第1話 声が聞こえる
声が、聞こえてくる。
まだ六月の中旬だというのに夏の始まりを思わさせられる暑さの中、それに負けじと張り合うようなその声は、校庭で部活に励む彼らの声だ。
歓声だったり、怒声だったり、掛け声だったり。彼らが頑張っていることを証明している。
そんな声を、僕は校舎の三階でぼうっと聞いている。
視界には、グラウンドの半分くらいを使っている野球部と、あちこちで走っている陸上部が映っていた。グラウンド常連のサッカー部は、今日は休みらしい。
だからどうということでもない。僕の日課とは関係のない、どうでもいいことだ。
なんせ僕は、別に陸上部で好きな人が走る姿を見ているわけでもないし、野球を通して青春を謳歌している野球部員のことが羨ましくて眺めているわけでもない。なにかを見たくてこうしているわけではないのだと思う。
僕はただ、毎日この窓の景色を眺めながら考え事をしているだけ。毎日同じ考え事をしているだけだ。
今日はどれくらいの時間こうしていたのだろう。だんだんとのどが渇いてきたので、そろそろ帰ろうかと思い始めてきたそのとき、『カキンッ!』と痛快な音が響く。
気になって音のした方を見ると、バッターがスキップのような足取りでベースに向かっていた。心なしか笑っている気もする。ホームランだ。
他の部員たちも、諸手を挙げて喜んでいる。「さっすがぁ!」という声が聞こえてきた。
きっと、彼はみんなからホームランを期待されていたのだろう。そして、彼はその期待を裏切らなかった。
だから僕は、彼を特別な人だと思った。
そのままスキップで一周して本塁まで戻りチームに一点を入れた彼は、仲間たちと元気よくハイタッチをしていた。
「……帰るか」
それを見ていると、なんだか自分が空しく思えてきたので、今日の日課はここまでにする。こうした気分になったのは、今月でもう三回目だ。どうして同じことを繰り返すのだろう。彼のような人と、中学時代の自分を重ねているのだろうか。だとすれば、我ながら未練がましい男だと思う。
ため息が出そうになる気持ちを抑え、若干たてつけの悪い窓を閉じる。
時計を見ると、もうすぐ四時十五分になるのが見えた。
ホームルームが終わったのが三時半くらいなので、三十分以上もこうしていたらしい。いつもより長い。のどが渇いているのはそういうわけか。
とりあえず、自販機に寄ってから帰ることにした。
***
この高校の自販機には、『米粉ソーダ』という誰に需要があるのかもよくわからない変なジュースが売っている。味がまずいわけではないのだが、後味がなんとなくねっとりしていて、炭酸だというのに爽快感がまったくない。
しかも、同じ自販機で売っている普通のソーダと比べて十円高いもんだから、誰も飲みたがらないのだ。こいつが日の目を浴びるのは罰ゲームの時くらいだろう。
そんな『米粉ソーダ』の購入ボタンを、僕は毎回少し躊躇しながら押す。
当然、僕だってこの味が好きなわけではない。
我ながらくだらない考えだが、誰も飲まないものを飲んでいる自分は特別な人間っぽい、という理由でいつも嫌々これを飲んでいるのだ。
カシュと缶を開けて、出来るだけ舌に触れないようにぐいっと中身を乾いた喉に流し込む。
「うげ、気もちわる……」
そして、その後味の悪さにいつも後悔する羽目になる。
ちゃぷちゃぷと缶を揺らしてみると、まだ半分くらい残っている。一気に終わらせたつもりだったのに。
もう一度同じ苦しみを味合わなくてはいけないのか。こういうときが一番飲みたくなくなる。
一度そう思ってしまったなら、もう簡単には飲めない。勇気を出すためのきっかけが必要だ。
なにかきっかけになりそうなものはないかと、あたりを見渡してみる。すると、廊下の突き当りが目に入った。この先の廊下はⅬ字通路になっていて、大体十メートルほど進めば突き当りにぶつかる。
そうだ。あれにしよう。あの廊下の先まで行ったら、残りを飲もう。きっかけとしては簡単でちょうどいいと思った。
そうと決まれば気が変わらないうちに、ゆっくりと廊下を歩きだす。
途中、なにかと理由をつけて足を止めたくなったから、少し小走りで進むと、すぐに奥まで来てしまった。
「よし、いくぞ……!」
