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流れる水の記憶  作者: 井中エルカ
第一章 出会い
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第8話 流れる水

 幸いなことに水の勢いはすぐに引いた。下流へ流されて二人は、川の中洲にたどり着いていた。瀬の流れは広く浅くゆるやかで、川岸の両側には森が続いている。

 まず董星(とうせい)が我に返って状況を確認した。見た所、二人とも怪我はしていないようだし、二人離れ離れにならなくてよかった。


 続いて央華(おうか)が目を開けたので、董星は彼女に声をかけた。

「央華、生きてる?」

「うん、……ごめんね」

 央華はうつむいたまま、顔をあげようとしなかった。

「何で?」

「私のせいで、流されて、あなたを危ない目にあわせてしまった」

「そんなことないよ。央華は俺を助けてくれた、もう誰も追いかけてこないし、助かったよ、ありがとう」

 董星は懸命になって央華を励まそうとした。必死のあまり言葉遣いが紫煙殿(しえんでん)に来る前に戻ってしまったことにも気づかなかった。

 央華は顔をあげたが、だまり込んだままだった。


 董星は央華の肩に触れようとして、彼女が自分を不審の目で自分を見ているのに気づいた。

「どうしたの央華、道を探して一緒に帰ろう。……ああ」

 ようやく董星は理解した。流れに入る前に、帯を解いたせいだ。

 董星は服の前を合わせると、布目を結び合わせて閉じた。


 央華は顔を背けて言った。

「あなた、男の子だったんだ……」

「だましたみたいでごめん」

「それはいいの、怒ってないから……でも、もう、一緒にはいられない」

 央華の暮らす紫煙殿は男子を受け入れない。もし男子の来訪があれば、紫煙殿のことを忘れるように仕向け、追放するという。

 董星は呆然と央華の顔を見つめた。央華は泣きそうになるのをこらえて袖で顔をぬぐった。

 

 風の音に乗って、董星と央華は、川のあっち側とこっち側から、それぞれを呼ぶ声を聞いた。二人は別々の方向に向かって応えて言った。

高人(こうじん)!」、と董星。

蓉杏(ようきょう)!」、と央華。

 そこで二人はまた顔を見合わせた。お互いの名は呼ばずに、それぞれが今、最も頼りとする人の名前を呼んだのだ。


 行動に出たのは央華が先だった。

「私、あなたとは流されて、あなたがどうなったかは分からないことにする」

 そこまでを宣言すると、央華は浅瀬を走って渡った。止める暇もないくらい素早かった。

 岸に上がると彼女は中洲に残された董星に向かって叫んだ。

「私、董星のこと、忘れないから。だから董星も、忘れないで!」

「忘れないよ、約束する!」

 董星も叫んだが、それは森の中に消えていく央華の後ろ姿に対してだった。

 俺の答え、ちゃんと届いただろうか?


 しばらくして央華が走り去ったのとは反対方向の川岸から、のんびりとした声が董星を呼んだ。

「董星様、お久しぶりです。元気でしたか?」

 董星は振り返って声の主を確かめた。紫煙殿に行って以来、久しぶりに見る男の姿だ。

「元気じゃないよ。ずぶぬれだ」

 董星は答えると、高人のいる川岸へ、浅瀬を渡った。彼の顔を見て安心している、頼りない自分が嫌だった。


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