがゼロ戦かな。

 一緒に逃げてきた痩せた男の人が叫んだ!

 「やった!バンザイ!」

 女性や子供、老人たちもホッとして座り込んだ。

 芹沢さんは私に言う。

 「俺が軍人として兵法を言うなら。沖縄戦での陸戦はあれ以上はなかなか望めない。でも、日本本土からの航空機攻撃に関しては一考できる。」

 「九州とかから特攻機が沖縄の空母艦隊を目指して特攻攻撃をしたのよね?」

 芹沢「うん。戦争末期の日本軍の一番の兵器は航空機だった。日本の戦艦は米軍の航空攻撃と石油不足で全滅だったからね。当時の特攻機は最後は機関銃も外されてしまうぐらい特攻に特化されていたが、そうはせずに、特攻機は陸上攻撃もするべきだった。」

 「確かにすごい威力。」

 芹沢「あれは二十ミリ砲。零式戦闘機の標準装備だ。戦闘機で米軍最強の空母艦隊に一矢報いるのはなかなかのギャンブルであって、当たれば大きいがこっちの被害の割には戦果が少ない。日本軍は『乾坤一擲』と言って、こういうギャンブル的作戦が大好きなんだ。これも負ける原因だったよな。』

 戦車が燃えている。

 『やるなら相手は米陸軍だ。陸軍は戦闘機の敵では無い。二十ミリ砲ならば、射程距離、破壊力から言って陸上部隊は攻撃されたらひとたまりもない。戦車だって当時は装甲が厚いのは前面だけで上や後ろは薄かった。地上攻撃後に海上の空母めがけて特攻するか、別部隊に地上攻撃させるかが必要だったと俺は思う。」

 「でもアメリカの戦闘機が来たら?」

 「それは厄介だが。」

 そのとき、ガシュガシュと空気を切り裂くような音がして周囲がドドドッ!と大爆発した。

 近くで爆発が起きて意識が飛んだ。

 目覚めると今度は焼けた岩場の土地。洞窟地獄はクリアしたらしい。

 老若男女の避難民たちもそこにいる。みんなで鬼を殴って出てきたから意識が変わったのかな。

 周囲を見ると、坂の下は海につながっていた。

 遠くの海上に小さい軍艦が一隻浮かんでいた。

 芹沢「さっきのは艦砲射撃だ。あれは駆逐艦だな。空母や戦艦を守るための船だ。軍艦としては小さい部類に入る。」

 「あんな遠くから砲が届くの?」

 芹沢「五インチ砲だろ?当時のなら十五キロ先まで届くよ。あんなんでも、もしも一隻でも東京湾に来られて撃ちまくられたら首都は壊滅だな。小さい村や町なら海上から殲滅できる。住民は皆殺しだな。原水爆や空母の出現前は戦艦が『戦略兵器』だったのさ。その数で国の強さが決まるような最終兵器だった。」

 海上の駆逐艦の砲先が光って煙が見えた。

 空気を切り裂く音が近づき、周囲が爆発した。

 「キャア!何とかして!」

 芹沢は空を見て言う。

 「鮫島。すまんが頼む。」

 『了ー解』

 一機のゼロ戦が海上に向けて急上昇していった。

 駆逐艦の小さい砲が上に向けて撃ちまくり白く光る砲弾が飛ぶのが見える。

 ゼロ戦は駆逐艦の真上まで上昇して、そこでクラッと機体を捻って機首を真下に向けた。

 そのまま真下に向けて急加速。駆逐艦に突っ込んでゆく。

 急降下のエンジン音が「オオオ」と、こっちまでサイレンのように響く。

 芹沢さんは拳を前にかざして叫ぶ!

 「当てろーっ!!!」

 ゼロ戦は真上から駆逐艦の真ん中に突っ込んだ。

 爆発!黒煙が上がり、やがてドカンと爆発音が聞こえた。

 駆逐艦は炎上。ゆっくりと沈んでゆく。

 爆炎が数十メートル、数百メートルと上に上がってゆく。

 「やった・・・やってくれたわ。」

 膝から座り込んだ。

 芹沢さんはビシッと陸軍式に肘を張って敬礼した。

 洞窟から逃げてきた老人や子供たちも、古い服装の男子は立ち上がって敬礼した。

 芹沢さんは言う。

 「もしも、あの時、逃げ惑う沖縄の人たちの前に、日本軍の戦闘機隊が現れ、米兵たちと戦車隊を撃破し、多くの人たちが一時的にでも逃げおうせる事ができたなら、戦争には負けたとしても、今のような日本兵への反感はありえない。もしも、艦砲射撃の鉄の嵐を、特攻隊が身を挺して止めてくれたのを見ていたなら、その当時子供だった人たちも、英霊たちを決して悪く言ったりはしないだろう。」

 「見ていた人は居ないのかな。」

 芹沢「兵士たちは洞窟を出て特攻隊を見ていた人は居たらしい。一般民間人の証言は知らない。」

 泣いた。あの世だけど涙が流れた。

 

 4

 目が覚めた。暗闇。

 「ええ・・・また?」

 「もお。ねええ、どうしたの莉子ちゃん?」

 「は」

 目が慣れた。八畳部屋に布団を敷いて四人。

 横の子が立ち上がってルームライトのスイッチを入れた。

 「かわいい小鳥の柄のパジャマ」

 舞「ありがとう。莉子ちゃんに褒められちゃった。」

 布団にうつ伏せのむっちゃん。マキコはその向かいで同じくうつ伏せで頬杖をしてこっちを見ている。

 「は〜」

 良かった。帰ってきた。

 むっちゃんは言う。

 「莉子。泣いてる。」

 「え?は?」

 マキコ「号泣。」

 頬を触るとびっちゃり濡れている。

 「ええ?みんな起きてたの?」

 舞「舞は寝てたよ。」

 む「私はマキコとクラスの恋愛事情について言ってた。」

 枕元のリュックからタオルを出して顔を拭いた。

 マキコ「莉子?寝言すごいね。」

 「ええ?」

 マキコ「むっちゃんから聞いてたけど、コレかああ!って言ってたとこ。」

 「ウソやだ。何つってた?」

 む「ふふ、聞くのね?普通恥ずかしくて聞かないよ。そんなこと」

 マキコ「はっきり聞いたのは『キャアなんとかして』だよね?」

 む「その後の『やった・・・やってくれた』は本当に感情こもってて良かったよ」

 「良かったんか〜い。」

 立ってトイレに行く。なんか疲労感が。あの世で動きすぎかも。

 

