4 婚約者様とのお散歩デート 前編
既にお察しかもしれませんが、レイザスラルク王国のモデルはフランス、ルーズベリー王国のモデルはスイスです。
料理名と食レポにこの回の執筆時間の半分以上を使いました。飛ばさず読んでもらえると嬉しいです。
「とてもとても暇なんですが...」
わたくしミルドレッド、絶賛時間を浪費中です。暇を持て余しております。
縫い物なんかもやりきってしまいました。見てくださいこのクッション。丁寧に、隅々まで刺繍を施したものがお2つあります。私用と殿下用です。
王宮の侍女さんたちにも「お器用ですね...」と若干引かれちゃいました。もう裁縫は懲り懲りです。
ちなみに、あの近衛騎士様には治療薬を処方して、安静にしていただいています。
殿下ー、寂しいですー!
すると、そんなところに、
「ローザ、公務が一段落ついたんだ。街にでも散歩に行かないか?」
タイミング神です!ぜひ行かせてください!!
「よし決まり。何処か行きたいところはある?」
「市場に行きたいです」
殿下は承諾します。
「いいね。なにか欲しいものでもあるの?」
「いえ、レイザスラルクの商人さんたちは腕がいいので、その技を学びたいなと思いまして」
「っふふ、やっぱりローザは面白いな」
ちょっとムッとします。
「面白がらないでください。私は至って真面目なんです」
「ごめんごめん。君からはいつも、僕の予想の斜め上を行く返答が来る。君といると、自分の世界が広がるようで、楽しいんだ」
殿下は年相応の子供っぽい笑顔を浮かべます。
殿下は確か、先月で20歳だったはず...
「むぅ、まあ許しましょう。それでは、出発しましょうか」
「ああ」
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これがクレティアの街ですか。馬車から見た時とはまた違った雰囲気を感じます。
昼頃で、活発なのか、街は多くの人で賑わっています。遠巻きに見ても、明日を生きることを躊躇う人もいなければ、周りに馴染まないほど裕福そうな人もいません。この国には、経済的な格差は存在しないのでしょうか、存在したとしても、僅かなものなのでしょうか。
いつかこの国の政策についても聞いてみたいです。
また、先日遠くから見ていた建物は、実際はとても大きく、圧巻でした。他国とは違った街並みで、歴史や文化の違いが表出しています。
気候の他にも、クラシェス教の影響を大きく受けている気がします。
「やっぱり、美しい街ですね。街の人達も、優しそうですし。何より驚いたのが...」
「おかしな点でもあったか?」
大きく息を吸い込みます。
「美味しそうな料理店がたくさんあるじゃないですか!」
殿下は苦笑します。だーかーらー、私はこれでも真面目なんですよ!
「そうか、じゃあ何処かで昼食でも取ろうか」
「ぜひ!」
いろいろ食べてみたい物はあるのですが、全部は無理ですよね...まあ、今後もこっちにいるわけですし、気長に巡っていきましょう。
「どの店に行きたい?」
「殿下にお任せします。私、レイザスラルクの料理について、まっっったく知らないので」
「じゃあ、あのカフェがいいかな。あそこのおすすめメニューはハズレがないんだ。クレムも有名だよ」
クレム...ああ、カフェオレのことですね。レイザスラルクの言葉も勉強していてよかったです。
「早速行きましょう。もうお腹がペコペコです」
「そうだね」
街角にあるいい雰囲気のカフェに入ります。
「ああ、ヴァレンス殿下。長旅ご苦労様でした」
わざわざ店の奥から人の良さそうなおじいちゃんが出迎えに来てくれました。さすが王族。
「お久しぶりです、ジェロイクさん。今、お店空いてますか?」
「ええ、あちらのお席へどうぞ」
この店のマスターはジェロイクさんと言うらしいです。
私たちが案内されたのは店の奥側の貴族専用スペースで、装飾が他より華やかです。しかしながら、落ち着いた雰囲気を害さない、とてもいい塩梅です。いい仕事してますねここの職人さん。
「今日のおすすめはなんですか?」
「今日のおすすめはサンドウィッチとチキンのロースト、フローレティでございます」
フローレティ、食べてみたかったんですよねー。
