5 婚約者様とのお散歩デート 後編
レイザスラルクの通貨、カイルの価値を現在で表すと、
1カイル=200円くらいの感覚です。
なので、ステラルクスのネックレスは4000万円くらいです。
殿下と私はカフェを出ると、クレティア最大規模の市場へとやってきました。
最大規模というだけあって、人も多く、商品の種類も多く、店も多いです。
テントのような屋根が遥か彼方まで並ぶ光景からは、レイザスラルク国力が感じられます・
少し殿下の元を離れると、
「よお嬢ちゃん、ウチの商品を見てくれ。いいモン揃ってるぞ」
おお、早速商売が始まったようです。
これは私の腕の見せ所ですね。
並べられた商品を見ると、10カラットはありそうなルビーの指輪、ダイヤモンドとエメラルドで作られたイヤリング、金がアクセントに使われたプリンセスカットのグリーンステラルクスのネックレス。目玉商品はここらへんでしょうか。ステラルクスとは、レイザスラルクで採掘される、希少な宝石です。その価値は、ダイヤモンドのおよそ30倍。採掘量が少ないのにも関わらず、光の反射で、無色透明(これは緑色ですが)な宝石の周りに淡い金色のオーラが現れるという美しさから需要が高く、価値を引き上げています。上質なステラルクスは、この世に50もないくらいの希少さで、滅多にお目にかかれません。さて、これはどれくらいの質で...
——ちょっと待ってください、これ、私の実家から盗まれたやつじゃないですか!
このステラルクスのネックレスは、私が首席で学院を卒業した際に、その功績を称えられ、レイザスラルクの王家から送られたものです。なぜ、他国の王族から贈り物が来るのか、不思議に思いましたが、数年前にレイザスラルクで流行った疫病の治療薬を調合したことのお礼も兼ねてとのことだったので、ありがたく受け取らせていただきました。
しかしその宝石は、去年家に入った強盗に持っていかれてしまいました。とても気にっていたので、捜索を依頼していましたが、未だに足跡は掴めていませんでした。
そして、そんな宝石が今ここにあります。間違いありません。元々この大きさのものは数が少ない上に、装飾まで私の記憶と完全一致しています。
どうやって取り返しましょう?普通に言っても聞き入れられませんよね...そもそも、この商人さんが盗んだわけではないかもしれませんし。
「このステラルクス、とっても美しいですね。ぜひ、頂きたい」
買い手側はまず、買う意志を表明します。そうすることで、売り手側も、値下げ交渉に乗ってくれやすくなります。だって、買うかも分からない相手と商談なんてしたくないでしょう。
「見る目があるねぇ。こいつはちいと希少でな、少々値が張る。だがどうだ?今なら相場から5000カイル値引きしようじゃないか」
これに並ぶステラルクスの相場は現在200000カイル、ちょっと高いですね。せめて150000カイルくらいまで下げたいんですけど。
「ちょっと高いですね。もう少し安くできませんか、120000カイルくらいまでは?」
「いやいや嬢ちゃん、それはこっちが赤字になっちまう」
しかしその顔は笑っています。——多分盗んだのはこの人。何としてでも早く売りたい。そんな焦りを感じます。
「では、130000カイルでは?」
「それも無理だな。180000カイルはどうだ?」
値下げ交渉の基本は、大胆に下げてから、少しずつ、妥協できる額まで上げていく。商談は粘り強さが鍵になります。
「いいえ。135000カイルなら?」
「いや、170000カイルでどうだ?」
あんた、元手はゼロでしょうが!なんて言いたい気分です。
「140000カイルで」
「160000カイルなら」
もう少し下げましょう。
「145000カイルではどうでしょう?」
「うーむ、なら、150000カイルならどうだ?」
目標の額まではいきました。後もう少し粘れそうですね。
「もう一声、147500カイルなら買いましょう」
「仕方ない、俺の負けだ。147500カイルで売ろう」
普通ならありえない金額です。この値段でも売ろうとするのは、やっぱり盗難品だということがバレる前に売りたいという気持ちが強いからですかね。
この値段で買えるのに、なんで私が来るまで残っていたのでしょうか?この値段でも、高いものは高いからなのか、ほとぼりが冷めるまで待っていたのか、どっちなんでしょう。
お支払いは小切手で...は盗難元の令嬢だとバレるのでやめておきましょう。うーん、今、どれくらい金貨持ってましたかね...