 また布団に入る。

 むっちゃん「夢の内容は?」

 舞「ジローと冒険でしょ?」

 「ええ、そんなわけないじゃん。特攻隊の人に助けてもらった夢だよ。かっこよかったあ。」

 寝ぼけているせいか涙がまたじわっと出た。

 マキコ「特攻隊のジローさんだよ。昭和の恋の物語だ。」

 「だからジローじゃないって。」

 ああ、でも帰ったらジローに返事しなきゃいけないな。面倒。

 しないで半年置いておいたらナシになるかな。なんてずるいか。

 舞「なんか考えてる。ウフ。なんか思い出してる。」

 「だからあいつとは付き合ってないって。」

 むっちゃん「でしょ?」

 マキコ「でしょって?」

 む「クラスの男子が『莉子がジローを思いっきり振ってた』って言ってたよ。」

 マキコ「そうなの?私ら調理実習室にいたから知らないし。」

 「うん・・・」

 また眠くなってきた。

 マキコ「でもジロー映画出るんだよね。戦争もの?」

 舞「それないよ。茶髪にして伸ばしてたってよ。」


 零戦が十機着陸してきた。

 真っ白い飛行服。いわゆる特攻服の男たちが降りてくる。

 白くはなかった。緑色。みんな霊的な光を帯びていて、白く見えただけだった。

 みんな若い。同級生ぐらいか。

 芹沢さんが先頭の人と握手して軽く胸を当てて背中を叩き合った。かっこいいな。

 見覚えがある。涼子の家で出てきた優利くんの過去世の戦友。鮫島さんか。

 鮫島さんが言った。

 「おお、この前会ったな。俺も最近成仏したんだ。君は加藤の友達だろ?」

 「加藤・・・あ、優利くんの前世の苗字ね。そう。わたし岩見沢莉子です。」

 これはあの夢の続きか。一晩に続き物の夢を何度も見ることがある。それか。

 「いま特攻したの鮫島さんですか?」

 「うん!久々だったな。緊張した。」

 「体とか痛くないんですか?」

 「う〜ん。俺は昭和二十年に死んでるからな。今は霊だからなあ。大して、というか何も痛くはない。あの時も即死だったから痛みなんてなかったな。」

 「でも私、特攻隊なんて国にそんなこと強要されて可哀想だって思ってた。」

 鮫島「ハハッ!可哀想なもんかい。九州の基地なんかみんなノリノリだったぜ。「空母ぶっ潰すぞ!」ってな。まあ、俺たちの代はそうだった。俺の死んだ後の連中がどうだったかは知らん。いろんな奴がいるからな。『天皇陛下バンザイ』って、上官とかに言われた通りやって死んでいった奴もいれば、『おかあちゃ〜ん』って泣き叫んでションベン漏らして海に落ちてった奴もいるよ。」

 横の飛行服の子が言った。

 「それは俺だ!」

 特攻服の男たちは、みんなワハハ!と笑った。楽しそうに。

 「みんな今はその事で苦しんではいないのね?」

 芹沢「彼らはそうだな。成仏してから、戦争の地獄に行って地獄霊救済を手伝っている。」

 鮫島「まあ、体当たりの衝撃が普通じゃないからな。そのまま意識が止まって海にいる奴もまだいるよ。特攻隊に限らず、戦場だった場所に行けば昔で止まってる奴はまだ居るよ。戦争が納得いかなかった奴もいるよ。戦後に日本が変容したのが納得いかない奴もいる。そういう奴らに根気よく話しかけて救うのも天使たちと天上界の仕事だな。俺たちも今はそれを手伝っている。」

 横の人が言う。おかあちゃ〜んの人。

 「俺たちを可哀想がるなよ。『みんなのため』と思って尊い気持ちで国に命を捧げたのが間違いみたいじゃないか。『利他の精神』さ。」

 「・・・今は可哀想と思ってないよ。怖いけどすごいわ。尊敬します。ヒーローだわ。」

 芹沢「時代だよな。イエス・キリストだって、その弟子たちだって最期は死ぬと知ってて死地に飛び込んでいったんだから、この二千年間は尊いものに命を捧げられるかが試される時代だったのさ。」

 鮫島「僕たちがイエスみたいだとかいうのはおこがましいが。・・・でも頑張ったよ。」

 「うん。私は時代がどう変わろうともその尊さは変わらないと思う。」


 芹沢「特攻は戦況を変えた。その前のマリアナ沖海戦までは惨敗が続いて、米軍も日本軍を舐め切っていた。そんな折、昭和十九年十月に特攻隊が編成されフィリピン戦において海軍の零戦や陸軍一式戦闘機とかで米英艦隊に対して二百五十キロ爆弾を装備したままの体当たり攻撃を敢行し、今までにない戦果を挙げた。陸海軍合わせて約六百五十機の特攻で米英艦の二十二隻を撃沈。百十隻を損傷させた。」

 「へえそんなに?数は知らなかった。」

 鮫島「俺も沖縄で、海上を埋め尽くす米英の艦隊を見た時はゾッとしたな。でも、まあ微々たるもんだが、戦果はあった。それは誇らしく思う。」

 芹沢「米海軍はその攻撃に震撼した。『カミカゼショック』だ。今までにない損害、将兵の過大な精神的負担。防衛戦術の変更。米海軍は特攻への対応で、本来のフィリピン地上戦への援護が後回しになった。また司令官だったマッカーサーは『もし戦闘艦でなく輸送艦をやられていたら撤退しかなかった』と言ったそうだ。」