突き当りの壁にもたれかかり、逃げる理由を考える前に、缶の残りを豪快に全部流し込む。
ゴクッ…ゴクッ…と喉を鳴らす。出来るだけ味のことは考えないように、目をつむってひたすら流し込んだ。
「―――っはぁ。まっず」
飲み干してすぐに、あの後味が口の中を襲ってくる。
やっぱり気持ちが悪いけど、なにかに勝った気がして不思議と気分はよかった。
高揚して、空になった缶に「僕の勝ちだ」なんて言ってみたりもしてしまうほどだった。
「ごめんなさい。そこの君、ちょっといいかな?」
そのとき、突然横から声をかけられた。驚いて振り向いてみると、Ⅼ字路を曲がったその先に一人女の子がいた。申し訳なさそうにこちらを見てくる。
僕とその子の間にはおそらく二〇センチほどの身長の差がある。そのため、彼女はわずかに見上げるようにしているからか、僕からはその顔がよく見えた。幼い顔つきだ。
髪は、染めているのか疑いたくなるほど明るい茶色の長い髪。ふんわり感のあるハーフアップでゆるりとまとめられている。
つまり、その子はかわいらしかった。背も低く、童顔で、髪もふんわり。
だが、僕は彼女を『かわいい』よりも『美しい』と思ったのだった。
それは、窓から差し込む日差しで、彼女の茶髪がキラキラと輝いて見えたからかもしれない。
それとも、垂れ気味の目がどこか儚さを帯びていたからかもしれない。
明確な理由はわからないが、とにかく僕は、彼女の何かを美しいと思ったのだ。
そんな彼女の姿を見たのは、これで四度目くらいになる。だが、話すのは今日が初めてで、それがこんななんでもない廊下で起きるなんで思ってもみなかった。
こんなところで、彼女は何をやっていたのか。そんなことは、彼女の後ろにあるものを見ればすぐにわかることだった。
それは、キャンバスだ。よく美術室にあるような、木の三脚みたいなものに立てかけられてある白いキャンバス。
美術の授業を選択していなかった僕は、それを実際に見るのは初めてで、キャンバスって思ったよりも小さいんだな、となんとなく感じた。
そんなキャンバスの前で、彼女は椅子に腰を据えながら絵を描いていたらしい。廊下の真ん中で堂々と。
ものすごく通行の邪魔だ。けれど、彼女のことを責めてくるような人間は、きっとこの学校には教師含めて一人もいないだろう。
なぜなら、彼女が一番特別な人間だから。みんなから認められている、特別な人間だ。
県内の賞を何個も受賞し、全校集会で表彰される姿を三回ほど見たことがある。
そのとき、僕は一目で彼女が特別であることと、僕たち普通とは違うことを理解させられた。
それが彼女、蝶名林 鈴夏という特別な人間だ。
「……あの、聞こえてる?」
じいっと彼女の顔を見て固まっていると、不安そうに尋ねられた。
「あ、あぁ、ごめん。なにか用?」
「えっと、君のことを、絵に描きたいなって思って」
そう言われて、驚きよりも疑問を感じた。
「僕を?なんで?」
「今、君からいい匂いがしたから」
そういわれて、自分の匂いを嗅いでみる。なんの匂いもしなかった。自分の体臭は自分じゃわからないとよく言うが、あれはいい匂いの場合も当てはまるんだろうか。
正直、蝶名林さんの言っていることは僕にはよくわからない。けれど、喜んで引き受けようと思った。
なぜなら、特別な人に自分を描いてもらえるということが、特別なことだと思ったから。こんなこと、こちらから頼みたいくらいだ。
「いいよ。ここで立ってるだけでいい?」
「ありがと!立ち位置は…うん。そこでお願い」
僕を絵に描けるのがそれほどにうれしいのか、蝶名林さんは満面の笑みを浮かべていた。
それほどまでに喜ばれると、若干照れくさい。もちろん、悪い気はしないが。
「あんまり動かないでね。すぐに終わるから」
蝶名林さんは、もうすでに使う色を決めたようで、パレットに絵具を取り出している。
すぐに終わると言うが、きっと二〇分三〇分はかかるだろう。そう、僕は踏んでいた。
本来であれば、この暑い中立ちっぱというのには気が滅入ることではあるが、今の僕はモデルだ。辛くても表情や態度には出さないようにしようと、意気込んで立っていた。
「はい。もういいよ。お疲れさま!」
「……えぇ?」
だが、僕のモデルとしてのキャリアは、わずか十秒で終わることになった。
