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第16話 夏の思い出~帰り道にて~

お祭りの喧騒を抜けても、人の波は途切れることがなかった。

帰り道はさらに混雑し、私たちは狭い道をゆっくり、ゆっくりと——しっかりと手を繋いだまま——歩いていく。

昼間でも綺麗な由香莉さんの横顔は夜の闇と街の灯りに照らされていてより一層、幻想的だった。

——こんな綺麗な人と一緒にお祭りを歩いているなんて。

新潟にいた頃の私には想像もつかなかった。


「……どうしたの?」


ふいに由香莉さんがこちらを向く。


「えっ!?」

「だって、ずっと見てるから。私の顔に何かついてる?」

「いや、その……綺麗だなあって思って」


私が正直に言うと由香莉さんは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それからふっと微笑んだ。


「ふふ、ありがとう。朱音ちゃんもすごく綺麗だよ」

「……綺麗って言われたの、初めて。なんかちょっと変な感じ」

「そう? 私はずっと思ってたよ。可愛い、綺麗、カッコいい。全部持ってて羨ましいな」

そんなふうに思ってくれてたんだ。知らなかった。

「なんか、照れる。でも嬉しい。ありがとう」

「こっちこそ。今日は楽しかった。また一緒に来ようね」

「うん!」


人混みの中、繋いだ手の温もりが妙に心地よかった。


普段なら駅まで十五分もあれば着く距離なのに、道が狭くてほとんど進めない。信号も多く、待ち時間ばかりが増えていく。この調子だと一時間はかかりそうだ。

さすがに立ちっぱなしはキツイし、何より、その……お手洗いとか、大丈夫かな? なんて、余計な心配が頭をよぎる。


「ねえ由香莉さん。ウチのアパート、すぐそこだから少し休憩していかない?」

「ありがとう。でも帰るの遅くなりそうだから、このまま駅まで歩くよ」

「分かった。でも心配だから、駅まで送るね」

「ありがとう。優しいね」


そんなやりとりを交わしながら、私たちはゆっくり歩き続ける。

夜風が心地よくて、隣にいる彼女の温もりが愛おしくて——この帰り道が、もう少しだけ続けばいいのに。

そう思いながら、繋いだ手の感触を確かめるように、私は指先にそっと力を込めた。


駐屯地を出て、もう三十分は歩いただろうか。

人混みはなかなか途切れず、道は相変わらず進みが遅い。ふと隣を見ると、由香莉さんは黙ったまま、ただ前を見つめていた。

本当に大丈夫かな……疲れてない? そんな不安が胸をよぎった、その時——


ギュッ!!


繋いでいた由香莉さんの手が、突然、強く握りしめられた。指先に食い込むほどの力に、私は驚いて彼女の顔を覗き込む。


「えっ……?」


言葉が詰まった。


由香莉さんの顔が、血の気を失ったように真っ白になっている。

目は虚ろで、額には細かい汗が浮かぶ。肩は微かに震え、呼吸も浅い。繋いでいない方の手で、ぎゅっと胸元を押さえている。


——何かあったんだ。


まさか……!


私はそっと顔を寄せ、周囲に聞こえないよう、小さな声で呟く。


「もしかして、痴漢?」


……


一瞬の沈黙。そして、由香莉さんは無言のまま、ゆっくりと頷いた。

怒りと悔しさが込み上げてきた。冗談であってほしかった。


「顔色悪いよ。ウチ、すぐそこだから休憩しよ」


返事はなかったけれど、小さく頷くのが見えた。私はそっと彼女の手を引き、アパートの方へと足を向けた。

少しでも早く、この人混みから抜けなきゃ。

しばらく歩いたところで、由香莉さんがかすれた声で呟いた。


「ごめん、ちょっと……お薬、飲ませて」


そう言って、カバンを開く。指先はまだわずかに震えていた。取り出したのは見慣れない青と水色の漢方薬の小袋。端にはそれぞれ「六十」と「七十一」の数字が印字されている。その小袋から錠剤を数錠取り出してペットボトルのお茶で一気に流し込む。


(何の薬だろう?)


一瞬、気になった。でも、それよりも、一刻も早くこの場を離れて由香莉さんを休ませてあげたかった。

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