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リキッドサンシャイン~わたしたちのひと夏~  作者: 毛糸ノカギ
第三章 僕が生きている世界
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第9話 特別と『特別』

 あれから二日過ぎて、月曜日になった。


 未だ答えは出ていない。

 いや、出すべき答えはわかっている。


 その答えは単純で明確。鈴夏の前で頭を下げ、ごめんと言うだけの簡単なものだ。

 それゆえに、心が決まらない。


 いつまでも未練がましく思っている自分に、思わず大きなため息が出た。


「どうした? でっかいため息ついて。なんかあったん?」


 光一が無遠慮に僕の机の上に座って聞いてきた。何も置いていないからといって人の机に座るのはどうなんだと、いつもなら思う。


 でも、今は少しありがたかった。光一なら、僕に現実を突きつけて納得させてくれそうな気がする。


 そんなすがるような思いで、僕は相談にのってもらった。


「実はさ、告白されたんだ」

「……はぁ? 誰が、誰に?」

「僕が、鈴夏に」

「『好き! 付き合って!』……って?」

「まぁ、そういう意味で」

「……はぁ? うっそだろおい……」


 光一は「ありえない」とか「どういうことだ」とか、なにかぶつぶつ言いながら頭を抱えていた。当然の反応だ。


「で、付き合ったって自慢か?」

「いや違くて。……どうやって振ればいいかなって相談」


 僕がそう言ったとき、光一は口を開けてぽかーんと、ありえなすぎて理解できないといった顔をしていた。そんなにおかしなことだろうか。


「…………は? 振る? なんで?」

「……だって、僕はふさわしくないだろ。鈴夏は特別で、僕は普通なんだから。彼女と付き合う人は、特別な人間じゃなきゃ駄目だろ」


 僕と鈴夏は立っている場所が違うから、本来なら出会うことも一緒に時間を過ごすこともありえないはずだった。だからきっとこれまでのは全部、夏が見せてくれた夢なのだ。


 夢からは覚めなくちゃいけない。そろそろ現実を見なくてはいけない。いつまでもこうしているのは、彼女にとってよくないことだ。


「―――お前さ、いつまでそれ言ってんだよ」


 冷たい、蔑むような声だった。普段の光一からは絶対に聞かないような、人を頭ごなしに否定する声色。


 驚く僕を無視して、光一は罵るようにしゃべり続ける。


「特別特別ってさ……もうやめろよ、それ。てか、お前のいう特別な人間なんかいねぇよ。そんなことを理由に断るのは、蝶名林が可哀そうだ。てか。好きなんだろ? お前も」

「……だから振るんだよ。好きだから、鈴夏を不幸にはさせられない。僕はいつまで経っても、彼女と同じ場所には立てないから」

「……信じられん。そこまでバカだったのかお前。くそっ…イライラさせるな……! もうこの際だからはっきり言ってやる!」


 勢いよく机から降りたと思ったら、僕のえりを乱暴につかんで言った。


「お前は怖いんだよ! 失望されるのを怖がってるんだよ! あの試合のときからずっとな!」

「そ、そんなこと……」

「いいやそうだね! おまえにとっての『特別』なやつってのは、人からめちゃくちゃ期待されてるやつのことだろ。そんでもって、その期待を裏切らず、ずっと期待され続けるやつのことだ」

「なんで光一がそんなこと……」


 わからない。僕はこいつに特別がなにか説明したことはなかったはずだ。


 期待がどうとか、それもよくわからない。僕はそういうことを考えてきたのだろうか。

 他の人たちとは何か違うやつらが特別で、そういうやつらは生きる意味があって、僕はそうじゃないから普通で……そう思っていたのは間違いないのだけど。


 そういえば、そう思ってたのはなんでだろう。考えたことなかった。


「見てりゃわかんだよ。そんなこと。お前自身は特別ってことばかり気にして、そのことに気が付いてないみたいだったけどな」


 人とは違うことに憧れることもあった。人とは違うものを羨むこともあった。期待がどうとか、思ったことはないはずだ。


 けれど、本当に憧れて、羨んでいたのはそれで、しかも僕はそれを手に入れるのが怖かったのだろうか。またそれを失ってしまうから?


