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悪役/貴族令嬢

今更もう遅い

※ハッピーエンドとは言えないため、苦手な方はお逃げください。


主人公→婚約者→第三者、と言った感じで視点が三回変わります。

 

 婚約者の彼は最近、私の愛にかまけているようだ。



 カフェの2階、テラス席から横目で向かいの花屋を見る。


 そこには平民の格好をした男女が1組。


 変装をしているがいいところの貴族である雰囲気はまるで隠せていない。


 亜麻色の髪をおさげに結び、ピンクの花を中心に作られた花束を抱えて、可愛らしく笑う少女。

 そんな少女を目を細めて見つめるのは、夏の空のように青い髪とグレーの瞳が印象的な端正な顔立ちの青年。


 名前をライオス・エーデール。


 侯爵家の次男で、私の婚約者だ。



「ヘルネス、帰るわよ」

「いいのですか? お嬢様」


 側に控えていた執事ーヘルネスが私に静かに尋ねる。


「ええ、もういいの。彼は私の愛では足りなかったみたい」

「…左様でございますか」


 2人に気づかれないようにそっとカフェを去る。

 まあ、お二人は自分たちの世界に夢中なようで、向かいのカフェから出てきた私に気づきもしなかったが。



「でも、本当によろしいのですか…?」


 屋敷に着いた後、ヘルネスが少し困惑気味に尋ねてくる。


 私が彼のことを心からとても愛しているのは屋敷の誰もが知ることだった。


 だから私は笑顔で答えた。


「いいのよ。それに、今更もう遅いわ」




 その後、私と婚約者、ライオスとの婚約は破棄された。


 理由はライオスが婚約者の責務を放棄したことが原因。


 彼は激昂した親に勘当を言い渡され、学園や社交界からも追放された。


 今はどこにいるのかも、分からないという。




 ーーーーーー




 自分で言うのもなんだが、俺の婚約者は愛が深い。


 俺の全てを肯定してくれて、常に寄り添ってくれる。


 それに貴族の令嬢なら誰もが羨む美貌の持ち主だ。


 健気で、美しい婚約者。


 彼女の名前はローナ・アルバハイド。

 公爵家の一人娘で、学園を卒業したら俺は彼女の家に婿入りすることが決まっている。



 俺たちの婚約が決まったのはお互いが6歳の頃。


 政略的な婚約に最初は嫌だと駄々を捏ねていたが、ローナにあってそんな考えは消えた。


 彼女は6歳の頃から誰よりも落ち着いていて、そして美しかった。


 俺はすぐに彼女のことを好きになった。

 彼女も俺にとても尽くしてくれ、誰もが微笑むような仲睦まじい婚約者同士だったと思う。



「私、ライオス様のこと、愛しておりますわ」



 彼女がそう言ってくれた時、生きてきた中で一番の幸福を感じた。

 だから俺も彼女に相応しくなれるよう、一生隣で支えていけるようにと、勉強も剣の稽古も、とにかく何でも頑張った。


 そんな俺に、彼女はいつでもそばに寄り添ってくれた。


 ある時は勉強で疲れただろうとお菓子を焼いてくれ、ある時は剣の稽古の休憩時間に合わせてお弁当を作ってくれた。


 俺が彼女に他の男と喋って欲しくないと言えばそうしてくれたし、俺だけを好きでいて欲しいと言えば毎日愛を伝えてくれた。


 彼女は俺の願いをいつでも叶えてくれた。


 ただ一つ。ヘルネスとか言う黒髪の執事だけは側から離そうとしなかった。

