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リキッドサンシャイン~わたしたちのひと夏~  作者: 毛糸ノカギ
第四章 普通の女の子への期待
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第11話 答えを出す

 六月二十四日。曇り。鈴夏は学校を休んでいた。



 六月二十五日。また曇り。今日も休んでいた。



 六月二十六日。いやな噂を聞いた。少し嫌な予感がした。



 六月二十七日。メールを送ってみた。返信はなかった。



 六月二十八日。晴れ。光一とかなめと久々にくだらないことを話した。少し心が軽くなった。



 六月二十九日。ネットニュースが配信されていた。ネットの反応は散々だった。大丈夫。大丈夫だ。



 六月三十日。今度は電話をしてみた。電源を切っているみたいで、出てくれなかった。



 七月一日。晴れ。もう心配するのはやめた。彼女は強いから、きっと大丈夫だと思うことにした。



 七月二日。なにもできることがない。せめて、美術室の掃除をしてみた。あの日からずっと放置されていたキャンバスがあった。加茂山公園の絵が描かれている途中だった。



 七月三日。学校でも大勢が鈴夏を批判していた。何も知らないくせに。僕は憎むことしかできなかった。



 七月四日。休日。気分が悪いので一日中寝ていた。



 七月五日。光一たちから連絡が来た。少し気分が良くなった。



***



 翌日、なんとか登校すると、光一とかなめがものすごく心配してくれた。


「ねぇあんた大丈夫⁉ 光一から聞いた。蝶名林さんのやつってあんたも関わってんでしょ⁉」

「……お前と蝶名林に、一体何があったんだ。話せたらでいい。教えてくれ。俺たちも、力になりたい」


 ついに光一が切り出してきた。多分今までも気にしてくれていたんだろうが、僕に気を遣って聞いてこないでくれていたのだろう。


 けれど、流石にここまで深刻な事態になったのなら、光一だって聞くしかない。かなめも重たく頷いていた。二人とも同じ気持ちらしい。


「……二人とも、噂のことは知っているみたいだね」

「そりゃ知ってるけど……あんたの口から本当のことを聞きたいの」


 二人はあの噂を信じていないのか。あの、悪意と無知と汚泥にまみれた噂を、信じてくれないでいてくれたのか。


 それが、少し救われた気がした。


 なら、僕も話さなくてはならない。


「……この間、鈴夏と出掛けたとき、変な男に話しかけられた。気持ち悪い男だった」


 すべて、あいつのせいだ。思い出しただけで沸々と怒りが湧いてくる。


 あの真の芸術がどうとか言っていた男は、やはりろくな人物じゃなかった。

 ネットニュースを見て知ったことだが、あの森田という男は今、ネットで散々叩かれているらしい。


 なんでも、以前から迷惑行為を繰り返していたようで、美術館内で勝手に演説をしだしたりだとか、他人の個展で勝手に絵を取り外したりだとか、頼まれてもないのに絵を批評してきたりだとか、とにかくめちゃくちゃなことをする人間だったらしい。


 でもそれらは、ニュースで取り扱われるほどではなかった。


 ではなぜ記事にされたか。それはある動画がネットで注目されたからだ。

 ある人気絵師の個展で勝手に行われた演説を撮った動画だった。

 