 鮫島「うんうん。特攻は無駄じゃなかった。」

 芹沢「日本軍側はその戦果に舞い上がり、特攻を主要戦術に変更した。」 

 「それでそうなっちゃったのね。」

 鮫島「現場では前々から、爆弾や魚雷を当てるのは技術がいるから体当たりの方が簡単で確実だと言われてはいたんだ。」

 芹沢「沖縄戦では「全軍特攻」の方針となり、約千九百機の特攻で、三十六隻を撃沈。三百六十八隻を損傷させた。」

 鮫島「うん。少ないけど、ちゃんと戦果がある。無駄死にじゃなかったな。」

 芹沢「特攻対策がなされたので割合は減っているが、米海軍は毎日の特攻攻撃に耐えかねて、司令部に特攻隊基地への空襲を申し出た。それによってB29長距離爆撃機による日本の都市への空襲は四月半ばから一カ月の間、四分の一にまでに減った。その頃、沖縄の陸上戦では日本軍の地下壕を米陸軍が攻めあぐね、戦況は遅々として進まず、苛立った米海軍は陸軍を相当責めたそうだ。」

 鮫島「ふふふ。そういうことは戦後調べないと分からんからな。当時死んだ俺たちにとっては胸のすく事実だ。かなり戦況を盛り返せたな。特攻作戦は失敗じゃなかった。」

 芹沢「そう。特攻は戦況を変え、『一撃講和』に繋げることができた。」

 「ああ、昼間言ってたね。」

 芹沢「九州上陸作戦は中止になった。米軍が最も恐れたのは特攻だった。現代の欧米人がたまに日本人を尊敬したことを言うのは、太平洋戦争の戦闘においてここまで彼らを追い詰めたからだ。欧米人は戦場において人物を量るからな。『日本人恐るべし』だ。」

 「でも逆に恐れられて『仮想敵』にされてないかな?」

 芹沢「アメリカは日本を『潜在的仮想敵』と見ている。この視点なしに日米友好だけ言っていたら、足元すくわれるぜ。日本の軍国化だ!とかガアガア言って来る中国のバックにいるのはアメリカだぜ。」

 「そうなんだ。」

 鮫島「もしも特攻しなかったら、舐められただろうな。日本の伝統は残らず破壊され、日本語も禁止され英語圏の弱小のキリスト教国にされただろうな。」

 「・・・でも命を粗末にしているようで、戦後の私たちは抵抗があるよ。」

 鮫島「ま、そうだな。我々帝国軍人は武士道精神を叩き込まれたからな。武士は公のために死ぬのさ。それが武士、いや帝国軍人の使命だ。」

 芹沢「武士道は桜の心だ。散ること、死ぬこと、負けることは織り込み済み。あくまでも大義にために戦い、美しく散るのさ。」

 「だから負けちゃうのよ。生きる意思がないもん。生き残らなきゃ意味ないよ。」

 芹沢「うはは!」

 鮫島「俺も『美しく死ぬ』というそれは微妙に違うと思う。そんなの自分勝手な死に方じゃねえか。俺は武士として、たとえ斬られてドブに転がされても、這ってでも死ぬまで敵に向かってゆく。いや、たとえ霊になっても戦いをやめない。自ら決めた主人のために、その悲願を達成するために行動し続ける。それが武士道だと思うよ。それを『美しい死』のために死に場を探すなんて、良いとは思わない。」

 芹沢「まあ、そうとも言える。」

 鮫島「俺はたとえ醜くても生き残り、あの世に逃げず、最期の一瞬まで戦う。それが武士道だと思う。」


 洞窟から一緒に出てきた二十数人も私たちの話を聞いている。

 でも現代人風の人たちは訳がわかっていない。

 鮫島「諸君!霊は死なない!生命は永遠不滅なんだ。肉体が死んでも魂は生きるのさ。」

 芹沢「生命が永遠だと思えば、怖いことなんてないだろ?」

 みんなザワザワと口々に「そんなの初めて聞いた」とか「ウソだ」とか「そういえば食べなくても死なない」とか感想を言っている。

 上空に『光るもの』が来た。降りてくる。

 よく見ると涼子似の観音様だった。顔は涼子似だが、男か女か分からない。燃えるオーラに包まれ、インド風の鎧。剣を持って頭の後ろには車輪のような大きな後光が光っている。燃えるような大きなオーラに全身が包まれている。

 驚く霊たちを横目に話しかけた。

 「えっと、涼子の守護霊の人?どうして来てくれたんですか?今日涼子は修学旅行でアメリカのはず」

 観音様は言う。

 「涼子には、いつもの天使姿の守護霊がついています。私とあなたは縁が深いのです。心の距離も近いからあの世でも近いのです。」

 「へえ。」

 洞窟から出てきた人たちが注目している。

 観音様は言う。

 「さて諸君?ここは戦争の地獄です。実際に戦争を経験していなくても、心が恐怖と戦いに染まった人はここに堕ちます。皆さんは霊です。ここはあの世です。肉体はないですから。死にませんから。たとえ怪我をしても、治ると思えば治ります。心を調和し、安らいだものにすれば、あなた方は本来の天上界に還ることができます。心を落ち着かせて神仏に祈ってください。私たちはあなたたちを引き上げることができる。」

 二十数人の霊たちは祈った。老若男女の霊たち。

 観音様は手に持った黄金色の蓮の花を振った。

 光の粒がそこから霊たちに注がれ、霊たちは光に包まれ、二十いくつかの光の玉になって上空にスーッとまっすぐ飛び去っていった。

 観音様は優しい笑顔で言う。

 「岩見沢莉子さん。あなたも恐怖心を捨てて心を調和してください。ここを抜け出して帰りましょう。」

 「・・・ありがとう。」

 「あなたも、この『日本が負けた世界』で生きてゆくしかない。しかし、この日本は先人たちが滅亡の危機から救ってくれた世界でもあります。大きな戦いをなんとか生き延びた日本は、当然完璧とはいえません。しかし、未来は作って行ける。勇気を奮って、今一歩意識を改革し、もう少しだけ古い常識を破って、新しい原因を作り、因果の流れを変えたら、未来の人たちを救えるかもしれない。より良く出来るかもしれない。より幸福に、より発展繁栄させることが出来るかもしれない。『より良い明日を作る』そういう努力は決して無駄にはならないと、私は信じます。」

