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マルジーナ登場

　セリアは杖を握りしめ、一歩前へ出た。

　その目は恐怖で揺れていたが、それでも決して退かない。

「私は……逃げない。もう、誰も殺させない！」

「フン……子供が何を吠えるか。ならば、まずお前から潰そう。」

　烈砂のサーベルが曲刀を抜く。　その刃には、砂漠の熱を帯びた赤い光が宿っていた。

「っ、グリ、今よ！」

「トベル！」

　グリが舞い上がり、セリアの合図に合わせて上空から飛び回る。　その奇妙な軌道に、サーベルが一瞬だけ視線を奪われた。

　——その隙を逃さず、セリアは魔法陣を展開する。

「雷鎖・閃断（らいさ・せんだん）！」

　空から鋭い雷光が迸り、サーベルの足元を直撃。　だが——

「遅い。」

　雷撃が当たる寸前、サーベルはすでに数歩先へ移動していた。

　信じられない速さ。

「なっ……！？」

　セリアが戸惑う間に、サーベルが一気に間合いを詰める。

　ラシードが前へ飛び出した。

「ここは——私が！」

　二人の剣が激しくぶつかり合う。　だが、その剣戟の音は一度だけ。

　次の瞬間、ラシードの体が地面に叩きつけられていた。

「……くっ……速すぎる……」

　サーベルの動きは、まるで砂と一体になっているかのようだった。

「さて、次は神獣だ——その偽りの名を砂漠に刻むとしよう。」

「……偽りじゃないよ」

　セリアが震える声で言った。

「グリは、私にとって……本当に、特別な存在なんだから！」

「……トクベツ！」

　砂嵐が吹き荒れる中、セリアは深く息を吸った。

　相手は速い。　真正面から挑んでも勝てない。

　でも——私たちには、私たちの戦い方がある。

「グリ、右へ旋回して！地面をひっかくように飛んで！」

「ヒッカクヨウニトブ！」

　グリが低空飛行で地面の砂を巻き上げる。サーベルの視界が一瞬だけ遮られた。

　その隙に、セリアは周囲の地面にいくつかの小さな魔法陣を設置していく。

　罠型の陣。発動にはタイミングが必要——だがそれを誘導するのは、

「神獣様、今度はまっすぐ突っ込んで！」

「トッコミマス！」

　グリが弧を描くようにしてサーベルに突進する。

「……見えすいている！」

　サーベルが曲刀を振り上げた瞬間。

　——足元に張り巡らされた魔法陣が一斉に発動した。

「《拘束・光縛陣》！」

　無数の光の鎖が地面から伸び、サーベルの体を縛り上げた。

「なっ……！？」

　その隙を逃さず、セリアが最後の魔法陣を発動させる。

「雷よ、魂を焼け——《雷鎚・轟断閃（らいつい・ごうだんせん）》ッ！！」

　天空から一条の雷撃が降り注ぎ、直撃。

　轟音と閃光が砂漠を包む。

　セリアは膝をつき、荒く息を吐いた。

「や、やった……の……？」

　グリがセリアの肩に戻り、羽を軽く広げる。

「オワッタ……？」

　その時——

　砂煙の中から、ゆっくりと立ち上がる影があった。

　裂けた衣装、焼け焦げた腕。それでもなお、烈砂のサーベルは立っていた。

「……見事だ、小娘……だが——それで終わりだと思うな」

空気が変わった。背後から迫る気配に、セリアは反射的に振り返った。

　そこにいたのは——燃え立つような紅の髪を持つ、一人の女性だった。　褐色の肌に、砂漠の踊り子のような装束。腰には二本の短剣を携えている。

「……誰？」

　セリアがそう尋ねると、女は口元だけで笑った。

「“炎喰いのマルジーナ”。烈砂のサーベル様の忠実なる影——ってとこかしら」

「また……魔人……！」

　セリアが構え直す前に、サーベルが口を開いた。

「……余計な真似をするな、マルジーナ」

「えぇ？助けに来てあげたのに、その言い草はないんじゃない？」

　女はくるりと宙で回転し、セリアとグリの間に着地する。

「でもまぁ……見た目以上にやるじゃない、あんたたち。ちょっと気に入った」

　その視線が、ちらりとグリに向く。

「神獣様、なんて言われてるけど……普通の鳥にしか見えないのよね」

「トリ……！？」

　グリが翼をバタつかせる。

「いいわ、セリアって言ったかしら。　ここは引き分けにしてあげる。サーベル様も少しは満足したでしょう？」

「……黙れ、マルジーナ。俺は——」

「体力が残ってないでしょ、顔に出てるわよ？」

　女の言葉に、サーベルは悔しげに歯を食いしばった。

「……クッ……」

　マルジーナは軽やかに後方へ跳び、サーベルを支える。

「また会いましょ、神獣様。次は本気で燃やすから、楽しみにしててね」

　そのまま、二人の魔人は砂嵐の中へと姿を消していった。

　……風が止む。

　セリアはその場にへたり込み、グリもふうと息をついた。

「……勝ったの？」

「ワカンナイ……」

　だが少なくとも、彼女たちはこの日、確かに“生き延びた”のだった。