1 噂と全然違います!
流行りの異世界ものを書きたかっただけです。
2024/2/20より、本文の言い回し、語り部等を変更しました。2話以降も順次行っていく予定です。
2024/2/22 王位継承権の問題により、「実の兄を」を「実の姉を」へ変更しました。
深夜、ラピスリア公爵家に一通の手紙が届ける早馬がやって来ました。
見慣れた、赤い国印の押された手紙が...
「ミルドレッド、起きなさい!」
息せき切って、お母様は私を起こしにきました。
申し遅れました。ラピスリア公爵家の長女、ミルドレッド・シンフォローサ・ラピスリアです。
どうやらお急ぎのご要件なようで、窓の外に、おひさまはまだ、顔を見せていません。
「お母様、お急ぎのようですが、どうなされたのですか」
数秒の沈黙が、寝室の寒色を基調とした彩色の所為か、とても重くのしかかります。
お母様は震える指先を鎮めながら、多少恐怖が混ざったような表情で私に「あること」を告げました。
「...隣国の悪虐王子に政略結婚を申し込まれたわ」
へぇ、結婚。ってええ!?生まれて今日まで微塵も考えたことがないのですが!
一気に目が冴えました。緊急事態です。
隣の大国からの申し出となれば、当然断れません。
もしかしなくとも詰んだ、のでしょうか...?
すみません、取り乱しました。早朝にも関わらず、異様な雰囲気に包まれたサロンで、家族(と執事さんたち)会議が急遽、開催中です。
カチャっとソーサーにカップをのせ、お父様が沈黙を破ります。
「どういう風の吹き回しだか」
お父様も大変悩まれているご様子。
それもそのはずです。ヴァレンス殿下は隣国、レイザスラルクの王子サマ。しかも曰く付き。
噂によれば、実の姉を惨殺、気に入らなかった婚約者を斬首。共に戦場に行った仲間ごと敵軍を貫いたなど、なかなかに恐ろしい人みたいです。
あ、あとめちゃくちゃ美形らしいです。
お父様は、椅子から軽く背を離し、私の目を真っ直ぐと見据えます。
「ミルドレッドの意見を聞きたい。レイザスラルクは大国だ。関係が友好になることに越したことはないと思うんだが」
「はい、勿論です。しかし、恐縮ですが、一度お会いすることはできますか?」
初対面の人といきなり結婚だなんて、婚姻後の生活がとても心配です。
お父様は静かに頷きますが、その琥珀色の瞳は、くぐもったままです。
「それは、向こうから望まれているようだ。単に、断りづらい状況を作りたいのかもしれないが」
どちらにせよ、断れませんがね。
あーあ、白馬の王子様とか、憧れてたんですけどねぇ。
私も乙女ですから、そういうのも興味はあったんです。ピンチに颯爽と駆けつけて、とびきり優しい笑顔で安心させてくれるような王子サマ。これが私の理想です。
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お見合いという名の面会。それは、とても厳格なものだと思っていたのですが。
「こんな格好で良かったんでしょうか?」
心配になってしまいます。それもそのはず。私はなぜかキモノと呼ばれる極東の国の文化的衣装(?)を着させられているからです。
生糸から作られたその衣服は、肌触りがよく、美しい艶があります。花の文様が刻まれた服は、こちらにはない華やかさを感じさせます。
「お見合いといえば極東の文化だから、折角だし、ね?」
先日の怯え具合は何処へ言ったのやら。お母様はノリノリです。
私とお母様、お父様は、ワシツというタタミが引いてある部屋へ向かいました。
タタミとは、草を編んで作られた床材のことみたいです。
私たちは、正座をして王太子殿下の到着を待ちます。
「なんだか、落ち着きますね」
簡素ながらも趣があります。タタミからは、自然の香りがして、心が安らぎます。この美しさを、極東では、侘び寂びと言うんでしたっけ。
そんなことを話していると、
「ヴァレンス殿下がお見えです」
執事のエメリウスが言いました。
無駄のない動きでフスマを開け、姿を現したのは、鋭い目つきで威圧感の強い、まさに悪虐非道そうな王子サマ...ではなく、
優しそうなサファイア色の瞳、ふわりと靡く美しい金髪の、超がつくほどのイケメンさんでした。レイザスラルクの軍服に身を包む彼は、親切な騎士様と言われれば信じ込んでしまいそうなほど、噂と正反対です。
ヴァレンス殿下がザブトンと呼ばれるクッションに座ったのを確認して、ご挨拶をしました。
「お初にお目にかかります。ミルドレッド・シンフォローサ・ラピスリアと申します」
ヴァレンス殿下はニコッと笑い、私の言葉を少し訂正しました。
「ヴァレンス・テオバルト・レイザスです。あの時以来ですね、ミルドレッド嬢?」
意味深なこと言いました。私、あなたと会ったことありましたっけ?