 「美しい言葉ね。ありがとう。」

 体がスーッと浮いて行く。地上が小さく見え、大きな海が見える。

 

 「ありがとう。みんな、ありがとう。」

 「むああああ!うるさい!!寝言やめろ!!」

 枕が顔にバフッと当たって目が覚めた。

 カーテンの隙間から光が注いでいた。もう朝か。

 むっちゃんが言う。

 「全くよくしゃべるね。普段よりしゃべるんじゃん?」

 マキコが寝起きのいつもよりさらに低い声で言う。

 「ドゥフ。寝言の方が喋る女。」

 「はあ。ホテルに帰ってきた。」

 舞ちゃんは「何が『帰ってきた』よ。」と言いながら座って両手を上に伸ばしてあくびした。

 窓の外で爆音がしたので見にいったら、ステルス戦闘機が上を飛んでいった。


 5

 二日目の琉球舞踊体験ではクラス代表が衣装に着替えて琉球舞踊を習った。

 隣のクラス代表は心美。琉球舞踊の衣装のまま、隙を見てアイドルのキレキレダンスを見せる。「おおお」とか男子が盛り上がる。衣装破くなよ。

 理系進学クラスの七組代表は、猪瀬かと思ったら知らない綺麗どころだった。猪瀬はカメラマンに徹している。でもポーズと目線にうるさい。ちなみに生徒会長・薫子も七組。国立大学を受けるらしい。

 一組はレイラかと思ったがサイズがないらしい。でも紺ジャージ姿のレイラが珍しくてみんなも注目していた。

 うちの代表は舞ちゃん。

 むっちゃん「舞のするんとした体じゃ衣装が落ちるんじゃん?」

 舞ちゃんは舞踊の衣装のまま、みんなの前で言い返した。

 「むっちゃんだって小っちゃい冷蔵庫みたいじゃんよ!!」

 む「れ・・・ヒド。」

 二人はこれだけ言っても仲が良い。みんな笑う。このクラスのこういうノリは好きだ。

 

 午後はフェリーで渡嘉敷島へ、海ではトビウオが滑空していた。キラキラしていた。

 海水浴は、少し船に酔ったことを理由にサボってバンガローで休んだ。

 でも室内で蚊が出て格闘している間に汗だくになったので、海水浴に行けば良かった。

 夜は芹沢さんたちも出ず、ゆっくり眠れた。

 翌朝、フェリーで帰る時に海が荒れていて上下に揺さぶられ、本当に船酔いになって船室で寝ていた。

 寝ていても船の上下の動きで気持ち悪い。

 仕方なく船の上に出ると、みんなジェットコースター並みにキャーキャー盛り上がっていた。

 でも先生に隠れてタバコを吸っていた連中は酔って吐いていた。

 帰ってからはバスで観光地を回る。首里城とか水族館とか。

 道中、道の左にずーっとフェンスと米軍基地が見えていた。

 蓮司と学級委員長の桜庭アツシが「おっB1爆撃機だ」とか騒いでいて、ガイドさんがムッとしていた。

 『象の鼻』みたいに崖が侵食されている海岸では、心美のやつが調子に乗った男子たちについて、高い崖のさらに向こう側の崖に飛び移って注意されていた。怖いもの知らずが。こっちが怖い。落ちたら確実に死ぬ。

 後で猪瀬が『自殺霊が見える』と言っていた崖。またミユキに『あなたは愚かよ』と泣きながら説教されろ。

 三日目のホテルはやっぱり豪華だった。

 でも男子たちがタバコを吸った吸わないで揉めていた。昨日のバンガローでタバコの吸い殻が出て、先生に疑われた男子たちが犯人探しをして揉めていた。

 私は犯人を知っている。吐いてた連中。でも怖いから言わないけど。

 夕飯のエビが美味しかった。

 夕食後は舞踊の先生たちと『ハイサイおじさん』を歌って盛り上がった。

 四日目の買い物では委員長が米軍放出品の店で『二十ミリ砲弾』を買っていた。太さ二センチの弾丸と長さ十五センチはある大きな薬莢。あの夢で、鮫島さんたちが戦車にぶっ放したやつ。もちろん火薬は入っていないけど、飛行機に持ち込めるのか心配。

 レイラは軍用ブーツを買っていた。長さはスネまである。ヒモ靴タイプ。

 「別に沖縄じゃなくても買えんじゃないの?」

 レイラは「この緑のミリタリーパンツに合うやつを買っただけよ。」とのたまった。

 それを履いて、黒のタンクトップ一枚で筋肉質の肩を見せて、サングラスまでして通りをのし歩くと、アクション映画の女ヒーローみたいだった。レイラのファンが数人周りにいて、ついて行っている。

 普段は何も言わないレイラの担任が見かねて「ガラが悪いからやめな」と珍しく注意したら、紺ジャージを肩に羽織った。それも若干かっこいい。性格は憎たらしいのに。ムカつく。

 街を歩いていると他校の修学旅行生もたくさんいた。

 レイラのファンが多い聖ニコの制服の子はいない。あそこは入学金も授業料も高いから修学旅行は海外だろう。

 柔道女子のサキが通りの向こうを睨みつけていた。身長は百七十ないぐらい。

 「どうしたの?」

 「あれってアヤでしょ?」

 通りの端の方に長身カップルがいた。

 女子の方は膝下をカットした白っぽいダメージジーパン。上はヘソ出しの短T。茶髪をポニテにしたアヤだ。

 男子の方は痩せた背の高い黒人さん。手足が長くてカッコいい。

 黒髪の上の方は天パというほどでもないくせ毛で横と後ろを刈り上げている。身長はアヤより頭一個分ぐらい高いから二メートル超えている。ジーパンにタンクトップ。痩せてるけどマッチョ。もう少し全体に縮小してくれたら好みかもしれない。アヤを見る目つきは優しい。

