第1章:見えない指先 転生と念動力の覚醒
序章:見えない指先
カツン、と乾いた音を立てて小石が宙に浮いた。
俺、南雲亘――この世界では単にワタル――は、焚き火の爆ぜる音を聞きながら、人差し指の先でその石を踊らせていた。
「……やっぱり、魔法って感じじゃないんだよな」
独りごちて、指先をわずかに動かす。小石は俺の意思に従い、複雑な円を描いてから、アイテムボックスの虚空へと吸い込まれて消えた。
前世は、満員電車に揺られる38歳のしがないサラリーマンだった。駅のホームから転落し、無機質な鉄の塊に轢かれて終わったはずの人生。それがどういう理屈か、気づけば剣と魔法が支配する、この酷く泥臭い異世界の土を踏んでいた。
この世界は、物語のように優しくはない。 2年前、俺を育ててくれたこの世界の領民の両親は、たった数枚の銀貨のために盗賊に首を撥ねられた。通報を受けた役人は、死体を見るなり「よくあることだ」と鼻を鳴らし、遺品から酒代をくすねていった。
命が羽毛よりも軽く、不条理が雨のように降り注ぐ世界。 そんな中で、俺の手元に残されたのは、鑑定、アイテムボックス、そしてこの「念動力」という名のチンケな力だけだ。
「派手な火球が出せれば、魔法使いとして金稼ぎもできたんだろうけど……」
手元のひび割れた木皿を見る。そこには、この世界の主食である、ボソボソとした不味い黒パンが転がっている。 俺は意識を集中した。念動力でパンの繊維を微細に解し、空気を含ませるように「練り直す」。
一口、齧った。 少しだけ、マシな食感になった。
「……よし。これでいい」
俺は立ち上がり、腰の短剣を確かめる。 冒険者ランクD。目立たず、埋もれ、しかし牙を剥く者には容赦しない。 このチンケな力があれば、敵の心臓の弁を一枚閉じることも、喉笛を数ミリだけ凹ませることも自由自在だ。
理不尽に奪われるのは、もう前世だけで十分だ。 俺はこの見えない指先で、この世界の喉元を掴み、誰にも邪魔されない安住の地を探してやる。
まずは、あの丘の向こうに潜んでいる盗賊のキャンプからだ。 鑑定によれば、あいつらは俺の両親を殺した連中と同じ刺青をしていた。
「掃除の時間だな」
焚き火を足で消し、俺は夜の闇に溶け込むように歩き出した。