 彼女は「彼は幼い頃からの使用人です。それに普段会話は命令をする時だけですから、ライオス様が心配されるようなことは御座いませんわ」と。

 俺はそれが少し気に食わなかった。



 俺が学園に入ると、俺の周りは賑やかになった。


 それまでは次期当主としての勉強に剣の稽古にと忙しくしていたため、あまり友好を築くことをしなかった。


 それが学園に入りクラスメイトと接することで俺は新たな出会いを得る。

 とても新鮮で楽しく、ローナとはまた違う安らぎを覚えた。


 そんな中で出会ったのが、ユナ・グリスレイ。


 クラスメイトの一人で、同じ侯爵位の貴族としてすぐに打ち解けた。


 彼女はローナと違い、朗らかでよく笑う女性だった。

 ローナはどちらかというと微笑むだけで、ユナは声を出して笑うような女の子。


 ユナは楽しいことを見つけるのがとても上手で、いつでも天真爛漫だった。


 同い年なのに、まるで妹のように感じていた。



「ライオス様は、最近グリスレイ様と仲がよろしいと聞きました」

「え?」


 その日は初めてローナの口から他の女性の名前が出た瞬間だった。


「噂になっておりましたわよ。…少し、妬けてしまいます」

「ごめん、ローナ。そんなつもりは!」


 俺は必死に弁明したが、内心ではとても嬉しかった。


 ローナが初めて嫉妬してくれた。それが堪らなく嬉しい。


 俺はすぐさまユナと距離をとった。

 ローナに心配をかけたくなかったからだ。

 でも、心の内では彼女の嫉妬をもう一度望んでいる自分もいた。


 ユナを避け始めて一週間。もう彼女も俺に愛想を尽かしただろうと思っていたが、彼女は俺の家の前で待ち伏せをしていた。


 俺は当然怒った。婚約者が嫌がるからこう言ったことはやめてくれと。


 すると彼女は涙を流しながらこう言った。


「でも、私…ライオスのこと、好きになっちゃったの。お願い…! 貴女に婚約者がいることは分かってる! けど、最後に一度だけでいい、一度だけでいいから私とデートして…! …それであなたのことは諦めるから…」


 いつも笑顔で明るいユナが、俺を想って涙を流しているのかと思うと、報われない気持ちを哀れに感じた。

 そして同時に、ローナ以外に慕われるという背徳感も感じていた。


 一度だけで、変装をすればバレることはないかと考えた俺はユナの願いを受け入れる。


 正直な話、俺はこの時すごく調子に乗っていた。そして心の中でもう一度ローナの嫉妬が見たいと欲望を抱いていたのだ。


 だから俺は間違えた。最善の幸せな選択肢を。





「お前…! よくもやってくれたな!!」


 ユナとのデートから一週間後。

 学園から帰宅した俺を待っていたのは激昂した父だった。


「何のことですか?! 私は何も…っ」

「浮気したらしいな。グリスレイのご令嬢と!」

「なっ」


 驚きに目を見開き途端に冷や汗が止まらなくなる。

 そんな俺の反応に、父はさらに激昂した。


「お前のしていることは公爵家への裏切りだぞ?! 恥を知れ!!」

「ま、待ってください! 弁明を…!!」

「弁明など聞いてどうにかなるのならそうしている!! 残念だがお前とローナ嬢の婚約は破棄だ!! 当然こちらの有責でな!!!」


「………え、」


 心臓が止まる。


 俺と、ローナの婚約が…破棄…? 


 そんなはずはない、そんなはずはないと、だって、彼女は俺のことを愛してくれていると言っていたのに…!


