卒業(3)
「……あんたは泣かないんだね?」
そんな二人とは対照的に、直子が苦笑い気味に僕にそう話しかけてきた。
「だって……花美先輩含めて、定期的には集まるでしょ?」
僕も別れを惜しむ2人の空気感を壊さないように、声を潜めて直子に伝える。
「その、はずなんだけどね」
卒業式、それは本来別れを惜しむのが普通のはずだ。
出会いがあって、別れがある。
そんな当たり前を人よりも受け入れている僕にとってこの卒業式というイベントはそこまで思い入れのあるイベントではないのかもしれない。
「まっ、それよりも、貰うよ!」
直子が、僕の第二ボタンを有無を言わさずブチリという音と共にもぎ取る。
「うっ、うん。約束だったしね」
その大胆さに少し驚きは、したが前から卒業の時には第二ボタンを渡すということを約束していたため、とくに抵抗することなく、さっきまで僕の胸あたりにあったボタンが直子の手に渡るのをただ見ていた。
この約束というのも普通なら、好きな異性のものをもらう。
というのが、定石なのだろうが。
学生時代の思い出になるからと、直子と沙織が卒業式1週間前に僕と浩二と4人で放課後に話していた時に唐突に言い出したことだ。
「ありがと。一応、大切にするね」
そう言って直子が僕に笑顔を向ける。
第二ボタン……か。
もし、あの子がここにいたなら、受け取ってくれたのだろうか……。
「沙織~いつまでも泣いてないで、ほら、そろそろ行くよ〜」
そう言って、直子が呼ぶと、沙織が子供のような笑顔を振りまきながら僕たちの方へと走ってきた。
手に、僕のと同じく3年間の歳月を経て燻ったボタンを掲げながら。
「ちゃんと、貰えた?」
「うんっ! 直子ちゃんがぶちってやれば取れるよって言ってたけど、出来なくて浩二君にとってもらった!」
「そっかそっか」
直子が沙織の頭を撫でる。その様子は小さい子がお母さんに褒めてもらっているような、なんだか少し微笑ましい光景でもあった。
「桔平君も!」
「えっ!?」
「桔平君も、頭、なーでて!!」
そう言って小さな女の子のような無邪気な笑顔を沙織が僕に向ける。
直子は、そんな僕に目で撫でてやってと伝えている。
僕は、頭を差し出してきた沙織の頭を優しく撫でる。
沙織は直子の時と同じように、目を細めて嬉しそうな表情を浮かべる。
その顔に、どこか……既視感を覚えてしまう……。
「? 桔平君、どうしたの?」
僕の顔を不思議そうな表情で沙織が覗き込む。
「えっ? あっ、いやなんでもないよ」
「……そう?」
「おーい、沙織、俺も撫でてやろうか?」
「うーん……浩二君はいいかなぁ」
「えっ!? なっ、なんでだよ!!」
「嘘嘘、はい、どうぞ」
「おっ、おう、よしよしー」
「わーい」
そんないつものやりとりを見守りつつ、僕は沙織のあの時の表情が忘れられなかった。
彼女は、子供っぽい見た目や言動とは別に時折、すごい勘が鋭い時がある。
そういう意味では、沙織には驚かされることは多いのかもしれない。
きっと、今の僕のわずかな異変にも彼女は何か気づいたのかもしれない。
浩二には感謝しないとな。
昔のことは、この3人にすら話してはいなかった。
理由はない。ただ、その機会がなかっただけだった。
でも、今更そんな話をするのも何か違う気がしていた。
僕の昔の思い出。話すほどでもない子供の頃の誰にでもありそうな一つの別れの話。
そんな子供の頃の別れをいつまでも引きずっている自分に対して嫌だなと思っているのもあるのかも知れない。
僕ですら、嫌いな僕を、大好きなみんなには見せたくはない。
そんなことをなんとなく思っていたのかも知れない。
「ほら、いつまでも戯れてないでそろそろ行くよ」
「そっか! 花美先輩、待っててくれてるもんね!!」
「そうだ! そうだ!! 花美先輩待たせんの悪いよな!」
「行こうぜ! 桔平!!」
「えっ、うん! そう、だね」
僕たちは、まだ別れを惜しんで泣いている生徒や、最後の思い出を残すためにスマホで写真を撮っている生徒の間を4人で走り去っていく。
「おっ、来たね。後輩たち」
そう言って、長い黒髪が風に靡く僕たちの二つ上の夜凪花美先輩が僕たちへと振り返る。
夜凪先輩は、元々は直子のバイト先の先輩で、家がお医者さんのいわば、お嬢様なのだが、彼女自身はそんな素振りは一切感じさせず、僕たちに気軽に接してくれる人だ。