「だから、特別なんて言葉で自分のことを誤魔化し続けるのはもうやめろ。頑張っても期待を裏切っちまって、失望されることだってあるけど、それは悪いことじゃねぇだろ。てか、そんなことを怖がって、いろんなことを諦めちまうことの方がよっぽど悪い」


 僕は、怖がってたのだろうか。


『ドンマイ! お前でも力足らずだったな! 次は一緒に頑張ろうぜ!』


 脳裏によぎるのは、いつか誰かに言われたあの言葉。

 自分が普通だったことに気が付いたきっかけの言葉。

 あのとき、僕は怖いと思ったのだろうか。


「……ごめん……わからない」


 わからない。

 下を向いて謝るしかなかった。光一がここまで教えてくれたのに、僕は答えがわからない。


 なにが正解なのか、わからない。


 はぁ…と、ため息が聞こえた。直後、僕の肩に手が置かれる。


「今日さ、かなめが部活やってるとこ見に行こうぜ。なんか、試合があるらしい」

「―――えぇ…?」


 突拍子もないことを言ってきた。一体なぜそんなことを提案して来たのか。

 でも、光一のことだからなにか考えがあるんだろう。


「……わかった。行くよ」


 だから、少しばかり期待して、その提案に乗ってみることにした。



***



 放課後の体育館は、なんだか入りづらい。

 誰だあいつ、という視線を感じるからだ。


 でも今日はそれもない。今日の体育館には知らない人が何人も来ていた。


 全員女子で、うちの学校とは違うユニフォームを着ている。そこに書いてある学校の名前は、たしか隣町の学校のものだ。


 どうやら、今日の試合の相手は他校のバレー部らしい。

 僕と光一はギャラリーで観覧することにした。


 試合はすぐに始まった。コート内でスタメンの選手がそれぞれの配置に着く。

 残念ながら、その中にかなめはいない。やっぱりいつか聞いた通り、それほど活躍出来ていないみたいだ。


「おい。かなめのこと、よく見てろよ」

「え……うん」


 なのになぜ光一がそんなことを言うのかよくわからなかったが、言われた通りに試合が始まってもベンチに座るかなめを見続けた。


 そのうち交代の指示が入って、ベンチから別の選手が出ていく。そんなに部員が多くないから、二年生ならいつか呼ばれるだろう。僕はかなめの名前が呼ばれるのを待った。


 でも、一セット目が終わるころになっても、かなめの名前は呼ばれなかった。


 かなめのやつ、期待されてないんだな。

 まるで、かなめだけ他の選手とは違う世界にいるみたいだと思った。


 ただそれでも、かなめは全力でチームを応援していた。誰よりも大きな声を出して、常に応援を絶やさないように。


 ブザーの音が響いた。二セット目が終わった。

 かなめはまだ呼ばれていなかった。


「なぁ。かなめ、今日は一回もプレイ出来ないのかな」


 なぜか不安に思って、光一はどう思ってるのかが気になった。

 仕方ないとは思う。高校に入ってからは実力不足なことに加えて、ほんの数日とはいえ停学もくらってしまったのだ。出してもらえなくてもおかしくはない。


 けれど、僕はなぜか不安になったのだ。


「さぁ。どうだろうな」


 光一はそれしか言ってくれなかった。いつもはしないくせに、真顔なもんだから何を考えてるのかわからない。


 そして、三セット目が始まった。


 一セット目はこちらの、二セット目は向こうの勝ちだったから、これで勝負が決まる。

 試合は接戦だった。こちらがリードしたと思ったら、今度は向こうがリードしている。


 そんな試合の最中、五度目の交代でついにかなめが出てきた。

 嬉しかった。かなめがプレイしているのを見ると、なんだか報われた気持ちになった。

 だが、かなめは苦戦しているようで、周りについていくので精一杯といった感じだ。


 それでも、暗い顔一つせず、ただ愚直に汗を流しながら戦う姿は、チームのみんなに応援されている。


 ふと、かなめの言葉を思い出した。


『応援しててくださいっ……』


 だから、僕たちはもう一度、かなめに届くように叫ぶ。


「頑張れっ!」


 試合終盤。

 得点のチャンスが来た。試合は同点。大事な一点になるのは間違いない。


 アタックを打つのはかなめ。

 誰もがかなめに期待した。


 外してしまったらどうしよう。

 また、かなめが失望されてしまうのではないか。そんな心配がほんの一瞬だけ頭をよぎった。

 でも、そんな心配がいらないことを、僕たちはよく知ってる。


 かなめは、期待を裏切らない。

 得点が入ると、コートでかなめが仲間たちとハイタッチするのが見えた。

 ちゃんと、彼女たちは同じ場所に立っていた。



***



 試合終了のブザーが鳴った。


 今の流れ、漫画なら絶対勝っている流れだと思うが、現実は非情だ。かなめたちは二点差で負けてしまった。


 試合後、どちらのチームも互いに向かい合って握手をしていた。遠目から見てもわかる、力強い握手だ。あの場で戦っていたのは、向こうも同じなんだと気が付いた。


「負けちゃったわ。応援してくれたのに、ごめん」


 すべて終わった後、かなめは僕たちに向けて申し訳なさそうに笑ってきた。


「でも、かなめのこと、みんなが認めてたね」

「……うん。あの後、少し距離とられちゃったんだけどさ。裏切ってごめん! って謝って、それからもう一度、今まで以上に全力で頑張ったんだ。そしたら、前よりもみんな応援してくれるようになってさ。ホント、二人のおかげだよ……」


