第14話 再試験、頑張った!
「やっちゃったぁ……生薬学の試験、落としちゃった……」
自宅のアパートに入るやいなや、私は机に突っ伏しながらぐったりと呟いた。
「薬効と有効成分と薬用部位までは何とか覚えたんだよ。でも、まさか構造式まで出るなんて……そんなの聞いてないよ〜!」
「私も問題を見た瞬間、びっくりしちゃった。少しは覚えてたから何とか合格できたけど、正直ギリギリだったと思う」
そう言いながら、由香莉さんは私の肩を優しく撫でてくれた。
「うぅ、どうしよう、次こそ絶対に落とせないよ……」
だって、もしまた落ちたら留年確定で、追加の授業料二百五十万円……親が聞いたら泣くだろう。
「大丈夫。私が教えてあげるから、一緒に頑張ろう!」
由香里さんの言葉が、不安で揺れる私の心をそっと優しく包んでくれる。
「……やるしかない!単語帳、作り直そう!」
私は顔を上げ、パッと作業に取り掛かった。
二人で一緒に覚えやすいゴロを考え、構造式もざっくりとしたイラストで記憶に定着させる作戦に出たのだが……。
アコニチン、某テーマパークのネズミみたい。
パパベリン、カニのハサミみたいなの持ってる。可愛い。
ベルベリン、ステロイド骨格に似ている。ちょっとホタルイカに似てるかも?
アントラキノン、まるで象さんの耳と鼻。不思議な形で覚えやすい。
ジゴキシン、うわっ!分子量、多すぎ……?
アトロピン、エフェドリン、オイゲノール、キニーネ、ストリキニーネ、グリチルリチン、サポニン、オンジサポニン、セネガ、フラノクマリンetc……
「無理いいいいいい!覚えきれないいいいい!」
「落ち着いて!選択問題だから、だいたいの形が分かればいいの。とりあえずエフェドリンとグリチルリチンはほとんどの漢方薬に入ってるから、これだけは抑えておいて」
「はぁ……アミノ酸の構造式は簡単に覚えられたのに、なんでこっちはこんなに難しいんだろ?」
「うーん、アミノ酸は分子量小さいし、見た目も小っちゃくて可愛いからかな?」
「あ、言えてる。私、ベンゼン環が3つ並んでるだけでうわっ!てなる。有機化学も苦手だし」
「ふふっ、実は私も苦手。でも、ここが踏ん張りどころだから頑張ろう、ね?」
「うん、そうだね。頑張らないと!」
私たちは黙々と新しい単語帳を作り続けた。由香莉さんは、構造式のポイントを丁寧に解説してくれる。
私は必死にノートを走らせた。暗記する時間は限られている。次こそは、絶対に合格してみせる。
そして迎えた再試験。
試験問題を前に、私は深呼吸した。これまでの努力を信じるしかない。
結果──合格。
私は震える手で通知を握りしめた。生薬学の単位、無事にゲット。喉の奥で歓喜が弾ける。
「良かった……」
合格通知を見てすぐに由香莉さんに電話した。
「由香莉さん! 再試験、合格だった!!」
興奮気味に話す私に、由香莉さんも喜んでくれた。
「よかったね! 本当に良かった……!」
彼女の声が少し震えている気がする。もしかして、泣いてる?
「いやあ、一年目にして留年するかと思ってヒヤヒヤだったよ。これで一緒に二年生になれるね!」
「もう……まだ後期の試験があるから、また頑張らないとね」
「そ、そうだね。でも由香莉さんがいればどんな試験でも何とかなる気がする!」
「いやいや、私はちょっと手伝っただけだよ?頑張ったのは朱音ちゃんだから。お疲れ様」
ほっとしたのか、体から力が抜けていく。寝食を削って勉強し続けたせいで、もうフラフラだ。
「はぁ、疲れた……でも、やっと私にも夏休みが来たんだ!」
私はベッドに身を投げ出し、大きく伸びをした。
「朱音ちゃん、夏休みの予定は?」
「実家に帰っても特にやることないし……今年の夏は千葉で過ごそうかな。今度、ウチの大学の近くで習志野の夏祭りがあるんだってさ」
「えっ、本当に?それ、ちょっと気になる」
「じゃあ、一緒に行こ!8月3日だから今週の日曜日だよ」
「その日は空いてる!行こう行こう、楽しみ!」
「私も!由香莉さんと一緒にお祭り、ワクワクする!」
「ねえ、浴衣着てく?」
「うーん……私、浴衣持ってないんだよね。だから普段通りかな」
「ふふっ、じゃあ私もいつも通りで行くね」
二人の笑い声が重なる。
大学一年目の夏。由香里さんと一緒にお祭りに行く。今のところ、それ以外の予定は何もない。
でも、たったそれだけなのに……。
——今年は最高の夏になりそう。そんな予感がした。