冗談かと思ったが、蝶名林さんが満足げに絵を見ているということは、どうやら本当に完成したらしい。
「僕も見てもいい?」
「もちろん。どうぞ」
いったい十秒でなにが描けたのか。それほどまでに彼女は早業なのか。
期待する気持ちと不安な気持ちがせめぎ合う中、僕は足早に近づいて、そのキャンバスに描かれた絵を見た。
「―――………は?」
彼女が描いていたのは、ここから見える風景だ。全体的に明るい色で、まさに青春の一ページを切り取ったかのような印象を抱かせる、きれいな絵だった。
ただ、そこに僕の姿はない。先ほどまで僕が立っていたであろう場所には、不自然に水色が滲んでいるだけで、僕という人間は姿かたちもない。
はぁ、と自分でも大げさだと思うくらい大きなため息が出た。
つまり僕は、からかわれたのだ。そう思うと、途端に頭が冷えていくのがわかった。
絵に描いてやるという餌で釣られた、哀れで間抜けな魚だったわけだ。
「その、感想は?」
蝶名林さんが、ワクワクと笑みを浮かべて聞いてきた。
「いいと思うよ。無駄がなくて」
僕は、怒りを面に出さないように努めて答えた。ここで怒ると、彼女の期待通りになってしまうような気がして、それが一層屈辱的に感じてしまいそうだったから。
「……ねぇ、なんか怒ってない?ほんとにいい絵だって思ってくれてる?」
「……さぁ。どうだろうね」
彼女はなんだか不安そうな顔をしていた。もしかしたら、僕に別の反応を期待したのかもしれない。そんな期待、されても迷惑だ。
「あ。まってよ。ねぇってば!」
だから、その問いにはまともには答えずに、僕はその場を立ち去った。出来るだけ早く彼女から離れたかった。
***
逃げるように廊下を歩いて行った。握っていることも忘れていた『米粉ソーダ』の缶は、適当なごみ箱にぶち込んでおいた。思いっきり。
なんだか今日はいいことがなかった気がする。厄日なのかもしれない。
もうなにも起こりませんようにと願いながら昇降口に向かうと、バレー部のユニフォームを着た長身の女子を見つけた。
ポニーテールで結われた黒い髪と、モデルのようなスタイルの良さは、バレー部の女子というイメージをそのまま体現したかのようだ。
僕は、そんな彼女の名前が浦和 かなめであることを知っていた。
中学のころはその高身長や陽気で姉御肌な性格を頼りにされてバレー部の主将を任されていたことも、高校に入ってからはあまり活躍できていないこともよく知っている。
だから、そんなかなめが、もの憂い気な表情で壁を見つめているのが気になった。
それに、バレー部は今頃体育館で活動中のはずだ。だとすると、そもそもこんなところにいるのはおかしい。きっと、なにかあったからここにいるのだろう。
とはいえ、声をかけるのはためらわれた。なぜなら、僕とかなめは少し気まずい状態だからだ。中学時代は仲が良かったものの、高校に入ってから関わる機会を失い徐々に疎遠になり、ここ半年ほどはまともに会話した記憶がない。
そんな関係の僕が急に声をかけたところで、かなめはその『なにか』を喋ってくれるだろうか。
そんなふうに逡巡していると、かなめの方が僕に気が付いてしまった。
一瞬戸惑うような表情を浮かべた後、にぱっと笑顔を僕に向けて来る。
こうなってはもう無視もできないかと、諦めるような気持ちで、僕はかなめの隣に立った。
「石田。なんか、久しぶりだよね」
「だね。……かなめは、今なにしてたの?」
「今?今は……これを見てた」
そう言って、かなめは目の前の壁を見つめた。先ほどはかなめと被さっていて気がつかなかったが、そこの壁には一枚の掲示物が貼ってあった。それはいわゆる学内新聞みたいなもので、最近の学校ニュースが掲載されている。
「……うわ」
書かれていた内容を見て、思わず声が出てしまった。
新聞の一面をでかでかと飾っていたのは、ある一枚の絵。大きく描かれた見出しは、
『二年四組 蝶名林 鈴夏さん またも金賞』
それは、先ほど自分を弄んだ蝶名林さんの記事だった。
「蝶名林さん、すごいよね。あたしとは全然違う」
かなめは、記事を見てため息をついていた。僕は慰めようと言葉を投げかける。
「そりゃそうだけど、かなめにだって……」
「あたしにだって……?」