 そのとき、かなめの仲間の一人が近くを通りがかった際、「かなめ! 次も頑張ろうね!」と言っていた。


「うん! 次は勝とうね! 頑張ろう!」


 かなめは当たり前のようにそう返していた。


 昔のかなめはやっぱりもういない。

 『特別』だと思っていたかなめは、もういないのだと思わせられた。


「あたし、もう行くね! ちょっと行くとこあるから」

「かなめ。一つだけ聞いていいかな」


 去り際、最後に尋ねた。


「かなめは、自分のことを『普通』だと思ってる? それとも、『特別』だと思ってる?」


 僕の真剣な問いに、かなめは、くだらないことを聞くなぁ、といった感じの呆れた顔で答えてくれる。


「それがあんたの意味でってことなら、あたしはどちらでもない。あたしに期待してない人もいるし、二人や部のみんなみたいに期待してくれてる人もいるでしょ」

「はは……なんだ、そりゃ」

「はぁー? 別におかしな答えじゃないでしょ。誰からもまったく期待されない人なんていないし、人類全員から期待される人もいるわけないって。ていうかそれ、あんたたちが教えてくれたんだけど?」


 その答えを聞いたとき、雲から光が差し込んでいるのを見たような、そんな晴れやかな気分だった。


 考えてみれば当然じゃないか。そんな人間、いるわけがない。


『ドンマイ! お前でも力足らずだったな! 次は一緒に頑張ろうぜ!』


 もしかしたら、あれを言った誰かだって、僕がかなめみたいにもう一度頑張っていれば、また期待してくれていたのかもしれない。


 それをしなかったのは、やっぱり怖かったからだ。

 失望されるのが怖かったのだ。


「それじゃ、あたし行くね。じゃあ、また!」


 かなめが走り去る前に見せた横顔は、ほんの少し安心しているように見えた。


「光一。かなめ。ありがとう。おかげで目が覚めた」

「おう。よかったな」


 二人には感謝してもしきれないな。本当にこいつらは、特別な友達だ。


「――……ところでさ。いつもみたいに慰めなくていいのか?あれ。多分泣きに行ったんだろ?」

「それは……僕の役目じゃないよ。僕はもう、かなめの『特別』じゃないからね」

「それは、どっちの意味だ?」

「どっちも、かな」

「そうか……じゃあ、俺があいつの特別になってもいいってわけだ」


 かなめを追いかけて、光一が歩き出す。その歩みは、少し緊張しているように見えた。

 なんとなく、これを確かめておかなくちゃいけない気がした。


「かなめのこと、好きなの?」

「……さぁ。どうだろな。少なくとも、お前よりは特別だと思ってるよ」

「それは、どっちの意味で?」

「どっちも、だ」


 ニヤッと笑って答えてきた。これは頼もしい。


 僕は光一が歩いていく姿が見えなくなるまで見送ってから、学校を後にした。

 


***



 一人で家路を歩く。


 二人は今頃、どうなっているだろう。

 きっと僕のことなんて忘れて、泣いて、慰めているに違いない。


 そういえば、二人は僕に期待してくれていたのだろうか。それともしていなかったのだろうか。なんだか気になった。


 なんとはなしに、空を見上げた。遠くの空が燃えるように赤くなっているのが見える。


 現在時刻はそこそこ遅い時間。さすがに夏でも、日が落ちるころ。

 綺麗な空だった。僕はこんな世界に住んでいるらしい。

 そう考えたら、そんなことはどっちでもいいか、と思えてきた。


 だって、それは必要ないもんな。



***



 家に帰ってすぐ、引き出しを開けた。


 中に入っているのは三枚の絵。その内一番奥にある一枚を取り出した。

 四つ折りを開くと、そこにはハイビスカスの絵。

 鈴夏が一番好きな花の絵だ。


 彼女は、そのことをいつまでも知っていてほしいと期待して、この絵を僕に渡した。

 他の二枚も同じだ。いつまでも覚えていてほしいと期待して、僕に渡してくれた。

 そんな彼女の期待を、裏切りたくない。


 四つ折りにした三枚の絵を、制服のポケットの奥に入れた。

 明日のためのお守り的なやつだ。


 釣り合わないとか、立ってる場所が違うとか、もうどうだっていい。

 彼女は僕のことを特別だと言ってくれた。


 なら、そんなこと気にする方が馬鹿らしい。


 僕は彼女の『特別』になる。そして彼女を僕の『特別』にする。

 それが、答えだ。


 六月二十二日。晴れ晴れとした夏の日だった、


第三章開始!

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