「…そんなはずありません。父上、どうかもう一度ローナと話す機会を下さい。彼女が俺との婚約を破棄するはずがありません」


 なぜか俺には確固たる自信があった。

 彼女の愛の深さを俺は知っていたから、きっとローナの父親あたりが噂を聞いて婚約破棄させたのだろうと。


 ローナに会ってあの日のことは誤解だと弁明できれば、

 彼女は俺のことを必ず信じてくれるから、

 そしたら婚約破棄もなかったことになるはずだと。


「はっ、愚か者が…。お前との婚約を破棄したいと言ったのは、ローナ嬢だ」

「………? な、何を…」

「二度も言わん。お前との親子の縁はこれで切る。荷物をまとめてこの家を出て行け。もう二度と顔を見せるな」


 呆然と立ち尽くす中、父上が自室の扉を勢いよく閉める音だけが耳に残る。



 その翌日、俺はエーデールの屋敷を追い払われ、家名を失った。

 最後に見た父の表情は冷たく、怒りに歪んだあの顔を忘れることはないだろう。


 平民へと落ちた俺は当然、学園や社交界からも追放された。


 それでも俺は諦めなかった。

 全てを失っても彼女のことだけは諦めたくなかった。




「屋敷の前に物乞いがいると聞いて見てみれば、まさかライオス様だったなんて」


 悠然とした仕草で紅茶を飲むのは、俺の婚約者、ローナ・アルバハイド。…今は、元になるが。


「驚かせてしまい申し訳ない。だけどどうしてもローナに会いたくて…会って、あの日の誤解を…」

「誤解?」


 その声は今までに聞いたことのない冷たい声だった。

 俺は条件反射でごくりと唾を飲む。


 彼女はゆっくりとカップを置くと、氷のような目つきで俺を見た。


「それは、私以外の女性と、私に相談もなく、2人きりで忍んで市井に行くことに対しての、誤解ですか?」

「…」


 俺は何も言えなかった。

 ローナの言っていることに、一切の間違いはない。


 ローナは確かに彼女の存在を嫌がっていたのに、俺が自身の背徳感と嫉妬を抱いて欲しいなんて仄暗い感情を優先したから…


 その時はじめて、確かに俺のしたことは許されないことだったのだと、今更ながらに理解した。


「………君のくれる愛に、安心してたんだ…。…俺が、あの日やったことは許されることじゃない。…けど! 君のいない人生なんて考えられない…! 残りの人生を全て君に捧げると誓う。だから」


 もう、みっともなく縋り付くことしか思い付かなかった。


 そんな俺にローナは嬉しそうに微笑んだ。


「ライオス様は誤解されておりますわ」

「…え?」

「私の、ライオス様への愛を」


 なぜそんなに嬉しそうなのかは分からなかった。

 俺は続きを待ったが、彼女が言葉を続けることはない。


「実はもう、新しい婚約者がおりますの」


 少し間を空けて言われた言葉に目を見開く。


 俺は心の中で静かに悟った。彼女の愛はもう二度と戻ってこない。俺が先にそれを手放してしまったのだと。


 ローナは側に控えていたヘルネスの方を見て微笑むと、今度は俺に微笑みかけた。


「だから、今更もう遅いですわ」





 結局、俺はローナさえも失ってしまった。




 行く宛もないので市井に出ると、客引きに捕まりあれよあれよと路地裏のバーまで連れて行かれる。


 ろくでもないやつしかいない、ゴミの溜まり場のような場所。今の俺に、皮肉にもよく似合いの場所だった。


 いっそどうとでもなれ。そう思ってとりあえず酒を飲みまくった。


 初めて口にするアルコールは安い劣悪な味と、全てを忘れさせてくれるような高揚感があった。




「うっ…ここ、は…」


 目が覚めるとそこは、見覚えのない、まるで牢獄のような場所だった。


「目が覚めたか、このノロマが。さっさと仕事をしろ」

「…は?」


 なぜか俺の両手足には枷がつけられており、首には首輪が嵌っていた。

 首輪から垂れた鎖を男が乱暴に引っ張り強制的に歩かされる。


「お、おい! これはどういうことだ!」


 二日酔いでガンガンと痛む頭を抑えながら連れて行かれた先は、薄汚れ、骨が見えそうなくらいこけた人たちが、暴力を振るわれながら強制的に働かされている現場だった。




 どうやら俺はバーの店主に酒に酔った意識のない状態で奴隷商人へと売られたらしい。

 目が覚めた時にはすでに売られた後で、誰も助けてはくれなかった。


 日中は力仕事を強いられ、夜は手枷をはめられ温もりのない石畳に寝転ぶ。

 日にもらえる食事は一度だけで、その量も最低限しかなかった。

 仕事ができなければなじられ、暴力を振るわれるのはもはや日常のことになっていた。


 鍛えられた筋肉はあっという間に衰え、体は痩せこけた。

 唇はかさみ、常に空腹のせいで思考もままならない。



 それでも、ローナのことを忘れることはできなかった。



「ロー…ナ」


 空腹が限界に達し、意識が遠のく。


(このまま俺は死ぬのか。…まあ、それでもいいか)