必死に記憶を探りますが、見つかりません。
私の周りにハテナが浮かんでいるのが見えたのか、殿下はこう言い直しました。
「あの夜会ぶりですね。リリアリス殿下の結婚記念の」
リリアリス殿下は私たちの住む国の王女様です。
ああ、確かに。金髪のイケメンさんと一緒に踊った記憶が片隅にあります。
記憶の中では、ステンドグラスを通して入る光が、彼を照らし出しています。
それに、あの時の殿下は少し愁を帯びた目をして、落ち込んでいるように見えました。
「もしかして、夜会終盤に一緒に踊った?」
先ほど思い出した殿下とは正反対に、今の殿下は満面の笑みを浮かべています。
窓の外には日が昇り始め、曙光が差し込んでいます。
「覚えていてくれたんですね!僕は貴女に救われたんです。あの時僕は、『後継としての責任、期待が重くて辛い、逃げたい』と言ったでしょう」
殿下は湯呑みを机にそっと置くと、その時を思い出すように目を瞑ります。
ああ、確かにそんなことを言われた気がします。
殿下は続けて話し、私の記憶を彩っていきます。
「貴女は、『期待されているということは、それだけ貴方は望まれた存在ということでしょう。もし失敗しても、次取り返せばいいんです。領民たちの願いに応える姿勢こそが、君主に必要な態度ではないでしょうか』と励ましてくれたんです。その時からずっと、貴女に恋をしていたのです」
すみません。あの時は伯爵様にアドバイスをする感覚でした。というか、隣国の王子様とは知りませんでした…
不意に殿下は立ち上がると、白鳥ように、優雅に私の前に跪きました。
慌てて私も飛び上がります。
「ヴァレンス殿下!?」
格下の国の公爵令嬢に跪くことを特に気にする様子もなく、殿下は透き通った瞳で私を見つめました。
その美しい瞳に、私も視線を奪われてしまいます。
「やっぱり、貴女は美しい。ああ、願わくは…」
少し強引に手を引かれました。
その反動で少し前屈みの姿勢になった私の顔と、殿下の顔との距離は僅か十数センチ。
まつ毛、長いんですね…じゃなくて!
ああ、凄く整った顔立ち。思わず見惚れてしまいます…でもなくて!
コノヒト、悪虐王子サマですよねっ!?
さっきから話していて、全然そんな気がしないのですが?
そんな私の動揺を顧みず、殿下はゆっくりと口を開きます。
「——どうか、僕の妻となって欲しい」
突然のプロポーズ!?
突然の出来事に凍りついたかのように固まっていると、プロポーズが失敗したと思ったのか、
「そちら側の提示する条件はなんだってのもう。だからどうか…」
餌で釣ろうとしてきましたね!?
国をも捨てそうな勢いを持っていらっしゃる。
さっきまでの真っ直ぐな視線は、今では狼狽え、泳いでいます。
この縁談に命でも懸かっているのでしょうか。
というか、断ったところで他の手段を使ってきそうですね。この縁談の成就は、国からも望まれてますし。
「私でよければ…」
「貴女がいいんですよ!」
殿下は食い込み気味に言いました。
私は、殿下が身を乗り出すので、反射的に後退ってしまいます。
「側室は置きません。勿論、浮気もしません。ルーズベリー王国とは友好条約を結んで一切争いません。気に入らないのなら王宮も建て替えますし、侍女や料理人も雇い直します」
本当に必死なご様子です。
ルーズベリーとは仲良くしてほしいですが、それ以外は、気にしません。
殿下が土下座でもするかのような勢いなので、流石に罪悪感を覚えます。
なので、プロポーズは受けようと思います。が、私がどうしても譲れない点がおひとつ。
「殿下、わがままは言いませんが、これだけは約束してください」
しっかりと目を合わせます。しっかりと契約しておかなければ、有耶無耶にされるかも知れませんしね。
殿下が息を呑んだのが分かります。音で聞こえました。
「タメ口で話してください!」
「っ…!」
あれ、エメリウス含むこの場の全員が笑いを堪えているのですが?
私、変なこと言いました!?
不服そうな視線を向けると、殿下は
「いや、ごめんなさい。ついつい可愛すぎたものだから」
何がですか!
私の心からの願いですよ!!
肩を落とし、急にしょぼんとしてみせます。
「私、タメ口で話せるほど仲がいい人がいないんです。学院でも、みんな私を避けて…」
完璧な公爵令嬢というだけで、一目置かれる存在だった私。友達もできず、仲よさそうにおしゃべりしているクラスメイトを眺めるだけだった学生時代が、少しトラウマなんです。
すっっっごく寂しかったんですよ!
それなのに、殿下は無邪気に笑っています。
「約束します。他に望みは…」
私はじっ、と殿下を見つめます。
すると殿下は言い直します。
「約束しよう。他に望みはあるかな?」
ニッコニコの笑顔で返します。
「ありませんっ!」
無事、契約成立です。やったー
tx!:)
ありがとうございます(╹◡╹)