「ローザ、欲しいものでもあったかい?」
この優しそうな声は殿下!盗まれたネックレスが見つかったんです。
とは流石に声に出しては言えないので、瞬きで合図をします。
「そうか、いくらだ?僕が出そう」
伝わったのでしょうか。やっぱりスペックが超高いです、私の婚約者様。
後で絶対お返ししますから...
「毎度ありっ!」
商人は不安がなくなったように、晴れやかな顔をしています。
——目までかかる漆黒の髪にくすんだ茶色い目。身長は170cm程度、体格はガッシリとしていて、推定体重は100kg程度。イントネーションからして、レイザスラルクのマルセンヌ地方出身でしょう。顔立ちをしっかりと記憶しておきます。これだけ情報があれば、逮捕は容易いことでしょう。
「ローザ、ちょっとこっちに来て」
殿下に名前を呼ばれ、ふとマイワールドから現実世界に戻ってまいりました。
「はい」
すると、殿下は私を引き寄せ、ステラルクスのネックレスを私の首にかけました。
ぴえっ!恥ずかしいです!
なんだか顔が赤くなった気がしたので、殿下から顔をそらします。が、ほっぺたをむぎゅ~っとされて、正面を向かされます。
「ローザの瞳の色と同じだね。よく似合っているよ」
殿下は不意に、あの幼い笑い方をします。
も~、心臓に悪いです!
「ぷくー」
照れ隠しにふくれておきます。
「っく...!やっぱりローザは可愛いな」
そういうところですよ、殿下!私はおもちゃじゃないんです!
そんなこんなで市場を去ります。長くてとっても短い一日でした。
「殿下。気がついてくださり、ありがとうございます」
殿下はキョトンとします。
「何のこと?」
ああ。気づいてませんでしたかこの人。シンプルにプレゼントしてくれたんですね。
「気づいてなかったんですね...このネックレス、前にレイザスラルクの国王、つまりあなたのお父様から頂いたものなんです」
「え、そうなのか?」
やっぱり知らなかったようです。
「はい。ですが去年強盗に入られ、盗まれてしまったんです。気に入っていたので、なんとか取り返そうとしていたところに、チャンスがやってきたわけです」
「それは良かった。無事に取り戻せたことだし、一件落着か...」
うまく聞き取れませんが、殿下が急にゴソゴソとなにかを言います。
「...あの商人、ローザを傷つけて...さあ、どうしてくれようか」
そしてちょっと怖い目をします。
「特徴と身元は多分特定できましたし、逮捕も時間の問題だと思います」
とだけ伝えておきます。きっと処罰について考えていたでしょうから。そんな目をしてました。
でも、ネガティブな気分で一日を終わりたくないです!ポジティブ思考!
「殿下。今日はレイザスラルクについて色々知れて楽しかったです」
私はにっこりと微笑みます。
すると殿下も微笑み返してくれます。
「僕も楽しかった。やっぱり、君といると世界が違って見える。新しい体験をありがとう。そしてこれからもよろしく」
「こちらこそっ!」
なんだか、殿下ともっと仲良くなれた気がします。
王宮の目の前まで来たところで、ふと、殿下が後ろを振り返りました。
「どうしたんですか?」
「後ろを見てご覧」
言われたとおりに振り向くと、そこには、夕日に照らされた、美しいクレティアの街が広がっていました。
王宮は丘の上にあり、街を見下ろすことができるので、その様子がよく見えます。マンダリン・ガーネットのように美しく輝く夕焼けに魅了され、私と殿下はしばらくその場に立ち尽くしました。
「綺麗ですね...」
「ああ...」
何処か遠くを見つめるような二人の視線は、日が沈み切るまで、動くことはありませんでした。
——こうして、私たちのお散歩デートは幕を閉じました。
この後商人は、殿下にきっつい判決を下されることになります。
ローザが死刑を反対したので罰金刑と終身刑になりました。
気づいたら日付変わっていますが、日曜も投稿予定です。
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)