第24話 渡り廊下
東宮。董星は七歳までをここで過ごした。内部に一歩足を踏み入れれば、昔の記憶がよみがえる。室や廊下の位置はすべて覚えている。
央華に会いたい。董星は思った。
彼女は今も東宮内にいるはずだ。どうしているだろうか。
東宮内で王太子と王太子妃の居住部分は分離されている。
董星が王太子妃の室に行くには、渡り廊下を通り、鍵のかかった扉を超えなければならない。
もちろん、董星には公然と妃の室に通う資格がある。しかし、董星は人に知られず彼女と会いたかった。
央華の立場は宙に浮いたままになっていた。
王太子の妃となるために招聘されたのが、肝心の王太子が位を降り、愛妾とともに山中に幽閉されるという事の顛末。そうなる前にも壮宇は愛妾の元に留まり、央華の所へ通わなかったことが明らか。
壮宇の後に続いて董星が王太子に立太子されたが、彼女はそのまま新たな王太子の妃になることも、拒否することもできた。
今ならば白紙に戻すことができる。王太子とその妃という関係は公にも実際にも成立していない。央華は、元来た場所へ、帰ることができる。
実際の所、央華はどう思っているのだろうか? 董星としては、彼女を引き留めたい気持ちはある。
しかし、もし王太子の立場の自分が央華を訪れれば、否応なく王太子とその妃になってしまう。実際の所はともかく、二人の間にはそういう関係が成立したか、少なくとも関係を承知したのだと、周囲に認知されてしまう。
そうなる前に彼女と会って話がしたい。彼女の気持ちを確認したいと、董星は思ったのだ。
池に張り出した露台で、ぼんやりと月を見上げながら董星は考える。
何かいい方法はないだろうか。この池は王太子妃の部屋の前まで続いている。例えば今ここで露台から池におりて、彼女の部屋の前まで泳いでいくとか……?
そんなことを真剣に思っていると、向こうから蓉杏の歩いてくるのが見えた。
彼女には薬術の心得があり、東宮に来る前も、高人が負った傷の手当てでたびたび彼を訪ねてくれている。この日も手当てを終え、これから王太子妃の居住側に戻るところだった。
「蓉杏」
「これはこれは、董星殿下。東宮にお着きでございましたか」
声をかけられて蓉杏は丁重に礼をとる姿勢を見せた。
紫煙殿にいた時、彼女とは姉弟のような気のおけない関係だった。それとはまったく違う、距離をとるような扱いに董星は戸惑った。
「前と同じでいい……高人の具合はどうなんだ?」
「もう心配はいらないかと。私の手当ても今日が最後です」
「それはよかった」
ほっとして董星は蓉杏を見る。当然だが、蓉杏は女人の衣を着ている。彼女は女性にしては上背がある。一方の董星は、男性にしては細い身体つきをしている。
董星はあることを思いついた。
「蓉杏、折り入って頼みがあるんだが……」
「はて、なんでございましょう?」
思い詰めた様子の董星を見て、蓉杏は面白そうに首をかしげた。




