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第15話 夏の思い出~習志野駐屯地祭り~

蒸し暑さの残る八月の夕暮れ、習志野駅の改札前で彼女を待っていた。街はすでに祭りの気配に包まれ、遠くから賑やかな囃子の音が微かに届く。


「お待たせ」


 柔らかな声に振り向いた瞬間、言葉を失った。

 ハーフアップにまとめられた由香莉さんの髪が、夜風にそよぐ。ぼんやりとした駅の灯りが彼女の輪郭を優しく縁取っていた。いつもの凛とした雰囲気とは違い、どこか儚げな表情がそこにあった。

 屋台の光が彼女の白いワンピースをオレンジ色に染める。足元の白いスニーカーが飾らない彼女らしさを物語っていた。それなのに、どこか特別な輝きを放っている。

 一方、私はTシャツにショートパンツにサンダルというラフなスタイル。由香莉さんとは正反対で


「すごく綺麗……」


 気づいたら私はそう呟いていた。


「え、ほんと?よかった」


 由香莉さんは少し照れたように微笑み、そっと髪をかきあげる。華奢な手首にはシンプルな腕時計と細いブレスレット。その手首から指先までもが美しくて視線を逸らせなかった。


「ふふ、じゃあ、行こっか」


 由香莉さんが軽やかに歩き出す。ワンピースの裾がふわりと舞う。その揺れが目に焼き付き、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


 駅を出てしばらく歩くと、目の前に現れたのは大きな習志野駐屯地のゲート。普段は一般公開されないこの場所が今夜だけは開放され、無数の提灯が彩る幻想的な空間へと変わる。

 ゲートの向こうには、ずらりと並ぶ屋台と押し寄せる人、人、人!

 夏祭りならではの熱気と賑やかな雰囲気に胸が高鳴る。


「思ったより人が多いね」

「うん……私も初めて来たけど、びっくりしちゃった」


 由香莉さんは、人混みに少し圧倒されたように呟いた。


「ねえ……手、繋いで歩かない?」

 思わずそう提案してしまった。なんだか、このままだとはぐれてしまいそうで……。

 いや、それだけじゃない。なんとなく、一緒にいたくて。

 由香莉さんの顔をそっと見る。変に思われないかな?不自然じゃないよね?心臓がドキドキうるさい。


「うん、いいよ」


 由香莉さんはふわりと笑ってそう言った。その笑顔があまりに眩しくて、胸の鼓動がさらに速くなる。

 その声とともに、そっと伸ばされた手。絡めた指先が、静かに震える。

 小さな手のひらを包み込むと、じんわりと由香莉さんの熱が伝わる。その温もりが全身を駆け抜け、胸の奥がひりつくように疼いた。

 私たちは手を繋いで屋台の並ぶ通りを歩きながら夏祭りの雰囲気を満喫していく。

 習志野駐屯地の夏祭りは初めてだったけど、想像以上の賑わいで、どこを見ても面白そうなものばかりだ。


「朱音ちゃん、まずはどこに行く?」

「うーん、そこの焼きそばも気になるけど——」


 ふと、人混みの中で異彩を放つ存在を見つけて、私は思わず足を止めた。


「……えっ、ちょ、待って」

「ん? どうかした?」


 由香莉さんが私の視線の先を追う。


「あー!あの人、テレビで見たことがある。フォー!!って言ってる人だ」


 そこには、黒いレザーのタンクトップに短パン、サングラスにシルバーのチェーンをジャラジャラさせた男性が、ノリノリで屋台の前に立っていた。しかも一人じゃない。二人、三人……いや、もっと!?


「え、ちょっと待って。めっちゃいるんだけど……!」


 由香莉さんも目を丸くしてそう呟く。


「えっ、えっ、なにこれ!? すごい人数!」

「しかも全員ガタイが凄い……!!」


 どうやらこの駐屯地の自衛隊員がハードゲイのコスプレをしている催し物をやっているようだった。私と由香莉さんは顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。


「でも、凄く楽しそうじゃない?」

「うん、楽しそう!」


 彼らは周りの人たちと写真を撮ったり、屋台の人と陽気に話したりしながら祭りを全力で楽しんでいる様子だった。その姿に、なんだか私たちまでテンションが上がる。


「あ~、面白かった!次は射的やってみたい!」

「ふふ、いいね。じゃあ、挑戦してみよっか」


 屋台の前に並べられた小さなコルク銃を手に取ると、思ったよりも軽い。それでも、いざ的を狙うとなると、妙に緊張してしまう。


「えいっ!」


 パンッ。軽快な音が響く。が、的はびくともしない。


「あれ? 思ったより難しい!」


 何度か挑戦するものの、まったく当たる気配がない。うーん、コツでもあるのかな?


「朱音ちゃん、ちょっと肘を固定して……」


 不意に、すぐ隣から柔らかな声が聞こえた。

 その瞬間、ひんやりとした指先が私の腕にそっと触れる。


「え、ちょっ……」


 思わず声が裏返りそうになる。——近い、近すぎる!

 心臓の鼓動がやたらとうるさい。意識しないようにと思うほど、指先に伝わる彼女の体温が気になってしまう。


「こうやって、息を止めて……」


 由香莉さんの言葉に従い、そっと狙いを定める。今度こそ——


 パンッ。


「やったー!当たった!」


 小さな景品を手にすると、思わず由香莉さんと顔を見合わせて、弾けるように笑い合った。


 そして、クライマックスの花火。

 夜空に咲く大輪の光に、私は思わず息をのむ。


「綺麗だね……」

「うん、とっても」


 横を見ると、由香莉さんも同じように空を見上げていた。夏の夜風が、ほんのりと心地いい。


 ——来てよかった。


「ねえ、来年も一緒に来よう?」

「ふふっ、もちろん」


 そう言って微笑む由香莉さんの笑顔は、これまで見てきたどんな花火よりも綺麗だった。



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