第7話 リスは偉大
それから二度の日の出と日の入りを迎えた。
そして迎えた当日。僕は早くに身なりを整え、外出の準備を終わらせると、約束の時間五分前に着くように家を出た。
三日前に連絡を取ったとき、メールの最後に『今度は時間ぴったりに来てくれていいからね』と気遣われたが、今回の集合場所は駅の待合室だ。あの地獄の暑さの中、一分でも鈴夏を待たせるわけにはいかない。
そう思っていたからか、駅に十分前に着いた。気が付かぬうちに速足になっていたのかも。
まぁそれならそれでいい。
僕が待つ分には問題はない。今回はちゃんと汗拭きシートも持ってきたので、多少の汗は気にならない。そして鈴夏が来たら、今来たところと言うのが理想だ。
「あ。やっぱりもう来た」
だから、待合室の椅子に腰かける彼女を見たときは、時間を間違えていたのかと思ってめちゃくちゃ焦った。
そんな僕を見て、彼女はいたずらが成功した子供のように笑って、ひょいっと椅子から立ち上がる。
「あれ? まだ十分前だよね?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、なんで居るの?」
「だって君、絶対わたしより先に来ようとするから。どうせメールで言っても聞かないだろうし、いっそ先回りしちゃおうと思って」
「マジか……ちなみに何分待った?」
「五分くらい」
すると、鈴夏は約束の時間よりも十五分早く来たことになる。
この暑い部屋で十五分も待つつもりだったのか。
十分前に着けたことを喜ぶべきか、後五分早く来なかったことを悔やむべきか。
「気にしないで。今日はわたしが待ちたかっただけだから。それに前回待ってもらったんだから、これでおあいこってことで」
まぁ確かに。それなら別に気にしない方がいいか。
「あ。まって。やっぱり今のなし。待たせた代わりにやってほしいことあった」
「お、おぉ。なに?」
なんだかマッチポンプな気もするけど、僕に断るという選択肢はない。
鈴夏は一度自分の全身をサッと見た後、くるりと回って全身を見せてきた。
着ているのは、オフショルダ―のふんわりとした白いトップス。下はデニムで、全体を見れば露出は少ないはずなのに、艶を帯びた肩が見えると途端に色気があるように感じる。
ヘアスタイルはいつものハーフアップではなく、涼し気なアップヘアだ。雰囲気がちょっと変わったような気がしたのはこのためか。
そしてバッグは前回と同じもの。これがお気に入りなのかもしれない。
「ど…どう?」
ほんのりと恥ずかしそうに聞いてくる。それもあって、僕の頭の中にはかわいいという感想が溢れて出していた。
「今まで読んだどの漫画のヒロインよりもかわいい」
「へっあ⁉」
「この間のワンピースもいいけど、今日のも似合ってると思う」
「へ、へぇ? そう? そうかな? じゃあ、うれしいかも……」
鈴夏の顔から煙を吹き出しそうなほどのずいぶんな照れように、もしやこれは恥ずかしいことを言ってしまったかもと、今更ながらに実感した。かなめの言っていたことは冗談じゃなかったらしい。
こういうときは、話を逸らすに限る。
「あーほら。電車来そうだし、ホーム行こう、ホーム。いやー楽しみだなぁ。例の景色、あるといいね」
「え、あ! うん! そうだね! あったらうれしいなぁ!」
僕はそそくさとホームに向かって歩き出し、鈴夏も我を取り戻しトトトっと僕の後に続いた。
そのあと、ホームで電車を待っている間、僕は照れや恥ずかしさを意識してしまったからか、しばらく会話を切り出せなかった。
鈴夏の方は前髪をくるくる指で弄っていて、会話を切り出してくる様子はない。多分あちらもまだ照れてるのだろう。
だが、さすがにこのまま無言を貫くわけにはいかない。
なにか話そうと頭を回転させてみる。そして脳のどこかに埋もれていた話題を発掘した。
「そういえばさ。今日行く加茂山公園って、リス園があるらしいよ」
と話題を振ってみると、鈴夏は待ってましたと言わんばかりのぱっとした明るい顔で返してくれる。
「知ってる! 調べたら、餌もあげられるんだって。そこも行こうね。楽しみにしたんだから」