「……いいところがある、だろ」
バレーがあるだろ。そう言おうとして、やめた。それが励ますためだけに言ったものだって、見抜かれそうな気がしたから。
「そうだよね。あたしにも、いいところはあるよね」
かなめは取り繕うように笑って言った。
「……うん。あるよ。きっと知ってる人もいるって」
「そっか。じゃあ、その人たちの期待に応えないとか」
すると、突然パァンッと、かなめは気合を入れるように自分の頬を叩く。そして、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。
「ありがと。あんたのおかげで元気出た」
「……なら、よかった」
「あたし、そろそろ部活に戻るね。いっぱい練習して、もっと上手くならないとだから。じゃあまた」
「あぁ、またね」
結局、かなめがどうしてこの時間にここにいたのか。どうしてあんな表情をしていたのか。
それを彼女は何一つとして喋ってはくれなかった。なんだか無理やり自分を立ち直らせていたように見えたので、一人で悩みを解決したというわけにも思えない。
けれど、僕にできたのは、きっとあれが精一杯だった。これ以上はどうしようもなかった気がする。
ほんのわずかな情けなさを紛らわすように、新聞に載ったカラー印刷の絵を見た。
誰もいない、夕暮れの教室を描いた絵。焼けるようなオレンジ色の、特別な瞬間を描いた絵。
その絵を見ていると、今のことは仕方がなかったことのように思えてくる。
やはり僕は、蝶名林さんに描かれるほど特別な人間じゃなかった。
だからきっと、しかたない。
***
靴を履き替えて学校を出た後、通学路を歩いていつもと同じように家に帰っていた。
この町は田舎町だ。といっても、山の中にある合掌造りが見事な田舎町ではなく、コンビニの駐車場がやけに広かったり、田園風景が広がっていたり、電車が一時間に一本しか走らないような、新潟県の田舎町。
そんな町だから、帰宅中の学生が寄り道する場所は限られている。
安くておいしいアイスクリーム屋、腹にガツンとくるラーメン屋、最も人気なのはマクドナルド。ざっと思いつくのはこの辺で、寄り道するときは、たいていの学生がこの三つのどこかに寄る。
けれど僕は、中学校のころから寄り道するときはいつもコンビニに寄っていた。
帰り道にあって寄りやすいので、なんとなく寄り道したいときに入りやすかったからだ。
だから、他人とは違うところだからという理由ではない……と思う。
聞きなれた入店音を聞き流し、アイス売り場で適当に目に入った『もも太郎』を選んでレジに持って行った。
コンビニの商品には当たり外れがないので、適当に選んでも『米粉ソーダ』のような変なものを買うことがないのはコンビニならではの安心感だ。
「袋はご入用ですか?」
「いえ、大丈夫です」
レジを終えたらすぐ店内を出た。そして、だだっ広いのに数台しか車の止まっていない駐車場の車止めに腰かけて、買った『もも太郎』の封を開けた。桃のようなピンク色をした、新潟県限定のご当地アイス。
つい最近までモモ味だと思っていたが、実はイチゴ味だったらしい。だったら『いちご太郎』にするべきだと言ったら、友人に笑われたのを覚えている。
ガリガリと『もも太郎』をかじっていると、少し離れたところにいる学生の集団が僕のことを見ていたのに気が付いた。着ていた制服が僕が通っていた中学校のものだったから知り合いかと思ったけれど、すぐにふいと顔を逸らされたので違うらしい。
「……なぁ、アイス食おーぜ」
「ちょうど言おうと思ってたわそれ」
「俺らも『もも太郎』食うか」
彼らはそんなことを言いながらコンビニに入っていった。どうやら僕が食べているのを見て、彼らも食べたくなったらしい。
ちなみに、僕の中学校では買い食いや寄り道が禁止されているはずので、彼らはちょっとだけ不良なのかもしれない。
とはいえそんなことは僕らもやっていたことだから、彼らを偉そうに注意したり、ましてや学校に通報したりなんて野暮な真似はしない。あの時間はきっと楽しいものだ。
「……あ、食べ終わってた」
いつの間にか『もも太郎』を食べ切っていたらしい。仕方なく車止めから腰をあげて、店内のごみ箱に残った棒を捨ててきた。
