第十三話 恐怖の理由に ―中編―
こんにちは、蒼月です。
すこしまえに架空請求やワンクリック詐欺にやられ、遅れてしまいました、申し訳ありません。
感想、質問、要望などよろしくお願いします。
最初に感じたのは冷静な人。
次に感じたのは強い人。
その次は恐ろしい人。
そして今はなんだろう?
怖いまま?それとも怖くない?
わからないけど、今確かに言えるのは、悪い人じゃないということと、助けたいということ。
紅に濡れた端整な顔。
男の人にしては長い艶やかな黒髪。
まるで女の人みたいに綺麗な人。
紅を軽く拭うと瞼が震える。
もうそろそろ起きるみたい。
ゆっくりと開かれる眼。
右は普通の黒。
だけど左は不思議な紅。
その二つの光が私を貫く。
そして彼は口を開いた。
――大丈夫か?
第一声がコレ。
自分のことなんか全く気にせず、今の状況も興味が無いといったふうに、まず私の心配をする。
この人がさっきまで怖がっていた人?
少し疑問に思う。
いや、その前に何故、私は彼を怖がっていたのだろうか?
力が強いから?
ただそれだけで怖がっていたのだろうか?
なら私は、とても小さい器しか持ち合わせていないのだろう。
――ありがとう
彼は状況を確認した後、言った。
感謝の言葉を、この私に。
ただ力が強いからというだけで怖れた私に。
助けてくれた彼を怖れた私に。
やめてくれ、正直そう思う。
こんな私に感謝なんてしないでくれ。
名前すら偽っているくせに、筋違いな恐怖心で彼を怖れ、あまつさえ避けよう、逃げようとした。
……最悪だ。ホント最悪な女だ。
それでいて今更善人気取りか?
罵りたくなる。馬鹿な自分に。
最悪な偽善者に。
それでも彼は私に声をかけてくる。
とても優しい言葉を。
その言葉を、私は享受して良いのだろうか?
――どうした?
何でもない、そう返すのが手一杯だ。
何でもない、何でもない、と。
彼はそんな私を見て心配そうな顔をする。
事実、心配しているのだろう。
彼は優しい人だから。
そう、優しい人。
わかっていた。
いや、わかっていたはずだった。
彼が優しい人だなんてことは。
それでも私は、彼を怖れた。
どうしても、あの日のことを思い出してしまった。 彼を“アレ”に重ねてしまったのだ、私は。
恐い、怖い、こわい、コワイ………。
“アレ”を思い出すと、今でも震えてしまう。
そんなものに彼を重ねて、私は、彼を、怖れてしまったのだ。
………それは今でも、微かに続いている。
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……とりあえず、状況を簡単に整理すると、現在俺達、俺とユウリは洞穴のような所にいる。
ユウリは軽傷のみ、俺はごく一般からみればかなりの重傷を負っているが、だいたいの治療はユウリがしてくれたようだ。
「はい……これ」
ユウリがぎこちなくコップを差し出してくる。
「ありがとな」
「………」
礼を言いつつコップに口をつけて飲むと、独特の、それでいて何処か懐かしい香りがひろがる。
彼女の故郷のお茶だろうか?
「旨いな、これ」
「……そう?」
ぎこちなく、それでいて何処か嬉しそうに彼女返してくる。
「ああ………良い茶だ」
「……それ、私の故郷のお茶なんだ」
「……そっか」
「………うん」
「………」
「………」
沈黙。
正直、話題が無いわけじゃない。
話題があっても話せないこともある。
何故ならヒトは、不器用な生物だから。
(………いや、不器用なのは俺の方、か)
どうすれば良いのかわからない。
……否、もとより自分がどうしたいのかすら、定まらない。
そんな存在に一体何ができる?
