第18話 夜に溶ける薬 後編
「…うん、わかった。ありがとう。後でまた連絡するね」
私がシャワーを浴びている間に由香莉さんは親に電話をしていたようだ。
「お泊まり、大丈夫そう?」
会話の内容から何となく察していたけど、改めて確認したかった。
「うん。親も私の事情を知ってるからすんなりOKが出たよ」
「そうなんだ。とりあえずシャワー浴びる?お風呂が良ければ今から準備するけど」
「ふふっ、お気遣いなく。シャワーでいいよ」
由香莉さんの言葉に私はほっとした。少しずつ元気になってくれたみたいだ。
「それでね、あの、恥ずかしいんだけど、着替えを持ってなくて……パジャマだけでもいいから貸してくれないかな?」
「うん、いいよ」
実家からたまに送られてくるシャツはどれも微妙にダサいのでパジャマにしているが、こんな形で役に立つとは思わなかった。その中から比較的シンプルなシャツとハーフパンツをクローゼットから取り出して由香莉さんに渡す。
「ありがとう」
そう言って由香莉さんは脱衣所のドアを閉めた。
問題はここからだ。
布団が、ない。
この部屋に他人が泊まることを想定していなかったので、シングルサイズのベッドしかない。とはいえ、体調の悪い由香莉さんを床で寝かせるわけにもいかない。私が床で寝るか、それとも……。
そんな時にふと、陽奈が以前言ってたあのセリフが頭をかすめる。
『朱音、恋愛と友情の違いって分かる?
私は、その人とセックスできるかどうかだと思う』
こんな時に何を考えているんだ、私は!
息を大きく吸って、吐き出す。落ち着け。まずは部屋を片付けよう。
そんなことをぐだぐだ考えている間に由香莉さんがパジャマ姿で部屋へ戻ってきた。は、早い!
「朱音ちゃん、ごめん、ドライヤー借りていいかな?」
「ど、どうぞどうぞ!」
脱衣所にあるドライヤーを手に取り、由香莉さんに渡す。
「ふふ、ありがとう」
由香莉さんがスイッチを入れる。ゴオオオオッという音が室内に響き、彼女の髪が風に踊る。そのときだった。
前屈みになった彼女のTシャツの襟元が、ふと緩んだ。
視線が、由香莉さんの胸元に吸い寄せられたその瞬間
――見えてしまった。
控えめな胸の谷間。その奥にちょこんと佇んでいる淡いピンク色の丸いものが。ほんの一瞬。
由香莉さんは、ノーブラだった。
慌てて目を逸らす。
けれど、一度見てしまったものは、なかなか頭から離れない。
心臓が激しく鼓動を打つ。
あんなにうるさかったドライヤーの音がだんだん遠くなっていく。心臓の音だけが私の耳を支配している。
「と、とりあえず今日は疲れたよね。ベッド使っていいよ。わたしは床で寝るから!」
平静を装うのに必死だった。今、由香莉さんと目が合ったらどんな顔をすればいいのか分からない。
「えっ、悪いよ。私が床で寝るから」
「いやいや、由香莉さん、具合悪いでしょ。私は平気だからベッド使ってね」
少し考えたあと、由香莉さんは少し恥ずかしそうに、ぽつりと提案した。
「じゃあ……一緒に寝る?」
ドクン、と。
心臓が更に大きく跳ねる。
「……うん」
私は、由香莉さんの言葉に甘えることにした。
シングルサイズのベッド。
二人で横になるにはぎりぎりの広さ。ぎゅっと身を寄せ合えばなんとか二人収まる。
布団の中、肩が触れ合う。呼吸の音がやけに近くて心がざわつく。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
由香莉さんの優しい声が、耳元で囁かれる。
私は目を閉じ、背中で由香莉さんの温もりを感じながら眠りについたのだが……。
――眠れない!
こうゆうお泊り会は初めてではない。修学旅行やバスケ部の合宿で何度か経験したことがある。
だけど、これはまるで違う。
由香莉さんだから。
さっき見えてしまった胸のピンクの残像が鮮烈に私の頭と身体を焦がしている。
『さわりたい』
そんな邪な想いがふつふつと湧いてくる。
――いや、ダメでしょ。由香莉さん、まだ体調が万全じゃないし。
理性が必死にその衝動を抑え込む。
だけど、もし彼女が元気だったら?
