第19話 夜に誓う
「由香莉さんって、親と仲がいいの?」
シャワーを浴びたばかりの髪をタオルで拭きながら、何気なく尋ねた。
由香莉さんは少し考えるように視線を落とし、それから穏やかに微笑んだ。
「仲は……悪くはないかな。でも、お母さんはちょっと過保護かも」
「へえ、お父さんはそうでもないの?」
「うん。お父さんはどちらかというと放任主義。でも、ちゃんと私を一人の大人として見てくれてる気がする」
そう言う由香莉さんの表情はどこか嬉しそうだ。
「確か、ご両親ともお医者さんなんだっけ?」
「ううん、お父さんだけ。お母さんは薬剤師なの」
思わぬ答えに、私は驚いて身を乗り出した。
「えっ、そうだったの?知らなかった。じゃあ薬学部に進んだのも、お母さんの影響?」
由香莉さんは少しだけ目を伏せ、ぽつりと呟く。
「……まあね。もちろん、自分の意志が一番の理由だけど。でも、お母さんもすごく乗り気だった」
「そっか。親子で同じ道を歩めるって、きっと嬉しいよね」
そう言うと、彼女は少し困ったような顔をした。
「ううん。お母さん、薬剤師は嫁入り道具にちょうどいいって考えてる古い人なの。それで、よく『お医者さんと結婚しなさい』って言われる」
思わず息をのんだ。そんな価値観、まだあるんだ……。
「もちろん私はそんなつもりないよ。私ね、早く卒業して家を出たい。もう一人でも大丈夫だって、いつまでも弱い私じゃないって証明したい。お母さんは私が結婚するまでずっと家にいてほしいみたいだけど、私は絶対に嫌」
「お父さんは……何て言ってるの?」
「お父さんは『好きに生きろ』って言ってくれるからすごく楽。お母さんもそう言ってくれたら良かったのになあ」
くすりと笑う由香莉さん。その笑顔がどこか切なく見えた。
「ねえ、私が以前ルームシェアの話をしたこと、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。いきなりだったから、びっくりしちゃった」
「あの話、本気だって言ったらどう思う?」
「えっ?」
「ずっと考えてたんだ。やっぱり2時間もかけて通学するの、大変でしょ?いつ痴漢が出てくるかも分からないし」
「朱音ちゃん……いいの?ルームシェアって色々気を使うし、自分の時間がなくなるかもしれないよ?」
「大丈夫。私、由香莉さんと一緒に暮らしたら毎日絶対楽しいって思ってるよ」
「それは、私もそう思ってる。だって、朱音ちゃんのこと、好きだから……」
そっと手を重ねてくる由香莉さん。
「でもね、お金の問題もあるし、何より親が許可してくれないと無理だから気持ちだけ受け取っておくね。ありがとう」
そう言って、由香莉さんは優しく笑いながら、私の手をそっと離した。
「本当にそれでいいの?」
「うん。嬉しかったよ、朱音ちゃんの気持ち。でも、私は大丈夫。これまでも何とかなったんだから」
そう言って寂しそうに笑う彼女の表情が、どうしても放っておけなくて――私は咄嗟に由香莉さんを抱きしめた。
「嫌だ」
「えっ?」
「由香莉さんが、あんなに遠くから通学するの、私が我慢できない。いつ、また何かあったら……。由香莉さんは大丈夫って言うけど私が大丈夫じゃない」
「そんな……私のことは気にしないでいいから、そんなに思い詰めないで」
「違うの。そうじゃなくて……」
もちろん由香莉さんの身体のことも心配だった。でも、それよりも大事なのは、私自身の気持ちだった。
「私、本当に由香莉さんが好きなの。今日もずっと一緒にいれて嬉しかった。明日も明後日も、ずっとずっと一緒にいたいの!それぐらい好きなの!!」
まるでプロポーズだった。
叫びながら抱きしめる腕に力を込めた。
由香莉さんの温かさが私の胸を満たす。この温もりを、もう私は離したくない。
「私は由香莉さんと一緒にいたいの!ルームシェア……だめかな……?」
震える声でそう尋ねると、由香莉さんは静かに私の背中に手を回した。
「……朱音ちゃん」
名前を呼ばれただけで、胸が締め付けられる。
「私も、朱音ちゃんと一緒にいたい。でも……」
「親には私から説得してみる」
「えっ?」
驚いたように目を瞬かせる由香莉さん。
「私、本気だよ。由香莉さんのこと、こんなに大切に思ってるって、お母さんにもちゃんと伝える」
「でも……大丈夫?うちのお母さん、結構頑固だよ?」
「大丈夫。私、何があっても諦めないから」
由香莉さんの瞳が揺れる。しばらく黙ったあと、彼女はそっと微笑んだ。
「……ありがとう。そんなふうに言ってもらえて、すごく嬉しい」
「だったら、一緒に話してみよう。二人で」
「うん……」
ぎゅっと手を握り合う。
不安もある。でも、それ以上に由香莉さんと一緒にいたいという気持ちが強かった。




