第十四話 恐怖の理由に ―中編その二―
ようやく一段落ついたかな?
これから頑張って学業と両立していくので、できれば暖かく見守ってください。
よろしくお願いします。
………やさしい。
そう、思った。
彼と一緒に歩く、歩く。
何か危険なものがあるたびに、彼は私を庇ってくれる。
過保護な親のように、私を心配してくれる。
それでも私はいつものように、振る舞うことができない。
いつもの仮面を被ることができない。
怖い訳じゃ無いし、恐い訳じゃ無い。
おそれることはなにもない。
けど今は、今だけは弱いままの私でいる。
いつものようにはできないし、何故だか別にやろうとも思えない。
だから今は素の私。
名前も性格も、全てに嘘をついてる私だけど、今だけは本当の私でいよう。
ユウリ・ストラウスとしてではなく、ただのユウリという人間として………。
横を歩く彼を見る。
綺麗な横顔。
……彼、キョウのような人は初めて見た。
とても強くて、静かで、怖くて、優しくて、どこか変わっている。
そう、好きになってしまっても不思議ではない。
いや、もう惹かれ始めているのかもしれない。
……あんなにおそれていたのに、ホント身勝手な女だ。
勝手におそれて、勝手に避けて、勝手に惹かれる。 いやになるほど我が儘ばかり。
……そうだ、私じゃ彼には相応しく無い。
それに彼にはリリアちゃんがいるし、ね。
だからそんなに優しくしないでほしい。
貴方に優しくされる価値なんて私にはないから。
優しくされて喜んでいる私がいるから。
優しくされて惹かれていく私がいるから。
そして、それを失うことをおそれる私がいるから。
我が儘な私。
自分勝手な私。
大嫌いな、私。
もう、何も失いたくないと思う私がいる。
彼の優しさを独り占めしたいと思う私がいる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ…………大嫌いだ。
こんな、馬鹿で自分勝手で我が儘な私なんて。
………それでも、赦されるというのなら、今だけはこの温もりを享受していたい。
今だけはそれを、独り占めしていたい。
――私は彼の側に、そっと身を寄せた。
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静かに鼓膜を叩く川のせせらぎを好ましく思いながら、時折感じる視線を微かに警戒する。
その視線に害意自体は無いようで、ただ俺達を監視、或は観察するようなものだろう。
少し、息を吐く。
警戒だけをそのままに傍らに座っているユウリを振り返る。
特に目立つ怪我をしているわけでも、消耗しているわけでもなく、強いて言えば若干の疲労があるくらいの様で、大きめの石に腰をおろして休憩している。
ただ、今の彼女と普段の姿とを比べると、どうしても同一人物だとは思えない。
普段の元気さは完全になりを潜め、今は弱々しく儚い、そんな別人だといったほうがまだ信じられる様子の彼女は、今、何を思うのだろうか?
「……ねぇ」
暫しの休息を経て、それと同等の沈黙の後、彼女はそう切り出した。
「どうした?」
問い掛け、視線を投げ掛けても、彼女は俯いたまま目を合わさない。
そのまま彼女は再び口を開いた。
「昔話しよっか?」
「昔話?」
「うん。とある女の子の物語」
「……いいよ、話して」
「うん、わかった。…………昔々あるところに――」」
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――あるところに、ひとりの女の子がいました。
女の子はとても元気で、明るい子供でした。
少しだけ変わった事情を持つ家庭でしたが、彼女はとてもとても幸せに過ごしていました。
……ですが、その幸せも、そう長くは続きませんでした。
ある日のこと、少女が花畑で遊んでいた時、旅人を名乗る青年に出会いました。
……ねえ、君のお父さんに会わせてくれないかい?
彼女の父は仕事柄、彼を訪ねて来る人は少なくありませんでした。
ですから少女は、青年を案内してしまったのです。
何も知らずに。
……燃える城、物言わぬ父の亡きがら、血まみれの母、次々と倒れていく兵隊さん、嗤うバケモノ……
嫌゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァ……
暗転する、セカイ――
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「――そうして少女は独りぼっちになりました」
彼女はそう言って、嗤った。
泣きながら。
……これが、彼女の抱えるもの。
君のせいじゃない、そう言うのはたやすい。
けど俺は、その言葉を口にすることはできなかった。
それだけじゃない。
彼女へかけるべきであろう慰めの言葉をひとつも持ちはしなかった。
突然、胸にかかる衝撃。
たしかな重み、たしかな存在。
たしかな温もり。
彼女の髪が顔を擽る。
……俺にできたこと、それは彼女という存在が消えてしまわないように抱き留めること、それと、彼女が彼女でありつづけられるように頭を撫でることだけだった。
あと、強いていうなら――
「……なあ」
「……何?」
「……続きは?」
「続き?」
「そう、物語の続き」
――彼女に語りかけること。
「物語はまだ終わりじゃないだろ?……こうして続いてるんだから」
そして――
――決して独りぼっちなんかじゃ、ないんだから。