「僕、リス見るのって意外に初めてかも」
「そうなの? 英雄って動物園とか行かない人?」
「うん。あんまり」
「じゃあ、いつか行こうね。わたし、動物園とか水族館って結構好きなんだ。沖縄に行ったときも、一番思い出に残ってるのは美ら海水族館だし」
気が付けば照れや恥ずかしさはどこかへ行って、いつもみたいに会話が出来ていた。ありがとう、リス。今日会ったら腹いっぱい餌を食わせてやるからな。
リスの功績は凄まじく、そのまま会話は電車の中まで続いた。
そして流れるように別の話題へと移り変わっていった。
***
加茂山公園についた。電車で大体四〇分。徒歩で七分くらいかかった。
この公園は、その名の通り加茂山という山の中にある、マイナスイオンに溢れた公園だ。
長いローラー滑り台や、リス園、遊具のたくさんある遊び場など、子供が来ても楽しい場所で、実際親子で来ている人も多いらしい。ネットではそういう口コミが多かった。
しかも、園内には池や小川、割と勢いの強い噴水なんかもあるらしい。
もしかしたら、子供の鈴夏はそれを見て滝と勘違いしたのかもしれない。
そう考えれば、ここに絵の景色がある可能性も十分あるはずだ。
僕は期待して園内に入った。先ほどから、景色を見つけたときの鈴夏の反応を想像している。
そのなかで、ふとなんでもない疑問が湧いた。
「ところで、例の景色を見つけたらどうするの? やっぱ、その場で描く?」
「そうだねー…もしあったら簡単に絵にしようかな。いつ見ても今日のことを思い出せるように」
「じゃあ、どこかで紙かなんか買っておいた方がよかったんじゃない?」
「それは大丈夫! そういう時のためにちゃんと持ってきてるから」
自信ありげにバッグの中から取り出されたのは、前回も持ってきていたスケッチブックだった。やはり持ち歩いているのか。
「これが、わたしの相棒三号です」
鈴夏はペラペラと相棒のページをめくって中を見せてくれた。二十ページほどに亘って様々な絵が描かれてる。なんだかアルバムみたいだ。
「三号ってことは、一号と二号もあるんだ?」
「うん。描くページがなくなったら買い換えてるの」
ぱっと見て五十ページくらいありそうだから、今まで百枚以上は描いてきたってことか。
なら、たしかに鈴夏にとっての相棒に違いない。
「ちなみに、一号っていつ使ってたやつなの?」
「んー…多分中学一年のころかな?美術部に入ったときに買ったはずだし」
「じゃあ、絵を描き始めたのは中学からか」
「ううん。初めて描いたのは小学校のときだよ。スケッチブック買う前は、自由帳とかノートとかに描いてたし。よく覚えてるのだと、小学生の描いたやつかな。プールの絵なんだけど」
それが少し意外に思えた。僕も小学生のときは自由帳に絵を描いていたからだ。
僕と彼女に意外な共通点があることが不思議だったのだ。
まぁ、共通点と言えるほど特別なものでもないけど。
「その絵はお父さんのために描いた絵でね。初めてだったから下手くそな絵なんだけど、お父さんは『鈴夏はこんなに綺麗な世界を見ているのか』って泣いて喜んでくれたんだ」
「そんなに? じゃあ僕も見てみたいな」
子供に絵をプレゼントされた父親は、上手だと褒めるとかが普通の反応じゃないだろうか。
泣くほどってことは、よっぽど綺麗な絵なんだろう。それなら、ぜひ見てみたいものだ。
「ダメ。あの絵は、疲れてたお父さんのために描いた絵だから。他の人には見せられないよ」
「えぇ…残念。見たかったのに」
がっくり肩を落とした。結構見たかったというのもあるけど、彼女に拒絶されたみたいでそっちの方がショックだった。
「もー…そんなに落ち込まないでよ。君には君のために描いた絵があるでしょ?」
「最初に描いた絵だから見てみたいんだよ……」
はぁ…とため息をつく僕。
それを聞いた鈴夏もまた、はぁ…とため息をついた。
「……じゃあわかった。今日、わたしと君のための絵をたくさん描いてあげるから。それで我慢して? ね?」
まるでお菓子をねだる子供をあやす母親のように言われた。少し自分が情けない。
「たくさんって……いいの? 何枚も描くのは大変じゃない?」
