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リキッドサンシャイン~わたしたちのひと夏~  作者: 毛糸ノカギ
第五章 それでも。何度でも。
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最終話 夏の匂い

「鈴夏!」


 家に帰ってくると、勢いよくリビングに飛び込む。

 鈴夏は机でせっせと課題をしている最中だった。


「うわ。どしたの?そんな汗だくで」

「見せたいものがある!一緒に来て!」

「見せたいもの……?」

「あぁ!見つけたんだ!ついに、見つけたんだ!」


 息を切らしながら、興奮冷めやらぬまま伝える。


「―――――そっか。じゃあ、行こっか!」


 そんな僕とは反対に、鈴夏は意外にも落ち着いた様子で立ち上がった。

 まるで、こうなることがわかってたみたいだ。

 

 そして、僕らは、言葉を交わさずに、ただ手を繋いで歩く。

 その手は力強く握られていた。


 公園の入り口に立つと、芝生の草原をゆっくりと歩いて行った。

 園内の時計は、まだ一時を示している。


「……えっと、ここ、公園じゃない?」

「大丈夫。ここにあるから」


 鈴夏は少し不安そうにしていた。

 だが、それも丘を越えれば無くなる。音が聞こえ出したからだ。


「―――あ」


 その音に気が付くと、鈴夏の歩く速度が速くなった。僕を引っ張るように、先へ先へと歩いて行く。


 ようやく、小さな滝が見えた。

 僕たちは、その前で立ち止まる。


「―――……なんか、思ってたのと違ったかも」

「子供のころの思い出なんて、そんなものだよ」

「……うん。でもね。まったく覚えてないけど、ここの芝生に座っていた気がするの。そこからは、山が見えて、子供たちが見えて、大きな滝が見えて。それで、あの、とびきりいい匂いがしてね……」

「うん」


 鈴夏は、芝生の上に座る。座って、大きく深呼吸をした。


「どう? いい匂い、する?」


 彼女の顔は、見えなかった。横に立って、噴水を見ていたからだ。


「……ううん」

「……そっか」


 結局、彼女の匂いは、取り戻せなかった。

 取り戻せなかったけれど、僕たちは同じ景色を見ている。

 この、綺麗な世界の、一枚を。


「もう、なんにも、匂わないよ……!」

「――そっか」


 この世界は、やっぱり綺麗だと思った。

 夏の鈴の音がした。



***



「……鈴夏。今、返事してもいいかな」


 しばらくして、僕は少し緊張した声色で言った。一度深呼吸をしたのに、まったく緊張が解けない。


「……ダメ。ここじゃ、ヤダ」

「じゃあ、どこならいいの?」


 僕は、ここでするのが一番いいと思ったのだけれど。

 鈴夏は芝生から立ち上がると、公園の出口の方へ歩き出した。僕を置いて。


「それは、ずいぶん前に言ったよ」

「……そうだったね」


 歩いていく彼女のニマっと笑う横顔が見えた。


「十分くらいしたら、追いかけてきて。でも、走っちゃダメだよ。歩いて来てね」

「わかった」


 歩いて行く彼女を見送ると、僕はスマホのタイマーで十分を計り始めた。

 待ち遠しい。たった十分が、ずいぶん長く感じられた。


 あと、九分……八分……。

 六分……四分……。

 二分……一分……三十秒……。


 ……ピピピ、とスマホが鳴った。

 時間だ。行こう。


 美術室で、彼女が待っている。



***



 気が付けば、走っていた。


 歩いて行くなんて無理だ! 一秒でも速く、鈴夏の所へ行きたい!

 そんな思いが、僕を走らせていた。


「うわっ!」


 何もないところで転んだ。

 痛い。痛いけど、それが嬉しかった。


 すぐに立ち上がって、また走り出した。

 走って、走って、走っていたら、学校に着くのはあっという間だった。


 夏休みでも、校門は開いていた。

 靴箱で上履きに履き替え、誰もいない校舎を走る。


 階段を上がれば、もうすぐそこだ。


「はぁっ……はぁっ……」


 息を整えて、汗を拭いて、大きく深呼吸をする。

 扉のすぐ先には、きっと彼女が待っている。


 コンコンと、ノックをした。

 返事はない。引き戸を開けた。やけに軽かった。


「―――もー……歩いて来てって言ったのに」


 彼女が待っていた。いつもの席で、今日はキャンバスも置かずに、ただこちらだけを見て座っていた。


 僕は、一歩、一歩と近づいて行く。

 不思議と、蝉の声だけが聞こえていた。


「……それじゃあ、聞かせてくれる?」


 正面に立つと、彼女が聞いてきた。

 僕は、はっきりと答えた。


「君のことが好きです。ずっと、一緒に居たい」


 そして、彼女は、あの満開の花のように笑って言った。


「はいっ! もちろん!」


 八月十五日。

 まだまだ夏の猛暑は収まる気配がない。そんな、夏の日だった。

おしまい!

なお、続く終章は二人のこれからを描いたものです。本編ではないため、人によっては蛇足に感じるかもしれません。二人のこれからを自分で想像したいよって方は、申し訳ありませんが受け入れてください。

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