第11話 君の声が好き
駅まで陽奈を見送ったあと、一人静かに部屋を片付ける。
一人暮らしの孤独に少しずつ慣れてきたものの、友達と別れたあとの静けさはやっぱり少し寂しい。
ふと、胸の奥がきゅっと締めつけられる。
——会いたいな……由香莉さんに。
温もりを求めて、私は電話に手を伸ばした。
「もしもし、由香莉さん」
「どうしたの? 朱音ちゃん」
いつもの優しい声。たったそれだけで、心の奥がじんわりと温かくなる。
「ちょっと……声が聞きたくなって」
素直にそう言うと、電話の向こうで小さな笑い声が聞こえた。
「ふふっ、私もそう思ってたところだよ」
ーえっ?
予想外の言葉に、息が詰まる。心臓の鼓動が一気に速くなる。
「メールも好きだけど、やっぱりこうして話すのっていいよね」
夜の静けさの中、電話越しに聞こえる由香莉さんの声はどこか暖かくて心地よかった。
「うん、そうだね。私も電話が好き。由香莉さんの声、聞くと安心する」
正直にそう伝えると、向こうで小さく笑う気配がした。
「そう……私は自分の声、あまり好きじゃないなあ」
「えっ、そうなの? いい声だと思うけど」
「うーん……もうちょっと高くて、女の子っぽい声だと良かったかなあ。朱音ちゃんみたいにね」
「そうなんだ。私はこの声と身長のせいで子供っぽく見えるってよく言われるのが悩みだよ」
「私はいいと思うよ。女の子って感じで、可愛くて羨ましい」
「ふふ、ありがとう。でもね、私は由香莉さんの声のほうが好き。落ち着いてて、大人っぽくて……なんだかすごく安心するんだ」
静かな夜、電話越しに微かな息遣いだけが聞こえる。
由香莉さんが少し考え込むように間を置いて、ゆっくりと言った。
「ふふ、お互い、好き同士だね」
「えっ」
心臓が急に跳ねる。
今、なんて言った?オタガイ、スキドウシダネ?
「……あ、声、声がね!お互いの声、いいなあって意味」
「あ……そ、そうだよね。あはは……」
言葉が上ずる。誤魔化すように笑ったけれど、心臓のドキドキがさっきから収まらない。
「ご、ごめん。眠いからそろそろ切るね」
「あ、え? ……うん、おやすみ」
「おやすみ!」
通話が切れた瞬間、電話をぎゅっと握りしめる。
顔が熱い。身体が熱い。心臓が熱い。
まるで、指先から心の奥まで火が灯ったみたいに。
やっぱり、由香莉さんに対する「好き」は陽奈へのそれとは違う。
だって、こんなにも胸が熱くなるほど、由香莉さんのことを考えてしまうのだから。
——朱音、その人とセックスできる?
ふいに、さっきの陽奈の言葉が頭をよぎる。
セックス。
今まで意識したことなんてなかったのに、その単語が妙に生々しく響く。
「陽奈……」
声に出してみる。
「わたし、由香莉さんとなら……」
ぽつりと呟いた言葉は、静かな部屋にそっと響いた。
——そして、季節は流れ、七月。
前期の期末試験が終わった。
懸念していた生薬学の試験を、私は落とした。