「あ、あの」
「……ん?」
ユウリの声に思考を中断する。
「さっきは、ありがとう、助けてくれて」
「………別に」
このように、上手く気持ちを伝えることすら俺にはできない。
「別に………助けたいから助けただけだ。………それに、お前には手当てをしてもらった」
………この時は、何故だか伝えようと躍起になっている自分がいた。
俺はまだ、人間であることを、こいつらの仲間でいることを、どこかで望んでいたのかもしれない。
「………俺の方こそ礼を言う…………ありがとう」
多分、この時は自然に笑えたと思う。
「………そっか」
そう言った彼女は、微かに笑みを浮かべながらも、いつもの元気さはどこからも伺えず、どこか儚気に、そしてどこか悲しげに見えた。
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洞穴を出ると、水の音が聞こえた。
……あれから暫く休憩した後、洞穴を出ることにした。
ずっとああしている訳にはいかないからだ。
出来るだけ早く合流しなければならない。
今回の実習の成功条件は、この森にカインが隠した木札を持って、チーム“全員”で戻ること。
途中ではぐれた場合は合流して帰らなければいけない。
それぞれで帰っては失格、つまりリタイアとなる。
太陽を見ると、はぐれてからあまり時間は経ってはいないようだ。
俺達はとりあえず水音のする方へと向かうことにした。
「どう?みんなの居場所わかる?」
「……………いや、駄目だな。…………探ろうにも何処からか邪魔が入る」
探査のため術を使い、リリアの居場所を探そうとしているのだが、どうにも邪魔が入る。
それもかなりの腕のようだ。
少なくとも学生ではないな。
俺を除く一学年最強は間違いなくリリアだ。
その次にユウリ、といいたい所だが、他のチームにひとりユウリ以上の奴がいるし…………それにおそらく次点はラウに違いない。
あいつは馬鹿だが、ナニかがある。
いや、あいつは異常すぎるんだ。
得たいの知れない存在。
少なくともただの変態や馬鹿ではない。
狼もどきの時も違和感を感じた。
全ての衝撃に対し、そのほとんどをわずかな時間のわずかな動作で受け流していた。
さらには、奴と接触した魔物の大半が死んでいたことだ。
おそらく一撃で。
あるものは首を裂かれ、あるものは胸を刺され、あるものは頚椎を折られていた。
そして極めつけはこいつの眼。
常に状況を分析するような、鷹のように鋭い強者の眼。
それもただ才能だけのものでもなく、実戦を越え、命のやり取りを繰り返し得た戦士のもの。
少なくともただの学生でも、馬鹿でも、変態でも、アホでも……(中略)……くずでもない。
いくら学生でも、馬鹿でも、変態でも、アホでも、……(中略)……くずでも、こいつは―――
「………ッ!」
ふと、視線を感じ振り向く。
そこに特に変わったものはなにもない。
「………ど、どうしたの?」
「……………いや、何でもない」
俺は視線を感じた方向、その先にいる誰かに向かってひと睨み入れた後、ユウリを伴い、水音の方へと歩を進めた。
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「………へぇ、俺に気付くか」
ホントに学生かよ、そう愚痴を零しながら紫煙を揺らす。
五キロくらい離れているんだがなあ。
「さて、ハーフの嬢ちゃんの方は…………心配いらないか」
やっぱ強いなぁオイ、あの金髪も大変だな、置いてきぼりかよ。
う〜ん、低空とはいえ高速飛行少女にそれを追いかける金髪の馬鹿、何とも言えんな………あ、金髪こけた。
……と、強い風の音と着地音が背後でする。
さっきあいつらと戦った魔物。
少なくとも上級、おそらく最上級の魔物であり、この森にはいないはずの存在。
「フン…………愚かな老害共の考えそうなことだ」
黒き魔物の一撃が迫ってくる。
「………良い子は真似しないでください?悪い子だから良いんです」
振り向く必要はない。
構える必要も、避ける必要もない。
何故ならもう燃えているのだから。
咆哮、それは断末魔の。
耳障りな叫びとともにそれは崩れ、崩壊する。
後に遺るは黒いゴミ屑。
肉の焦げた臭いの中、煙草をふかす。
揺れる火種、昇る紫煙。
深く深く息を吸い、それとは逆に煙を吐く。
「ハァ……………旨い」
赤髪の男、カイン・ロアノークは呟いた。