introductionπ
「朱音ちゃん、ここ間違ってる。これはsp3混成軌道じゃなくてsp2だよ」
「えー!これもsp2?」
「困った時はベンゼン環を思い出して。ここもあんな感じの平面構造になるの」
「あー、確かにそんな形になりそう。うう……由香莉さん、いつもありがとう!」
「ふふ、いいのよ。私、人に教えるのが好きだから」
今、私の部屋でこうして勉強を教えてくれるのは相葉由香莉さん、二十歳の薬学部一年生で私の同級生だ。腰まで届くサラサラのストレートヘアが特徴でいつもいい匂いがする。おしとやかな性格で、言葉遣いや所作には常に品がある一方で、年齢差を感じさせない親しみやすさも持ち合わせており、私はそんな彼女のことが大好きだ。
私は現役合格したので相葉さんより二歳年下ではあるが、浪人生が多い医学部・薬学部ではよくあることなのでさほど気にならない。現にこうして並んで勉強していても歳の差を感じることなくお互いタメ口で会話している。
「あー、もう疲れた!ちょっと休憩しよ!」
「そうね、キリのいいところだしここで一休みしよっか」
「じゃあ何かお菓子持ってくるよ」
「……お菓子もいいけど、その前にお薬が欲しいな」
「お、お薬ね。うん、わかった。恥ずかしいから目、閉じてくれる?」
「ん……」
(相変わらず綺麗な顔だなあ……)
そんなことを思いながら私は由香莉さんの頬に、唇に指を触れ、そっとキスをした。
「ん……朱音ちゃん、もっと……」
続きを催促する由香莉さんの声が麻薬のように私の脳細胞を侵してくる。血液脳関門って何だっけ……?
「ねえ……朱音ちゃん、もっとしていい?」
「……いいよ、由香莉さん……」
そう言って由香莉さんは私の頬に手を添え、続きを要求した。
先にことわっておくと、これは何でもない、ごく普通の話だ。
田舎から出て来た女の子と都会の女の子が出会って、恋をして、付き合って、一緒に暮らしていく、ただそれだけの話だ。
そう、何でもない、どこにでもありふれたごく普通の話だ。
もちろん、私たちにとっては少し、特別なことだったけど。
これはそんな私たち、柳朱音と相葉由香莉が出会い、お互いのお薬になるまでの物語。
初めての小説です。一生懸命書きます。よろしくお願いします。