 サキ「二人してソフトクリーム片手に歩いてくる!クヤシー!」

 「サキだって彼氏いるでしょー?」

 「最近は好きピって言うのよー!」

 私の言葉の古さを批判しながらサキは走って逃げた。

 アヤには全国大会で三秒で投げられてからトラウマだったらしい。先日の全国大会でもまた投げられたらしい。それもまた三秒で。

 アヤたちが二人してこっちにくる。

 カップルとどう話していいか分からない。アヤ単体なら話せるのに。

 しかも外国人と話したことない。

 いつのまにか横に来た舞ちゃんは「ひゃああ!かっけええ!」と、ぶりっ子みたいに両腕を曲げて胸の前で振るわせた。

 確かに。二人とも映画スターっぽい。

 アヤ「あら莉子姐さん。」

 「アヤも修学旅行沖縄?」

 アヤ「うん。」

 我ながら良い話しかけだった。

 「・・・」

 舞「なんか言いなよ。」

 「ん・・・」

 アヤ「あははっはっは!」

 彼も「HAHAHA!」と上向いて笑う。

 アヤ「この子は莉子さん。涼子のマブダチ。」

 彼「え、そうなんだ。おれジョーンズ。おれも涼子のマブダチ。」

 え、訛りがない日本語。あっけ。舞ちゃんもあっけに取られている。

 彼「よろしくね莉子。そっちの子は?」

 「えっと舞ちゃんです。」

 彼「舞ちゃん?可愛い名前だね。」

 舞ちゃんは両手をほっぺに当てて「うそぉ〜」と変な高い声をあげた。

 「えと、ジョーンズはどこの高校?」

 彼「僕は海兵隊なんだよ。今は任務がないから沖縄で待ち合わせしたんだ。アヤとは柔道仲間。高校は日本のアメス卒業してるよ。」

 「アメス?アメリカンスクール?めっちゃ日本語上手いじゃん。」

 アヤ「こいつアッタマいいの。日本語検定パーフェクなんだって。」

 「ひょっとして前に涼子に絡んでアヤが投げた子?」

 彼「いやいや、あいつらも海兵隊だけどアヤが軽く投げちゃったから隊でも有名になってさ。アヤを基地の柔道クラブに招待して練習を見てもらってるんだよ。」

 「ほええ。すげえじゃん。でも涼子は『米軍の家族の子』って言ってたよ?」

 彼「海兵隊だ、なんて大声で言ってると日本人の物好きな格闘マニアにケンカ売られるから、涼子には米軍人のファミリーだって言ったけど、あの子ウソ通じないからバレてるけどね。人に言う時は口裏あわせてくれるよ。」

 アヤ「体型でバレるんじゃね?」

 「へええ。でも、アヤ、海兵隊を投げたんだ。すげえ。」

 アヤは得意げな顔をした。ちょっとムカつく。

 彼「それにあいつら絡んだんじゃなくて、涼子って歌手のキャリーに似てるじゃん?それでちょっと騒いだら、スカ女の女子たちが涼子を助けに集まってきて困ってたんだ。アヤが投げてくれて逆に助かったよ。」

 アヤ「あれは盛り上がったよね?」

 「歌手のキャリー?親戚三人娘の一人か。」

 やっぱり外国人とのコミュニケーションは難しい。これだけフレンドリーに喋ってても、何か相手の気分を害してないかと不安になる。気にしすぎだけど、これでいいのか不安になる。

 アヤ「じゃあ行くね。忙しいから。」

 「制服にまた着替えないといけないよね。」

 アヤ「ムフ。あたしスカート長い派だからこの上に着るだけでいいんだよ。」

 彼「ええ?それケツあっついでしょ?」

 「アハハハ!」

 舞「あはは!すごーい。面白ーい!」

 アヤたちも笑顔で手を振って去った。

 むっちゃんやマキコたちが隣に来た。

 「何?隠れてたの?」

 マキコ「あれも莉子の友達?」

 「アヤはね。外人さんは初めて会った。」

 む「やっぱり莉子の交友関係がわけわからん。」

 むっちゃんたちの「友達」レベルでアヤも友達と言ったが、本当に友達と思っているのは心美ぐらい。


 6

 日曜日

 修学旅行も終わり、十一月に入った。この後は大きな行事はない。

 遅めの中間試験があるだけ。後は十二月の七日から十一日ぐらいに期末テストがあるはず。あとは試験休みに入って、二十四日あたりで冬休みになる。最近『AI採点になれば試験休みは無くなるかも』と、みんなソワソワしていたが、先生たちも休みたいので導入の兆しは無い。

 芹沢さんは現れていない。ほっとする反面、霊的能力が開かなかったのが少し残念だった。

 

