三日月は暖炉に踊る炎を愛する
音もなく、さらさらと雪が降る。
墨を流したような雲間に時折霞むようにちらつく銀は、猫の爪のように細い三日月。
冷たく張り詰めた、触れれば壊れそうなほど儚くも美しい夜だった。
薄氷のように磨き上げられた沈黙を、指で弾く。
ポロンとまろやかな弦の音が零れ落ちて、レグンは満足げに口元を緩めた。
小さな竪琴を鳴らして歌うのは、古い伝説。
高く低く流れる歌声に、風が渦巻き雪雲を払う。
「驚いた」
歌い終えたレグンは、呆れた様子を隠そうともしない、木立の陰に佇む最愛の人を振り返り、いたずらが見つかった子供のように笑った。
「レグン、あなた、ずいぶんと雪を満喫したのね」
色の薄い金の髪は月光に濡れて銀色に輝き、薄い青の瞳は闇の中で凍り付いた泉のよう。
その姿はまるで、その日の空に浮かぶ月のようなのに。
白い外套から、髪の毛に至るまで全身雪まみれにして楽しげに笑っている姿は、とてもではないが大国の王子様にも、絶大な力を秘めた精霊術師にも、年相応の青年にも見えず、シュネーはやれやれと首を振った。
「冷たいかどうか、確認してみるかい?」
「確認するまでもないと思うけれど?」
色々なタコのある、繊細そうな容姿に反してゴツゴツした手の感触に、シュネーの口元も自然とほころぶ。
冷たい空気の中で、重なった掌と絡めた指先の温もりを分け合う。
「あなたは、あの空の月とは違うわ」
「うん。シュネーも、暖炉で燃えている炎とは違うしね」
レグンはそう言って、シュネーの燃えるような赤い髪をくるくると指先に巻き付け、弄ぶ。
「だけど」
いたずらを思いついた様子で、レグンはシュネーの腕を引き、雪まみれの外套の中に引き入れるとシュネーの髪の毛に顔を埋めるようにしてうっとりと目を閉じた。
「とても、温かい」
レグンの為すがままになりながら、シュネーは先ほどまでの宴の喧騒を思った。
温かな料理、酒、ジュース、そして暖炉で赤々と燃える炎と笑いさざめく人々。
「ねぇ、シュネー。振り向いてみて」
体をひねり、レグンの指し示す先を見たシュネーは息を飲む。
見下ろす先に、無数の明かりと、たなびく煙。
集う人々は、この日を祝い歌い踊る。
「あなたは叶えたね。幸福な未来を」
「いいえ。2人で、よ」
レグンはシュネーの頬を濡らす涙に、そっと口づけた。