第9話 王宮へ
初めはいつもの冗談かと思った。しかし違った。高人は真剣だった。
部屋に現れるなり、彼は床に両手をつき額をすり付ける様に平伏して言った。それは臣下の礼を表した所作だった。
「おめでとうを申し上げます。董星様が『十王』に推挙されました」
「あ? 何だって?」
その時董星は椅子の上にあぐらをかいて卓の上に書を広げているところだったが、突然の事態に驚いて書を取り落とした。
あわてて椅子から降りて書を拾っている間も、高人は平伏したままで顔をあげようとしない。
董星が驚き慌てたのには、高人が十王と言ったせいもあるけれど、急にかしこまった態度をとった彼のせいでもあった。
十王といえば、国王に最も近い位置にいる十人の補佐役。それを表す役職を、十人という人数をとって十王と呼び、国王の執政もそれにちなんで十王府という。
通常十王になるのは王族、有力貴族、有能な役人や才気ある学者などで、次期国王となる王太子も、まずは十王を務めるのが習わし。仮に十王の座に空席が出た場合、他の十王の全会一致で候補者が決まる。
山中に人目を避けて暮らす董星が、自分がその大役に選ばれようとは、想像もしなかった。
そういえば最近、高人は一人で外出していることが目立った。行き先はわざわざ言わないが、王宮に通っているようだった。まさかとは思うが、十王の選出にあたって彼がなにか暗躍したのではあるまいか。
しかし、それを聞いたところで素直に答えてくれる高人とも思えない。それに、いかに高人が策を講じてもその程度で揺らぐような十王府でもあるまい。
顔をあげようとしない高人に対して、董星は確かめずにはいられなかった。
「本当に? 俺が十王だと?」
「はい」
答えながらも高人はまだ顔を上げなかった。決して董星を見ようとしない。
董星は堪えきれず言った。
「分かったから顔をあげてくれ。お前にそんな風にされると、気持ち悪い」
「はい」
そこで高人はようやく顔を上げた。
高人は董星より四歳だけ年上。董星がこの離宮に来て以来彼に仕えている世話係兼、教育係で、主従ではあっても年の近い二人は仲の良い兄弟のように育った。少なくとも董星はそう思っている。
突然臣下の礼をとるなんて。十王になるのを機会に、俺と距離を置くつもりだろうか?
董星は一瞬不安になったが、あっという間に高人は、今までと変わらない口調に戻っていた。董星が慣れ親しんだ、遠慮のない物言い。
「そういうわけで董星様、明日にはここを発って王宮へ向かいます。正式に叙任の儀式があります」
「王宮へ……」
董星はただ呆然と言葉を繰り返した。
「叙任は国王が直々になさいます。何かご心配ですか」
「いや」
董星は首を振った。唐突過ぎて考えがまとまらない。
七歳で王宮と父王の元を離れ、山中の離宮で暮らすこと九年。董星は十六歳になっていた。




