セリアの戦い
陽が傾きかけた頃、セリアとグリは城の方角から遣いに来た兵士に案内され、王宮の一室へと招かれていた。
天井の高い白砂岩の広間。天窓から差し込む光が床の紋様を照らし、どこか神聖な空気すら感じさせる。
その奥に、バルハッドの王——サイファーン王が座していた。
長く伸ばした金糸のような髭、褐色の肌に鮮やかな青と金の衣。 鋭い目をしながらも、どこか穏やかさを感じさせる風貌だった。
「遠き地より、よくぞ我が国へ。神獣様、そしてその導き手、セリア殿。」
「は、はいっ! こちらこそ、お招きありがとうございますっ!」
セリアは緊張した面持ちで一礼し、グリは「ヨロシクオネガイシマス!」と張り切って返した。
サイファーン王は微笑みながら頷く。
「……この地にも、神獣の噂は届いておる。しかし、民の信仰が薄れた我が国では、そなたらの存在に懐疑の声も多い。」
「え、えっと……やっぱり、そうですよね……」
「だが、我が目には確かに映っておる。この鳥に宿る気配、尋常ではない。」
「チョウジョウデハナイ!」
「そうとも、尋常ではないな……ふっ……」
王の笑みに、部屋の空気がわずかに和らぐ。
しかしその直後——
扉が勢いよく開かれ、重装備の兵士が駆け込んできた。
「陛下! 砂漠の南部交易路が襲撃されました! 村が……全滅したとの報告が……!」
「なに……!?」
サイファーン王の表情が険しくなる。
セリアとグリも顔を見合わせた。
(やっぱり……来てる。魔王軍が……!)
烈砂のサーベルの影が、ゆっくりと——確かに、近づきつつあった。
王の勅命を受け、セリアとグリはバルハッド軍の先遣隊に同行する形で、襲撃されたという南部交易路の村へと向かっていた。
旅に同行したのは、王国軍の若き副官・ラシード。 褐色の肌に鋭い目、寡黙ながらも冷静な判断力を持つ男だった。
「……ここが、例の村だ。」
ラクダの背に揺られながら、ラシードが指を差す。 セリアとグリが見下ろした先に広がっていたのは——
焼け焦げた建物の残骸。 崩れた井戸。黒く炭化した地面。 そして、静まり返った“無人の村”だった。
「……こんな、ひどい……」
「ヒドイ……」
セリアは声を震わせながら地に降り、辺りを見回す。 だが、人の気配はどこにもない。
ラシードはひざをつき、地面に残された足跡や痕跡を丹念に調べていた。
「……この斬撃痕、曲刀の使い手か。それも……尋常な速さではない。」
「まさか……それって……」
「おそらく……烈砂のサーベルの仕業だろう。」
その名が口にされた瞬間、空気が凍りついた。
セリアはグリを見つめ、そっと拳を握る。
「……逃げられない、よね。今度ばかりは。」
「ガンバロウ!」
「……うん」
風が砂を巻き上げる中、グリの瞳に映ったのは——
瓦礫の陰からこちらを見つめる、ひとつの鋭い視線だった。
その正体はまだ分からない。 だが確かに、“次の戦い”はすぐそこまで来ていた。
その視線に気づいたのは、グリだった。
「アブナイ……!」
叫ぶと同時に、グリはセリアの頭上を旋回する。
その瞬間、瓦礫の影から矢が放たれた。
「っ!?」
セリアがとっさにしゃがみ込む。 矢はすんでのところで彼女の肩先を掠め、砂地に突き刺さった。
続けて、数人の黒装束の刺客が瓦礫の間から姿を現す。
その中には、赤布を巻いた男もいた。 鋭い眼光と、腰に下げられた砂色の曲刀。
「……あれが、烈砂のサーベルの私兵か……」
ラシードが剣を抜き、低く構える。
「セリア殿、神獣様、下がっていてください。ここは我々が……」
だが、セリアは一歩も退かなかった。
「いいえ、私たちも戦います。ここで逃げたら、また同じことが起きるだけです!」
「マケナイ!」
セリアは杖を構え、魔法陣を描き始める。
「雷鎖・雷裂陣!」
数本の稲妻が地を這い、襲撃者たちの足元を弾いた。 敵のうち二人が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「やるな……!」
ラシードもその隙に斬り込む。
グリは空からホバリングしつつ、「アトダマ!」と叫びながら、敵の頭上をかすめ飛んだ。
「な、なんだこの鳥は!?」
「神獣様、今っ!!」
「フエ!」
グリが軽やかにホバリングし、セリアの視線が一点を貫く。
「火焔・収束陣!」
火球が集中し、残りの敵を一掃した。
煙が上がる中、ラシードが息を整えつつ、地に崩れた男の顔を確認する。
「……こいつは……烈砂のサーベルの副官、カシームか……」
セリアは杖を握る手をぎゅっと固く握りしめた。
「次は……本物が来るってことよね……」
夕陽が、砂漠の空に赤く染まっていた。