 その動画を見て、僕は目を疑った。


『よいかねみなさん! こんなカスみたいな個展を見に来るんじゃなくて、本物の芸術に触れなさい! そう! この絵のような真の芸術にね!』


 男が演説内で紹介しているその絵は、どこからどう見ても鈴夏が描いた絵だった。


 調べてみたから間違いない。その絵は、三年前の鈴夏が描いて、あるコンクールの賞をとった絵だ。


 あの男は、それを勝手に使って、自分の意見を主張していたのだ。


 その演説動画がネットで広まると、『他人の個展の前で演説するなんて無礼だ』や『くだらないことに必死で草。働こうね』など、怒涛の批判コメントが書かれた。


 別にそれはいい。あの男がなんて言われようが興味はない。それを可哀そうに思うほど、僕は優しい人間じゃない。


 だが、叩かれたのは男だけに留まらなかった。


『この絵なに? 普通に下手じゃね?』

『描いたの中学生やん。本物ってピカソとかじゃないんかい(笑)』

『あー有名になるためにこいつに提供したんだな。バカだなぁ』

『そいつの人生も終わったなコレw』


 燃え広がった炎の矛先は、鈴夏にも向けられた。鈴夏のことをなにも知らないやつらが、勝手に決めつけて無責任な批判を投げつけていた。


 気持ち悪いやつらの気持ち悪い言葉を見てると、気分が悪くなった。これは現実ではないと思い込んで、なんとか気を紛らわせていたが、それもすぐに限界が来た。


 炎は学校内でも見かけるようになったからだ。


『これ、やっぱり蝶名林が描いた絵だってよ』

『やっぱり⁉ じゃあ、あの噂本当なんだ。蝶名林がヤバいやつと関わってるってやつ』

『あーそれって、動画がネットでバズり出してすぐ流れた噂だろ。特定速すぎだよな』

『ウチらアイツとよく話してたんだけど、言われてみればどっかヤバいオーラ持ってたよね』

『それな! 一見普通のやつが一番こえぇのよ』

『てか、動画のおっさんと付き合ってたりして。アイツ見た目はいいから』

『うわーありそー』


 学校中が鈴夏の話題で持ちきりだった。

 どれも根拠のない噂なのに、それを疑うこともせずに飲み込んで、さも真実かのように周りに話すそいつらの声を聴いて、僕は他人の吐しゃ物を啜らさせられてる気分になった。


 その日は放課後まで学校にいるのが辛かった。

 家に帰ってからはずっとに布団に潜っていた。外にいるやつらが誰も鈴夏のことをを見ていなかった気がしたから。


 次の日も吐き気がひどく、一日中布団に籠っていた。


 だが、その日の昼頃、僕の学校での様子がそれほど酷いものに見えたのか、心配してくれた光一とかなめがラインをしてくれた。


 おかげで今日は学校に来れた。だが、事態はなにも好転してない。



***



「これが、この十三日間の出来事だった」

「ガチか……」

「ひどい……」


 二人も言葉が出ないようだ。

 そう感じてくれるのが、嬉しかった。


「……どうなるんだろうね。これ。いつになったら落ち着くんだろ」


 落ち着いてくれなきゃ、鈴夏は学校に来れない。僕は返事をすることが出来ない。

 僕たちの夏は、こんな形で幕切れなんだろうか。


「俺たちに、出来ることはあるか……?」


 そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、でも二人が出来ることどころか、僕に出来ることだってないのが今の状況だ。


 だから、鈴夏の方でなんとかしてもらうのを期待するしかない。強い彼女なら期待に応えてくれるだろう。


「今は大丈夫。でも、なにかあったら頼らせてもらうよ」

「……そうか」


 そのときの光一は、やけに残念そうな表情で僕を見てきていた。


 どうして、そんな顔をするんだ。こいつは、僕に何かを期待していたのだろうか。

 鈴夏を救う、ヒーローみたいな『石田英雄』を期待していたんだろうか。


 そう、それはまるで、僕が鈴夏にしていたみたいな……。



 …………いや、それは、違うだろ。

 期待するって、そういうことか?


 僕は、彼女のことを知りもせずに押し付けてないか?

 僕は、彼女のことをちゃんと思えているのか?

 僕は、彼女のすべてを認められていれているのか?

 僕は、彼女を『特別』にすることが出来ているのか?