いやいや、それでもダメでしょ。
そんな葛藤をぐるぐると巡らせていると、静寂を破るようにくすりと笑う声が聞こえた。
「ふふ、何だか眠れないね」
「由香莉さんも?」
「うん、こういうお泊まり会、久しぶりだから。何だか寝るのがもったいない」
「私は、修学旅行以来かな」
「羨ましい。私、浪人してたから、友達と旅行なんてずっとご無沙汰だったよ」
「じゃあ、これからは一緒に行こうよ。私、由香莉さんと行きたいところ、いっぱいあるんだ」
「……うん。私も!」
何でもない、たわいもない会話。
夜の静寂に、私たちの笑い声がふわりと溶けていく。
お互い背中を向けたまま、ぴったりと寄り添う。肩越しに感じる温もりが、じんわりと肌に伝わってくる。
このままずっと朝までおしゃべりしているのも悪くない……そう思っていた、そのとき。
そっと。
背中から腕が回され、優しく引き寄せられる。
ふわりと漂う甘い香り。
柔らかい胸の感触が背中越しに伝わってくる。
頭が一瞬、真っ白になる。
心臓がアドレナリンに煽られ、激しく鼓動を打つ。
「朱音ちゃん…」
耳元で囁く声がゆっくりと私を溶かしていく。
指先がそっと私の手に寄り添い、絡め取る。
「ねえ、朱音ちゃん。もし……朱音ちゃんが嫌じゃなかったら……」
由香莉さんの言葉がそこで途切れる。
だけど、続きは聞かなくても分かる。
私はもう、子供じゃない。
ゆっくりと、身体を由香莉さんの方へ向ける。
暗闇の中でも由香莉さんの顔が見える。輪郭はぼんやりとしているのに、その美しさだけは鮮明だった。
「いいよ……。というか、本当はずっと、したかった」
由香莉さんの瞳が大きく揺れる。そして、ふっと微笑む。
「やっぱり、お互い、好き同士だったんだね」
その言葉が胸に染み渡る。優しく、嬉しそうに笑う由香莉さん。
その綺麗な顔がゆっくりと近づいてきて――
唇と唇が、そっと重なった。
たった一瞬。
けれど、初めて触れた唇は、信じられないほど柔らかく、温かくて、心が、ひとつに溶けていくようだった。
「朱音ちゃん……」
由香莉さんの瞳が潤んでいる。
「ん……」
私もドキドキが止まらない。
「もう一回、いい?」
私は無言で由香莉さんの肩に手を回した。
由香莉さんはそっと目を閉じ、顔を近づけてくる。
由香莉さんの柔らかい唇が私の唇を優しく包み込む。
背中に手を回し、由香莉さんをぎゅっと抱きしめる。
「由香莉さん、もっと……してほしい」
本能が温もりを求めて私は由香莉さんにお願いする。
由香莉さんは何も言わず、ただ静かに頷く。
今度は、さっきよりもずっと長く、深いキス。
唇が重なり合い、熱い息遣いが混ざり合う。
温かい舌がそっと触れ合い、ためらうように絡み合い、次第に熱を帯びていく。
甘く、蕩けるような感覚が全身に広がっていく。
お互いをもっと、もっと求めるような、深いキス。
私たちはそれを何度も何度も繰り返す。お互いの口に、頬に、耳に、首に。
顔全体がまるで性感帯になったように気持ちいい。やがてそれは顔だけでなく全身にも広がっていく。
キスだけじゃ、もう足りない。もっと、由香莉さんを感じたい。そう思ったときだった。
「朱音ちゃん……好き……」
その言葉と同時に、手が私の服の中に滑り込んでくる。
「……!」
ビクン、と一瞬身体が震える。
「……嫌だった?」
不安そうに私を見つめる由香莉さん。
私は首を横に振った。それを見て、ためらいがちだった由香莉さんの手が、私の胸を優しく揉み始める。
「んっ……!」
私は声を上げる。由香莉さんの唇が私の首筋に吸い付く。
「好き……好き……」
由香莉さんの言葉が胸に響く。私が由香莉さんの手を握ると、由香莉さんは私の手を握り返した。
指先から伝わる体温が、じわじわと私を包み込んでいく。身体と心がまるで溶け合うように熱くなっていく。
夏の暑さのせいなのか、それとも私たちがお互いを激しく求め合ってるせいなのか、汗が止まらなくなる。
そして、気づいたときには、私たちはお互い裸になっていた。
「恥ずかしいからあんまり見ないで……」
「どうして?凄く綺麗だよ」
「胸、大きくないから……」
由香莉さんの胸は私ほどの大きさではなかったが、それでもB〜Cカップぐらいだろうか。スレンダーな身体にとてもよく似合う胸が目の前にあった。
「可愛いよ……由香莉さん」
そう言って私は由香莉さんの胸を舐める。柔らかい肌に舌が触れるたびに、私の体が熱くなる。
もっと、もっと、もっと。
そんな気持ちが、私の中で膨らんでいく。
好き。由香莉さんが好き。全部、全部、好き。優しいところも、頭がいいところも、実は怖がりな所も、その声も、その姿も、全部、全部含めて大好き。嫌いなところなんて、どこもない。