フローレティとは、シュクレ生地に、キャラメルコーティングを施したアーモンドをのせて作る焼き菓子です。母国ではあまり流通しておらず、食べたことがなかったんです。隣国のお菓子なのに。
「では、私はそれと食後にクレムを。ローザは?」
「私も同じものをお願いします、が…量を控えにお願いします」
流石に、昼にそれは重いです。
ジェロイクさんは朗らかに言いました。
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
美食の国の王太子様のお墨付き。期待大です。
料理を待つ間に、殿下とお話をしました。
「どうだい、クレティアの街は?」
「素晴らしい街でした。生き生きとしていて、いるだけで元気になれるといいますか」
殿下はニコニコしています。
「そうか。王宮にも慣れてきたかな?」
「はい。あっ、侍女さんたちとも仲良くなれたんですよ!」
私付きの侍女、アルレアさんと仲良くなると、全王宮の侍女さんたちが打ち解けてくれました。アルレアさんが促してくれたのでしょうか。
アルレアさんは、花を生けているところにやってきて、王宮の家具との調和を乱さない生け方を一緒に考えたのがきっかけで仲良くなりました。私が異国でも気楽に話せる人の一人です。
殿下は、王宮に馴染めないことを危惧していたのですが、その通りにならなくてよかったです。何ならこっちのほうが寂しくないです!(ライオネルとルドレアに会えないのは寂しいですが)
「それは良かった。怖かったたんだ、ローザが孤立してしまうのが」
殿下は、あの時の愁いを帯びた目をします。
「血の繋がりのある者もいない、こっちへと連れてきてしまって、また悲しませてしまうのではないかと」
「殿下、それは杞憂でしたね。どんな環境でも、私が取り残されることはないですよ」
「それって...」
私は満面の笑みで殿下に告げます。
「殿下という、最高のお友達がいますから!」
「...うん、そういうと思ったよ」
殿下がちょっとしょげてしまいました。どうしてですか、褒めたんですよ!?
そんなタイミングに料理が運ばれてきました。
サンドウィッチはパーニュバンと呼ばれるレイザスラルクの国民に親しまれるパンで作られていました。優しい素朴な味が楽しめるそうです。
チキンのローストは、ハーブが効いていて美味しそうです。盛り付けも丁寧で、こだわりを感じます。さすが美食の国。
フローレティは、アーモンドをふんだんに使っていて、生地が香ばしく焼き上がっており、黄金色に輝いて見えます。
早く食べたいです!
「では、いただこう」
「いただきます」
サンドウィッチを一口、んぐ。不思議です、精製度の高くない小麦を使っているはずなのに、とても上品な味わいです。それでいて、料理そのものの特徴はしっかり引き継いでいて、レイザスラルクの歴史を感じられます。レタスとローストビーフなどの具はそれぞれ存在感がありながらも調和しています。そこに、ホースラディッシュの爽やかな辛味が良い具合に効いています。
次に、チキンのローストを。んんー!柔らかい!味付けも濃すぎず薄すぎずで、素材が生かされています。食べる前は「ハーブの香りが強い」と思いましたが、実際に食べてみると、全然気になりません。さいこーです。
最後にフローレティを…としたところでクレムが運ばれてきます。珈琲のいい香りがします。そして、綺麗に泡立ったミルクが美しいです。
ジェロイクさんが帰り際にこちらを見て微笑みます。
カフェと一緒にフローレティを、ということですね!
お言葉に甘えて、いただきまーす。
ぱく。美味しい!ちょうどいい甘さで、キャラメルの香ばしさとよく合います。サクサクしていて、カリッとしている食感がまた良いです。素晴らしいお菓子ですね!
クレムも一口。まろやかなミルクとほろ苦い珈琲がベストマッチですね。とても飲みやすく、お菓子との相性も抜群です。
レイザスラルクの料理…計り知れない魅力があります。
「満足です」
「そうだね。ゆっくり休めたことだし、次は市場を巡ろうか」
「お願いします!」
お散歩デートはまだ続きます。
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)