 答えはわかっている。


「ごめん。やっぱり、今の無し。二人とも、僕に力を貸してくれ」


 その答えを聞いて、二人は太陽のように笑った。



***



 すぐに行動を開始した。

 まずは、職員室に向かう。


 鈴夏に会うためには、住所を知る必要がある。


「住所って……教えられるわけないよ。個人情報だからな」


 断られた。そりゃそうか。

 仕方ないので、地道に調べることにする。

 町の南に住んでいることはわかっているので、学校が終わってから一軒一軒しらみつぶしにあたった。

 そもそもが小さな町だし、蝶名林という名字は珍しいから、いつかは見つかるだろう。


 光一たちには別のことを頼んだ。あっちが成果を出す前に、こっちも住所くらいはすぐに見つけておきたい。他にもやっておきたいことがあるのだ。


「……あった」


 そして、探し始めてから二日目の夕暮れ時、ついに見つかった。

 震える手で、インターフォンを押す。しばらくして、男の人が出た。


「―――はい……どちら様でしょうか?」

「あ……あの、僕、鈴夏、さんと同じ学校の者で……鈴夏さんに、会いに来ました」

「―――……あぁ。わかりました。ちょっと待っててね」


 低い声だった。もしかしたら、僕が来たことをよく思ってないのではないかと不安になった。


 でも、僕は鈴夏に会わなくてはならない。

 彼女のことを知っているなら。彼女のことを思っているなら。彼女のことを認めているなら。


 僕は彼女の期待に応えなくてはいけない。

 玄関が開く。出てきたのは疲れ切った顔をした男の人。多分、この人が鈴夏の父親だ。


「……いらっしゃい。とりあえず、中に入って」

「はい。お邪魔します」



***



 鈴夏の部屋は、二階にあった。


 閉められているドアが、僕に近づくなと言っているように感じた。

 それは多分、ここに来る途中に鈴夏の現状について聞かされていたから。


『今、あの子はとても落ち込んでいてね。もう五日、部屋から出てこないんだ』


 まずは、話してみてほしい。そう言われた僕は、一人で階段を登って、彼女の部屋の前に立った。


 ドア越しに、出来るだけいつもみたいに、彼女の名前を呼んだ。


「鈴夏。僕だ。部屋、入ってもいいかな」


 返事はない。ただ、彼女は聞いているのだと直感で思った。


「……開けるね」


 ドアを開ける。まだ日は明るいというのに、部屋の中は真っ暗だった。電気もつけてなければカーテンも閉め切ってある。


 その部屋の隅に、鈴夏はいた。ベッドの上で、膝を抱えてうずくまっていた。


 期待よそう通り、弱い彼女がそこにいた。


 少し前の僕は、鈴夏は強いのだと思っていた。

 あんなやつに負けない、強い心を持っているのだと、彼女のことを知った気でいた。


 強くて特別な彼女を期待して、弱い彼女を認めていなかったのだ。


 でも、それじゃあ駄目だ。僕は鈴夏の弱さにも期待しなくてはいけなかった。

 彼女の持つすべてを期待よそうしなくてはいけなかった。


 期待するっていうのは、そういうことだ。


「……なんで来たの」


 いつもの鈴夏から聞くことのない、暗くて弱々しい声だ。


「そりゃ、君に会いたかったから」


 僕は彼女の傍に寄ろうと、一歩足を踏み出す。


 すると、くしゃっとなにかを踏んだ音がした。

 なんだろう。思って足元を見た。


 そこにあったのは紙だった。何枚もの紙が乱雑に破られて、床上でまき散らされている。

 なんだか見覚えがある気がして、暗闇の中、目を凝らしてよく見てみると、赤や青、水色と様々な色がついていたのがわかった。

 なんだか見覚えがある気がする。


 …………あ。わかった。わかってしまった。


 直後、なにか嫌なものが、ぞわりと体を這い上がってきた。


「これ……スケッチブック、か……⁉」


 つまり、この紙は、鈴夏の絵の一部だ。

 彼女の一番大切な、相棒とまで言っていたスケッチブック。


 それが、めちゃくちゃに破かれていた。