 ミユキは友達と図書館に行った。

 私は一人でリビングで本を読んでいたが、それを置いて色々考え事をしている。

 最近は床に体育座りするようになった。疲れたらそのまま横になる。毛布はソファーの上に用意している。

 今二時。午後の二時。

 色々と瞑想、いや妄想していたら何時間も経っていた。

 半分眠い、気持ちのいい状態。

 「莉子さん?いるの?」

 この鈴と鐘の混じったような高音がよく通る美声。倍音の低音だけ取り出しても多分かっこいい声は涼子。

 私のマンションの合い鍵を持っているから勝手に入ってくる。心美が私に無断で涼子に渡した。

 とすとすと廊下を歩いてくる足音。また勝手に入ってきたな。

 スリッパ使え。あんまり掃除してないから靴下が汚れたら申し訳ない。

 リビングのドアが開いた。

 「ギャアアアア!!」

 「うほわああ!」

 涼子の大声に体がぴょんと浮いた。


 学校近くの喫茶店まで行った。

 今日は心美たちはいなかった。

 ボックス席で涼子と向き合って座る。

 心理学的には対面で話すのは『対決』。仲良くなりたいなら隣り合わせで座ると良い。

 でもやっぱり『対決』。注文の品が来るまで二人とも無言だったし、来てからは不満をぶつけ合う。

 「まったく。急にぎゃあ?こっちがぎゃあじゃ。」

 涼子「ごめんなさい。でも電気つけなよ。」

 「心臓止まるわ。警察来るっちゅうねん。」

 エセ関西弁なのは、それでも私なりに気を遣っているから。

 でも涼子はいつになく「強めに」言う。

 「じゃあ言うけど、最近言わなかったけど、まだ莉子さんの未来見えない。過去も見えない。」

 やがて涼子はしゃべるうちに涙ぐみ、「見えるのは、さっきの膝を抱えて一人で座り込んでる莉子さんだけよ。」と、最後は声が出ずささやいた。

 涼子は今日こそ私のトラウマを霊的に治療する気らしい。

 面倒で余計なお世話だが、こいつは私と会った時からの目的が「それ」だから仕方あるまい。

 私を救いたいと言っている女。

 駅の事故死の霊とか、ばあちゃんとか、芹沢さんだとか、涼子の行動から始まってみんな成仏した。

 うつむいてシクシクする涼子。

 「泣ーくーな。もう。普通は見えないんだよ。それに体育座りはいつものスタイルですけど?」

 涼子は手で涙を拭った。

 「眼・・・開いてたよ。死んでるのかと思った。」

 「瞑想、いや妄想してたところ。作者が死んじゃって途中で終わった小説の続きをとか。」

 涼子はテーブルにバンと手をついて立ち上がって言った。

 「ねっ!治療させて!」

 「来た。周りを見ろって、ウエイトレスさんがこっち見るだろ?」

 「いいでしょ?」

 「あれでしょ?幽体離脱して記憶に入るやつでしょ?」

 「そう!」

 「もう、女の過去を見ようとすんじゃないよ。」

 「・・・女の過去?」

 涼子は眉根に皺を寄せて首を傾げて考え込んだ。それでもカワイイけど。

 「冗談!笑うところ。笑って涼子。」

 「よく分かんないけど」

 涼子は少し微笑んだ。

 「まあ座んなよ。」

 涼子は座った。

 「私だって莉子さんとそんなにシリアスに口論したい訳じゃない。」

 「でも言うけども、わたしの性格を変えようとしないで欲しいんだけどな。」

 「違う。棘を抜くだけよ。何か心に刺さってるのよ。」

 「別に困ってねーし」

 「困ってるよ。莉子さんは困ってる。慣れちゃっただけよ。」

 「支障ないし。」

 「あるよ。倒れちゃうことだってあるでしょ?」

 「そんなに私の過去が見たいの?やらしいなあ」

 「やらしくない!」

 「まあいいけど。一通りやってみな。」

 「違う。莉子さんは重症。あなたの意思の力が必要。頑張ってみて欲しいの。変わろうって決意が必要。」

 「何を頑張るのよ。覚えてないもん。しょうがないじゃん。熱意もないさ。」

 「そうじゃない。あなたは卒業後の未来がない。」

 「そう呪いの言葉を吐くなよ。」

 「呪ってるわけじゃないよ。」

 「未来は分からない。誰の未来でも見えると思ったら間違いなんじゃないかな?」

 ブラックコーヒーの当てに頼んだ小さいバニラアイスをティースプーンですくって食べた。甘い。

 涼子「私は色々な人の未来が見える。でも莉子さんは、座り込んでいる孤独な姿しか見えない。パラレル世界に行かなかったから未来が見えるかと思ってた。でもまだ見えない。」

 「うん。あっちに行っても良かったかな〜とか思ってるよ。現実逃避だけどさ。」

 「行かないでよ。」

 涼子は本気だ。お嬢様言葉が一つも出てこない。本音だ。これはこっちも本音で言わないとダメだ。

 「・・・社会は厳しいよ。大人は怖いし、嘘つきは多いし、誰を信じていいかもわからない。自分の武器が何かも分からない。どこかで一人で生きられるならそれが一番いいね。」

 「淡々と、そんなこと言うけど、悲しいよ。そんな生き方ダメだよ。」

 また涙を流す涼子。めんどくさい女。竜二が言った『泣く女ヤダ』が分かる。

 でも竜二が言うように『慰め』を言うことにする。でも本音だ。たぶん涼子はおだてても通じない。

 「泣かないで。でも最初に会った時、涼子泣いてて。私のために泣いてくれて。なんか嬉しかったよ。涼子の優しさは好きだよ。」

 涼子は息を吸い込んで口を押さえてうつむいた。その手が震えている。

 私は重ねて言った。

 「ふふ。好きとか言っちゃった。そっちの好きじゃないけど、でも、これは私の本音。これぐらい言えば機嫌直してくれるかな?もう許してよ。」

 涼子はスースーと深呼吸しているようだった。

 そして時間をおいて、言った。

 「・・ありがとう。だからあなたを救いたいの。」

 しつこいね。

 涼子「莉子さんが人を信じられないのは、過去に何かあるのよ。」

 「涼子のことは信じるよ。でも、私の心は私のもの。あんまり立ち入って欲しくない。」

 「心は神と繋がっているの。心は神様と共有なのよ。神のものとまではまだ言わない。」

 「まだ、か。まあ、涼子は心が読めるからね。入っちゃダメって言っても入ってきちゃうけどさ。」

 「あのね、でも、本当は辛いと思うの。考えないようにしているうちに慣れちゃったんだと思うけど。だから、あなたにも、莉子さんにも『変わろう』っていう決意が要るの。」

 涼子真剣。これは逃げられそうにない。

 「ふう。でも、無駄かもよ?何回か言ってるけど、わたしちっちゃい時の記憶はあるけど、小学校の記憶はあやふやで、小五の後半から小六の記憶ないの。私の一生は中学から始まってんの。」

