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第13話 日傘って便利だね!

 由香莉さんが勉強を教えてくれる日の午前十時。北習志野駅の改札口に向かうとすぐに彼女の姿が目に入った。

 今日の由香莉さんはシンプルな白のTシャツに、涼しげな淡いブルーのロングスカート、手には黒い日傘。さりげなく被っているハットが彼女の大人っぽい雰囲気を更に引き立てている。

 私が同じ帽子をかぶれば子供っぽく見えるのに、由香莉さんが身につけると一気にオシャレに見えるから不思議だ。


「ごめんね。本当は私のほうが由香莉さん家に行くべきなのに」

「ううん、ちょうどこっちに来る用事があったから」


 そう言って微笑む由香莉さんの笑顔は、今日も相変わらず優しい。


「その日傘、いいね。涼しそう」

「暑いからね。朱音ちゃんは大丈夫?」

「暑いけど我慢できるよ。ウチの地元、日傘をさす習慣がないんだよね〜」


 新潟の夏は東京ほど厳しくない。それに、冬になれば空はいつも灰色に覆われ、晴れる日は数えるほどしかない。テレビで冬でも青空の広がる東京を見るたび、「これ、本当に同じ日本なの?」と不思議に思っていた。


「日傘、あったほうがいいよ。紫外線対策だけじゃなくて、暑さも全然違うから」


 由香里さんがそっと日傘を私に傾ける。黒い影がすっぽりと私を包み込んだ。


「本当だ……全然違う」


 さっきまで肌を焼くように照りつけていた陽射しが和らぎ、ぼんやりしていた頭がすっと冴えていく。あれほど暑く感じた熱風がどこか心地よいものに感じられた。日傘、すごい。


  「そろそろ行こっか」


 由香莉さんの言葉で、私ははっと顔を上げる。


「え?この日傘は?」

「私は帽子があるから大丈夫。朱音ちゃんが持ってて」


 差し出された日傘を受け取ろうとするが、どうにも気が引ける。


「いやいや、そんなわけにはいかないって」


 そう言って傘を返そうとすると、由香里さんは少し困ったように微笑んだ。


「ええと……じゃあ、こうしよっか」

「……えっ?」


 次の瞬間、彼女はすっと私の隣に寄ってきた。腕が触れるか触れないかの、危うい距離。熱を帯びた彼女の体温が、じわりと私の肌に伝わってくる。


 いわゆる、相合傘だ。


「こうすれば二人とも涼しいね」


 由香里さんの声は優しく、それなのにどこかくすぐったい。


「……うん、そうだね」


 嘘だった。本来なら涼しくなるはずの日傘が、全く逆の効果を発揮している。


 近い、近い、近い!


 今までも並んで歩くことはあったけれどこれは違う。今にも触れてしまいそうな近い距離が私の脳を侵食する。外の世界と隔絶された、私たちだけの空間。

 心臓の音がうるさい。彼女に聞こえてしまいそうなぐらいに。


 うう、由香莉さん、なんかいい匂いがする……。


 髪から香る柔らかなシャンプーの香りを意識すればするほど、息が詰まりそうになる。


 体が熱い。心が熱い。汗が止まらない。

 私、大丈夫かな?汗、臭くないかな?


 そんなことばかり気にしながら、二人並んで自分のアパートへと向かった。



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