第八話 バケモノに温もりをそして愛を
遅くなってすみません、蒼月です。
これでバケモノシリーズは一度一段落か?
もっと更新早くしたいけど、哀しいかな学生の宿命。
部活に勉強を片手に頑張ります。
『人間が健全な精神を保つには、温もりと居場所が必要である』
「……なんであたしに構うの?」
全身麻痺の魔法を解くなり、少女、リリアが問う。
「さぁ。……強いて言うなら気になるから、かな?」
俺はお茶の準備をしながら、彼女の疑問に疑問で返す。
……此処は寮の一室、ていうか俺の部屋。
着くなり俺は彼女をソファーに降ろし、魔術を解除した。
俺の言葉を聞いて彼女は、少しばかり震えながら、弱々しい声を発する。
―あぁ、この娘は……
「それは……あたしが魔族と人間のハーフ、だから?」
………………………………
……あたしは独り。いつだって。
時々近づいてくるのもいたけれど、それらはあたしを見てはいない。
だって、それらの目は違うから。
ある者は同情、ある者は好奇、ある者はいやらしい目で見てきた。
伸ばされる手。
温もりのカケラも無い。
それらが見ていたのは『あたし』という存在じゃない。
じゃあ、温もりをくれるあなたは、何を見るの?
あたしの血?……それとも『あたし』?
あなたは人じゃない。それはあたしにもわかる。
じゃあ、あなたはナニ?
―あなたはあたしに何を見るの?―
………………………………
「さぁ、……ただ……」
「……ただ?」
飲み物は紅茶で良いか聞くと、それでいいと返ってきた。
俺は新品のカップに甘くあたたかいミルクティーを注ぎながら言う。
……疲れた時の甘いものは最高だ。
「……俺が気になったのは魔族の血でも人間の血でもない。……リリアというひとりの女の子、だ」
そう、俺が気になったのは魔族でも人間でもましてやハーフでもない。
リリアという存在。それ以上でもそれ以下でもない。
―そんな、たったひとつの存在。
彼女は目を閉じ、そっか、と落ち着いた様子で言った。
……どこか安堵しているように感じる。
再び目を開けた彼女は、俺の目を見て小さく微笑んだ。
……とても透き通った綺麗な微笑み。
一瞬目が奪われたのも、仕方が無かったと思う。
その顔には、先程まであったひどく痛々しい表情は無い。
「……ありがと」
小さい彼女の声。
たった一言の感謝の言葉。
心の篭った気持ちの塊。
―頬を薄く染めた彼女はとてもとても可愛かった―
自然と頬が緩むのを感じる。
……久しぶりに、心の底から笑顔になれた。
俺は綺麗に崩れた無表情を浮かべながら、そう思った。
………………………………
「―ねえ」
彼女の声に紅茶を飲みながら振り向くと、紫の瞳が俺を捕らえた。
「ひとつ、聞いてもいい?」
……何となく、彼女が何を聞きたいのかがわかる。
俺が了承の意を告げると、リリアは静かに口を開いた。
「あなたは……『ナニ』?」
……やっぱり、ね。
予想通りの言葉を受けて、俺は静かに目を閉じる。
「さあ……ただの『バケモノ』さ」
………………………………
俺は独り。
いつだって。
じゃあ、俺は何なのだろうか?