 恐らく、いや、ほぼ間違いなく、彼女自身の手によって。


「……なんで、こんな……だってこれは……」


 拾い集めながら、考える。

 こうなったのは、彼女が弱かったから?違う。これは、鈴夏の一番大切なもののはずだ。

 弱い彼女でも、強い彼女でも、それは絶対に変わらない。彼女の一番尊いものだ。


「――ふふ……ははは……アハハハハ‼」


 僕の問いに答えるかのように、鈴夏が突然狂ったように笑いだす。

 その顔は、笑ってはいないのに。


「……もう、わたし。匂いがしないの。なにを見ても、ずっと腐ったたまごの匂いがするんだよ……? わかる? もう、あの世界にわたしはいないの!」

「―――そ……そ、んな……」


 僕は絶句した。言葉が出てこなくなるのは、いつ以来のことだっただろう。

 部屋には鈴夏の笑い声だけが響いていた。聞いたこともない、慟哭のような笑い声。


 立っていられなくなった。崩れ落ちるように、床に膝をついた。

 そんな僕に、くしゃくしゃに丸められた紙が投げられる。


「出てけ! 嘘つき!」


 そう言ってきた鈴夏の声は、怒りと悲しみに満ちていた。


「ごめん……本当に、ごめん……」


 絞りだしたのはその言葉。力の入らない足で無理やり立ち上がり、僕は部屋を出た。


「守ってくれるって言ったのに……」


 ぽつりと、扉を閉めるときに聞こえた。消え入りそうなほどに、小さなつぶやきだった。



***



 足を引きずるようにして歩きながら、階段の前まで歩く。


「あ……」


 すると階段下で、鈴夏のお父さんが心配そうに僕を見上げてきていた。


「少し、話をしないかい?」


 僕は無言で頷いた。

 階段は手すりを使ってなんとか下りると、お父さんの後に続いて行き、促されるままリビングのダイニング席に座った。


「すこし、待っていてくれるかな。飲み物を用意してくるよ」


 お父さんがキッチンで飲み物を入れてくれてる間、少しリビングを観察してみた。


 そして、あるものに目が留まった。

 壁の高いところに掛けられた、一枚の絵。


 子供が描いたのか、あまり上手な絵ではなかったけれど、僕はそれから目が離せかった。


 あれが、ずっと見たいと思っていた、鈴夏が最初に描いた絵だってわかったからだ。


 それが、今は手の届かないような、高いところにあるのが見えた。


「紅茶、飲めるかな。飲めなかったら、そのままでいいから」


 キッチンから戻ってきたお父さんは僕と向かい合うように座り、紅茶を二杯、机に置いた。

 それがやけに暖かそうに思えた。


「それで、どうだったかな? なんだか、笑い声が聞こえたけど……」

「……すみません。あれは、そういうのじゃないです。多分、泣いていたんだと思います」

「……そうか」


 残念そうに微笑んだお父さんが、紅茶を一口飲んだ。

 つられて手を伸ばしそうになったけど、やっぱりすぐに引っ込めたので、僕は飲めなかった。


「……君のことは、鈴夏からよく聞いていたよ。いつも楽しそうに話してくれた。確か、英雄くん…だったかな。あの子と仲良くしてくれて、ありがとう」

「いえ。お礼を言われることじゃないです……」


 むしろ、僕の方が礼を言わなければいけない。彼女には、本当にいろいろなことを教えてもらったから。

 彼女と出会ったから、僕は変われたのだ。


 なのに僕は、彼女を失望させてしまったけれど。


「あの……聞いてもいいですか?」

「私に答えられることなら、なんでも」

「この数日間で、鈴夏に何があったんですか……?」


 彼女が匂いを、世界を失った十五日間。

 どうしても、それを知っておきたかった。


「……そうだね。英雄くんには、それを知る権利がある。私も、それにあの子も、君には知っておいてもらいたいと思っていた」


 そして、僕は知った。

 この十五日間、鈴夏に何が起こったのかを。

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