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第4話 千葉駅って凄いね!

日曜日の朝、相葉さんとの約束の時間に間に合うように家を出る。

 地元のしまむらで買ったキャラクターTシャツにお気に入りの青いデニムパンツと白いスニーカーを履いて八千円で買った自転車に乗って、私は千葉の成田街道を駆け上がっていく。

 青空がどこまでも広がる爽やかな五月。陽射しは優しく、そよ風が頬をなでるたびにどこか心がくすぐったくなる。


 今日はきっと、楽しい一日になる!


 そう思うと、自然に笑顔がこぼれた。


 私たちが住んでる北習志野の街から千葉駅に行くには、まず新京成線で津田沼まで出てからJRの総武線に乗り換える必要がある。同じ大学で近くに住んでいる私の一人暮らし仲間はみんな電車を利用して津田沼に行ってるが、なにせ私は奨学金を借りている貧乏薬学生。節約できるところは少しでも節約したい。自転車を使えば往復で三百四十円も節約できるし、ちょうどいい運動にもなるし、何よりアパートから津田沼駅まで自転車だと十分程度で着くから実は電車に乗るよりも早かったりするのだ。

 友達と津田沼で遊ぶ時は、たいてい私が一番先に着いて待っているのでみんなびっくりして『凄い!』と言ってくれる。そのことが嬉しくて今は電車で津田沼に行くことはほとんどなくなった。


「よしっ!」


 風を切るたび、ふわりと髪が揺れ、頬にかかる。

 高校でバスケットボールをやっていた時に痛めた膝の古傷はとっくの昔に治っていて、自転車のペダルを気持ちよく漕ぎながらスピードを上げる。


 今日は相葉さんと何を話そう?

 どこでご飯を食べよう?


 澄んだ空の下、私は心躍らせながら津田沼へと向かった。


 駅前の駐輪場に自転車を停めてロータリーの階段を昇り、駅構内の改札口に向かう。思えば初めてこの街に来た時はずいぶん感動したものだ。

 故郷の新潟の駅とはまるで違う。田んぼと小さな駅前商店街しかなかったあの場所とは比べものにならないほど、津田沼は賑やかでお洒落な街だ。何といってもJR津田沼駅にはパルコが、新京成津田沼駅にはマルイがそれぞれ直結している。漫画の中でしか見たことがないその景色に私は圧倒された。

 だが今日の待ち合わせ場所は千葉駅、つまり千葉県で一番大きくてすごい街!この津田沼でさえこんなに凄いのだから千葉駅はこれよりも更に大きくて凄いのだろうか?期待に胸を膨らませながら私は駅の改札口をくぐり、総武線に乗って千葉駅に向かった。



 日曜日の朝の電車は思ったよりもガラガラで満員電車を想像していた私は拍子抜けした。ま、そりゃ平日の通勤がなければこんなものか、と自分を納得させながら電車に揺られること十五分、目的の千葉駅に到着。

 千葉駅は津田沼駅と違って迷路のような構造をしていた。通路がやたら曲がりくねっていて階段や出口が多くて最初はどこに行けばいいか迷ったけど、駅構内に貼ってある地図を頼りに目的の中央改札口に何とか辿り着いた。

 待ち合わせ場所は改札を出てすぐ目の前にある千葉都市モノレール駅前の入口。そこに、私より先に着いていたであろう相葉さんが立っていた。


「相葉さん、おはよう!」

「おはよう、柳さん」

「待った?」

「ううん、今来たところ」


 にっこり笑う相葉さんにつられて私も笑う。少し緊張したけれど、相葉さんの笑顔を見たら一気に安心した。


「いや〜、出口が多くて迷ったけど、何とか来れて良かったよ!」

「ふふ。千葉駅は複雑だから迷うよね」

「うんうん。なんか道がね、テトリスみたいにこう、クネクネってしてて、本当にこの道で大丈夫!?って不安だったんだよ!」


 そう言って私が真剣な表情でテトリスのブロックを指で空中に描いていると、


 「ぷっ……!」


 突然手で口を押さえる相葉さん。だんだん堪えきれなくなったのか肩が次第に大きく震え、ついには「ぷはっ!あははっ!」と大きく笑いだした。


「ちょっ、相葉さん!そんなに笑わなくても!」


 私もつられて笑い、肩を揺らした。お互いの笑い声が伝染して、止まらなくなる。


「いや、千葉駅をテトリスに例える人なんて今までいなかったからつい……ね」

「もう〜、それにしても笑いすぎだよ!」

「ふふ、ごめんね。とりあえず服、買いに行こっか?」


 そう言って相葉さんは私の隣に並び、目的地のパルコに向かって一緒に歩き出した。相葉さん曰く、駅前には服屋がないから少し歩くけどすぐ着くから安心してね、とのこと。こういったさりげない優しさがとても嬉しい。


 今日の相葉さんの服装はシンプルだけど洗練されたブラウスに淡いピンクのロングスカート。ヒールのある靴が足元を引き締めていて、お洒落なバッグが都会の空気にしっくり馴染んでいる。そして、なんと言っても目を引くのが相葉さんの綺麗な髪の上にちょこんと佇んでいるその帽子。確か、キャスケットって言っただろうか。不自然さを感じさせないその帽子が彼女の雰囲気をより洗練されたものにしていた。


「その帽子、凄く似合うね」

「ありがとう。これ、わたしのお気に入りなの」

「爪も凄く綺麗。普段ネイルするの?」

「まさか。休日だけだよ。それも人に会う時だけ。本当は大学でもしたいんだけどね」

「あ〜。大学だと実習でアセトン使うからすぐ消えちゃうもんね〜」

「そうそう!あとエタノールも手が荒れて嫌だよね」

「私、あれ嫌い〜。傷があるとすっごく染みるんだもん!」

「私も!普段から手に傷を作らないようにすっごく気を使うよね」


 そんなたわいもないガールズトークを楽しみながら千葉の街を歩く。それにしても……私たちの目の前に広がるのは溢れんばかりの人!人!人!

 千葉駅から出てくる人、モノレールから降りてくる人、京成千葉駅方面からやってくる人、そして私たちの正面から千葉駅に向かっていく人。四方八方から人の波が押し寄せ、みんなどこか急ぎ足で各々の目的地に向かっている。


「人が多いね!今日はお祭りでもあるの?」


 と、私は田舎者丸出しの定番のセリフを言ってみた。これ、こっちの友達に言うと結構ウケるんだよね。


「ええと……普通の日曜日だと思うけど……」

「もう〜、相葉さんったら!ちょっとボケてみただけだよ〜」

「ふふっ、柳さんって面白いね」


 ちょっと滑ったけど相葉さんが笑ってくれて良かった(愛想笑いかもしれないけど!)

 まあ……半分は本気だったんだけどね。


 私の故郷の新潟県上越市は桜祭りが有名で四月はたくさんの観光客が県外からやって来てもの凄く混雑するのだが、今日の千葉駅はその桜祭りの時と同じぐらい、いや、もしかしたらそれ以上に、多くの人で溢れかえっていた。


 何だかずいぶん遠くに来ちゃったなあ。私、これから本当に千葉で暮らしていけるのかな……。


 そんなことを思うと、ふいに心細くなってきた。


「や、柳さん……どうしたの?」

「えっ、何が?」

「その……手が……」

「あ……」


 気がつくと私の手が相葉さんの腕をちょこんと掴んでいた。

大都会津田沼と大都会千葉、今でも大好きです

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