「いいよ全然。ていうか、元々今日はそのつもりだったから」
あはは、と鈴夏は少し恥ずかしそうに言った。
「それならまぁ、いっか」
「よしよし。えらいえらい」
鈴夏は満足そうに笑ってスケッチブックをバッグの中に戻した。きっとまたすぐ使うだろう。
彼女は今日、たくさん絵を描くつもりらしいから。
先ほどの発言を思い出し、どんな絵を描くつもりなのかワクワクしていると、ふとおかしな点に気が付いた。
「あのさ。元々絵を描くつもりだったっていうのは、どういう?」
元々って、なぜ? 僕が聞くと、鈴夏はにんまりとした笑みを浮かべた。もう見慣れた気のする、いたずらっこみたいな笑みだ。
「んー……それはないしょ! 知りたかったらわたしを楽しませてね!」
ふふっ、と笑った彼女は、僕よりも一歩先を歩いて行った。
僕は首を傾げながら、彼女の後ろをついて行った。
***
歩いてすぐ、僕たちは目的の一つだった噴水がある池を見つけた。
「うわー……水の勢いすごいね……」
「ね。思ってたよりも高いとこまで噴き上げてる」
池の真ん中から勢いよく噴き出す噴水の水は、木ほどの高さまで噴き上げられ、音を立てて池の中に飛び込んでいく。
その景色は見る人によっては滝のように見えなくはない。
「どう? あってる?」
鈴夏の喜ぶ顔を期待しながら聞いてみる。
彼女は嬉しそうに笑って答えた。だから期待も膨れ上がった。
「んー……ここじゃないみたい! 匂いが違うから」
違うんかいっ! 心の中でツッコんだ。
「ここは……そうだなぁ、カルピスみたいな匂いがする。あの景色は朝焼けみたいな匂いだから、全然違う。でも、どっちも同じくらい好きな匂い」
噴水がカルピスって、どういう関係があるんだ。相変わらず、鈴夏の匂いの関連性が僕にはちっともわからない。それを理解する日はいつになるのやら。
「まだまだ先は長そうだな……」
「だねー……でも、探し続けてたらいつかは見つかるよ。きっと」
「そうだといいけどね……」
「それに、新しく見つけることもできる。ほら、今日みたいに」
噴水を眺めながら、鈴夏はそう言った。
僕は噴水を見るふりをしながら、そんな彼女を見た。
しばらく噴水の音だけが聞こえてきた。
今、僕は彼女の世界にいる。このきれいな世界の片隅で生きている。
そんな気がした。
「―――よしっ! じゃあ、描きますか!」
むんっと意気込んだ鈴夏は、一度ぐいーっと伸びをすると、バッグからスケッチブックを取り出して、適当に近くのベンチに座った。
僕はその隣に座る。
なにかやることもないので、絵が描かれていく様子をチラチラ見ることにした。
鉛筆が優しく紙の上を走る。加えて今日は色鉛筆による彩りも加えられる。
何もなかった紙の上に、目にも止まらぬ速さで彼女の世界が映される。
その間、鈴夏の集中が途切れることは一度もない。五分、十分と時間が過ぎていく。
途中、僕が見ていると邪魔になるかなと思ったので、近くの売店で時間を潰すことにした。こりすまんじゅうなるものが売っていたので、二人分買っておく。
売店近くのベンチに座って、少し離れたところから鈴夏を見守った。
が、すぐに鈴夏から手招きされて呼び戻されたので、結局また隣に座る。
仕方なしに黙々とまんじゅうを食べていると、「それ、ちょうだい」と言われた。ずっと絵を見てるはずなのに、どうしてわかるんだと不思議だったが、何も言わずにまんじゅうを差し出した。
「手が離せない。食べさせて」
マジか。本当にいいのかそれ。僕は内心震えながら、まんじゅうを鈴夏の口元へと運んだ。あ、内心だけじゃなく手も震えていた。
パクリパクリと食べられる。二口目のとき、唇に指の先が触れた。ぷにぷにやわらかかった。
彼女は気にした様子もなく、絵を描き続けている。
気にしたら負けだ、と謎の対抗意識を燃やし、僕もなんでもない風を取り繕ってまだ半分ある自分のまんじゅうを食べようとした。
「それもちょうだい」
マジか。いや、マジか。
「食べかけだけど」と、さすがに確認を取った。きっと知らなかったんだろう。
「いいよ、別に」