そのとき、ふと先ほどの中学生がアイスを選んでいるのが目に入った。「どれにする」だとか「そんなの食うのかよ」だとか楽しそうに選んでいるのを見て、なんだか懐かしさを感じた。
***
それからコンビニを出てからも、しばらくその感覚は続いていた。彼らを見て、中学のころを思い出したのだ。
中学時代の僕をことわざで表すなら、『自分を虎だと思っていたキツネ』だと思う。そんなことわざはないけれど。虎の威を借る狐ではなく、自分は威を借りる必要がないと思っている愚かなキツネだ。
僕がそう勘違いしていたのは、二年生の夏までだ。
当時の僕は、バスケ部のエースみたいな存在だった。シュートの成功率が他の人より高かったというだけだが、ここぞという時にも外さないシュートの正確性は、チームのみんなから頼られた。
何度も試合に出て何度も点を決めているうちに、三年生の先輩からも一目置かれるようになり、自分はほかの人とは違う、特別な人間なんだと思い込んだ。
彼らにとっての僕はいなくてはならない存在で、生きることを求められていた。だから僕には生きる意味があった。
だから、僕にとってあのチームは居場所で、僕を形作るすべてだった。
でも、それを僕は失ってしまった。
ある、不思議と暑さが気にならない夏の大会でだった。
県中の中学校がこぞって出場する県大会の二試合目。僕たちはある中学に敗北する。
それも、ただの敗北じゃなくて、圧倒的な大敗だったのをよく覚えている。
僕たちはそのチーム相手に、手も足も出なかった。素早い攻めと、堅牢な守り。どの選手もそういったプレイができる、高レベルなオールラウンダーばかり揃えたようなチームだった。
僕の打つシュートはことごとくブロックされて、得点を取ることもかなわない戦い。彼らと自分たちとの間には、明確な違いがあることを痛感した。
試合の後、僕は涙も言葉も出なかった。思い知らされたことに打ちひしがれていたのだ。
僕もチームのみんなも、この試合で、僕が特別でも何でもなかったことを思い知った。
大会の帰り、僕を特に頼りにしてたはずの一人から言われたことは、未だ一言一句忘れられない。
『ドンマイ!お前でも力足らずだったな!次は一緒に頑張ろうぜ!』
そう言った彼は、試合前には『今日も頼りにしてるぜ!頑張ってな!』と言っていた。その微妙な違いが、僕にはすぐにわかった。
その瞬間、なにかが体を這うように上がってきたのを感じた。僕はそれを必死に気が付かないふりをして、逃げるようにその場から走り去った。
そして、僕は普通になった。特別ではなくなって、誰からも必要とされなくなったのなら、僕に生きている意味はないのだと思った。
部活はその後すぐに辞めた。周りから引き留められることはなかった。
僕がいなくなった後のバスケ部は、まるで僕という選手が初めからいなかったかのように活動をつづけているのを見て、それを余計に痛感した。
ああでも、部で一番仲が良かったやつとかなめの二人だけは一度、辞めた理由を聞かれたことがあった。
彼らには、『僕は特別じゃなかったから』と言うと『そっかそっか』と言われた。怒るか呆れられるするだろうと思っていたが、彼らはいつものように笑っただけで、そのまま今日の小テストについての話題に切り替えていた。
それ以来、二人は高校生になった今でも、このことにまったく触れてこない。気を遣ってくれてるのだろうか。
そういえば、日課をやりだしたのはこの辺りからだった気がする。僕たちは毎日三人で下校していたのだが、かなめたちの部活がある日は、僕が二時間ほど待つ必要があったのだ。
その間は特にやることもないので、ただぼーっっと二人が汗水流すのを見ていた、というのがはじまりだった。
でも、それも中学生までの話。
高校生になって環境が変わると、二人と一緒に帰る機会もいつの間にかなくなった。新しい友達が出来て、古い友達とは疎遠になっていく。よくあることで、仕方のないことだ。
だから、僕は今もこうして一人で下校している。高校に入ったときは新鮮に感じたのに、今じゃもう慣れてしまったいつもの道。ここを歩き終えれば、あとは風呂や夕飯、それとちょっとだけ勉強をして眠るだけ。
そうして、また一日が終わる。
第2話はこの五分後公開!