……わかってる、俺はバケモノでしかない。
だって俺は―
思い出す。
ガラス越しの視線。
身体に突き刺さる幾つもの管。
そこから流れ込む様々な色の液体。
……俺がバケモノになったのは、決して世界がコワレタあの時じゃない。
俺は、生まれながらにしてバケモノだったんだ。
誰も俺をわかりはしない。
誰も俺を理解できない。
本当の俺を見てくれはしない。
俺は全てを拒絶する。
誰も近づかせたりは決してしない。
心の距離は縮めない。
けれど、君になら……
―君は俺を……わかってくれますか?―
………………………………
「……そう」
「ああ」
少しばかり重い空気がこの場を包み込む。
「……」
「……」
どちらも声を発しない、重苦しく静かな時間。
……正直、居づらい。
とりあえず俺がなにか喋ろうと口を開く前に、ある音がこの空間の静寂を破った。
―グゥゥ〜
音源はリリアの腹。
見ると彼女は、顔を赤くし、上目遣いで、こちらを睨んでいた。
……なんだかな。
「……飯、食ってくか?」
苦笑混じりに聞いてみると、彼女は俺を睨んだまま小さく頷いた。
………………………………
「……美味しい」
俺の作った料理を食べながら彼女が言う。
「そっか、よかった」
他人に手料理を食べさせる機会なんてほとんど無かったので、その言葉で安心する。
「……ねえ」
「何?」
「……君はあたしを見てくれる?」
「……ああ」
「……そっか」
暫しの静寂。
リリアを見ると、彼女は手を止め俺の方を見ていた。
彼女の綺麗な紫の瞳。
時折、紫の髪と同じように揺れるソレを見ると、まるで吸い込まれていくように感じる。
少しばかりの間の後、彼女は語り始めた。
「……あたしね、ずっと独りだったんだ。
魔族と人間のハーフだから当然なんだけど、ね。
魔族からも人間からも拒絶されたんだ。
だから辺境の土地にしか住めないし、お父さんは魔族に殺されたし、あたしに全部の原因があるからってお母さんにもよそよそしく接されるし。
……この学校に入学したのもね、家からあたしを追い出すためなんだ。
元々お金持ちだったからお金には困らないから、入学の準備が終わったらお金を持たされて家から追い出されたんだ。
……それからは、ホントの独り。
近づいてくるのも、下心のある人ばっかり。
誰もあたしを見てくれない。
誰もあたしをわかってくれない。
誰もあたしの傍に居てくれない」
……そう言って、彼女は泣いていた。
過去を思い出し泣いていた。
「……当然だよね。だってあたしは―」
―バケモノだから―
彼女は笑う。
ひどく哀し気に、寂し気に、泣きながら笑っていた。
「……え?」
……彼女の涙を見た俺は、彼女を抱きしめずにはいられなかった。
「……傍にいるから」
「……」
「俺が傍にいるから。もう独りじゃないから。だから――」
……正直、やけに気障ったらしい言葉を吐いたと思う。
思い出して見るだけで、とんでもなく恥ずかしい。
けれど、後悔はしていない。
「……エグッ……ヒグッ……うぅ、うわぁぁぁん」
彼女の泣き声が、俺の部屋に響く。
俺は彼女が泣き止むまで、頭を撫で続けた。
……どれだけ泣き続けたのだろうか?
まるで、いままでの辛かったこと全部を吐き出すように、彼女は泣きつづけた。
泣き止むと、リリアは顔を赤くし離れようとしたが、俺は離れられないように、ギュッと抱きしめた。
……今も彼女は腕の中にいる。
「……ねえ」
「何?」
「さっき言ったこと……本当?」
何を当たり前のことを聞くのだろうか?
俺は当然のように(実際当然なのだが)肯定の意を返した。
「ホント?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「ああ」
「ずっと傍にいてくれる?」
「……ああ」
すると彼女は、えへへっと子供のように笑った。
可愛い。
素直にそう思う。
そのことを伝えると、彼女は頬を赤く染めてソッポを向いた。
「……ねえ」
ソッポを向いたまま彼女が言う。
「何?」
「学校でチームに入らないか聞いてきたよね?」
「ああ」
「まだチームメンバー募集してる?」
「勿論」
すると彼女は、こちらに向き直り言う。
「……あたし、リリア・フェル・グラディスは、キョウ・カンヅキのチームに入りたいと思います」
……こうして、俺のチームメンバー集めは終わりを迎えた。
……ずっと、独りだった。
温もりが欲しかった。
優しくして欲しかった。
―あなたはあたしの傍にいてくれますか?―
―君は俺の傍にいてくれますか?―