由香莉さんにもっと触れたい、もっと感じたい。そんな衝動が、私を突き動かす。遠慮なんてもう知らない。私の舌は、由香莉さんの全身を貪るように這い回る。
「んっ……朱音ちゃん……」
由香莉さんが切ない声をあげる。いつもの落ち着いた声とは全然違う。
――由香莉さんってセックスの時、こんな声なんだ。
そんなことを思いながら、私は由香莉さんの身体をゆっくりと舐めていく。もっと、もっと可愛い声が聞きたい。もっと、もっと感じたい。そう思い、由香莉さんの下半身に手を伸ばす。
指にしっとりと濡れたものがまとわりつく。初めて触れる他人の愛液。
私でこんなに気持ちよくなってくれてるんだ。そう思うと愛しさが爆発しそうになり、私はその蜜をそっと絡め取る。
「いや、いや、ああ……っ!」
高くて、甘い、いつものクールな姿からは想像できない喘ぎ声。
そのギャップが私をたまらなく興奮させる。
「恥ずかしい……」
「そんなことないよ。凄く可愛い」
そう言って、私は由香莉さんの下半身に顔を近づける。愛液が滲む場所に唇を重ねると、由香莉さんの身体がびくりと震えた。同時に、今まで聞いたことのないような甘い悲鳴が口から溢れ出る。
いつもの清楚な姿からは想像もできない、あられもない姿に私の心が激しく高鳴る。
部屋中に、ぴちゃぴちゃという生々しい音と由香莉さんの甘い声がこだまする。
汗と、唾液と、愛液が混ざり合い、溶けていく。
生臭くて柔らかい匂いが部屋中を覆っていく。私はその匂いをとても愛おしく想い、続きを求めて由香莉さんの体を舐め続けた。
「んっ……あぁっ…!」
由香莉さんの声が、さっきよりもっと甘く、もっと激しくなる。
「……もっと……」
由香莉さんは私に抱きつき、体を密着させてくる。
「……ダメ……もう……んっ!」
由香莉さんの言葉が、熱を帯びた空気に溶けていく。
彼女の体は、汗で濡れて、キラキラと輝いている。
触れるたびに、その熱が私に移ってくる。
「由香莉さん……」
「ん……」
私は、由香莉さんの体を優しく抱きしめる。
彼女の温もり、彼女の香り、彼女のすべてが私を包み込んでいく。
「……ダメ……」
由香莉さんの声が震える。もう、彼女は、言葉を続けることができない。
「んっ!」
由香莉さんの体が、ビクッと跳ねる。
「……」
彼女は、息をのむ。
「……」
やがて、静寂が訪れる。
由香莉さんの心臓の音が私の耳に響く。それは、私の心臓の音と重なり合い、一つの音楽を奏でているようだった。
「由香莉さん……」
私は再び彼女の名前を呼ぶ。
「朱音ちゃん……激しすぎ」
拗ねた声が、熱を帯びた空気の中で微かに震えた。由香莉さんの指が、私の額を軽くつつく。その触れ方は、責めるようでありながら、どこか甘さを滲ませていた。
「だって、由香莉さん、可愛すぎるんだもん……あんな声、反則だよ」
「それは……自分でも驚いてる。あんな声、出ちゃうんだなって」
「私、普段の落ち着いた声も好きだけど、あっちの声も好き。もっと、もっと聞きたい」
「それって……」
私はそう言い、彼女の唇を深く味わう。お互いの体温が混ざり合い、呼吸が重なる。
由香莉さんの体が、再び熱を帯び始める。彼女の口からは、さっきよりもっと甘い声が漏れ始めた。
――どれくらいの時間が経ったのか分からない。
一時間か、それとも二時間だろうか。二人とも全身、汗と愛液でびっしょりだ。
「匂い、いっぱいついちゃった。ごめんね」
「謝らないで。私、由香莉さんの匂い、好き」
好きなの。そう言ってまた由香莉さんにキスをする。
「喉、乾いたね……」
「お水持って来るね。先にシャワー浴びてくる?」
由香莉さんは頷き、ゆっくりと体を起こした。
「一緒に行く?」
「それはちょっと……恥ずかしい」
由香莉さんは頬を染めながら、小さく笑う。
「分かった」
私は少し寂しさを覚えながらも、素直に頷いた。
本当は、まだ触れ合っていたかったけど、さっきまでのことを考えると少し休ませてあげたい気持ちが勝った。
それに、一緒に入ったらきっと、また由香莉さんを襲ってしまいそうになる。
由香莉さんがシャワー室へと消えていく。一人残された私は、ベッドに寝転び、天井を見上げる。
指先には、さっきまで由香莉さんと触れ合っていた感触がまだ微かに残っている。
(由香莉さんの匂い……)
微かに甘い香りがする。それはまるで媚薬のように私をゆっくりと溶かしていく。
その指でそっと、自分の下半身に手を伸ばす。
――好き、好き、大好き。
由香莉さんがシャワーから出て来るまでの数分間、わたしはもう一度幸せを抱きしめた。




