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第7話 ずっと、ずっと、大切にするよ!

無印良品での買い物を終えて、由香莉さんとエスカーレターで下の階に降りていく。

 手にはMUJIと書かれた紙袋。袋の中には、さっき由香莉さんと一緒に選んだ洋服たち。軽くもなく、かといって、重くもないその紙袋の重さがなんだか心地よい。


「私、無印の服が凄く好き。シンプルだけど作りが丁寧でシルエットが綺麗なのがいい」

「でも、それって由香莉さんが綺麗だから似合うんだよ。私、柄のない服はちょっと落ち着かないな〜」

「それでキャラTシャツ着てるんだね。私もキャラTシャツは嫌いじゃないんだけと……」


 そう言いながら由香莉さんは私の頭のてっぺんから足のつま先までじ〜っと見る。

 うう……ファッションチェックかな?恥ずかしい……。


「デカすぎる、かな」


 エスカレーターから降りて、由香莉さんがぽつりと呟いた。

 デカすぎる……?胸のことかな?

 確か以前測った時はDカップだったけど、童顔で身長が低い分、服が思うように決まらないのが悩みだ。


「Tシャツはキャラがでかくて目立ちすぎると、視線がそっちに集中して子供っぽく見えちゃうよ。朱音ちゃんはそのままでも可愛いいんだから、シンプルな方が映えると思う」


 予想外のことを指摘されて私は思わずへっ?と言ってしまった。

 か、可愛いのか、私……?


「いやいや、由香莉さんこそ、綺麗だしスタイルいいし手足もシュッとしていて凄く可愛い……というか綺麗だと思うよ」


 いわゆる、女子同士が冗談で褒め合う『カワイイ』ではなく、本気でそう思っている。

 まず顔がいい。小顔で色白で目鼻立ちがくっきりしている。さらりと揺れるロング黒髪は、まるで絹のように滑らかだ。

 長い手足、無駄のないシルエット。まるでファッション誌のモデルのようなスラっとした体型。どれも、私には持っていないもので、隣で一緒に歩くのが――ほんの少しだけ――気後れしちゃう。


「うーん、でもね……もうちょっと胸があったらよかったな、って思うことあるよ」

「えっ?そうなの?」

「うん。スレンダーって言われるのは嬉しいけど……なんていうか、洋服とかも、ちょっと胸がある方が綺麗に見えるデザインも多いし……」


 その言葉には、謙遜や遠慮の色はなかった。ただ、彼女の本当の気持ちが静かに滲んでいた。


「そうなんだ。でもさ、私は由香莉さんのスタイル、好きだなあ。それこそ無印だけで凄くお洒落に見えるから羨ましいよ」

「あ、ありがとう……」


 由香莉さんは小さく微笑んだ。私が本気でそう思っていることが伝わったみたいでこっちも嬉しくなる。


「とにかくキャラTシャツを買うなら胸に収まるぐらい控えめな方がいいと思う。あとブランドのロゴが大きくプリントされてるシャツもね」

「あ〜、私、たまにそうゆうシャツ買いたくなっちゃう……」

「別にいいの。そうゆうのもコーディネート次第ではグッとオシャレになるから。でも、朱音ちゃんの場合はシンプルなシャツで素の可愛さを活かした方がいいと思うよ」

「そ、そうなんだ……」

「次のお店もシンプルで素敵なアイテムがたくさんあるから楽しみにしてね」


 そう言って由香莉さんは次のお店を指差した。

 あれは――えっ?ユニクロ?


「えっと、ユニクロってウチの地元にもあるんだけど……」


 いくら私の故郷の新潟が田舎とはいえ、流石にユニクロぐらいは行ったことはある。地元ではユニバレ――ユニクロを来ていることがバレる――という蔑称があるけど、本当にここでいいのだろうか?

 そんな私の不安を見透かしたかのように、由香莉さんはにっこり笑った。


「ユニクロはカジュアルなシャツやキャラクター物だけじゃなくた、シンプルで大人っぽい服もあるの。ほら、例えばこれとか」


 そう言いながら由香莉さんは近くの棚からジーンズを手にとって私に見せてくる。


「黒のジーンズ?私、今まで青しか買ったことないよ」

「青も定番で可愛いけど、黒は大人っぽく見えるし、コーデが締まるよ。しかも、トップスを選ばないから着回ししやすいの」

「へぇ、そうなんだ」

「あとね、黒は脚がすっきり見える!だからスタイルよく見えるよ」

「――それ、めっちゃいいじゃん!……」


 黒のジーンズを手に取る。いつもは青ばかり選んでいたけど、たしかに黒もいいかもしれない。


「決めた。これ買おう!」

「ふふ、その前に試着しないと」

「うん、試着室はあっちだね。一緒に行こ!」


 私たちは笑顔で試着室の方へ歩き出した。中に入ると、ドアが静かに閉まり、周囲はほんのりとした静寂に包まれた。心臓の鼓動がひときわ大きくなる中、私はゆっくりとジーンズを手に取り、慎重に両足に通した。


「サイズは大丈夫なんだけど……なんか、いつもと違う感じがする」


 試着室のカーテンをそっと開けて、私は照れながら外に出る。


 鏡に映る自分を見て、少し戸惑う。黒のジーンズなんて今まで履いたことがなかったから、妙に大人っぽく見えて落ち着かない。でも……悪くはない、かも?