 なんて哀れな人生だったのだろうか。…戻れるのなら、あの頃に戻りたい。


(…今更だな)


「彼を引き取ってよろしいかしら?」


 途切れそうな意識の中で最愛の人の声を聞いた気がした。


 最後に愛する人の声が聞こえるなんて、幸せなことだ。


 そんなことを思いながら、俺は耐えきれず意識を手放した。



 

           〜〜〜〜〜




「これは、夢か…?」

「夢じゃないですよ」


 コツリ、コツリと踵を鳴らして痩せこけた男の元へと近づく。


「見る影もないですね」


 美しい女性は男に近づくと、その痩せこけた頬を優しく撫でた。


「ろ、」

「あなたに喋る許可を出した覚えはありません」


 ぴしゃりと言い放つと、今度は変わってにこりと笑う。


「今日からは私が主人です。命令はしっかり、聞いてくださいね?」


 男はこれでもかと目を見開いた。口をぱくぱくと開閉させるが言葉は紡がれない。

 やがて男の目には涙が浮かんだ。


「それは嬉し涙ですか? それとも後悔? まあ、どちらでもいいですが」


 立ち上がる彼女を男は目で追う。そして絶句した。


 なぜなら、そこには男の写真がびっしりと壁一面に貼られていたから。


「私、あなたに言いましたわよね? あなたは私の愛を誤解していると」

「…」

「正確には、私のあなたへの愛の深さを、誤解してると言ったんです」


 ふふふ、と怪しげに笑う。


「残念でしたね。あなたが私の愛を裏切らなければこんなことにならなかったのに」


 女性は何かを手に取ると、再びゆっくりと男に近づく。


「あれだけ優しく、優しく慈しみましたのに…。何が物足りなかったのですか? 私それはもう悲しくて…」


 男の息が、女性が手にするものに気づいてだんだんと荒くなってくる。


「少しは懲りてくれました?」


 男と同じ目線になるよう、女性は屈む。


「もう二度とあなたが裏切らないよう、これからは一生ここで囲ってあげますね?」


 ゆっくり男の首に手が伸びる。カチャリと何かがハマった音がした。


「似合ってますよ、それ。今日から私のワンちゃんです」


 男の首には首輪が嵌められていた。


「あなたはここで、私の奴隷として、一生一緒に暮らすんです。私が築いた家庭を羨みながら、私に深い愛を注がれて」


 うっとりと顔を歪め、男の首輪を愛おしそうにさする。


「絶望に嘆く姿も、悲しみに歪む顔も、私を憎む心も。これからは全て私のもの」


 男の顔は困惑と、恐怖と、絶望とがないまぜになったぐちゃぐちゃな表情で歪んでいた。


「こんな私でも、まだ愛してくれますか?」


 こてん、と可愛らしく首を傾げる女性に、男は恐る恐る声を出した。


「き、君は…何がしたいんだ…?」

「ただあなたを愛してるだけですわ。…他の誰よりも」


 抵抗する男に噛み付くようにキスをする。




「ふふ、後悔しても、今更もう遅い」




拙い文章をここまで読み切ってくださり、ありがとうございました!


毎度作品を描き終えるたび、自分の文章力と表現力のなさを痛感いたします。

それでも付き合ってくださった皆様に感謝感謝です。


最後にご評価等を頂けますと幸いです。

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