 「頭ぶつけた?」

 「そういう記憶もない。でも、頭に傷もないからそこまでじゃないと思う。」

 「大丈夫。脳に記憶がなくても、魂には記憶があるわ。それは反省修行を重ねると思い出せる。」

 「ミユキもそんなこと言ってたけどさ。」

 「じゃあ・・・分かったわ。何もせず信じて任せて欲しい。決意もしなくていいわ。」

 「そんなこと言うけど、」

 涼子は気楽に救うとかいうけど・・・

 「例えばさあ、私が父さんから性的暴行を毎日受けていたとして、それでも涼子はわたしを救えるの?」

 「たぶん、そうじゃないと思う」

 「そうだけどさ。父さんはそんな人じゃないけどさ。例えばよ。」

 「でも、たとえどんなに苦しい過去を莉子さんが背負っていたとしても、それでも、私はあなたを救うと言うわ。あなたを不幸に死なせたりしない。」

 「なんで?前に言ってた霊能者としての使命感?」

 「神があなたを愛しているから。その事実を知って欲しいから。」

 「何でよ。何でそんなの分かるのよ。」

 「神は愛そのものだから。私はそれを見たの。」

 そうだった。涼子はそういうやつだ。このあと『人生は魂の修行』って言うんだ。

 「でも、わたし、あの時キラの過去を眼鏡で見たよ。中学のキラ。キツそうだったよ。涼子はもっと過去まで見てるんだろうけどさ、それでもお気楽に『救う』なんて言えるもんじゃないと思う。」

 「お気楽じゃない。救う側も命懸けなのよ。でも、辛い過去があったからこそ、信仰を持って欲しいの。人生の意味を知って欲しい。苦難を乗り越えてほしい。」

 筋金入り、という感じがする。

 涼子は親に言われて信仰を持ったわけじゃない。

 初めから霊的な色々なものが見えていたけれど、自分のことを考え抜いて『信仰』という答えを出した人だ。

 考え抜いて、天使と同じ考え方をするようになったから天使が来た、そういう人。

 私なんかが生半可に抵抗しても無駄か。

 でも・・・あたし、抵抗したいの?

 そう。あの時、異世界に誘われた時、一瞬思い出そうとした時に感じた『闇』。

 震えるほど怖かった。涼子やその神を呼ぶほどこわい。自分が壊れそうに感じた。

 黒い服の教師。あの人の顔・・・

 だーめだ。怖ええ。前より過去に入れなくなった。

 いや、もう怖くてちょっと入れない。

 涼子はこの『闇』に触れようとしている。

 異世界から来た『私』に対して「涼子が直してくれる」なんて言ったけど、改めてあの『闇』を意識するとすごく怖い。

 「思い出したくないんだけど。」

 「大丈夫。莉子さんは思い出さなくてもいいの。私見てきて、言うべきことを言うわ。莉子さんの生きる方向が変わればいいの。それで未来は変わる。」

 「思い出しちゃうかもじゃん?」

 「うまくいけば思い出してもなんとも思わなくなると思うよ。」

 「う〜ん。」

 沈黙した。

 なんとか避けたい。なんとか避けたい。

 涼子「無理に思い出す必要はないの。私が入って見てくるだけ。」

 どうしてもか。キツいこと言うしかないのか。

 「・・・涼子がニキータの時を言いたくないのと同じだよ。」

 「えっ?」

 涼子が目を見開いた。あの黒く少しだけ青い目を。

 しまった。いくら嫌でも、人のトラウマを責めるなんて、あたし最低。

 涼子が悲しげな不満げな目で見ている。ごめん。でも怖い。

 「涼子、ごめん。でもそのぐらい嫌なの。」

 涼子「そう、そうよね。」

 うつむいた涼子。ニキータと言うとすごい不機嫌になる涼子が、平静を装っている。

 私は今かわいそうなことしてる。

 罪悪感を誤魔化したいから、無駄に饒舌になる。

 「あの、親も教えてくれないんだ。あの時、何があったか。だから、ろくでもないことがあったんだと思う。思い出さなくたっていい。キラだってそうだよ。過去のことなんて見られたくないよ。」

 「ごめんなさい。でも私、莉子さんが気の毒でかわいそうで見ていられない。」

 「バカやろ。私はかわいそうじゃない。そんな目で見んな。それは自分の姿を見てるんじゃないの?」

 「そうじゃないよ。莉子さんひどい。」

 涼子の大きな目からまた涙がポロポロこぼれ落ちた。

 目を逸らした。

 でも、ここは譲れない。

 何か、決定的な事を言わないといけないのだろうか。

 そのあと、今までのように楽しくすごせるのだろうか。

 その時、お互いを気安く『友達』なんて言えるのだろうか。

 いや涼子は霊能で私を救いたいんだ。

 涼子はたぶん、私の『心の棘』とやらが抜けたら、それでバイバイでもいいと思っているのだろう。

 その時、自分がどんなに傷ついてもいいと思ってるんだ。

 だから友人関係のボーダーラインを無視してしつこくしてくる。嫌われても構わないみたいに。

 たとえ自分が傷ついても、その『自己犠牲の精神』で納得してしまうんだろう。

 そういうのは嫌いなんだあたしは。

 それは気取ってる。

 無我とか無私とか言いながら自己陶酔してるんだ。

 それは自己愛なんだ。

 所詮自分のためなんだ!