唖然とした。気持ちを落ち着かせるため一度深呼吸した。そんなことで落ち着くわけがない。混乱した頭でどうしようか考えた末、「じゃあ…」と半分のまんじゅうを鈴夏の口元へ運んだ。パクリと食べられる。今度は少し指の先も食べられた。
彼女はそれでも気にする様子はなく、絵を描き続けた。
それから絵が完成するまで、僕は絵ではなく自分の指先をずっと見ていた。
***
「できたー!」
いつの間にか絵が完成した。
「あ、あぁ。お疲れ」
途中から絵の様子なんてまったく見てなかった。ずっと悶々としていたのだ。
鈴夏はスケッチブックを持ち上げて、完成した絵を見せてくれる。
スケッチブック越しに、彼女のキラキラとした目が見えた。
「どう? どう? 感想は?」
僕は一息入れて、直感で思ったことを伝える。
「……なんか、全体的に淡い色だね。水が白っぽい水色なのは、カルピスみたいだから? なんというか、優しくて幸せな夢みたいな感じがする」
噴水に、森林に、ベンチ。描かれているのは現実と同じなのに、彼女の見ている世界では別のもののように見える。それがやっぱり夢みたいだった。
「うんうん。ありがとう。喜んでくれたみたいでよかった。じゃあこれ、あげる!」
満足気の鈴夏は、何の躊躇もなくビリビリとスケッチブックから紙を破り取ると、その絵を僕に差し出してきた。
「え? いいの?」
「だって欲しいでしょ? いいよ、君なら。でも、次描く絵はわたしのね。その次は君の。その次はまたわたしの。そうやって、今日の思い出を一緒に持っていようよ」
そう言った鈴夏は、少しだけ顔を赤らめていたと思う。
これに照れるなら、さっきのはどうなんだと問いただしたくなった。
「なら、ありがたくもらっとくよ」
「うん。大事にしてね」
絵を受け取ると、僕たちはお互いに笑いあった。それが答えだった。
***
噴水を後にした僕たちは、もう一つの目的であったリス園に向かった。
リス園は坂を上った先にあり、途中あった児童公園で休憩した。
「あ! ブランコあるよ。空いてるし、ちょっと乗ってみてもいい?」
と言うので、休憩ついでにブランコに乗ることになった。
だが、周りに子供たちもいたし、四つあるブランコを半分も占拠するのもよくないだろうと、僕はブランコに乗った鈴夏の背中を押す係をすることにした。
「わっ! スピード出ると結構怖いね! これ!」
「じゃあもっと弱くした方がいい?」
「ううん! もっと速くして! 楽しいから!」
こうして背中を押すのは、昔から僕の役目だった。一人で上手く漕げなくて、どうせ楽しめないからって他のやつらの背中を押す係をやらされることが多かったからだ。だから実は、ブランコ遊びが嫌いだったりする。
けど、今はそれでも楽しかった。背中を押すと、笑ってくれるのが嬉しかった。
「ん。英雄、ちょっとストップ」
「はいストップ。どうかした?」
揺れる鈴夏をつかんで止めた。それでようやく気が付いたが、ブランコの前で子供たちが五人、こちらを羨ましそうに見ていた。
「えっと、もしかしてボクたちもやりたい?」
僕がおずおずと聞いてみると、子供たちは「やる‼」と、目を輝かせていた。
「じゃあお姉さんと交代しよっか。英雄、わたしあっちで待ってるから」
「わかったよ。ほらボクたち、じゃんけんで順番決めて」
子供たちは「わかった!」と元気な声で返事をして、じゃんけんを始めた。そして、勝った男の子が大急ぎでブランコに乗ってくる。押してやると、嬉しそうに叫んでいた。
その間、鈴夏は少し離れた椅子に座って子供たちが満足するのを待っていた。時々僕が視線をやると、手を振って返事をしてくれる。
「ねーお兄さん。お兄さんとお姉さんはカップルなの?」
「な⁉」
順番待ちをしていた子が突然そんなことを言い出した。他の子も「えー!そうなの!」とか「ラブラブなの?」とか聞いてくる。
僕は一度深呼吸して、落ち着いた声色で答えた。
「違うよー僕とあのお姉さんは友達だよー…多分」
いや。友達…でもない気がする。僕と彼女では釣り合わない。仲良くしてもらってる関係は、友達とは言わないだろう。
「でも、男の人と女の人が一緒に出掛けるのってデートって言うんでしょ?」