 

「うん!やっぱりボトムスが黒だと全然印象が違う。ほら、上がキャラTシャツでも大人っぽく見えるでしょ?」

「た、確かに……」


 すぐそばで待っていた由香莉さんが目を輝かせながら言った。恥ずかしさのあまり、無意識にTシャツの裾を引っ張る。


「あとは……アクセサリーがあると、もっと大人っぽく見えるね」

「ええっ!アクセサリーなんて買ったことないよ。高そうだし」


 キラキラと輝くネックレスや指輪はどれも素敵だけど、値段を見ればすぐに諦めたくなる。


「そんなに大げさなものじゃなくても十分なの。ほら、たとえばこれとか」


 そう言って由香莉さんは自分がつけていた細いシルバーのブレスレットを外して、私の手のひらにそっと乗せた。


「三首って言って、首・手首・足首、この三つは人の視線が集まるポイントなんだって」

「へえ、そうなんだ~」


 私は自分の手首を見つめる。


「だからね、ここをちょっと意識すると、一気におしゃれに見えるの」


 私は戸惑いながらも、由香莉さんのブレスレットにそっと手首に通してみる。


「……あ、なんか大人っぽいかも?」

「でしょ!」


 由香莉さんは満足げに頷く。私は少し照れながら、そのブレスレットを軽く指でなぞった。


「でも、ブレスレットって結構高いんじゃない?」

「ふふっ、それがね、以外とユニクロとかGUで安く買えるんだよ。これなんか五百九十円だし」

「ええっ!五百九十円!?安すぎない?」

「そう思うでしょ!?私もびっくりしちゃった」


 鏡の前で私たちは向き合い、ブレスレットを巻いた自分の姿に驚いた。今まで気に留めなかった小物一つで、こんなにも印象が変わるなんて。


「あとは……これとか、どうかな?」


 そう言って由香莉さんは、自分が持っていた帽子をそっと私の頭にのせる。


「凄い……なんか、別人みたい」


「うん、似合ってるよ」


 鏡に映る自分の顔がどんどん顔が赤くなる。

 ベージュのキャスケット帽、キャラTシャツ、黒のスキニージーンズ、白いスニーカー。手首にはシルバーのブレスレットが控えめな主張をしている。

 いかにも大学生という感じだ。さっきまでの子供っぽい服装の女の子はもう、どこにもいなかった。


「ふふ、お金をかけなくても凄く綺麗になったね」

「由香莉さん…私、今すごく感動してる」


 私は半分泣きそうになりながら由香莉さんの手を握った。もしかしたら本当に泣いてたかもしれない。


「私も、朱音ちゃんが喜んでくれて嬉しいよ」


 もう一度鏡を見る。にっこり笑顔を浮かべながらそう言ってくれた由香莉さんの頬は、私と同じようにほんのり赤く見えた。


 しばらく沈黙が続いた後、由香莉さんがそっと帽子に手を伸ばすと、笑いながら私に言った。


「良かったらその帽子、あげるね」

「ええっ!?そんな、悪いよ」


 だけど、由香莉さんはさらに優しい笑顔で私を見つめた。


「いいの。凄く似合ってるから、朱音ちゃんに持っていて欲しいな……」


 鏡に映る私の顔がさらに赤くなる。こころなしか、由香莉さんの顔もさっきより赤くなっているように見える。

 心臓が激しく鼓動を打っている。私の心臓も今、アドレナリン液がかかっているのだろうか。由香莉さんと一緒に取り組んだあの実験のことが一瞬頭をよぎった。


「私……この服を一生大切にする!」

「ふふ、大袈裟だよ。良い服は他にもたくさんあるんだから、この後も一緒に見て回ろうね」

「うん!!」


 予算が尽きたので私の買い物は一旦これで終了したが、その後も私と由香莉さんはたくさんのお店を回って買い物を楽しんだ。



 本日の買い物


 ・無印のグレージュトップス→2990円

 ・無印のAラインスカート→3990円

 ・ユニクロの黒スキニージーンズ→2990円

 ・ユニクロのシルバーブレスレット→990円

 ・ベージュのキャスケット帽→由香莉さんの私物、0円


 合計10960円。


 ちょっと予算オーバーしちゃったけど、どれも私にとってかけがえのない宝物。

 由香莉さんは大袈裟だよ、と言ってたけどあれは私の本心だった。


 だって、由香莉さんから貰ったこの帽子を、私は絶対に忘れない。

 ずっと、ずっと、いつまでも大切に持っている。

 静かに、自分に言い聞かせるように私はそう呟いた。

他人から貰った服や小物って凄く特別な気持ちになりますよね。

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