 黙っている涼子を見た。視線を感じたから。

 涼子は無表情のまま、また涙を流していた。

 しまった。涼子は心が読める。

 しまった・・・考えていることに自分で乗って行きすぎてしまった。

 涼子は涙を流しながら、ふいっと横を向いた。

 なんて言えばいいんだ。

 あたし悪いやつだ。

 自分の目がじわっと熱くなって潤んできた。

 涼子が静かに言う。

 「特攻隊は好きなのにね。」

 「え?」

 「自己犠牲って言っても私のは神様や世の中へのお礼だから自己陶酔なんて無いけどね。」

 「涼子・・・」

 「『私ってすごい』みたいな気持ちでやってるわけじゃ無いよ」

 「ごめん・・・」

 「人助けがしたいだけ。」

 「ごめん」

 涼子が淡々と反論する。静かにひたすら諭される。

 これは怖い。涼子の嫌なところを突いたのかも。

 ヤバい。ピンチ。

 

 その時、横から声がした。

 「イチャイチャのところ申し訳ないんですけど」

 見ると黒ワンピの女。山添麻衣。

 「はあ?山添?お前聞いててヤバいって分かんねえの?」

 涼子「ねえ麻衣はさあ、なんでいつも嫌味言うの?許し難いんですけど。」

 涼子が珍しく声を荒げた。そのあと素早く涙を手で拭いた。

 山添「その方が面白いからですケド」

 涼子「はあ?」

 涼子が髪をかき上げた。これ不機嫌のサイン。本人が気づいているかは知らない。

 「山添、口に気をつけろ。涼子は今、ご機嫌斜めだぞ。涼子がキレると怖いぞ。」

 涼子「キレてないよ」

 涼子は、テーブルの上のすっかり冷めて湯気の出なくなったカフェモカを、両手でカップを持ってすすった。

 浮いていたココアの膜が唇についたのを舐め取った。

 でも、正直、山添が来て助かった。二人でトラウマを刺し合っている感じがきつかった。

 涼子は窓の外を見ながらまたカフェモカを飲んだ。

 山添「ちょっと莉子ちゃん詰めてよ。」

 山添は、その見かけより柔らかい尻を無理やり私の横に押し込んできた。

 「涼子の方に行けよ。」

 「涼子ちゃんに用があってきたのよ。」

 ウエイトレスさんが来た。

 山添「ああ、私ウインナーコーヒー。」

 ええ?この人って珍しいもの頼む。

 あれはコーヒーに生クリームが乗ったやつ。流行ったのは昭和の頃。ソーセージが入ったコーヒーではない。

 山添は両肘をテーブルについて顎を手の甲の上に乗せて言う。

 「はあ〜あ。二人してなんかエキサイトしてるから止めてあげたのに。二人の矛先が私に来て心が痛くなっちゃった。麻衣チャンも泣いちゃう。シクシク。」

 「はは。シクシクじゃねえよ。」

 涼子「ごめんね麻衣ちゃん。」

 山添「涼子ちゃん。私一コ年上ね。大学生。」

 涼子「ごめんね。」

 「でも失礼だもん。ヤマゾエ!でいいよ。」

 山添「まあ、なんて呼ばれたっていいけどさ。」

 「いいんかい。で何よ。」

 山添「涼子ちゃんに漫画のことで相談があったのよ。どんな見え方してるのか具体的に聞きたいことがあって。心美ちゃんに聞いたらここかもって。」

 涼子「また?あのメガネ借りたらいいじゃん。」

 「またって、涼子は山添とそんな話してんの?」

 涼子「麻衣は・・・麻衣ちゃんは・・麻衣は、図々しいのよ。」

 「おお。」

 涼子「人のプライベートな経験を聞き出して漫画にしちゃうんだから。」

 涼子が呼び捨てにするぐらいだから相当失礼なことを聞くんだな。

 涼子がうなづいた。

 なんかホッとする。さっき結構きついことを沢山思ったので嫌われてるかもと思ってた。

 山添「でも涼子ちゃんの過去なんてかっこいいことばっかりじゃない?恥ずかしいこと一つもないよ。一人だけのものにしとくのもったいないよ。」

 涼子「だって恥ずかしいものは恥ずかしいもん。」

 肩をすくめて横に顔をそらす涼子。

 山添「かわいいっ。涼子ちゃんはキレイと言うよりカワイイなのよねー。莉子ちゃんも涼子ちゃんってカワイイって思うよね?」

 涼子は笑わないが赤い頬を隠すようにカフェモカを飲み干した。

 涼子は『美人』と言われると硬直する。

 過去に褒められて調子に乗ったから気をつけていると言うが、その割に『カワイイ』と言われると嬉しそうだったりする。涼子は『カワイイ』と言われたい子なのだ。ギリシャ彫刻のような美顔のくせに。

 でも男が可愛いと言っても効果がない。下心を疑って気持ちをシャットアウトしてしまうのだ。

 涼子「で何よ。」

 山添「やだ〜、莉子ちゃんの毒舌が感染してる〜」

 「感染とか言うな。」

 山添も嫌な鋭さのある女だ。でも涼子のキラーワードを知ってるぐらいだから、結構長く話したのだろう。

 涼子が言う。

 「莉子さんもカワイイよ。」

 「うっせえわ。」

 なんか気持ちが冷めた。山添への小さな嫉妬心かもしれない。

 私が本当に友達と思っているのは心美くらい。その心美も友達はたくさんいる。私が話しかけたくても、友達と話している心美には、話しかけづらい。その時のような寂しさを感じる。

 「ああ、わたし関係ないか。気晴らしに映画でも見てくる。なんか疲れた。」

 涼子「待って莉子さん」

 「映画館近くだから二時間したら出てくるよ。また話そう。」

 涼子「うん。」

 山添「イチャイチャ」

 「うっせえわ。」

 山添「居れば?気を遣わなくていいのよ。」

 「はあ?」

 山添「莉子ちゃんはねえ、」

 「美しすぎる?ふふ。」

 山添「それ、どっかで聞いた。そんなんじゃなくて、もっと自分を許した方がいいよ。」

 「な〜によそれ」

 「申し訳なさそうにちっちゃくなってる事あるじゃん。」

 「知らんわ。うっせえわ。」

 やっぱ嫌な鋭さのある女。

 「二人して責めんじゃねえ」

 山添の膝をまたいでボックス席から出て、外に逃げた。


 以下10へ

 

 

冒頭の話は数年前に書いた原作通りなので、別に他意はありませんので。漫画家に追い込みかけたい願望(笑)じゃありません。

修学旅行編は、前の4と同時期に書いた論文的なものの抜粋です。一つの考えを提示してみました。

修学旅行から莉子のトラウマ編に突入の予定が、両方だと七万字超えそうだったので、また二つに分けました。

全体で16ぐらいまで行きそうです。

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