「デートはカップルがすることだって、先生が言ってたよ!」
余計なことを教えてくれる。大体この子たち小学校一年とか二年とかだろうに。そのくらいの年ならまだ異性とかの感覚ないだろ。ませてるな最近の子供。
だが、ここで認めてはえらいことになる気がする。僕はなんとかして誤魔化そうとした。
「デートじゃないよー僕とお姉さんは一緒に探し物をしてるんだよー」
「えー! なにかなくしちゃったの? オレたちも探すの手伝ってあげようか?」
あ、そういうところはいい子なんだ。やっぱり純粋な子なんだな。
「ありがとねーでも大丈夫だよーそれよりもそろそろ満足してくれたかなー?」
「まだだめー! あと十回!」
結局、僕が子供たちから解放されたのは三十分も先だった。終わるころには、腕が上がらなくなるほど疲労でいっぱいになった。
「じゃあねー! お兄さんお姉さん!」
「あぁ…またねー……」
子供たちに見送られて、ようやく僕たちは再びリス園に向かうべく公園を出た。
坂を上り始めてすぐ、鈴夏が嬉しそうに話しかけてくる。
「英雄、あの子たちから好かれてたね」
「はは…おかげで腕はパンパンだけど」
「お疲れさま。おかげでいいものが描けたよ」
「ん? 描けたって?」
僕の疑問に答えるように、じゃじゃーん、とスケッチブックを見せてくる。
そこには先ほどのブランコが描かれていた。ブランコの周りには赤や黄色、青に水色と騒がしいくらいに色々な色が集まっている。
「へぇー。あの間に描いてたんだ」
「うん。綺麗だったから、描きたくなっちゃった」
僕が見終えると、スケッチブックは鈴夏のバッグの中にしまわれた。
約束通り、二枚目は彼女のものだ。
「それじゃ、行こうか」
「うん。リス園、楽しみだね」
***
リス園は楽しかった。
「みてみて! この子、手のひらから食べてくれた!」
リスたちは人馴れしていて、どこからともなく現れてはえさを食べてくれる。
そんなリスたちと触れ合えるのが嬉しいのか、鈴夏はずっとはしゃいでいた。
僕はリスよりそっちの方ばかり見ていたと思う。
「ん? どうかした?」
ずっと見すぎて彼女に気が付かれたときもあった。結構焦った。
「いや、なんでも……」
「あ。英雄、動かないで」
ぴく、と動きを止めると、彼女は静かに顔を僕の顔へ近づけてくる。
息が当たるほどの距離に来る。ほのかにふんわりとしたいい匂いがした。
「かわい~! 肩にリスがいるよ!」
「え? リス?」
「うん。静かにね。もう少しそのままで……」
鈴夏はそぉっとバッグからスケッチブックを取り出し、サラサラと僕の肩にいるそいつを描き始めた。
これ、どのくらいかかるんだろう。
なんて思っていると、肩から小さい何かが駆け降りていく感覚があった。
「あ。逃げた」
そのリスはすばしっこい足でそのままどこかへ行ってしまった。
絵、どうするんだろう。
「しょうがない。後はさっきまでを思い出しながら描くね」
問題はないらしい。絵は順調に描き進められ、十五分もしないうちに完成した。
水色に包まれたリスの絵。少しリスがデフォルメされているのがかわいい。
「ごめんね。リスちょっと下手だったかも。あんまり動物って描きなれてなくて」
「いや、上手い上手い。めちゃくちゃかわいいよ」
「あっ……ホント? じゃあこれ。あげるね」
約束通り、僕はその絵をもらっておく。これでもう三枚目になるのか。
いつかは引き出しの中じゃ収まりきらなくなるかもな。
そんなことを思いながら、四つ折りにした絵をポケットにしまった。
「……ん?」
手をポケットの中に入れると、なんだか違和感があった。
モフモフとした、やわらかいものが手にあたる。
ここには先ほどもらった一枚目の絵が入ってるが、当然これは紙の触感ではない。
「なんだこれ? ……うわっ!」
ぴょーん、とポケットから何かが飛び出していった。リスだ。いつの間にか入り込んでいたようだ。驚いて声が裏返ってしまった。
そんな僕を見て、鈴夏は「あははっ!」と笑う。なんだか僕もおかしくなって「ははは」と笑った。
やっぱりリスは偉大らしい。




